第六十章 ―動乱、決起―
一 モニター会談、毛利と鳳凰寺
七島の執務室。
時貞は、モニターの前に座っていた。
笹木からの準備完了の通信が入った。
「上様——元就様とつながりました」
モニターに、石見の映像が映し出された。
元就が横たわっていた。
顔色はまだ悪かった。
しかし——その目は、乱世七十年を生き抜いた老将の、鋭い光を取り戻していた。
隆景が横に座っていた。
笹木が元就の後ろに控えていた。
「元就殿」と時貞は言った。
元就がモニターを見た。
しばらく、奇妙なものを見る目だった。
「——これが、遠くと連絡を取る手段か」
「はい」と時貞は言った。「声と顔が、遠く離れていても届きます」
元就は少し間を置いた。
「……まったく」と元就は言った。
かすかに、苦笑いに近い表情が浮かんだ。
「上様に仕えて——儂はまだまだ驚かされ続けるようじゃのう」
「笹木殿を送れたことは——よかったです」と時貞は言った。
「深謝いたす」と元就は言った。「しかし、上様」
「はい」
「今日の本題は——感謝ではない」
元就の声が、変わった。
老将の声になった。
「此度の動乱——儂は毛利として、上様とともに動く覚悟を固めた」
時貞は静かに聞いていた。
「しかし——上様に、一つだけ確かめたいことがある」
「なんでしょうか」
「上様は——毛利のために、毛利領に来ていただけるか」
執務室の空気が、少し変わった。
成瀬が時貞の横で、動きを止めた。
天元のシステム音が、かすかに聞こえていた。
時貞は考えた。
一瞬だった。
「行きます」と時貞は言った。「毛利領に——俺も行きます。移動指揮所を設置して、そこから全体を見ます。俺自身が戦場に出るわけではありませんが——毛利ともに動きます」
元就は少し間を置いた。
その目が、わずかに細くなった。
「……上様」と元就は言った。
「はい」
「それで十分です」
元就が、横の家臣に顔を向けた。
「至急——受け入れの準備を整えろ。鳳凰寺の方々が毛利領に来る。すぐに動け」
「はっ」と家臣が立ち上がった。
「急げ。急ぐのじゃ」
家臣が走り去った。
元就が再びモニターに向いた。
「上様」と元就は言った。
「はい」
「儂は今、動けませんがな——」
そこで元就の口元が、大きく動いた。
「がはははーーー」
豪快な笑い声が、モニターを通して七島に届いた。
成瀬が思わず目を丸くした。
「此度は鳳凰寺と毛利が共に動くことを——儂は心から嬉しく思いますぞ。儂が動けぬのは悔しいですが——隆景と元春がおります。心配はしておりませぬ」
時貞は、元就の笑い声を聞いていた。
「ありがとうございます、元就殿」
その言葉は——静かだった。
しかし重かった。
「毛利を守ることが、この動乱での鳳凰寺の最優先事項です」
元就の笑い声が、少し収まった。
「……上様」と元就は言った。
「はい」
「約束を守る男じゃ——やはり」
そう言うと元就は目を閉じた。
「隆景」と元就は言った。
「父上」
「上様と——しっかり働け」
「はい」と隆景は言った。
隆景がモニターに向いた。
「上様——毛利領で、お待ちしておりますぞ」
時貞は頷いた。
「必ず行きます。それと——謎の書状の件、俺も一緒に調べたい。毛利領についたら、その書状を見せてください。そのあとは——隆景殿と、一緒に調べましょう」
隆景がかすかに目を細めた。
「……上様が——直接、ですか」
「そうです」
隆景は少し間を置いた。
「——わかりました」と隆景は言った。
その声は静かだったが、確かな何かが込められていた。
「毛利に来ることを——お待ちしております」
通信が、切れた。
執務室が静かになった。
成瀬が口を開いた。
「上様——本当に毛利領に行くのですね」
「ああ」と時貞は言った。
「移動指揮所の準備を急ぎます」
「頼む」と時貞は言った。
時貞は立ち上がった。
窓から外を見た。
七島の海が、夏の光を受けていた。
(毛利の民が、傷つけられている。元就が狙撃された。これは——毛利だけの問題ではない)
時貞は振り返った。
「天元」
「はい」と天元が答えた。
「熊谷を呼んでくれ」
