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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第五十八章 ―銃声

第五十八章 ―銃声―

一 元就、出陣

永禄九年(1566年)、夏。

石見国、山間の街道。

毛利元就は馬乗し走らせていた。

七十歳を超えた老将だった。

しかし——その背中は、まっすぐで覇気に満ちていた。

先頭に立っていた。

後ろに、毛利の武士団が続いていた。

桂元澄が、元就の横に馬を並べた。


「元就様」と元澄は言った。

「何だ」と元就は言った。

「此度の件——隆景殿か、元春殿に任せても」

「だめだ」と元就は言った。

声に、決然としたものがあった。

「大内は——この儂が終わらせる。それが筋だ」

「しかし——お体が」

「まだ動く」と元就は言った。「動けるうちに、動く。それが武士というものだ」

元澄は黙った。

元就の言葉に、反論の余地はなかった。


石見の山道を、馬が進んでいた。

夏の日差しが、木の葉の間から差し込んでいた。

風が涼しかった。

平和な光景だった。

しかし——その平和の下に、何かが潜んでいた。


二 潜む影

街道から外れた林の中。

大内家残党の一団が、息を殺していた。

十名だった。

全員が、武装していた。

その手に——火縄銃が握られていた。

久秀の忍衆が大内残党に届けたものだった。

実際には、南蛮商人経由で流れてきた銃だ。そしてその忍衆に武器を渡したのは、南蛮商人を隠蓑にしたイエズス会の宣教師を語る人物だった。

しかし——大内残党は、その銃の来歴を知らなかった。

知っているのは、大内輝弘より「自らが討伐に毛利は動く!機会はその時ぞ!、是非に仕留めろ!」という命令だけだった。


一団の中の一人が、小声で言った。

「来ました。馬が」

一団の長が、林の外を覗いた。

街道に、馬の列が見えた。

先頭に、老将が乗っていた。

「——元就だ」と長は言った。

「間違いないですか」

「あの背中は——元就だ。儂は知っている」「まさか元就が出てきたとはな…」

長はニヤリと笑い銃を構えた。

「大内家再興のために——やるぞ!」


しかし——その大内残党の一団を。

さらに別の方向から、見ている者たちがいた。

二人組だった。

大内残党の動きを、監視し追っていた。

二人組の一人が、小声で呟いた。

「注意が必要だと思って監視をしていたが……やはり当たりだったな」

その手には——火縄銃があった。

「お前らの勝手にはさせんぞ」


三 銃声

元就が、街道を進んでいた。

馬の蹄の音が、山道に響いていた。

元澄が横にいた。

武士団が後ろに続いていた。


その瞬間。

一発の銃声が、山間にこだました。

乾いた、鋭い音だった。

元就の乗っていた馬が——前方に向かって、突然倒れた。

「——っ」

元就が馬から飛ばされた。

地面に叩きつけられた。

「元就様ーーーっ」

桂元澄が叫んだ。

同時に、数発の銃声…。

元就の左肩に——一発の弾が当たった。

鮮血が、飛び散った。

「元就様を守れーっ」と元澄は叫んだ。「辺りを警戒しろーっ」

武士団が一斉に停止した。

各自が刀に手をかけた。

警戒の輪が、元就の周囲に作られた。


元澄は馬から飛び降りた。

地面に倒れた元就に駆け寄った。

「元就様——元就様っ」

元就は意識があった。

地面に倒れたまま、歯を食いしばっていた。

「……わかっておる」と元就は低く言った。

「お体は——」

「肩だ。命に関わる場所ではない。しかし——血が止まらない」

「すぐに手当てを——」

元就は元澄の腕を掴んだ。

「……撃ったのは、誰だ」と元就は言った。

その目が、まだ鋭かった。

