第四十章 ―九州の声、鳳凰の本気―
一 うねり
声は——突然、現れた。
九州全土で、同時に。
市場で。港で。村の広場で。
「四国の長宗我部を毒殺したのは——実は三好だったらしい」
「それを鳳凰寺のせいにして、三好が四国を統一する腹積もりだとか」
「三好は鳳凰寺との戦に備えるつもりだ」
「四国の民たちは——その戦の準備のせいで、重税に苦しんでいるらしいぞ」
最初は小さかった。
しかし——日に日に、声は大きくなった。
大きくなりながら——一つに束なっていった。
「三好は許せねぇ」
「鳳凰寺様を陥れるやり方が汚すぎる」
「三好許すまじ」
「三好に味方する四国の連中も三好と同じだ」
「三好を討つべし」
「三好に加担する者共も一緒に成敗すべし」
九州だけではなかった。
毛利の領内——山陰、山陽の一部にまで、その声は届いていた。
声は、うねりになっていた。
二 三人の使者
七島に、三人が訪ねてきた。
大友から立花道雪。
龍造寺から鍋島直茂。
桂元澄は毛利元就の名代として。
三人が執務室に入った時、時貞は少し驚いた。
大友、龍造寺、毛利。
三家が——同時に使者を出してきた。
「殿」と道雪は言った。開口一番に。「まずいことになっています」
「聞かせてくれ」と時貞は言った。
「九州全土で——三好討つべしの声が、想像以上に大きくなっています」と道雪は言った。「俺が抑えようとしても、もう抑えが利かなくなりつつある」
直茂が続けた。
「龍造寺領でも同じです。一部では、四国との戦に備えて独自に動き始めている者まで出ています。他の大名や国人たちの中にも、同様の動きがあります」
桂元澄が静かに言った。
「毛利の領内でも——声は届いています。元就様は、時貞殿の方針をお聞きしたいとおっしゃっています」
時貞は三人を見た。
「それだけか」
道雪が少し間を置いた。
「いいえ」と道雪は言った。「俺からも、直談判があります」
「何だ」
「四国に侵攻する時は——俺たちを使ってください」
直茂も頷いた。
「龍造寺も、同様に申し上げます。ここまで民の声が大きくなると、四国との戦は避けられません。その戦に——我々を加えてほしい」
桂元澄は深く頭を下げた。
「毛利家中からも、同様の声が上がっています。元就様は今のところ静観の構えですが——時貞殿の方針次第で、対応を決めるとのことです」
時貞はしばらく、三人を見ていた。
(道雪殿が直接来た)
(直茂殿も来た)
(毛利まで動いた)
この九州で起きているうねりが、どれだけ大きなものか——この三人の顔が示していた。
「わかりました」と時貞は言った。「説明します」
三 時貞の方針
時貞は机の前に座った。
三人が向き合った。
「まず——俺たちがやったことを話します」と時貞は言った。
「はい」
「四国に侵攻を決めた後、三好と四国の国人たちに書状を送りました。戦わずに済む道があるなら、そこを選ぶという意図で」
「どういう反応でしたか」と直茂が問うた。
「無視か——鳳凰寺に対する敵意剥き出しの返答しかなかった」と時貞は言った。「四国では、帝の綸旨についても『帝は鳳凰寺に騙されているだけ』という意見が正当な主張とされている状況です」
道雪が眉をひそめた。「帝の綸旨を、そのように扱うとは」
「それが——今の四国の状況です」と時貞は言った。「久秀の謀が、それだけ深く四国に根を張っている」
「長宗我部家の状況は」と桂元澄が問うた。
「吉良親実殿から返書が届きました」と時貞は言った。
書状の内容を、時貞は三人に話した。
長宗我部家は、元親が亡くなって完全に家中が割れた。
一部は鳳凰寺に加勢して三好と戦おうとしている。
一部は——三好に加勢して鳳凰寺を追い払おうとしている。
そして吉良親実自身は——自分の決断を書いていた。
「親実殿は——どう決断されましたか」と道雪が問うた。
「親実殿の決断については、今は話せません」と時貞は言った。「しかし——動いてくれます」
三人が顔を見合わせた。
「信じているのですか。長宗我部の家老を」と直茂が言った。
「信じています」と時貞は言った。「元親殿が信じた男だから」
「方針を伝えます」と時貞は言った。
三人が聞いた。
「今回の四国侵攻は——鳳凰寺だけで制します」
三人が少し動いた。
「鳳凰寺だけで」と道雪が言った。
「はい。理由は二つです」と時貞は言った。「一つ——鳳凰寺の本気を、一度はっきりと見せる必要がある。今回の件で、俺たちの力がどういうものかを、四国の民と国人たちに直接示す。それが今後の統治を楽にします」
「二つ目は」
「皆さんの兵を、この戦で消耗させたくない」と時貞は言った。「大友、龍造寺、毛利——それぞれに、これから必要な場面があります。四国という場所で、その力を削る必要はありません」
