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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第三十八章 ―広がる悪評、喰えぬ男―

一 波紋、列島を覆う

鳳凰寺の悪評は——止まらなかった。

四国から畿内へ。畿内から東へ。そして——九州へ。

乱世の噂は、火と同じだった。

燃え広がる速さは、誰にも止められなかった。


京。

足利義昭は、報告を聞いた瞬間、立ち上がった。

「長宗我部を毒殺じゃと」

声が裏返った。

「卑怯千万。武士の風上にも置けん奴だ」

側の家臣が縮こまった。

「武家の棟梁たる儂の言うことも聞かん奴だ。信長の次は必ず鳳凰寺を討伐してくれようぞ」

義昭は袖を振り回した。

誰も、何も言えなかった。


同じ京。

帝は、前久から報告を受けられた。

静かに、最後まで聞かれた。

「そうか」と帝は言われた。「時貞にそのような悪評が」

「はい」と前久は言った。

帝はしばらく黙られた。

「時貞は——そのようなことは決してせぬ」と帝は言われた。静かに、しかし確かな声で。「不憫でならぬ。朕は時貞を信じておるぞ」

前久は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」


近衛家の邸。

前久は書状を読みながら、ため息をついた。

冬姫が入ってきた。

「兄上」

「見たか」と前久は言った。

「はい」と冬姫は言った。その目が——静かに燃えていた。「何を馬鹿なことを言っているのですか。時貞様が毒殺などとそのようなことをするわけがないでしょう」

「そうだな」

「あれだけの力を持っておられる方なのですよ。その方がわざわざ毒殺などという——それがわからない連中が、滑稽に見えて仕方がありません」

前久は妹を見た。

「冬姫」

「なんですか」

「お前は——怖くないか。時貞殿に、これほどの悪評が」

冬姫は少し間を置いた。

「怖くありません」と冬姫は言った。「あの方は決してそのようなことは致しません。私の夫になる方なのですよ。こんな悪評に、あの方は絶対に負けません」

前久はしばらく冬姫を見た。

「——そうだな」と前久は言った。静かに。「お前の言う通りだ」


岐阜城。

木下藤吉郎秀吉が、信長のもとへ飛び込んできた。

「信長様。鳳凰寺の悪評をお聞きになりましたか」

信長は書類から顔を上げた。

「聞いたが?それがなんだ、猿」

「信長様はなんとも思われないのですか」

「時貞はうまく嵌められたな」と信長は言った。それだけだった。

秀吉が少し拍子抜けした顔をした。

「それだけですか」

「それだけだが?」と信長は言った。「猿、我らは他の心配をしている余裕はないぞ。そんな暇があったら早く動け」

「はいーーっ」

秀吉が飛び出していった。

信長は再び書類に目を落とした。

しかし——その目が、一瞬だけ、西の方角を向いた。

(うまく嵌められたな、時貞)

