第五十九章 ―大砲の報せと連合の布陣―
一 官兵衛の調査
播磨・国府山城。
黒田官兵衛は、城の一室で地図を広げていた。
二十歳になっていた。
室山の戦いで敗北してから一年が経っていた。
その間、官兵衛は止まらなかった。
情報を集め続けた。
分析し続けた。
播磨の動きだけでなく、備前の動き、中国地方の動きを、全て把握しようとしていた。
父・職隆が部屋に入ってきた。
「官兵衛」と職隆は言った。
「父上」
「また夜更かしをしているのか」
「情報が多すぎて——まとめるのに時間がかかります」と官兵衛は言った。
職隆は地図を覗いた。
「備前の動きが——気になるのか」
「はい」と官兵衛は言った。「備前だけでなく——中国地方全体が、おかしい。毛利が鳳凰寺の臣下になってから、空白ができた。その空白を——誰かが埋めようとしている」
「鳳凰寺への反連合か」
「そうです。しかし——それだけではない」と官兵衛は言った。
「他に何がある」
「南蛮の武器が——備前方面に流れています」と官兵衛は言った。「俺の情報網で、それが確認できています。しかも——大砲の音を聞いたという者がいます」
職隆が顔色を変えた。
「大砲?」
「はい。播磨の西端に近い港で——南蛮船が荷を下ろしたという話がありました。その後、大きな音がした。演習か何かだったと思われますが——大砲でなければ、あの音は出ない」
「確かなのか」
「複数の者から聞いています。信頼できる情報です」
職隆はしばらく考えた。
「鳳凰寺には——知らせるのか」
「はい」と官兵衛は言った。「時貞殿には——早く伝えるべきだと思います」
官兵衛は筆を取った。
書き始めた。
鳳凰寺時貞様へ。
急ぎお知らせします。
南蛮の武器が、備前方面に流れています。
複数の情報源から確認しました。
火縄銃と——大砲の音を聞いたという者がいます。
播磨の西端に近い港で、南蛮船が荷を下ろしたとのことです。
その後、演習と思われる大きな音が聞こえた。
大砲でなければ、あの音は出ないと複数の者が言っています。
鳳凰寺を標的にした動きだと思われます。
急いで知らせます。
播磨・黒田官兵衛。
書状を封じた。
使者に渡した。
「急いで届けてくれ」と官兵衛は言った。
官兵衛は立ち上がった。
窓から外を見た。
播磨の夜が広がっていた。
「大砲か」と官兵衛は言った。
一人で。
「鳳凰寺は——これを、どう乗り越えるのか」
官兵衛には、鳳凰寺の本当の力がわかっていなかった。
空飛ぶ鉄の塊の噂話を聞いたことはあった。
しかし——実際に見たことはなかった。
鳳凰寺の戦闘を、直接見たことはなかった。
官兵衛の中では、鳳凰寺はこの時代の最強の武力を持つ勢力だった。
しかし——大砲を持った相手に、どれほど強いのかは、わからなかった。
(心配だ)
官兵衛は思った。
(俺が心配するのは、おかしいかもしれない。しかし——心配だ)
官兵衛は地図を見た。
備前の吉井川流域に、大きな平野が広がっていた。
(あそこで——戦になるかもしれない)
二 七島の分析
七島の執務室。
官兵衛からの書状が届いた。
時貞が受け取った。
開いた。
読んだ。
「大砲か」と時貞は言った。
「ヤタガラスで南蛮の武器が流れていることは、すでに把握済みでした」と天元は言った。
「しかし官兵衛の書状で——確定した」と時貞は言った。「複数の者が大砲の音を聞いている。演習まで行っているということは、本気で使う気だ」
「はい」と天元は言った。
「乱世に来て——初めて、こちらの火器に対抗できる兵器を持った相手と戦うことになるかもしれません」
「それは——どういう意味だ」と時貞は言った。
「今まで鳳凰寺の敵は、弓と槍と火縄銃しか持っていませんでした。しかし大砲があれば——鳳凰寺の兵に、死傷者が出る可能性があります」と天元は言った。「特に、軽装甲の車両や兵員輸送車に対しては、直撃すれば損傷の恐れがあります。大砲の近弾でも、爆風と破片で周囲の兵が負傷します」
成瀬が言った。
「我々は今回——覚悟をする必要があるのかもしれません」
時貞は少し間を置いた。