道雪が少し間を置いた。
「しかし——我々を全く使わないと、九州の民の声が」
「そこで、お願いがあります」と時貞は言った。
「何ですか」
「観戦武官として——参加してください」
三人が、時貞を見た。
「大友、龍造寺。九州の他の大名と国人の一部。毛利の代表と一部の大名。この戦を、第三者の目で直接見てもらいたい。鳳凰寺がどういう戦い方をするか。どれだけの力があるか。それを——あなたたちの目で直接確かめてほしい」
「……それは」と直茂が言った。「俺たちへの見せしめでもある、ということですか」
「正直に言います」と時貞は言った。「そうです。隠しません。この戦で鳳凰寺の本気を見ることで——今後、俺たちと向き合う全ての者が、正確な判断をできるようになります。それは俺にとっても、皆さんにとっても、無駄のない関係を作ることに繋がります」
沈黙があった。
道雪が、ゆっくりと頷いた。
「——わかりました。俺は観戦武官として参加します」
直茂も頷いた。
「龍造寺も、同様に鳳凰寺の戦ぶりを観させていただきます」
桂元澄は少し考えてから言った。
「元就様に、この話を持ち帰ります。おそらく——毛利からも、参加を認めるかと思います」
「ありがとうございます」と時貞は言った。
「一つだけ」と道雪が言った。
「何ですか」
「この戦——鳳凰寺は、勝てますか?」と道雪は問うた。真剣な目で。
時貞は道雪を見た。
「鳳凰寺がこの戦に負けることは——絶対にありません」と時貞は言った。
言い切った。
迷いが、一つもなかった。
道雪がその目を見た。
そして——深く頷いた。
「——わかりました。信じます」
四 松永久秀への関心
三人が帰った後。
執務室に、成瀬と幹部たちが残った。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」と天元が答えた。
「九州全土で起きているこのうねり——三好討つべしの声。これを作ったのは誰か、改めて分析してくれ」
「はい」と天元は言った。「分析済みです。このうねりの発生源と広がり方を追うと——複数の拠点から、計算された順番で噂が流れています。九州の主要な市場、港、街道の宿——全ての要所を押さえた形で、情報が流れています。これは偶然ではありません。意図的に設計された情報拡散です」
「設計した者は」
「松永久秀です」と天元は言った。「間違いありません。この精度で情報を設計できる人物は、久秀以外にいません」
時貞は少し笑った。
声のない、しかし——本当に感心したような笑いだった。
「久秀か」と時貞は呟いた。
「殿?」と成瀬が言った。
「いや——ここまで来たら、感心するしかない」と時貞は言った。
幹部たちが、少し驚いた顔をした。
「久秀は——最初の一手で四国を動かした。次の一手で俺たちに四国侵攻の大義名分を与えた。そして三手目で——九州全体を、三好討つべしのうねりに変えた」
「三手、全てが繋がっている」と浜村が言った。
「そうだ」と時貞は言った。「しかも——それぞれの手が、絶妙のタイミングで打たれている。早すぎず、遅すぎず。ここぞという時に、確実に」
「久秀の手足の長さが——想像を超えています」と天元は言った。「私の分析では、久秀は少なくとも一年前から、今日の状況を想定していた可能性があります」
「一年前から」と成瀬が言った。
「元親の周辺に忍を送り込んだのが一年前です。つまり——一年前には既に、今日のこの状況の輪郭が、久秀の頭の中にあった」
「実にいやらしい一手を——ここぞという時に確実に打ってくる」と時貞は言った。「久秀の手足の長さに、俺は驚いている」
「それで——久秀の真の目的は何だと、殿はお考えですか」と木島が問うた。
「まだわからない」と時貞は言った。「しかし——久秀は俺たちを潰したいわけではない。潰したければ、もっと違う手を打っている。久秀は——俺たちを利用しようとしている。あるいは、俺たちと何らかの形で繋がりたいと思っているのかもしれない」
「繋がりたい、と?」
「三好の先が見えているのかもしれない」と時貞は言った。「三好が落ち目になった後の世界で、生き残る道を探している。その道の中に——鳳凰寺が関わっている」
「久秀との関係は——将来、どうなりますか」と浜村が問うた。
「わからない」と時貞は言った。「しかし——いつか、直接向き合う日が来る。その時に、全てがわかる」
五 熊谷への命
翌日。
熊谷新兵衛が、執務室に呼ばれた。
時貞と向き合った。
「熊谷」と時貞は言った。
「はい」と熊谷は答えた。
「四国侵攻の主役は——鳳凰寺陸軍だ。お前に指揮を任せる」