「了解しました。接続します」
二 七島、熊谷への移譲
熊谷主計の顔が、モニターに映し出された。
この動乱の情報を受けて、彼はすでに戦闘準備の検討を進めていた。
「上様」と熊谷は言った。「お呼びでしょうか」
「今回の動乱について——熊谷の考えを聞かせてくれ」と時貞は言った。
熊谷はモニター上に地図を映し出させた。
「大砲への対策について、ご説明申し上げます」
「話してくれ」
熊谷が口を開いた。
「反連合の大砲は十門です。射程は最大で八百メートル前後。一発撃つのに五分から十分。この遅い連射速度が——弱点です。しかし」
熊谷の声が変わった。
「大砲は、平野での集団戦においては——大きな脅威になります。散弾を使えば、一発で複数の兵士が倒れる。鉄球弾を使えば、陣形を崩される。毛利軍が主力となる地上戦においては、この大砲をいかに早く無力化するかが——勝敗を分けます」
「対策は」と時貞は言った。
熊谷が続けた。
「空軍のアパッチを使います。戦闘開始前、または戦闘開始と同時に——敵大砲陣地を上空から制圧します。大砲は移動が遅い。アパッチに対して反撃する手段が、この時代の相手にはありません。全十門を破壊、または使用不能にすることを最優先とします」
「陸軍は」
「十六式機動戦闘車を前面に出します。反連合の火縄銃は、十六式の装甲に対して有効打を与えられません。前面に十六式が出ることで、毛利軍の歩兵部隊への損害を最小限に抑える盾となります。毛利軍は十六式の後ろから前進し、敵陣を突き崩す形になります」
「海軍は」
「南蛮船の海上封鎖を行います」と熊谷は言った。「今回の武器を運んだ南蛮船が、まだ備前沿岸に停泊している可能性があります。追加の武器搬入を防ぐためにも——早急に海上封鎖を行い、対象船舶をすべて拿捕します」
時貞は黙って聞いていた。
「天元への指示は」
「ヤタガラスの情報を——熊谷と毛利の両方にリアルタイムで提供してもらいます。敵の動き、大砲の位置、後方の補給路、南蛮商人の動き——全てを共有します」
「方針を確認する」と時貞は言った。
熊谷が頷いた。
「こちら鳳凰寺と毛利、両軍の被害を最小限にすることが最優先事項です。敵への被害については——今回は一切考慮しない」
静寂が、一瞬だけ続いた。
成瀬が目を細めた。
時貞が言った。
「その方針で行く」
「了解しました」
「熊谷」と時貞は言った。
「はい」
「今回の軍事行動の——鳳凰寺軍、陸海空全軍の指揮権を、お前に移譲する」
熊谷が顔を上げた。
「上様——」
「俺は移動指揮所から全体を見る。しかし現場の判断は——熊谷、お前が下せ。俺が判断を求められる場面では、すぐに答える。しかし基本は——お前に任せる」
熊谷はしばらく黙っていた。
「——承りました」と熊谷は言った。
その声は、重かった。
「全軍——毛利領に急行します」
「頼む」と時貞は言った。
三 宇喜多直家の読み
備前・宇喜多の陣。
夜が、陣屋を包んでいた。
宇喜多直家は、一人で灯りの前に座っていた。
剛介が横に控えていた。
「直家様——」と剛介は言った。
「わかっている」と直家は言った。
剛介は口を閉じた。
直家は地図を見た。
吉井川流域の反連合の布陣。
そして——備後、石見方面に広がる毛利軍の動き。
「南蛮の大砲が届いた」と直家は言った。
「はい」
「宗景は——あれで勝てると思っている」
「大砲の威力は——確かにすさまじいものがあります。先の演習を見ていましたが、あれが当たれば——」
「関係ない」と直家は言った。
静かに。
「大砲が——鳳凰寺に当たると思うか」
剛介は黙った。
直家が続けた。
「俺は、鳳凰寺の本当の力を——まだ全部は見ていない。しかし、これだけはわかる。今まで鳳凰寺と戦って——勝った者は、一人もいない」
「はい」
「大砲があれば勝てる。大砲があれば恐くない——そう思っているのは、この乱世の常識で動いている者たちだ。しかし鳳凰寺は——この乱世の常識の外にある」
直家は地図から目を離した。
「この連合は負ける」と直家は言った。
確信の声だった。