「そうだ」と時貞は言った。「今まで俺たちは——相手を圧倒してきた。死者ゼロを達成してきた。しかし今回は——それが難しくなるかもしれない」
「はい」
「しかしだからといって——動き方を変えるわけではない」と時貞は言った。「できる限り死者を出さない。それは変わらない。ただ——今回はそれが、より難しい状況になる、ということだ」
「対策は取れますか」と成瀬が言った。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」と天元が答えた。「大砲への対策を分析します。反連合の大砲は十門程度と推測されます。射程は五百から八百メートル。連射速度は遅い。一発撃つのに五分から十分かかります。これらの特性から——大砲の死角に入ること、射程外から制圧すること、射撃タイミングの間を突くことが有効です」
「アパッチでの制空権確保は」
「可能です。上空から大砲陣地を無力化すれば——歩兵部隊への脅威は大幅に減ります」
「それを基本方針とする」と時貞は言った。
「了解しました」
「それと——官兵衛に返書を送る。情報に感謝する、と」
三 元就と隆景
石見。
笹木が元就の手術を成功させた後。
元就は安静にさせられていた。
顔色がまだ悪かった。
しかし——その目は、まだ光っていた。
小早川隆景が、元就のもとを訪れた。
「父上——」と隆景は言った。
「隆景か」と元就は言った。
「……命に別状がないと聞いて、安心しました」
「うむ」と元就は言った。「笹木殿のおかげだ」
隆景は笹木に深く頭を下げた。
「礼は——時貞様に言ってください」と笹木は言った。「私は命令を実行しただけです」
「時貞様に——必ず」
隆景は懐から書状を取り出した。
「ところで父上——これを見てください」
元就が書状を受け取った。
差出人が書かれていない書状だった。
元就は読んだ。
「……推察する、と書いてあるが」と元就は言った。「内容はほぼ事実であろうな」
隆景が頷いた。
「私もそう思います」
元就の目が、鋭くなった。
「ちぃ——大内め」
書状を持つ手が、わずかに震えた。
怒りだった。
「儂が決起を受けて動くことを、最初から計算していたか」と元就は言った。「儂を誘き出すための、大内の決起騒ぎだったとは」
元就は書状を折りたたんだ。
「おい」と元就は言った。横にいた家臣に。
「はい」
「元春に伝えろ。儂を撃った連中は大内だ。決起は儂を誘き出す罠だったとな」
「はい」
「それと——」と元就は言った。
声が変わった。
冷たくなった。
七十年の乱世を生き抜いた老将の、冷たさだった。
「大内は族滅させろ、とも伝えろ」
家臣が驚いた。
「族滅——ですか」
「そうだ。大内輝弘と、その一族、家臣、全員だ。今まで見逃してやっていたものを——今日こそ、過去の禍根を断ち切る」
「はっ——至急元春様へ遣いを出します」
家臣が慌てて部屋を出た。
「隆景」と元就は言った。
「父上、なんでしょうか?」と隆景は言った。
「この書状のことは——上様にも報告しろ」
「はい」
「それと」と元就は言った。「笹木殿を——ここへ呼んでくれ。上様と連絡を取りたい」
四 元春の咆哮
石見、大内残党の討伐戦線。
吉川元春が、馬上から戦況を見ていた。
大内残党との戦闘が続いていた。
山間に、剣の音と銃の音が響いていた。
大内残党は、三百名ほどの兵力だった。
毛利の討伐軍は、五百名だった。
数では毛利が上だった。
しかし大内残党は、地形の利を使って抵抗していた。
山間の細い道。
両側が崖の地形。
毛利軍が横に広がれない場所を選んで、戦っていた。
「押せないか」と元春は言った。
「地形が——」と副将が言った。
「わかっている」と元春は言った。
その時。
後方から馬が来た。
元就からの伝令だった。
「元春様へ。元就様からの伝令です」
元春が受け取った。
読んだ。
「——なにっ」と元春は言った。
「父上を狙撃したのは大内で間違いないと?」
「はい。大内残党は元就様を誘き出すための罠だったと」
元春の目が、変わった。
「父上を——罠で誘き出して、殺そうとした」
伝令が頷いた。
「父上は——大内を族滅させろと」
元春は馬上で、拳を握った。