痛みを、意志の力で押さえていた。

「わかりません。銃声は——二方向から聞こえました」

「二方向?」と元就は言った。

「はい。一発目と二発目で——方向が違います」

元就は少し間を置いた。

「……二組いたということか?」


林の中では。

大内残党の長が、舌打ちをしていた。

「ちぃ——外した」と長は言った。

馬が倒れたことで、元就の動きが変わった。

狙いが外れた。

「すぐ立ち去るぞ」

一団が動き始めた。

走りながら——長は叫んだ。

「誰だ——我らより先に撃ったのは」

「よくも邪魔をしてくれたなーっ」

その声が、山間に消えていった。


一方、謎の二人組は、既に現場を離脱していた。

「なんとかうまくいった」と一人が言った。

「元就を殺らせるわけにはいきませんからな」

「しかし——大内め。余計な手間をかけさせてくれる」もう一人が言った。

「それにしても妙だ、やつら一体どこからあの火縄銃を手に入れてきた?」「大内の連中には手に入れる宛は無いはずだ」

「今回の反鳳凰寺連合に売ってきた南蛮商人から手に入れたのでは?」もう一人が言う。

「大内と反鳳凰寺に繋がりは一切ないぞ」「それに…俺の知っている限りでは、火縄銃二百丁、大砲十門、それ以上は用意はできない、手元にはもうない…という話だったぞ」

「…ということは、連中に火縄銃を用意した別の南蛮人がいるのでしょうか?」もう一人が問う。

「配下の者に大内の後を追わせろ」

「御意」もう一人が返答する。


「我らも急いで、この場を離れるぞ」

そうして二人組は山の中に消えた。——正体を隠しながら………。


四 急報

七島の執務室。

成瀬が飛び込んできた。

「上様っ——急報です」

時貞が顔を上げた。

成瀬の顔が、青かった。

「毛利元就殿が——狙撃されました。重症です」

時貞の顔が、変わった。

「……何だと」

「左肩に銃弾を受けています。出血が激しい。命に別状があるかどうか——まだわかりません」

「火縄銃か」

「はい。銃声が二方向から聞こえたとのことで——詳細はまだ不明ですが」

時貞は立ち上がった。

「至急、笹木を呼べ」と時貞は言った。

「はい」

「輸送ヘリを即座に出す。笹木を毛利に送る。元就殿を——絶対に救え」

「はい」と天元が答えた。

「至急、その様に手配します。輸送ヘリの出動準備、笹木殿への連絡、毛利への連絡——全て同時に進めます」

「頼む」


時貞は少し間を置いた。

(元就殿が撃たれた)

(銃で)

(しかし——元就は死んでいない。まだ生きている)

(生きている間に、救う)

「急げ」と時貞は言った。


笹木淳子は、呼ばれた時、すでに医療バッグを手にしていた。

「状況は」と笹木は言った。

「左肩への銃撃。出血大。元就は七十歳を超えています」と天元が答えた。

「わかりました」と笹木は言った。

「笹木先生」と時貞は語りかけるり

「はい」

「元就殿を——絶対に救ってくれ」

笹木は時貞を見た。

「必ず」と笹木は言った。

「出発前に一つだけ言う」と時貞は言った。「もし元就殿から——なぜ救うのか?と聞かれたら、こう答えてくれ——————と」

笹木は少し驚きながら言った。

「わかりました」

笹木は、医療器材と医療スタッフ三名と共に、輸送ヘリに乗り込んだ。そして毛利元就の元へ飛び立っていった。

「頼んだぞ」いつまでも見送る時貞がいた。


五 ヘリの到着

石見、街道近くの平地。

毛利の武士団が、元就を囲んでいた。

元就は地面に横たえられていた。

桂元澄が、傷口を布で押さえていた。

しかし——血が、止まらなかった。

「……急いでくれ」と元澄は言った。

武士の一人が言った。

「しかし、この場所で——何ができる」

元澄は歯を食いしばった。

(鳳凰寺の連絡を待つしかない)


