第32話:5月9日「“自分だけが気づく”ことの、苦しさ」
《マッチアプリ画面》
千佳(20:12)
こんばんは。
今日、なんだかずっと頭の中がざわざわしてました。
リョウさんはどうでした?
リョウ(20:15)
こんばんは。
わかります。
何か特別なことがあったわけじゃないのに、
ずっと心の奥が落ち着かなくて。
千佳(20:17)
……わたし、
今日ちょっとだけ、
「もしほんとに同じ場所で働いてたら」って考えてみたんです。
リョウ(20:20)
実は自分も、それ考えてました。
たぶん、
同じ百貨店じゃないかなって、
うすうす思ってました。
千佳(20:23)
え、ほんとですか?
じゃあ……
試しに、どこで働いてるか、言ってみません?
リョウ(20:25)
……じゃあ一緒にせーので言いましょうか。
千佳(20:26)
いいですよ(笑)
リョウ・千佳(同時送信/20:27)
【都内○○区・千歳台百貨店】
(既読がつく)
(既読がつく)
(沈黙)
千佳(20:29)
……
まさか、ほんとに同じとは思ってなかったです。
リョウ(20:31)
うん、自分もです。
いや、少しは可能性あると思ってたけど…
現実になると、言葉出ないですね。
千佳(20:33)
これって……
つまり、
明後日の出勤日、
会ってしまうってことですよね。
リョウ(20:35)
ですね。
同じ建物にいるってだけで、
きっと分かる。
千佳(20:38)
でもリョウさんは男性でしょ?
だから、わたしのことは分からないですよね。
見かけても、きっと気づかれない。
リョウ(20:40)
……
自分もそう思ってました。
千佳さんは女性だから、
“リョウ”が誰かは分からないんじゃないかって。
千佳(20:42)
じゃあ、
お互いに……
「自分は分かるけど、相手は分からないだろう」って
思ってたんですね(笑)
リョウ(20:43)
そうですね(笑)
なんか、変なすれ違いですよね。
千佳(20:44)
でも、
たぶん本当に見れば……
わたし、リョウさんが誰か、
分かっちゃうと思う。
リョウ(20:45)
自分も……
千佳さんのこと、
たぶん、すぐ分かる気がします。
千佳・リョウ(同時送信/20:46)
「きっと自分のことは分かっちゃいますね。」
(既読がつく)
(既読がつく)
(少し間)
千佳(20:48)
……どちらかが気づいて、
どちらかは気づかない。
そんな関係、
悲しすぎますね。
リョウ(20:50)
うん。
本当は、
同じ瞬間に、
お互いに“気づいてしまいたい”。
千佳(20:52)
でも、
それはもう、
神様のいたずらに任せるしかないのかもしれない。
リョウ(20:54)
……出勤日、
どんな気持ちで朝を迎えればいいんでしょうね。
千佳(20:56)
わかりません。
でも、
会ってしまっても、
それが終わりじゃないことを、
願ってます。
リョウ(20:58)
自分も、心からそう思ってます。
じゃあ、また明日。
心の準備、しておきましょうか。
千佳(21:00)
はい。
また明日──“最後の休み”に。
◆◇◆
(和人は、スマホを見つめながら静かに頷いた。
会ってしまえば、もう戻れない。
でも、それでも。
彼女に会えるのなら、たとえ“終わり”になっても構わないと思っていた)
(真子は、目を閉じて深く息を吐いた。
「自分のことは分からないはず」そう言い聞かせながらも、
“彼の目”が自分を見つけてしまう未来を、
どこかで望んでしまっている自分がいた)