しばらく動かなかった。
そして——咆哮した。
「——許さん」
その声が、山間に響いた。
「皆のもの、聞いた通りだ」と元春は言った。
全軍が静まり返った。
「大内の連中は全て——根切りにしろ」
「応ーーっ」
毛利の将兵たちの声が、山を揺らした。
毛利軍が、一斉に動いた。
慎重だった動きが、一変した。
前線の足軽たちが、山の斜面を駆け上った。
大内残党の守る崖際の陣地に向かって。
「撃てっ」と大内残党の長が叫んだ。
火縄銃の銃声が、山間に響いた。
毛利の足軽が二名、倒れた。
しかし残りは止まらなかった。
「止まるなーっ」と元春が叫んだ。
毛利の槍隊が、大内残党の陣地に突入した。
接近戦が始まった。
大内残党は、火縄銃を捨てて刀と槍で応戦した。
しかし——数が違った。
一人の大内残党に対して、二人の毛利武士が向かった。
崖際の陣地が、じわじわと崩れていった。
「退けっ」と大内残党の中の誰かが叫んだ。
しかし退く場所が、なかった。
後ろは崖だった。
大内輝弘が、その混乱の中にいた。
「何故こんなに——」と輝弘は叫んだ。
毛利軍の攻撃が、急に激しくなった。
何かが変わった。
「撤退だ——撤退するぞ」と輝弘は命じた。
「どこへ撤退しますか」と家臣が言った。
「山の奥だ。一度引いて、立て直す」
輝弘が走り始めた。
山の奥へ向かって。
毛利軍が追った。
元春が馬を走らせた。
「逃がすなーっ」と元春は叫んだ。
山道を、毛利軍が駆けた。
大内残党が、山の中に散り散りになっていった。
それでも毛利軍は止まらなかった。
「大内を根切りにしろーっ」という元春の声が、山に響き続けた。
輝弘は、一部の手勢と共に、辛うじて山の奥に逃げ込んだ。
呼吸が乱れていた。
体が震えていた。
「……くっ」と輝弘は言った。
「あの激しさは——何だ。先ほどまでと全く違う」
「元就が——何かを命じたのかもしれません」と配下が言った。
輝弘は歯を食いしばった。
「……覚えておれ、毛利」と輝弘は言った。
怨みの声だった。
しかし——今はまだ、戦う力が残っていなかった。
輝弘は山の奥へ消えた。
五 謎の二人組の追撃
山の別の場所。
謎の二人組の配下たちが、動いていた。
元就を狙撃しようとした大内残党の一団。
その一団が、元春の討伐を逃れて、別の山の中に隠れ家を作っていた。
十名の一団だった。
「見つけました」と配下の一人が、二人組の元へ報告した。
「場所は」
「山の北側、廃寺の近く。十名が隠れています。火縄銃を持っています」
二人組の一方が言った。
「銃を確保する。これが最優先だ」
「はい」
「長と部下一名は生かして捕縛しろ。話を聞く必要がある。残りは——処理しろ」
「了解しました」
「急げ。毛利の討伐隊が、この辺りにも来るかもしれない。その前に動く」
配下が六名、廃寺に向かった。
夜だった。
月がなかった。
暗闇の中を、配下たちは静かに移動した。
廃寺の周囲を、まず確認した。
「見張りが二名——入り口と裏手に」と配下の長が言った。
「先に見張りを」
配下が二手に分かれた。
見張りの背後から、音もなく近づいた。
「っ」
二名の見張りが、ほぼ同時に無力化された。
声を出す前に、押さえられた。
縛られた。
口を布で塞がれた。
廃寺の中に、残りの八名がいた。
灯りが一つ。
男たちが、疲れた様子で座っていた。
「——今日は、うまくいかなかった」と長が言った。
「元就を仕留めたと思ったが——誰かが先に撃った」
「あれは何者だ」
「わからない。しかし——俺たちの狙いを知っていた者が、先に動いた」
「邪魔をされた」
その時。
廃寺の扉が、一斉に開いた。
六名の配下が、なだれ込んだ。
「動くな」
一瞬の驚愕。
しかし——大内残党の八名は、すぐに火縄銃に手を伸ばした。
「やれ」と配下の長が叫んだ。
激しい戦闘が始まった。
廃寺の中は狭かった。
火縄銃を構える間もなかった。
接近戦になった。
大内残党の一人が、刀を抜いた。
配下の一人と刃を交えた。
激しく打ち合った。
しかし——配下の動きが速かった。
三合打ち合った後、配下が相手の刀を弾いた。
そして、素早く制圧した。
別の場所では。