どこか——心配しているような目だった。


吉田郡山城。

小早川隆景が、元就の前に出た。

「毛利家中には——鳳凰寺にはやはり恭順すべきではなかった、と言う者が各所に現れ始めております。父上、どうされますか」

元就は隆景を見た。

しばらく、黙っていた。

「ほう」と元就は言った。「ワシの判断が間違いだったということか」

「そのような声が——」

「それはおもしろい冗談だな」と元就は言った。

その声が変わった。

隆景が——全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。

元就の全身から、何かが立ち昇っていた。

七十年、乱世を生き抜いてきた武人の覇気が——その老いた体から、音もなく放たれていた。

隆景の背中に、冷たい汗が噴き出した。

「い、いえ……そのようなことは……」

「隆景」と元就は言った。静かに。それだけで十分だった。「そんなつまらんことを言う奴は毛利にはいらぬ。黙らせろ」

「御意……」

隆景は退出した。

廊下に出た瞬間——膝が、わずかに震えていた。


九州では——別の騒ぎが起きていた。

外から来た者が鳳凰寺を悪くいう。

九州の統治下にある民が、それに噛みついた。

「鳳凰寺様がそんなことをするわけがない」

「道を作ってくれたのは誰だ」

「うちの子を診てくれた診療所を作ったのは誰だ」

「学舎を作ってくれたのは誰だ」

言い合いが、怒鳴り合いになった。

怒鳴り合いが、掴み合いになった。

九州の各所で——乱闘騒ぎが起きた。

九州の大名や国人たちは、表向きは静観した。

しかし——陰ではあれこれと噂した。

これは一体、どういうことになるのか。

鳳凰寺は本当に暗殺をしたのか。

してないとすれば——誰がやったのか。


二 書状、拒否される

七島、執務室。

風間が、少し暗い顔をして報告した。

「諜報部が吉良親実殿に接触しました」と風間は言った。

「俺の書状は無事に渡せたのか」と時貞は問うた。

「それが——受け取りを拒否されました」

「なぜだ」

「吉良親実殿は、まだその時ではない、時間がほしい、鳳凰寺殿には書状を受け取れないことを詫びてほしいと言われました」

時貞は少し目を閉じた。

「そうか。長宗我部家も、俺の想像以上に荒れているのだな」

「そのようです」と風間は言った。

「それで」と時貞は言った。「今回の首謀者の証拠に繋がるような手がかりは、何かつかめたのか」

風間は少し間を置いた。

「決定的なものは——まだ見つかっていません」

「三好は」

「三好家では警戒が厳しくて、探ることすら難しくなっています」と風間は言った。「ただ——一部、確認できた噂があります」

「何だ」

「今回の謀で動いていた乱破は伊賀者です。その伊賀者に依頼をしたのが——三好長逸だそうです」

「三好長逸か」と時貞は言った。

「我々諜報部と伊賀者との間で、一部戦闘も起きています。なお隊員は軽傷で済んでいます」

「わかった。で——松永久秀はどうだ」

風間が、少し言いにくそうな顔をした。

「松永の周辺も探っているのですが……それが」

「なんだ、早く言え」

「三好三人衆に接触しているどころか——三好の本城、飯盛山城にさえも行っておらず、三好とは距離を取っているようです」

「距離を取っている?」と時貞は繰り返した。

「それと」と風間は続けた。さらに言いにくそうに。

「なんだ、風間。その顔は。全部報告しろ」

「……松永は自分の城で、普段は茶器を愛でたり、茶の湯を開いて楽しんでおります」

参謀室に——沈黙が落ちた。

時貞と家臣たちが、風間を見た。

「はっ???」という顔が、全員に揃った。

「それから」と風間は続けた。「松永が周囲に——鳳凰寺殿が不憫でならぬ、あの方は決してそのような卑怯なことはしない方だ、あの方の行動を見ていればわかることよ——と漏らして、時貞様のことを大層心配しておられます」

参謀室が、完全に静止した。

全員が、風間を見た。

全員の顔に、同じ表情があった。

(……何?)

時貞が口を開いた。

「風間」と時貞は言った。「冗談を言っている場合じゃないだろう」

「いいえ」と風間は言った。真剣な顔で。「冗談ではありません。事実を述べております」

沈黙。

「……天元」と時貞はようやく言った。

「はい、時貞様」と天元が答えた。

「今の風間の話を聞いて——松永をどう分析する」

天元が、少し間を置いた。

「……わかりません」

成瀬が目を丸くした。

「天元でもわからない?こんなことは初めてではありませんか」

「天元が故障したか」と木島が言った。

「……問題なく稼働中です」と天元は言った。「首謀者と思われる人物に該当する可能性の高い者は松永久秀のみである、という分析は変わりません。しかし——現在の久秀の行動が、その分析と全く整合しません。私の分析能力の範囲を、この人物は超えています」

