第17話:4月26日「忘れ物と、いてくれたらって思うこと」
《LINE画面》
千佳:
こんばんは。
今日、朝からやらかしました…
お弁当忘れました。
リョウ:
こんばんは(笑)
それは…心にくるやつだ(笑)
しかも、朝ちゃんと作ったんですよね?
千佳:
そうなんです!
冷凍唐揚げチンして、玉子焼きも焼いて…
詰めて、ふたして、バッグの横に置いたまま出勤しました(笑)
リョウ:
それ、机の上の“しなしな唐揚げ”を想像すると泣けますね(笑)
千佳:
帰ってきて見たら、
ひとりで「え…」って声出ました(笑)
でもなんか、そのとき思っちゃったんですよね。
「もし誰かがいたら、絶対声かけてくれたよな」って。
リョウ:
ああ、それわかるな。
誰かが「お弁当は?」って言ってくれてたら、
その一言で防げてた未来。
千佳:
そうそう(笑)
そう思ったとき、自分って“ひとりで生きるモード”に慣れすぎてるのかもなって思っちゃって。
ぜんぶ自分で覚えて、ぜんぶ自分で気をつけて…
そういうの、ちょっとだけ疲れました。
リョウ:
わかります…。
独り暮らしって、自由だけど、
何もかも「自分が最後の責任者」って感じしますよね。
千佳:
そう、それです…!
水出しっぱなしでも誰も注意してくれないし、
ゴミ捨て忘れても怒られないけど、
その分、全部“自分が後始末”。
リョウ:
でも逆に、
「これ持った?」とか「傘いるよ」とか、
何気なく言ってくれる誰かがいると、
それだけで日常がちょっとやさしくなるんですよね。
千佳:
うん…
もしリョウさんが近くにいたら、
きっと今朝のわたしに「弁当、持った?」って言ってくれてた気がします(笑)
リョウ:
言ってたと思います(笑)
それで千佳さんが「やば、ありがと!」って慌てて戻って、
なんかちょっとだけニコってしてくれた気がする(笑)
千佳:
ふふ、完全に再現されてる(笑)
なんでですかね。
会ったことないのに、
そういう“もし”が自然に思い浮かぶのって。
リョウ:
たぶん、想像できるぐらい会話してきたからじゃないですかね。
文字のやり取りだけなのに、
ちゃんと人柄が伝わってきてるというか。
千佳:
うん、それはあるかも。
このやり取りが毎日あるだけで、
ひとりの生活の中に“気配”みたいなのがある気がする。
リョウ:
“気配”、いい表現ですね。
物理的には遠いけど、
スマホの中に自分宛ての言葉が届くだけで、
「自分のことをちょっと気にしてくれてる人」がいるって思える。
千佳:
……
本当は、お弁当忘れただけなのに、
けっこう救われました(笑)
リョウ:
お弁当ありがとうですね(笑)
それがなかったら、この話できなかったですし。
千佳:
ほんとだ(笑)
じゃあ明日はちゃんと持っていきます。
朝、メッセージくれたら忘れないかも(笑)
リョウ:
じゃあ、「弁当持った?」って送りますよ(笑)
起きてたら。
千佳:
そこは起きててください(笑)
でも、ありがとう。
おかげでちょっとだけ元気でました。
リョウ:
よかったです。
おやすみなさい、千佳さん。
明日はきっと、唐揚げが味方してくれます(笑)
千佳:
ふふ、心強い(笑)
おやすみなさい、リョウさん。
◆◇◆
(和人はスマホを伏せて、リビングのテーブルを見つめた。
そこには、今日の夕方にコンビニで買ったおにぎりの包みがある。
“ひとりの生活”が悪いとは思っていない。
でも、今日みたいな日だけは、
やっぱり「誰か」がいてくれたらと思ってしまう)
(真子は、クローゼットにぶら下がったスーツを見ながら、
「私が男だったら、
こういうふうに誰かの“忘れそうなこと”に気づいてあげられたのかな」
と、ふと考える。
誰かの生活に、さりげなく寄り添える存在に、なりたいと思った)