その時。

空から——轟音が来た。

武士団が、一斉に空を見上げた。

巨大な鉄の化け物が——空から降りてきた。

輸送ヘリだった。

砂埃が舞った。

木の葉が飛んだ。

武士たちが、思わず後退した。

「なんだ——あれは」

「鳳凰寺の——空を飛ぶ鉄の化け物」

「あれが、ここへ」

ヘリが、平地に着陸した。

ドアが開いた。

笹木が降りてきた。

その後ろに、医療スタッフ三名が機材を持って続いた。


笹木は走った。

元就のもとへ。

元澄が道を開けた。

笹木は元就の横に膝をついた。

傷口を確認した。

「銃弾は肩に残っていますか」

「わからない」と元澄は言った。

笹木は手袋をはめた。

傷口を素早く確認した。

「……残っています。肩甲骨の近く。血管は——辛うじて外れています。しかし出血が激しい。この場で急いで処置します」


元就が目を開けた。

目の前に、女が覗き込んでいた。

「……鳳凰寺の者か」と元就は言った。

「はい」と笹木は言った。「笹木淳子です。今から処置を始めます。動かないでください」

「……なぜワシを救おうとする?」しかし元就のその声は、弱々しかった。

しかし——その目は、まだ鋭かった。

「ワシが消えれば、毛利との臣従関係が崩れる。鳳凰寺にとっては、それが都合いい場合もあるだろう」

笹木は手を止めなかった。

処置をしながら、答えた。

「上様は約束を守ります」と笹木は言った。「毛利家を不当に扱わないと、約束したと。暗殺されることは——不当な扱いだと、時貞様は私を送り出す前にそう話されました」

元就は黙った。

「だから私はあなたを——絶対に死なせません」

笹木の声に、迷いがなかった。


六 緊急手術

「輸液を始めて」と笹木はスタッフに言った。

「始めます」とスタッフが答えた。

腕に針が刺された。

輸液のルートが確保された。

「麻酔の準備」

「準備できています」

「止血処置。その後、銃弾の摘出」

スタッフが次々と動いた。


桂元澄は、その光景を見ていた。

笹木の手が、素早く動いていた。

鉄の箱から、見たことのない道具が次々と出てきた。

金属の細い棒。

光る刃。

白い布。

薬の入った小瓶。


「麻酔をします。少し眠くなります」と笹木は言った。

「眠らなくていい」と元就は言った。

「痛みが——激しくなりますよ」

「痛みには慣れておる」

笹木は元就を見た。

その目が、武士の覚悟であった。

「わかりました。局所麻酔だけにします。この部分だけ、感覚がなくなります」

「任せる」

薬が投与された。

元就の肩周りが、少しずつ感覚を失っていった。


「銃弾の摘出を始めます」と笹木は言った。

精密な動きで、笹木の手が動いた。

スタッフが、照明を当てた。

「見えます。肩甲骨の横、三センチ。深部に入っています」

「止血しながら進みます」

笹木の手が、傷口の中へ進んだ。


周囲で見ていた毛利の武士団が、息を飲んでいた。

女人が——人の体の中に手を入れていた。

そんなことが、できるとは思っていなかった。

しかし笹木の動きは、迷いがなかった。

速かった。

正確だった。


「——あった」と笹木は言った。

細い金属製の器具が、傷口の中に入った。

「つかみます」

静寂。

「抜きます」

ゆっくりと、確実に。

傷口から——銃弾が出てきた。

小さな、丸い鉄の塊だった。

「摘出完了」と笹木は言った。

スタッフが拍手した。

「縫合します。出血を止めます」


元就は目を開けたまま、天を見ていた。

空が青かった。

夏の空だった。

肩の感覚がなかった。

しかし——体の奥の方に、痛みがあった。

「……終わったか」と元就は言った。

「終わりました」と笹木は言った。「銃弾は摘出できました。縫合も完了です。安静にしていれば——命に別状はありません」

元就は少し間を置いた。

「そうか」

「しかし——無理は禁物です。しばらく動いてはなりません」

「わかった」と元就は言った。

その声が、少し変わった。

柔らかくなった。

「……こんなおいぼれのために」と元就は言った。

「おいぼれではありません」と笹木は言った。

「毛利元就様ですよ。この乱世を——誰より深く長く生きてこられた人間です」

元就は笹木を見た。

その目が——少し濡れた。

七十年の乱世を生きてきた老将の目が。

「……時貞様」と元就は言った。

声が、低かった。

しかし——その一言に、全てが込められていた。


