呪術師ゼルギウスとの戦い
精霊樹海の空が黒く染まった。
巨大な魔法陣が雲のように広がり、森全体を覆っていく。
木々は悲鳴を上げるように軋み、地面から伸びた黒い根が周囲を侵食していく。
時間は残り十五分。
レインは神眼の表示を見つめた。
『広域呪術』
『完成まで十四分五十八秒』
『解除方法』
『術者の魔力核破壊』
つまり、ゼルギウスを倒すしかない。
レインは短剣を構える。
「エリシア。」
「はい。」
「精霊王の封印を解けますか?」
突然の問いに、エリシアは一瞬驚いた。
「私が?」
「僕がゼルギウスを止めます。」
「でも……。」
エリシアは迷う。
相手は魔王軍の幹部。
いくらレインが神眼を持っていても、一人で戦うには危険すぎる。
しかし。
レインの瞳には迷いがなかった。
「信じてください。」
その言葉に、エリシアは静かに頷いた。
「分かりました。」
「精霊王の封印解除は私に任せてください。」
ルミナも微笑む。
「レインなら大丈夫です。」
「あなたはもう、一人ではありませんから。」
その言葉が胸に響いた。
昨日まで。
レインには仲間などいなかった。
必要とされていないと思っていた。
だが今は違う。
自分を信じてくれる人がいる。
守りたい存在がいる。
だから戦える。
「行きます。」
レインは地面を蹴った。
一瞬でゼルギウスとの距離を詰める。
「速い。」
ゼルギウスが目を細める。
しかし余裕は崩さない。
「ですが、単純な速度では私には届きません。」
指を鳴らす。
次の瞬間。
周囲の木々から無数の黒い刃が飛び出した。
『呪刃』
『数:百二十』
『回避可能』
『安全地点表示』
神眼が視界を埋め尽くす。
右。
左。
前。
後ろ。
無数の未来予測。
レインは迷うことなく走った。
黒い刃の隙間を縫うように進む。
一つ。
二つ。
三つ。
全ての攻撃を紙一重で避ける。
「あり得ない。」
ゼルギウスの表情が初めて変わる。
「普通の人間なら、今ので百回は死んでいます。」
レインは答えない。
ただ前へ進む。
神眼が示す唯一の道。
勝利への軌道。
ゼルギウスまであと十メートル。
五メートル。
三メートル。
「そこです。」
ゼルギウスが笑う。
その瞬間、地面から巨大な黒い腕が現れた。
『呪魂巨兵』
『危険度:SS』
『攻撃回避不可』
巨大な拳がレインへ迫る。
普通なら避けられない。
しかし。
『神眼第三段階』
『弱点解析』
『対象の魔力結合部を確認』
レインの視界に青い線が浮かぶ。
拳ではない。
腕でもない。
根本。
魔力を供給している一点。
そこを切ればいい。
レインは短剣を振るった。
たった一閃。
巨大な腕は光の粒子となって消えた。
「な……。」
ゼルギウスが絶句する。
「呪術を切った?」
「そんなことが可能なのですか。」
レインは短剣を見る。
神滅短剣グラム。
あらゆる防御を貫く武器。
そして神眼。
弱点を見抜く力。
この二つが揃えば、どんな強敵にも道はある。
「あなたの魔法には必ず弱点があります。」
レインは言う。
「完璧な力なんて存在しない。」
ゼルギウスの笑みが消えた。
「……面白い。」
「本当に神眼継承者なのですね。」
黒い魔力がさらに膨れ上がる。
森全体が震える。
「ならば、こちらも本気を出しましょう。」
ゼルギウスの姿が変化する。
背中から黒い翼が生える。
瞳が赤く染まる。
周囲の魔力密度が数倍に跳ね上がる。
『魔族固有能力発動』
『呪術王化』
『危険度:SSS』
『勝率』
『解析中』
神眼が一瞬停止する。
レインは息を飲む。
「解析できない……?」
今まで何でも見えていた神眼が、初めて迷っている。
ゼルギウスは笑う。
「当然です。」
「私の力は未来を汚染する呪術。」
「あなたの見る未来そのものを書き換えます。」
次の瞬間。
世界が歪んだ。
レインの視界に表示されていた未来予測が次々と消えていく。
『未来演算失敗』
『予測不能』
『危険』
初めて。
神眼が頼れない状況になった。
ゼルギウスの手から黒い光が放たれる。
「終わりです。」
避けられない。
そう思った瞬間。
「レイン!」
ルミナの声が響いた。
そして。
神眼が新たな反応を示す。
『外部支援確認』
『精霊王封印解除』
『風属性権限取得』
『新能力解放』
『神眼第四段階』
世界の見え方が変わった。
未来を見るのではない。
未来を選択する。
そんな感覚だった。
レインの前に、無数の可能性が広がる。
一秒後。
三秒後。
十秒後。
その中から一つだけ。
勝利へ続く未来。
レインはそこへ手を伸ばした。
「見えた。」
ゼルギウスが眉をひそめる。
「何を?」
レインは静かに答える。
「あなたが負ける未来です。」
その瞬間。
森全体に巨大な風が吹き荒れた。
眠っていた存在が目を覚ます。
精霊王。
風を司る古代の守護者。
そしてレインの前に、新たな力が現れる。
『風神の加護』
『取得』
『神眼第四段階』
『完全解放』
追放された青年の力は、ついに神の領域へ踏み込み始めていた。