「天元が匙を投げた」と倉橋が呟いた。

時貞は頭を抱えた。

「わけがわからない……」


三 久秀の庭

松永久秀の城。

久秀は庭にいた。

一人で、茶の湯を楽しんでいた。

空が青かった。

風が気持ちよかった。

配下の忍びが、背後に現れた。

「松永様……こんなにのんびりしていてよろしいのでしょうか」

久秀は茶碗を持ったまま、振り返らなかった。

「いいに決まっているだろう。何を言っとるんだ」と久秀は言った。「それより——私の平蜘蛛で入れた茶の湯はうまくて仕方がないのう」

「……鳳凰寺への謀は、いかがするのですか」

「あれはまだ続いておる」と久秀は言った。のんびりと。

「四国はどうするのですか」

「四国の件は——三好長逸殿がなんとかする」と久秀は言った。「それに」

「それに?」

「ワシが飯盛山城に行けば——鳳凰寺に首謀者はワシだと教えているようなものだ」

忍びが少し首を傾けた。

「だから敢えて長逸殿に近づかずに距離を取って——鳳凰寺がワシに注目するようにしむけておるんじゃ」

「はぁ………」

久秀が振り返った。

忍びの顔を見た。

「お前はまるでわかっておらんな」と久秀は言った。「説明してやろう」

久秀は茶碗を置いた。

「謀の基本は——相手の裏をかくこと。予想できないことをするから、より効果があるのだ」

「はぁ……それが今の、のんびり茶の湯をすることなのですか」

「そうじゃ」と久秀は言った。当然のように。「間違いなく鳳凰寺は今回、長宗我部を毒殺した首謀者はワシだと予想しておる」

「それはまずいのでは」

「なにがじゃ?なにがまずいのだ?」と久秀は言った。「ワシに繋がる証拠は何一つないのだぞ」

「しかし——」

「それともなにか」と久秀は言った。「忍衆のお前たちが、そんなつまらん失態でもするのか」

「そんな失態は犯しません」と忍びは言った。「今回は特に時間もかけましたし、松永様から念入りに注意しろと言われておりましたからね」

「なら安心ではないか」と久秀は言った。「お前は心配症じゃな。何一つ証拠がなければ——ワシを処断する正当性はどこにもない。あの男にはその正当性さえ与えなければ……なにもできん男じゃよ」

「そんなものですか」と忍びは言った。「俺は松永様のようには厚かましくないですから……」

「誰が厚かましいじゃ」

久秀が立ち上がった。

「ワシは正確に状況を把握して、正確に動いておるだけじゃ。それを厚かましいと言う者の頭の中がどうなっているのか、ワシには理解できん」

「……失礼しました」

久秀は再び座った。

茶碗を手に取った。

「あの男は——正当性なしには動けん男だ」と久秀は呟いた。独り言のように。「それがあの男の強さでもあり——弱さでもある。ワシはその弱さを突いた。それだけのことじゃ」

庭の風が、久秀の白い髪を揺らした。


四 三好長逸の算段

飯盛山城。

三好長逸は、四国の地図を広げていた。

長慶が死んだ。

三好の統制力が弱まった。

四国での三好の影響力が、じわじわと失われていた。

しかし——今回の件が、その流れを変えるかもしれなかった。

「長宗我部が消えた」と長逸は言った。「四国は揺れている。鳳凰寺への怒りが、四国を一つにしようとしている」

「その怒りを——三好が束ねますか」と家臣が言った。

「そうだ」と長逸は言った。「鳳凰寺に対抗するという旗印があれば——四国の国人たちが、三好の下に集まる。三好の四国統一が、この混乱の中で成し遂げられる」

「久秀殿の策が——三好のために働くことになる」

「久秀は久秀なりの算段があって動いた」と長逸は言った。「しかし結果として——三好にとっても、好都合な状況が生まれた」

長逸は地図を指でなぞった。

四国。

その島が——今、揺れていた。

(うまく行くか)

長逸は静かに、しかし確かな野心を持って、その島を見ていた。


五 時貞、考え続ける

七島、夜。

時貞は一人で執務室にいた。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「整理する。今わかっていることを全部並べてくれ」