熊谷の目が、わずかに光った。
「承知しました」
「命令を伝える」と時貞は言った。「二つだ」
「はい」
「第一——鳳凰寺の生存権を確保すること。俺たちが四国に向かう正当な理由を、行動で示せ」
「はい」
「第二——相手の無力化だ。相手はなるべく殺さず、被害は少なくする」
熊谷が少し間を置いた。
「なるべく、という条件は」
「ある」と時貞は言った。「それも——鳳凰寺の兵に被害がないことを前提とする。鳳凰寺の人間の無事が、全てに優先する。自分たちが傷つくことで相手を殺さないようにする、などということは求めない。わかるか」
「はい」と熊谷は言った。「我々が傷つくことを前提とした慈悲は、求めない。自分たちが無事であることが最優先。その上で——相手の無力化を最小限の被害で行うということでしょうか?」
「そうだ」と時貞は言った。
熊谷は深く頷いた。
「御意にございます」
「観戦武官が来る」と時貞は続けた。「道雪殿、直茂殿、毛利の代表、九州の大名と国人の一部。彼らが見ている中での戦になる」
「見せる戦、ということですね」
「そうだ。鳳凰寺がどういう戦い方をするかを、全員が見る。それが——今後の俺たちの立場を作る」
時貞は熊谷を見た。
「熊谷」
「はい」
「この戦に——最善を尽くせ」
熊谷は、時貞をまっすぐに見た。
そして——鳳凰寺式の敬礼をした。
「はっ、鳳凰寺軍一同、最善を尽くします」
六 四国の空
準備が、進んだ。
鳳凰寺陸海空三軍が、静かに、しかし確実に動き始めた。
七島の港では、艦が整列した。
基地では、航空機が準備を整えた。
陸軍の部隊が、装備を確認した。
熊谷が指揮を執り、全員が動いた。
観戦武官たちが、指定の場所に集まり始めた。
道雪が来た。
直茂が来た。
毛利から桂元澄が来た。
九州の大名と国人たちが、それぞれの代表を送ってきた。
全員が——鳳凰寺の準備を見た。
何かが違うことは、全員が感じていた。
しかし——何がどう違うのかは、まだ誰にもわからなかった。
それが間もなく、わかる。
四国の空に——変化が生まれたのは、早朝だった。
音が来た。
轟音だった。
四国の上空を、複数の鉄の化け物が飛んだ。
AH-64Dが、四国の各地の上空を、低く飛んだ。
城の上を。
街の上を。
三好の陣の上を。
四国の者たちが、空を見た。
腰を抜かした者もいた。
逃げた者もいた。
しかし——誰も、それを止めることができなかった。
観戦武官として来た道雪が、空を見上げた。
しばらく——動かなかった。
直茂が横で言った。
「……道雪殿」
「黙っていてくれ」と道雪は言った。静かに。「今、俺は——この光景を、自分の目に焼き付けている」
直茂も黙った。
空を見た。
鳳凰寺の鉄の化け物が、四国の空を飛んでいた。
それが——答えだった。
「なぜ時貞殿が——絶対に負けないと言い切るか…」と直茂は呟いた。
誰も、答えなかった。
答えは、空にあった。
桂元澄は空を見上げたまま、動かなかった。
元就が熊谷の言葉を信じると言った理由が——今、完全にわかった。
(毛利が十万の兵を揃えても、戦にさえならない)
(一方的な虐殺が始まるだけだ)
熊谷の言葉が、耳の中で響いていた。
(元就様は——これを知っていた)
桂元澄はゆっくりと、空から視線を降ろした。
そして——深く、息を吐いた。
七 七島の時貞
七島では。
時貞は報告を受けながら、四国の方角を見ていた。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」と天元が答えた。
「久秀は今——何をしていると思う」
「…わかりません」と天元は言った。「のんびりと、茶の湯をしている可能性も考えられます」
時貞は少し笑った。
「そうか」
「時貞様」と天元は言った。
「何だ」
「久秀は——今回の戦の結果を、既に知っているかもしれません。三好が負けることを、わかった上で動いています。そして三好が負けた後に——自分がどう動くかも、既に決めている可能性があります」
「つまり——俺たちが四国を手に入れた後に、久秀が動く」
「はい。その時が——久秀の真の目的が明らかになる時です」
時貞はしばらく考えた。
「待つしかない、か」
「はい。久秀のことは——今は、四国が片付いた後に考える問題です」
「そうだな」と時貞は言った。「一つずつ、片付けていく」
四国の空に、鳳凰寺の影が差し込んでいた。
その影は——静かに、確実に、広がっていった。
この乱世で初めて、鳳凰寺が自らの意志で仕掛けた戦が——始まっていた。
(第四十一章へ続く)
いよいよ開戦しちゃいますよー٩(°̀ᗝ°́)وぉぉ~!