「それがわかっている者は——この連合の中に、俺以外にいない。そしてそれがわかっているからこそ、俺には——やるべきことがある」
「浦上を討つ機を——見極めること、ですか」と剛介は言った。
「そうだ」と直家は言った。
「連合が崩れる瞬間がある。鳳凰寺が動けば——必ずその瞬間が来る。宗景が混乱し、指揮が乱れ、各勢力が自分の陣地を守ることしか考えなくなる。その時が——俺の動く瞬間だ」
直家は灯りを見た。
「鳳凰寺に臣従する。それが——俺が選ぶ道だ。しかしただ頭を下げるだけでは、俺の価値はない。価値を示してから——臣従する。それが宇喜多直家のやり方だ」
剛介は黙っていた。
直家の目が、灯りの中で光っていた。
「浦上を討つ」と直家は言った。「それが——俺の、鳳凰寺への手土産だ」
四 備中に影が走る
毛利領・備中。
夏の午後だった。
村の空が、青く広がっていた。
田んぼに、稲が青く揺れていた。
子供たちが、川の近くで遊んでいた。
その光景が——突然、変わった。
地平の向こうから、砂埃が上がった。
馬の蹄の音が、大地を揺らした。
「来たぞ——」と村の男が叫んだ。
「逃げろ——敵だ——」
子供たちが走り出した。
女たちが、声を上げながら家の中に駆け込んだ。
反鳳凰寺大連合の先方隊が、備中に入っていた。
三千の兵だった。
浦上の直属部隊ではなかった。
連合に加わった中小国人衆の兵だった。
「毛利の領地じゃ——存分にやれ」と先方隊の将が叫んだ。
兵士たちが、村に入っていった。
家の戸を蹴破った。
蓄えていた米を引きずり出した。
家畜を連れ去った。
逃げ遅れた村人が、引き倒された。
女の悲鳴が上がった。
「やめろ——やめてくれ——」
老人が、足軽の前に立ちふさがった。
足軽が、老人を蹴り飛ばした。
老人が、地面に倒れた。
「邪魔をするな——」
村が、煙に包まれ始めた。
火が上がった。
家が燃えた。
「次の村へ——急げ」と将が叫んだ。
先方隊は、村を蹂躙しながら、備中の奥へと進んでいった。
その報告が、毛利軍の本陣に届いた。
吉川元春が、その報告を受けた。
「——備中に、敵の先方隊が」
「三千ほどです。村々を焼きながら進んでいます」
元春の顔が、変わった。
「民が、やられているのか」
「はい。複数の村が——」
元春は馬に飛び乗った。
「全軍——急行するぞ」
「元春様——」と副将が言った。「罠の可能性が——」
「わかっておる」と元春は言った。
「しかし——民が今、苦しんでいる。先に動かなければならぬ」
元春が馬を走らせた。
毛利軍が動いた。
備中の街道で、毛利軍と先方隊が衝突した。
元春が前線に出た。
「前へ——」と元春は叫んだ。
毛利の足軽隊が、先方隊に向かって走った。
先方隊の兵士たちが、火縄銃を構えた。
銃声が響いた。
毛利の足軽が数十名、倒れた。
「止まるな——」と元春は叫んだ。
毛利軍が、接近した。
接近戦になった。
しかし——毛利軍は、乱世の最前線で戦い続けてきた軍だった。
大連合先方隊の前線が、じりじりと押されていった。
「押せ——押すぞ——」と元春が叫んだ。
先方隊が後退し始めた。
「——撤退」と先方隊の将が叫んだ。
後退が始まった。
しかし——その後退が、おかしかった。
速すぎた。
乱れていなかった。
整然としていた。
(——罠か)
元春が気づいた。
しかし——毛利軍の勢いは、すでに止まらなかった。
足軽たちが、逃げる先方隊を追い始めていた。
「待て——待て——止まれ——」と元春は叫んだ。
しかし声は、戦場の喧騒に飲み込まれた。
先方隊が、備前方面に向かって後退していった。
毛利軍の前線部隊が、追っていった。
元春は馬を止めた。
「……釣られた」と元春は言った。
低い声だった。
五 七島の時貞
七島の執務室。
天元からの報告が、続いていた。
「上様——毛利軍の先行部隊が、先方隊を追って備前方面に進んでいます」
時貞の顔が、引き締まった。
「備中の被害は」
「複数の村が焼かれています。民の被害が出ています。人的被害の詳細は——現在確認中です」
そこにはヤタガラスから送られてきた現地の様子がモニターに映し出されていた。
時貞は立ち上がった。
