第21話:4月30日「偶然は、まだ偶然の顔をしている」
《マッチアプリ画面》
千佳:
こんばんは。
今日、めちゃくちゃ疲れました…
午前中にお客様が一時集中して、化粧品売場の一角がちょっとしたパニックでした。
リョウ:
え、それってどこですか?
うちの売場のスタッフも、昼前に「下のフロアでお客さん揉めてたらしい」って言ってたんですけど…。
千佳:
えっ?
たぶんそれ、同じ出来事かも…?
20代くらいの女性がプレゼント包装待ちでキレちゃって、
列の途中で叫びながら帰っちゃったんです。
リョウ:
あー…うちのスタッフが言ってたのもそんな感じでした。
「わざわざ来て損した!」って声が聞こえたって。
まさか、同じ出来事を話してるとは(笑)
千佳:
なんかちょっと怖いですね(笑)
偶然にしてはタイミングぴったりすぎて。
リョウ:
百貨店って、どこも似たような空気感あるから、
同じ日に似たようなことが起きるのかも(笑)
でもちょっとだけ、「近くにいるのかな」って思っちゃいますね。
千佳:
わかります(笑)
たとえば同じ館内の別フロアにいて、
すれ違ってたりしたら…とか考えちゃいますね。
リョウ:
実際、百貨店の休憩スペースって限られてるし、
エレベーターとかバックヤードで…とか(笑)
千佳:
うわ~急にリアル(笑)
でも、それってもし本当にそうだったら、
なんかちょっと運命的…?
リョウ:
そうですね(笑)
“出会わないこと”を前提にした関係だから、
ちょっとした偶然にドキッとします。
千佳:
でも、わたしたちが今こうして話してること自体が、
ちょっとした“偶然”の積み重ねですしね。
リョウ:
たしかに。
マッチングの確率、100%でしたもんね(笑)
千佳:
そうでしたね(笑)
最初ちょっと怖かったけど、
今はほんと、始めてよかったと思ってます。
リョウ:
自分もです。
こういう話ができる人、なかなかいないので。
千佳:
あ、そうだ。
お昼にリップ売り場で、
「パッケージが思ったより派手」って言って返品したお客様がいたんですけど、
ちょっとそのやりとりが面白くて(笑)
リョウ:
え、どんな感じだったんですか?(笑)
千佳:
「これじゃ上司に“やる気出しすぎ”って思われそう」って言ってたんです(笑)
それで「仕事できそうな色にしてください」って真顔で…
リョウ:
それは面白すぎる(笑)
逆に“できそうな色”ってどんな色なんですか(笑)
千佳:
最終的にベージュ系に落ち着きました(笑)
なんかその一言で、疲れてたのに吹き出しちゃって。
リョウ:
そういう瞬間があると救われますよね。
こっちも、クレーム処理中に別のスタッフが
お客さんに「ここ、お洒落な香りがしますね!」って言われて、
「たぶん自分です」って堂々と答えてて(笑)
千佳:
え、めちゃくちゃ強キャラ(笑)
そんな人、近くにいたら見てみたかった(笑)
リョウ:
案外…もう見てたりして(笑)
千佳:
わっ、ちょっとドキッとしました(笑)
でもそうだったら、なんか嬉しいかも。
リョウ:
ですね(笑)
たとえ本当にすれ違っていても、
今こうして“知らないままで”繋がってるのが、
なんか不思議で、悪くないです。
千佳:
うん。
今日はほんとに疲れたけど、
この会話だけでちょっと報われました。
リョウ:
お互い、お疲れさまでした。
明日も頑張りましょうね。
千佳:
うん、がんばりましょう。
おやすみなさい、リョウさん。
リョウ:
おやすみなさい、千佳さん。
◆◇◆
(和人は、リップ売り場での話をどこかで見聞きした気がしていた。
思い出せないけれど、
「あの話、近くにいたら聞こえそうなレベルだったな」と思う。
けれど、気のせいだろう、と
自分に言い聞かせた)
(真子は、バックヤードの給湯スペースで耳にした香水担当の会話を思い出していた。
“ここ、お洒落な香りがしますね”
そのやりとり──まさか、と思いかけて、
いやいや、と頭を振った)