二名が同時に配下に向かってきた。
一人が刀、もう一人が槍だった。
配下が後退しながら、槍の男を先に引き付けた。
槍が突いてきた。
配下が体を傾けて躱した。
その隙に、横から別の配下が槍の男の腕を押さえた。
倒した。
刀の男が続いて来た。
二対一になった。
刀の男は、抵抗したが、数に押された。
廃寺の中の戦闘は、短かった。
しかし——密度が濃かった。
狭い空間での白兵戦は、どちらにとっても危険だった。
配下の一人が、左腕に切り傷を受けた。
しかし——それだけだった。
大内残党の八名は、六名が戦闘不能になった。
二名が、まだ抵抗していた。
「その二名は——殺すな」と配下の長が叫んだ。
「長だ。あの男が長だ」
「捕まえろ」
残りの配下が一斉に動いた。
二名が取り押さえられた。
縛られた。
廃寺の中が静かになった。
六名の大内残党が、床に横たわっていた。
動かなかった。
二名が、縛られて座っていた。
元就を狙撃しようとした一団の長と、その部下だった。
配下の長が、火縄銃を集めた。
三丁あった。
その中の一丁を、丁寧に確認した。
「——これだ」と配下の長は言った。「まだ火薬の臭いがする。最近撃ったばかりだ」
「元就を狙ったものか?」
「ほぼ間違ありません」
配下の長は、銃を丁寧に包んだ。
「持ち帰る。それと——この二名も」
「了解しました」
捕縛された二名が、引き立てられた。
長は口を固く結んでいた。
しかし——その目に、怒りがあった。
「誰だ——お前たちは」と残党の長は言った。
「お前が知る必要はない」と二人組の配下は言った。
「なぜ俺たちの邪魔をした!」残党の長は言った。「元就を殺らせる訳にはいかなかった。それだけだ」二人組の配下は言った。
「なぜ元就を守る」問う残党の長。
二人組の配下は少し間を置いた。
「お前知る必要はない」
大内残党の長は、殴られ黙らせられた。
そして配下たちと共に廃寺を出た。
山の闇の中に消えていった。
三丁の火縄銃と、二名の捕虜を連れて。
六 七島への連絡
七島の執務室。
笹木から通信が入った。
モニターに、笹木の顔が映った。
「上様」と笹木は言った。
「笹木先生。元就殿は」と時貞は言った。
「命に別状はありません。しかし——上様に伝えたいことがあると、元就様がおっしゃっています」
「どういう内容だ」
「差し出し人不明の書状が、小早川殿経由で元就様に届きました。その内容と、元就様の見解を上様にお伝えしたいと」
「書状の内容を——先に教えてくれるか」
笹木が読み上げた。
元就暗殺計画の全容。
大内残党が囮だったこと。
毛利家の弱体化が目的だったこと。
鳳凰寺との臣従関係を崩すことが狙いだったこと。
時貞は黙って聞いた。
「……こちらの分析と——ほぼ同じだな」と時貞は言った。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」と天元が答えた。「書状の内容を分析しました。元就殿の見解と同様に——事実に基づいている可能性が高いと思われます。内容の精度が高すぎます。情報を持っている者が書いた書状です」
「俺が一番気になったのは」と時貞は言った。「大内残党の背後に——彼らを動かした者が別にいる、ということだ」
「久秀の可能性が高いと思われますが」と天元は言った。「それに加えて、協力者がいる可能性も十分に考えられます。今回の動きは——久秀一人の計画にしては、複数の勢力に同時に手が届きすぎています」
「久秀に協力者か」と時貞は言った。
「場面が複雑化してきましたな、上様」と成瀬は言った。
「ああ」と時貞は言った。
時貞は、モニターの別の画面を見た。
大内残党と毛利軍の戦闘の様子が、ヤタガラスから映し出されていた。
山間で、戦闘が続いていた。
毛利の武士団が、大内残党を追い詰めていた。
「……元春が動いている」と時貞は言った。
「はい。元就様の命令を受けて、攻撃が激しくなっています」と天元は言った。
「大内残党は——逃げ始めています。輝弘と思われる人物が、山の奥に入りました」
時貞はモニターを見続けた。
(毛利が戦っている)
(俺は——今、何をすべきか)
