第33話:5月10日「名前も性別も嘘だったけど、想いだけは本当でした」
《マッチアプリ画面》
千佳(19:42)
こんばんは。
ついに…最後の休暇日ですね(笑)
今日は一日、どう過ごしましたか?
リョウ(19:44)
こんばんは。
最後の休み、静かに過ごそうと思ったんですけど、
なんだか落ち着かなくて…
駅前のカフェに行って、
ノート持って、しばらくぼーっとしてました(笑)
千佳(19:46)
なんか絵になりますね、それ(笑)
わたしは、昼間に映画観てきましたよ。
ひとりでレイトショーでもいいかなって思ってたけど、
明日早いから昼間に(笑)
リョウ(19:48)
いいですね。
どんな映画だったんですか?
千佳(19:50)
ちょっと重ための人間ドラマ。
でも、登場人物がみんな不器用で、
嘘ついたり遠回りしたりしながら、
最後にはちゃんと“見つける”って話でした。
リョウ(19:52)
……今の自分たちみたいですね。
千佳(19:53)
うん、
観ながら何度か、リョウさんのこと思い出してました。
(間)
リョウ(19:56)
千佳さん、
ちょっと…大事な話をしてもいいですか?
千佳(19:57)
はい。
わたしも、実は今夜こそ言おうと思ってたんです。
リョウ(20:00)
……自分、
“リョウ”って名前も、
男性であることも、
全部、演じてたんです。
本当は女です。
千佳(20:01)
……
わたしも、
“千佳”っていうのは本名じゃなくて、
それに、
本当は…男性です。
(既読)
(既読)
(長い沈黙)
リョウ(20:06)
千佳さんが男の人だったって聞いて、
正直驚きはしたんですけど、
不思議と、
納得してる自分がいました。
千佳(20:08)
わたしも、
“リョウ”さんが女性だったって聞いて、
なんでか分からないけど、
すごく腑に落ちました。
ずっと“通じ合ってた感じ”がしたのは、
もしかしたら、お互いが“演じていたものの中に”、
自分の理想や痛みを隠してたからかもしれないって。
リョウ(20:11)
うん…。
自分、
本当の自分じゃ誰とも繋がれない気がしてたんです。
だけど、“リョウ”として話してるときだけ、
ちゃんと誰かと向き合えてる気がしてました。
千佳(20:14)
わたしも…。
高校の時に一度だけ付き合ったけど、
“真面目で面白くない”って言われて終わってから、
ずっと女性にどう接していいか分からなくて。
でも、
“千佳”っていう理想の女性になったら、
初めてちゃんと誰かと会話ができるようになった気がしたんです。
リョウ(20:17)
すごく分かります。
わたしも、
元カレに浮気されたあと、
「真面目な人ってどこにいるの?」って思って、
それで試してみたくなって。
“男のふり”をすれば、本当の人に出会えるのかって。
千佳(20:20)
……
だから、
出会えたのが“リョウ”さんでよかった。
いや、
“リョウさん”じゃなくて、
あなたでよかった。
リョウ(20:23)
わたしも。
“千佳さん”じゃなくて、
あなたで、本当によかった。
千佳(20:25)
明日、
出勤して、
もし人混みの中でリョウさんを見つけられたら…
きっとわたしは気づくと思います。
リョウ(20:27)
わたしも、
あなたのこと、分かると思います。
千佳・リョウ(同時送信/20:28)
「もしお互いに気づけたら…その時は、ちゃんと名前で呼び合いましょう」
(既読がつく)
(既読がつく)
(静かな間)
千佳(20:30)
じゃあ…明日。
いつものように出勤して、
いつものように働いて、
その中で、
あなたを見つけます。
リョウ(20:32)
はい。
お互いが見つけられなかったらそれまで。
でも、
見つけられたら──
その時が、はじまりですね。
千佳(20:34)
うん。
きっと大丈夫。
だって、
名前も性別も嘘だったけど、
想いだけは本当だったから。
リョウ(20:36)
……おやすみなさい、
“千佳さん”。
じゃなくて──明日、会えるその時まで。
千佳(20:38)
おやすみなさい、“リョウさん”。
わたしも、その時まで。
◆◇◆
(和人はスマホを胸に当てて、静かに目を閉じた。
明日、自分がどんな顔でその人を見るのか──
想像もつかないまま、でも心だけは確かに動いていた)
(真子は、画面の明かりが消えたスマホを手に握ったまま、
天井を見つめていた。
ついにここまで来てしまった。
でもそれは、終わりではない。
今度こそ、自分の“はじまり”になるのだと、信じたかった)
二人はまったく、相手が性別を誤魔化していたことなど気にも留めていなかった。