しかし時貞はその様子を見ていられなかった。
(民が——毛利の民が、傷つけられた)
時貞は思った。
(村が焼かれた。老人が蹴り飛ばされた。女の悲鳴が上がった)
ヤタガラスから送られてきた映像………
燃える村の映像だった。
倒れて動かない老人の映像だった。
蹲り泣いている子供の映像だった。
時貞は、その映像をただ黙って、見ていることしかできなかった。
成瀬が、時貞の横顔を見た。
時貞の表情が——変わっていた。
いつもの、柔らかい表情ではなかった。
真剣のような、冷たさだった。
感情を消した顔ではなかった。
感情が——ひどく鋭くなった顔だった。
成瀬は、固唾を飲んだ。
横にいた天元のシステム音が、かすかに止まりそうになった。
「上様——」と成瀬は言った。
時貞は振り返った。
「成瀬」
「はい」
「民が傷つけられた」
「はい」
「ここまでやるのか」と時貞は言った。
その声は静かだった。
しかし——その静かさが、怖かった。
「乱世が——こういうものだとは、知っていた」と時貞は言った。「知識としては。しかし——実際に見ると」
時貞は少し間を置いた。
「怒りが、理性より先に来る」
成瀬は黙っていた。
「毛利の民を傷つけた者は——許さない」と時貞は言った。
その言葉が、部屋の空気を変えた。
天元が言った。
「上様——全軍への命令を」
時貞は深く息を吸った。
そして——命令を下した。
「全軍——毛利領に急行せよ。移動指揮所を設置次第、俺も毛利領に入る。熊谷——聞こえているか」
熊谷の声が応じた。
「聞こえています、上様」
「行け」
「——全軍、出動します」
六 元春の苦渋と転機
備中・街道。
毛利軍の追撃部隊が、備前との境に近い丘陵地帯に差し掛かっていた。
追っていた先方隊の姿が——突然、見えなくなった。
「……どこへ消えた」と前線の指揮をしている武将が言った。
丘陵の向こうに、静寂が広がっていた。
「止まれ——止まれ——」と武将が叫んだ。
部隊が止まった。
前方の丘陵が、静まり返っていた。
そして——丘陵の向こうから、音が聞こえてきた。
太鼓の音だった。
一つではなかった。
複数だった。
「——伏兵だ」と武将が叫んだ。
丘陵の稜線に、旗が現れた。
反連合の旗だった。
次々と、稜線に兵士が現れた。
「囲まれた——」
毛利軍の追撃部隊が、立ち止まった。
前に敵。
左右の丘陵にも敵。
後退路だけが、かろうじて開いていた。
「後退——後退するぞ——」と武将が叫んだ。
毛利軍が反転した。
後退を始めた。
反連合の兵が、追い始めた。
「逃がすなーーっ」という声が丘陵から響いた。
毛利軍の後退部隊に、矢と銃弾が降り注いだ。
数十名が倒れた。
「急げ——急げ——」と武将が叫んだ。
毛利軍が駆け足で後退した。
その報告が、元春のもとに届いた。
「前線部隊が——敵の伏兵に」
元春の顔が、激しく引き締まった。
「損害は」
「現在確認中ですが——数十名が——」
元春が拳を握った。
「やはり——釣りだったか」
副将が言った。
「元春様——援軍を出しますか」
元春は少し考えた。
「出す」と元春は言った。「しかし——無計画には出さない。前線部隊を収容したのちに、態勢を立て直す。鳳凰寺が来るまで——毛利は持ちこたえる」
その時。
元春の通信機が、動いた。
以前笹木が設置していた、七島との通信用の端末だった。
画面に、天元の声が届いた。
「吉川元春様——聞こえますか。七島の天元です」
元春が端末を取った。
「——聞こえる」
「現在の状況を把握しています。鳳凰寺軍が、全軍急行中です。先行してアパッチ…空を飛ぶ鉄の塊が毛利領に到達する時間は——一時間以内です」
元春の目が、変わった。
「——鳳凰寺が来るのか」
「はい。上様の命令が出ました。上様ご自身も——毛利領に入られます」
元春は少し間を置いた。
「……上様が——毛利に来てくださるか」
「はい」
元春は端末を握りしめた。
「——わかった」と元春は言った。
声が、変わった。
「毛利は——鳳凰寺が来るまで、持ちこたえる。それだけだ」
「了解しました。引き続き状況を共有します」
