封じられた神話
グラディオスが去った後も、精霊樹海には重苦しい沈黙が流れていた。
誰も口を開こうとしない。
風の音だけが、静かに木々を揺らしている。
最初に沈黙を破ったのはレインだった。
「ルミナ。」
「……はい。」
「さっきの話は、本当なんですか。」
ルミナは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「すべてではありません。」
「ですが、嘘でもありません。」
その答えに、レインは静かに頷いた。
「全部、聞かせてください。」
ルミナはしばらく迷っていた。
三千年間胸の奥へ閉じ込めてきた記憶。
神々の罪。
世界の真実。
それを話せば、レインの神への信頼は崩れるかもしれない。
それでも彼女は決意したように顔を上げた。
「神々は昔、人間を守るために一つの兵器を造りました。」
「兵器……?」
「はい。」
「神核と神力、そして世界樹の生命力を融合させた究極の存在。」
エリシアが息をのむ。
「まさか……。」
「その存在こそ、『創神兵アルカディア』です。」
神眼が自動的に反応した。
『創神兵アルカディア』
『情報制限解除』
『神話級存在』
『危険度 測定不能』
『封印中』
『世界滅亡確率 九十九・九%』
レインは目を見開いた。
「世界滅亡……?」
「アルカディアは、本来は世界を守るための兵器でした。」
ルミナは続ける。
「しかし、人間や魔族だけではなく、神々さえも守るよう設計された結果、ある日、自ら結論を導きました。」
「結論?」
「争いをなくすには、生き物そのものがいなくなればいい、と。」
その場にいた全員が息を止めた。
「そんな……。」
「創られた兵器は神々でも止められませんでした。」
「だから神々は、魔族へ助けを求めました。」
レインは驚く。
「神々が……魔族に?」
「はい。」
「当時の魔王とグラディオスは、その要請を受け入れました。」
エリシアは呆然としていた。
「歴史では、魔族が神界へ侵攻したと……。」
「それは後から書き換えられた歴史です。」
ルミナは悲しそうに微笑んだ。
「真実を知れば、人間は神を信じなくなる。」
「だから神々は、自分たちに都合の悪い歴史を封印しました。」
神眼が再び輝く。
『真実率』
『九十八・四%』
レインは静かに目を閉じる。
グラディオスの言葉。
ルミナの告白。
神眼の判定。
すべてが一致していた。
「じゃあ……。」
「魔族は本当は敵じゃなかった?」
ルミナは首を横に振る。
「今は敵です。」
「封印戦争の後、多くの魔族は神々を憎み、人間までも敵視するようになりました。」
「平和を望む者もいます。」
「ですが、復讐だけを望む者もいるのです。」
その時、風精霊王シルフィードが静かに口を開いた。
「レイン。」
「はい。」
「世界樹へ向かいなさい。」
「世界樹?」
「アルカディアを封印した場所。」
「そこには初代神眼継承者が残したものがある。」
神眼が新たな地図を表示する。
王国の遥か北。
雲を突き抜ける巨大な一本の樹。
『目的地更新』
『世界樹ユグレシア』
『推定到着日数 三日』
『優先任務』
『初代継承者の記録回収』
レインは頷いた。
「そこへ行けば、本当の歴史が分かるんですね。」
「ええ。」
シルフィードは静かに答えた。
「そして、お前が進むべき道も。」
その時だった。
神眼が突然、赤く点滅する。
『緊急警告』
『超高密度魔力反応』
『接近速度』
『毎秒三百メートル』
レインは顔を上げた。
空が割れる。
黒い稲妻が一直線に落下してきた。
ドォォォォォン!!
轟音と共に森が揺れる。
土煙が晴れると、一人の少女が立っていた。
銀色の長い髪。
赤い瞳。
黒い軍服。
年齢は十六、七歳ほど。
腰には細身の黒い剣を提げている。
神眼が即座に解析する。
『個体名』
『セレスティア』
『所属』
『魔王軍第一席直属』
『称号』
『黒翼の剣姫』
『危険度』
『SSS+』
『敵意』
『なし』
「敵意が……ない?」
レインが戸惑う。
少女は無表情のままレインを見つめた。
「あなたが。」
「神眼継承者。」
透き通るような声だった。
「……そうです。」
「私はセレスティア。」
「魔将皇グラディオス様の命令で来ました。」
全員が武器を構える。
しかし彼女は剣を抜かなかった。
「安心してください。」
「今日は戦いに来たのではありません。」
「では、何を?」
レインが尋ねると、セレスティアは小さく頭を下げた。
「あなたを、世界樹まで案内します。」
その言葉に、その場の全員が息をのんだ。
魔王軍の幹部直属の少女が、敵であるはずのレインを助けると言う。
神眼は静かに解析を続ける。
『発言』
『虚偽反応なし』
『信頼可能性』
『九五・七%』
レインは彼女の赤い瞳を見つめた。
その奥には敵意ではなく、どこか悲しみが宿っているように見えた。
世界の真実を知る旅は、新たな案内人を迎え、さらに深い謎へと進もうとしていた。