時貞は決断した。
「笹木」と時貞は呼んだ。
「はい」と笹木が答えた。
「元就殿と——直接話せるか。モニター越しに」
笹木は少し間を置いた。
「元就様の症状は安定していますので、短い時間なら可能です」
「そうか。ならモニター越しに会談できるよう、準備してくれ」
「用意する時間をください」
「頼む」と時貞は言った。
笹木が動き始めた。
成瀬が横で言った。
「元就殿は——モニターでの会談を知らないですよね」
「そうだな」と時貞は言った。「しかし笹木が説明するだろう。元就殿なら——納得はされるはずだ」
「どういう理屈かわからなくても」と成瀬は言った。「鳳凰寺の連中が遠くと連絡を取る手段を持っているくらいのことは、知っておられますね」
「そうだ。それで十分だ」と時貞は言った。
モニターの向こうで、元就が横たわった状態で映し出された。
笹木が隣にいた。
隆景が横に座っていた。
「元就殿」と時貞は言った。
元就がモニターを見た。
奇妙なものを見る目だった。
「——これが、遠くと連絡を取る手段か」と元就は言った。
「上様」と元就は言った。
「はい」
「笹木殿を送ってくれたことに——深謝いたす」と元就は言った。
「約束を守っただけです」と時貞は言った。
元就は少し間を置いた。
「……その言葉が、今日は——重くに届きましたぞ」
七 反鳳凰寺大連合、本陣
備前・吉井川流域。
広大な平野が広がっていた。
吉井川が、その平野の横を流れていた。
河川沿いに、多数の旗が立っていた。
反鳳凰寺大連合の本陣だった。
浦上宗景が、本陣の中央に座っていた。
その周囲に、各勢力の将が並んでいた。
山名の将。
尼子残党の将。
三浦残党の将。
中小国人衆の代表たち。
「今日——ここに、この旗が立った」と宗景は言った。
広場に、巨大な旗が立っていた。
「我らは——鳳凰寺に飲み込まれない。自らの力で、自らの土地を守る」
「応」と声が上がった。
本陣の端に、南蛮商人から届いた武器が並んでいた。
火縄銃二百丁。
そして——大砲十門。
大きな鉄の筒が、整然と並んでいた。
「あの大砲さえあれば——鳳凰寺を恐れることはない」と宗景は言った。「浦上殿の手配で、南蛮から最高の武器が手に入った」
山名の将が頷いた。
「この大砲の威力は——俺たちが今まで見たことがないものだ。鳳凰寺がどんな力を持っていようと、あの大砲と、これだけの兵があれば——恐れることはない」
宗景は本陣を見渡した。
兵力は一万五千以上。
大砲十門。
火縄銃二百丁。
「勝てる」と宗景は確信していた。
その時。
本陣の入り口に、一騎の馬が来た。
「宇喜多直家殿——到着されました」と伝令が叫んだ。
宗景が顔を上げた。
宇喜多直家が、本陣に入ってきた。
供は剛介だけだった。
直家は宗景の前に来た。
頭を下げた。
「浦上様——遅参、申し訳ありません。戦の準備に手間取りました」
宗景は直家を見た。
「よいよい。しかし——遅かったな」
「面目ありません」と直家は言った。
「此度の戦は——存分に働いてもらうぞ。宇喜多の兵力は、うちの大砲と合わせれば、鳳凰寺に対しても十分戦える」
「はい」と直家は言った。
「期待しておるぞ——宇喜多」
「御意にございます」と直家は言った。
深く頭を下げた。
「それでは——私は自分の陣に戻らせていただきます」と直家は言った。
「ああ——頼む」
直家が本陣を出た。
剛介が横に並んだ。
「直家様——本当に戦いますか」と剛介は小声で言った。
「戦わない」と直家は言った。静かに。
「しかし——」
「見極める」と直家は言った。「この連合が、どこで崩れるかを、見極める。その瞬間を逃さない」
直家は振り返らなかった。
しかし——その口元が、わずかに動いた。
薄暗い笑みだった。
本陣の旗が、夏の風に揺れていた。
吉井川が、静かに流れていた。
夏の空が、広大な平野の上に広がっていた。
反鳳凰寺大連合の旗が、その平野を埋めていた。
そして——その空の遥か上に、ヤタガラスが静かに飛んでいた。
全てを見ていた。
全てを記録していた。
中国・備前動乱が——戦へと向かっていた。
(第六十章へ続く)