「はい。現時点で確認できている事実を申し上げます。一、長宗我部元親が毒殺された。二、今回の謀で動いた乱破は伊賀者で、依頼したのは三好長逸。三、松永久秀は三好と距離を取り、茶の湯を楽しんでいる。四、久秀に繋がる直接の証拠はない。五、四国全土と畿内、さらに各地に鳳凰寺の悪評が広まっている。六、吉良親実は書状の受け取りを拒否したが、時間を求めている」

「三好長逸が依頼主、というのは確認できているのか」と時貞は問うた。

「伊賀者の一部から得た情報です。確度は中程度です」と天元は言った。「しかし——三好長逸が直接動いた可能性と、松永久秀が三好長逸の名を使った可能性の、両方があります」

「久秀が長逸の名前を使った可能性」

「はい。久秀ならば——自分に繋がる全ての糸を切った上で、別の者の名を被せることも、十分に考えられます」

時貞は考えた。

「久秀の言った言葉を——もう一度確認したい」

「久秀が周囲に漏らした言葉ですか」

「ああ。『鳳凰寺殿が不憫でならぬ、あの方は決してそのような卑怯なことはしない方だ』——これは何だと思う。本心か、演技か」

天元が間を置いた。

「……判断できません。しかし——一つの可能性を申し上げます」

「言ってくれ」

「久秀は——時貞様の行動原理を、正確に理解しています。証拠がなければ動けないことを、知っています。だから証拠を残さなかった。そして——自分が心配しているように振る舞うことで、さらに疑いを遠ざけようとしている」

「全部、計算の上か」

「可能性として——はい。しかしもう一つの可能性もあります」

「何だ」

「久秀は——本当に、時貞様の行動を評価しているのかもしれません。謀をしながら、相手を敬う。そういう人物は、乱世には存在します」

「どちらだと思う」

天元は少し間を置いた。

「……わかりません。久秀という人物は、私の分析の範囲を超えています」

時貞は苦笑した。

「天元が二度も匙を投げるか」

「申し訳ありません」

「いや——それだけ厄介な相手だということだ」と時貞は言った。「わかった。今できることを考える」


時貞は机に向かった。

考えた。

証拠がない。

動けない。

四国は怒りで燃えている。

しかし——吉良親実は「時間をくれ」と言った。

その言葉が——唯一の糸だった。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」

「親実が時間を求めている。その時間を——俺たちはどう使うべきか」

「二つあります」と天元は言った。「一つ、証拠集めを続ける。決定的な証拠が見つかれば、全てが変わります。二つ、四国の状況が自然に変化するのを待つ」

「自然に変化する、とは」

「怒りは——時間とともに変化します。今は最高潮ですが、やがて冷静に考える者が増えてきます。吉良親実殿がその一人です。親実殿が動ける状況になれば——長宗我部家中から、鳳凰寺への疑念を解く声が出るかもしれません」

「それまで——待つしかないか」

「はい。急いで動けば——全てが崩れます。今回ばかりは、急がないことが、最も重要です」

時貞は窓を開けた。

夜の海が広がっていた。

四国が、その向こうにあった。

「松永久秀」と時貞は呟いた。

「お前の手は——本当に上手かった」

(証拠がない。動けない。お前はそれを知っていて、全てを組み立てた)

(しかし)

時貞は、海を見た。

(この状況を、お前の思い通りにはさせない)

(急がない。しかし——止まらない)

(どこかに、糸がある。その糸を、必ず見つける)

夜の風が、七島の旗をはためかせた。

鳳凰寺の旗が——夜の暗がりの中で、静かに揺れていた。


(第三十九章へ続く)

松永久秀が天元さえも手玉に取ってしまう存在でした。さすがは三大悪行をやった人物です。しかし…久秀面白すぎる…ꉂꉂ(๑˃▽˂๑)

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