七 元春と家臣たちの衝撃

輸送ヘリの横で。

吉川元春が立っていた。

元就の次男だった。

直情径行の武将として知られていた。

今日は——その元春が、言葉を失っていた。


父が撃たれた時、元春は少し離れた場所にいた。

急報を受けて駆けつけた時、既に笹木が処置を始めていた。

「……これが」と元春は呟いた。

「鳳凰寺か」

横に立っていた家臣が言った。

「はい。あの鉄の化け物が空から来て——女人が元就様の体の中を…」

「見てはいけないものを見た気がする」と別の家臣が言った。

「いや」と元春は言った。

その声が、静かだった。

「見てよかった」

家臣が元春を見た。

「これが——鳳凰寺の力か…」と元春は言った。「俺は今まで、何度も鳳凰寺を疑ってきた。しかし——今日初めて、鳳凰寺の力が本物であったこと、その力は何のためにあるのかを理解した気がする」

「どういう意味ですか」

「父を救うためだ、人を守るためだ」と元春は言った。「この力があれば、人を容易に殺すことができる。しかし鳳凰寺は——その力を、救うために使っている」

元春は笹木の背中を見ていた。

女人が、老将の体を一心に治療していた。

「……俺は今まで、鳳凰寺に感情的に納得していなかった」と元春は言った。

「はい」と家臣は言った。「隆景様も、そう話されていました」

「今日——少し、変わった気がする」と元春は言った。

それだけだった。

元春はそれ以上言わなかった。

しかし——その目が、変わっていた。


八 小早川への知らせ

同じ頃。

別の場所にいた小早川隆景の元に、急報が届いた。

「父上が——撃たれた?」「父上の命は」と隆景は言った。

「はい。石見の街道で。銃撃です。鳳凰寺の者が毛利に到着し、笹木殿という医師が処置中です。命には別状ないとのことです」

隆景は息を吐いた。

「よかった……」

しかし——すぐに次の問いが来た。

「誰が撃った?」

「大内残党と思われますが——詳細は確認中です」

隆景は少し考えた。


その時。

隆景の元に一通の書状が、届いたと家臣からの報告があった。

差出人は書かれていなかった。

しかし内容は——精密だった。


小早川隆景殿へ。

今回の件の全容は以下とおりに推察致します。

大内残党の決起は——毛利家の者を誘き出すための罠。今回はたまたま元就殿が犠牲となられました。

毛利家の誰かが消えれば、毛利家中が混乱し弱体化する。鳳凰寺との臣従関係も崩れる。

それが、今回の計画の目的のようです。

元就殿の命を狙ったのは大内残党ですが——背後に彼らを動かした者が別にいることが考えられます。

その者はまだ特定できていません。

お気をつけて。


隆景は書状を読んだ。

「……罠だったのか」と隆景は言った。

差出人が誰かは、わからなかった。

しかし——内容の精密さが、信頼性を示していた。

「父上を誘き出すための、大内残党の決起」

「毛利を弱体化させるための計画」

「鳳凰寺との臣従関係を崩すことが目的」

隆景は書状を折りたたんだ。

「——誰が、こんな書状を?」その問いが、隆景に浮かんだ。

大内残党の狙いを知り、俺に知らせた者がいる。

「今は——考えている場合ではない」と隆景は言った。

「父上のもとへ——俺も向かう」


九 七島の分析

七島の執務室。

笹木が出発した後、時貞は幹部たちと向き合っていた。

「元就殿は——銃で撃たれた」と時貞は言った。

「大内残党の仕業と思われますが——確証がありません」と風間は言った。

「銃が——大内残党に流れていた」

「はい。その流れが、まだ追えていません。どこから来たのか」

時貞は少し間を置いた。

「誰かが大内残党に銃を届けた。そして大内残党を動かした。その誰かを——特定する必要がある」

「久秀の可能性が高いと思われますが——証拠がありません」と天元が言った。

「他に——状況の変化はあるか」と時貞は問うた。

「あります」と風間は言った。「備前を中心に、複数の勢力がさらに糾合しています。反鳳凰寺大連合への参加者が増えています」

「浦上宗景が中心か」

「はい。しかし——直家については」と風間は言った。

「直家については何か掴めたか」

「一切情報がありません」と風間は言った。

「連合に参加しているのかどうかも、わかりません」

時貞は少し間を置いた。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「宇喜多直家という男の分析を——改めて行ってくれ」

