第29話:5月8日(前編)「何もしない、を続けるのが苦しくなった」
《マッチアプリ画面》
リョウ(9:12)
おはようございます。
昨日より少しだけ寝坊しました(笑)
今日はどんな一日になりそうですか?
千佳(9:17)
おはようございます。
わたしも、少しゆっくり起きました(笑)
今日は近くのスーパーまで行って、
あとは録画したドラマを消化しようかと。
リョウ(9:20)
いいですね。
何観るんですか?
千佳(9:22)
えっと、
今期の医療ドラマと、あとはちょっと古い恋愛モノ。
昔のやつの方が、
逆に新鮮に感じる時ありません?
リョウ(9:26)
あります。
最近のってリアルすぎてちょっと疲れる時もあるけど、
昔の恋愛ドラマは“理想”が多くて、それがちょうどいい。
千佳(9:29)
あ、それ分かります(笑)
理想って分かってても、
ちょっと憧れちゃうんですよね。
(間)
リョウ(9:36)
……理想、か。
“誰にも嘘をつかずにいられる関係”って、
昔のドラマでは当たり前のように描かれてたけど、
現実ではなかなか難しいですね。
千佳(9:39)
うん、ほんとに。
わたしたち、
なんかちょっと、不思議な場所にいますよね。
親密で、でもどこか距離がある。
リョウ(9:42)
その距離、
ちょっとだけ…
疲れてきたな、って思うことありません?
千佳(9:45)
……
あります。
昨日「友達だったら会えたのに」って話したけど、
じゃあ今はどうすればいいのか分からなくなってきてて。
リョウ(9:48)
自分もです。
会いたいわけじゃない。
でも、
このまま“何もしない”っていうのも、
何かを置いてけぼりにしてる気がして。
千佳(9:52)
そう…。
話すたびに、少しずつ“本当の気持ち”が近づいてるのに、
それを誰にも見せられないままって、
ちょっと、苦しい。
リョウ(9:55)
──たとえばの話。
“会う”じゃなくて、
“見るだけ”だったら、どうなんだろうって。
今日、ちょっとだけ思いました。
(すぐには返信が来ない)
千佳(10:01)
……
それって、
気づかれないように?ってことですか?
リョウ(10:03)
うん。
声もかけずに、ただ遠くから。
“どんな人なんだろう”って、
それだけ確かめるだけ。
千佳(10:06)
……
そんなの、ありですかね。
なんかちょっと…切ないけど、
でも、わたしも思ってた。
“見られるなら見たい”って。
リョウ(10:09)
会うっていうより、
“存在を知りたい”に近いのかも。
千佳(10:12)
そうかもしれない…。
声をかけたくなる気持ちはきっと出てきちゃうけど、
でもそれを堪えて見るだけなら、
まだセーフかもしれない。
リョウ(10:14)
今すぐってわけじゃないですけど、
いつか、
そういう選択肢があってもいいのかなって思いました。
千佳(10:17)
うん。
わたしも、ちょっとだけ前向きに考えてみます。
……今はまだ、
何もしないのが一番難しいですね。
リョウ(10:19)
本当にそう。
“何もしない”って、
一番エネルギー使いますね(笑)
千佳(10:21)
でも、
こうして正直に話せたから、
少し楽になりました。
リョウ(10:23)
自分もです。
じゃあ、
午後はお互いの好きなことして、
また夕方にでも話しましょうか。
千佳(10:24)
はい。
またあとで。
◆◇◆
(和人は、
「見るだけ」という言葉を送信した直後、
スマホを置いて深く息を吐いた。
それは逃げなのか、
希望なのか、
自分でもまだわからなかった)
(真子は、
“気づかれずに見るだけ”という提案に、
どこかでホッとしている自分がいた。
でも同時に、
“それでもし相手が本当に女性だったらどうしよう”
という、わけのわからない矛盾も抱え始めていた)