端末から天元の声が消えた。
元春は前方を見た。
丘陵の向こうで、戦闘の音が続いていた。
「——上様が来る」と元春は言った。
副将が聞いた。
「何でしょうか」
「鳳凰寺が、毛利を守りに来る」と元春は言った。「持ちこたえるぞ。毛利は——一人も無駄に死なせない。鳳凰寺が来るまで、守りに徹する」
「はっ」
毛利軍が、守備隊形を取り始めた。
七 吉井川の対峙
備前・吉井川。
夕暮れ前の光が、川面を染めていた。
吉井川の東岸に、反鳳凰寺大連合の旗が並んでいた。
西岸に——毛利軍の残存部隊が、布陣を終えていた。
川を挟んで、両軍が向き合っていた。
反連合の本陣では、浦上宗景が前線の報告を受けていた。
「先方隊の釣り出しは——成功しました。毛利の前線部隊を引き込み、伏兵で打撃を与えました」
「うむ」と宗景は言った。「毛利は——まだ持ちこたえているか」
「はい。しかし損害を受けており、守りに入っています」
「このまま押せるか」
「大砲を前線に移動させれば——毛利の陣形を崩せます。その後、全軍で川を渡れば」
宗景が頷いた。
「大砲を——前に出せ」
しかしその時。
夕暮れの空に——異音が生じた。
遠く、低い音だった。
最初は小さかった。
しかし——近づいてくるにつれて、大きくなった。
反連合の兵士たちが、空を見上げた。
「——何だ、あれは」
空に、黒い影が見えた。
一つではなかった。
複数だった。
翼を持ち、回転するものを頭上に持つ鉄の塊が——夕暮れの空を飛んでいた。
「——化け物か」
誰かが叫んだ。
反連合の兵士たちが、動揺し始めた。
「騒ぐな——」と宗景が叫んだ。
しかし——声が、震えていた。
宗景も、空を見上げていた。
鉄の塊が——大砲陣地の上に来た。
「まずい——」と砲兵の指揮官が叫んだ。「砲を守れ——」
しかし——遅かった。
アパッチの機関砲が、火を噴いた。
吉井川の西岸。
元春が空を見上げた。
アパッチの機体が、敵陣の上空を飛んでいた。
「——鳳凰寺が来た」と元春は言った。
副将が空を見て、言葉を失っていた。
元春は前方を見た。
吉井川の東岸で、反連合の陣形が揺れ始めていた。
「——動くな」と元春は言った。「鳳凰寺が動くまで、毛利は待つ。焦るな」
副将が我に返った。
「はっ」
元春は川を見た。
吉井川が、夕暮れの光の中で流れていた。
「——上様は、どこにいる」と元春はつぶやいた。
その時。
後方から、馬が来た。
「元春様——移動指揮所が後方に設置されました。上様が毛利領に入られました」
元春が振り返った。
「上様が——毛利に来たか」
「はい。後方の安全な場所に——移動指揮所が設置されました。上様から、元春様に伝言があります」
「なんだ」
伝令が言った。
「——毛利の民を傷つけた者は、許さない。ともに動く、と…」
元春は、しばらく動かなかった。
川の音が聞こえていた。
夕暮れの風が、川面を渡っていた。
「——上様がそう言ってくださったんだな」と元春は言った。
その声は、静かだった。
しかし——その目に、光があった。
「全軍——聞け」と元春は大きな声で言った。
毛利軍が静まった。
「鳳凰寺が来た。上様が、毛利のために来てくださった。毛利は——一人で戦っているのではない。今から俺たちは——鳳凰寺とともに戦うぞ」
毛利軍の中から、低い声が上がった。
最初は一人だった。
それが二人になった。
三人になった。
「応——!応——!!応——!!!」
川を渡って——その声が、夕暮れの空に響いた。
対岸の反連合軍に、聞こえたかどうかは、わからなかった。
しかし——吉井川を挟んで、二つの軍が向き合っていた。
東岸の反連合軍は——混乱の中にあった。
西岸の毛利・鳳凰寺連合軍は——落ち着きを取り戻しつつあった。
夕暮れの光が、川面を赤く染めた。
吉井川が、静かに流れていた。
その空の遥か上に——ヤタガラスが、静かに飛んでいた。
全てを見ていた。
全てを記録していた。
そして——その視界の中に、毛利の陣形と、後方に設置された鳳凰寺の移動指揮所が、映し出されていた。
動乱が——決戦へと向かっていた。
(第六十一章へ続く)