「了解しました。現在の分析を報告します。宇喜多直家。備前の梟雄として知られる男。三十四歳。浦上宗景の家臣として台頭してきましたが——現在の動きが読めません。浦上側なのか、中立なのか、あるいは全く別の目的で動いているのか——判断できません」

「珍しいことだな」と時貞は言った。

「はい」と天元は言った。「この男は情報を出さない。ヤタガラスで備前を監視していますが——直家の動きが見えません。城の中にいる。しかし何をしているかがわからない。それ自体が、意図的なものだと思われます」

「情報を出さないことを、意図的に行っている」

「はい。これほど情報が見えない人物は——久秀以外に、今まで見たことがありません」

時貞は少し考えた。

「梟雄と呼ばれる男が、反鳳凰寺連合の騒乱の中で、姿を消している」

「はい」

「それは——この騒乱の外にいるからではなく、この騒乱の中で、別の動きをしているからかもしれない」と時貞は言った。

「可能性は高いと思います」と天元は言った。「しかし、その動きが何かは——わかりません」

「わからない」と時貞は言った。

「はい」

成瀬が横で言った。

「上様。今の段階で、直家への対応は——どうしますか」

「見ている」と時貞は言った。「直接動くことはしない。しかし——目を離さない。直家が何かをするなら、必ずその時が来る。その時まで、待つ」


時貞は窓を開けた。

夏の七島の風が入ってきた。

「元就殿は——笹木が必ずや救う」と時貞は言った。

「はい」

「毛利領内の反乱は——毛利の武士団が鎮圧する。鳳凰寺はその補助として動く」

「了解しました」

「大内残党についても——毛利が対応する。俺たちは必要な時だけ動く」

「はい」

「そして備前の連合については——今は動かない。相手が動くのを待つ」

時貞は少し間を置いた。

「しかし」と時貞は言った。

「はい」

「直家だけは——特別に注意して見ていてくれ。天元。ヤタガラスで備前を最優先で監視してほしい」

「了解しました」と天元は言った。

「あの男は——この騒乱の中で、俺たちが気づかない動きをしているかもしれない。その動きを、見逃したくない」


一〇 元就の目

石見の野。

手術が終わった後。

元就は安静にさせられていた。

笹木が横にいた。

元春が、少し離れた場所で座っていた。

桂元澄が、ずっと元就の横を離れなかった。


「……笹木殿」と元就は言った。

「はい」と笹木は答えた。

「時貞様は——本当に、あのような方か?」

「どういう意味ですか」

「約束を守る、と言った。そして儂の命を、本当に救ってくださった…」

「はい、時貞様は——そういう方です」と笹木は言った。

「約束を守ろうとする…ただそれだけです。単純に、約束したから、動く——そういう分かりやすい方です」

元就は少し間を置いた。

「……単純すぎる」と元就は言った。

「そうかもしれません」と笹木は言った。「しかし——その単純さが、あなたを救いました」

元就はしばらく、空を見た。

夏の青い空だった。

輸送ヘリが、その空に向かって飛んでいた。

「……儂は今日まで、時貞という若者を信じながら、どこかで疑っていた」と元就は言った。

「はい」

「しかし今日——本当の意味で、信じる気持ちになった」

「それは——よかったです」

「お主が来てくれたおかげだ」と元就は言った。

笹木は少し間を置いた。

「私は来ただけです。命令をしたのは時貞様です。私はその命令を実行しただけです」

元就は笹木を見た。

「……謙虚な女人だな」

「時貞様に比べれば、誰でも謙虚になりますよ」と笹木は言った。

元就が——笑った。

弱々しい笑いだったが、確かに笑いだった。

「……面白い女人だ」と元就は言った。

七十年の乱世を生きた老将が、笑った。

その夏の野に——少しだけ、穏やかな空気が流れた。

中国・備前動乱は、まだ始まったばかりだった。

しかし——この瞬間。

毛利元就という老将が、鳳凰寺時貞という若き当主を。

本当の意味で——信じた。

それが、この動乱の中で生まれた、最初の確かなものだった。


(第五十九章へ続く)

一部加筆修正致しました(^_^;)

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