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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第三十七章 ―謀略の果て、鳳凰の怒り―

一 元親、眠れぬ夜

土佐、岡豊城。

夜が深まっていた。

長宗我部元親は、机に向かっていた。

時貞の書状が、目の前にあった。

何度読んだか、わからなかった。

そして——何度、筆を取っては、置いたか。

(四国に来るつもりだと——正直に言ってきた)

それだけではなかった。

言葉の一つ一つが、元親の中で引っかかっていた。

隠すことも、しません。

急ぎません。しかし——いつか必ず、直接会いたい。

書きたいことは、溢れていた。

しかし——言葉にまとまらなかった。

正直に返したい。しかし正直に書けば、長くなりすぎる。

短くまとめたい。しかし短くすれば、伝わらない。

「……くそ、うまく纏まらん」と元親は小さく言った。

筆を置いた。


気づけば——眠っていた。

「殿っ」

肩に、手が置かれた。

吉良親実の声だった。

元親は目を覚ました。

机の上に、書きかけの書状があった。

「……いつの間にか眠ってしまっていたか」

「また時貞殿への返答を考えておられたのですか」と親実は言った。「殿、お疲れなのでは」

「ああ」と元親は言った。「なかなか言葉が纏まらなくてな」

「時貞殿の書状のように——正直なことを書けばよろしいのでは」

「それでは内容が長くなりすぎてしまう」と元親は言った。

親実が少し笑った。

「殿にとって——時貞殿とは、それほどまでに」

元親は少し間を置いた。

「この乱世で——これほど誰かと話したい、会ってみようと考えたことはない」と元親は言った。「時貞殿とは会ったことがないだけに、余計に不思議な御仁よなと感じてしまうのよ」

「殿」と親実は言った。「もうお休みになられて、また明日——書状の内容を考えてみてはいかがでしょう」

「そうだな」と元親は言った。「また明日考えるか」

元親は立ち上がった。

書きかけの書状を、そのまま机に残して。

床についた。


やがて——元親の寝息が深くなった。

完全に眠った。

その頃。

天井の暗がりから、一本の細い糸が、静かに垂れてきた。

糸の先が——元親の口元に近づいた。

無味無臭の、透明な液体が、数滴。

元親の口元に落ちた。


元親が、何となく目を覚ました。

(……?)

何かが、おかしかった。

喉の奥に、わずかな違和感があった。

「うぐっ——」

口元を手で押さえた。

体が——熱くなった。

足が動かなかった。

(なんだ、これは)

体をバタバタさせた。

しかし——手が、足が、言うことを聞かなかった。

(まずい)

親実の顔が浮かんだ。

書きかけの書状が浮かんだ。

時貞の書状が浮かんだ。

(会いたかった——)

そこで——全てが、止まった。

長宗我部元親の体が、ピタリと動かなくなった。


暗がりの中に、人影が降りてきた。

元親の傍に近づいた。

脈を確かめた。

ない。

人影は立ち上がった。

元親の机を見た。

書きかけの書状があった。

そして——時貞からの書状が、そこにあった。

人影は、それを見た。

ゆっくりと——笑った。

書状を手に取った。


二 久秀、受け取る

松永久秀の寝所。

夜が深い時刻だった。

「松永様——松永様」

忍びが、久秀の耳元でささやいた。

久秀が目を開けた。

「なんだ、お前か」

「松永様——上手くいきました」

久秀の目が、一瞬で醒めた。

「……誠か」

「はい。それと——元親の元から、面白いものを見つけて参りました」

「面白いもの?何だ」

忍びが、懐から取り出した。

「鳳凰寺の書状の写しです」

久秀は受け取った。

灯りに近づけた。

読んだ。

読みながら——口元が、ゆっくりと上がった。

四国に来るつもりだと、正直に言ってきた。

話し合いたい。直接会いたい。

「——これは使える」

久秀は書状を持ったまま、しばらく考えた。

それから——笑った。

「よくやった」

忍びが深く頭を下げた。

久秀は再び書状を読んだ。

そして——言葉を、一つ一つ、頭の中で変えていった。

話し合いたい——を、先兵になれと要求していたに。

直接会いたい——を、従わなければ侵攻すると脅していたに。

「四国の仕置は四国人が決める——と元親が突っぱねた。そして鳳凰寺はそれに怒り、毒殺した」

久秀は呟いた。

「そういう話にすれば——四国が一つになる」

忍びは黙って立っていた。

「流せ」と久秀は言った。「明朝から、四国全土に。噂というものは——火と同じだ。最初の火種さえあれば、後は勝手に広がる」

「御意」


三 四国に広がる炎

夜明けを待たずに——噂は動き始めた。

港の船乗りから。市場の商人から。旅の僧から。

言葉が、四国の隅々に広がった。

長宗我部元親が毒殺された。

やったのは鳳凰寺だ。

元親の元には、鳳凰寺からの書状があった。四国侵攻の宣言が書いてあった。

鳳凰寺は先兵になれと元親に要求していた。

元親は四国の仕置は四国人が決めると突っぱねた。

だから、殺された。


四国の各地で、声が上がった。

「なに?長宗我部が毒殺された?」

「暗殺したのは鳳凰寺らしい」

「元親の元には鳳凰寺から四国侵攻の宣言を書いて寄越していたようだ」

「長宗我部に鳳凰寺の先兵になれと話し合いの場を要求されていたようだ」

「長宗我部は四国の仕置は四国人が決めると鳳凰寺に突っぱねる腹づもりだったらしい」

「鳳凰寺の領土拡大は今まで、この様なやり方だったらしい」

「帝は鳳凰寺に騙されているようだぞ」

「なんとお労しい……」

「許すまじ鳳凰寺」

「四国を鳳凰寺の勝手にさせるな」

「長宗我部殿の言う通りだ。四国の仕置は四国人で決める」

「侵攻してくる鳳凰寺に備えるべし」

「今こそ四国は一致団結するときじゃ」


長宗我部家の家中では——空気が割れていた。

「元親様が暗殺されたのだぞ。鳳凰寺に一矢報いなければ気が収まらん」

「そうだ。このまま黙っていられるか」

「待て」と吉良親実は言った。

全員が親実を見た。

「何度言わせる」と親実は言った。声が、震えていた。「鳳凰寺の仕業ではない。これは誰かの謀略だ」

「親実殿は鳳凰寺の味方をするのか」

「そうではないと言うておろうが」と親実は言った。

「しかし——鳳凰寺から四国を侵攻することが書かれた書状は、生前の元親様から見せてもらっているのだぞ」

親実は歯を食いしばった。

(あの書状は——侵攻の宣言ではなかった)

(正直に来るつもりだと告げた書状だった)

(しかし、それをどう説明する……)

家中の怒りが、親実を押し流そうとしていた。

親実は——それを、必死に受け止めていた。


四 七島、急報

会議の最中だった。

諜報部員が、血相を変えて飛び込んできた。

「時貞様っ——やられました。申し訳ございません」

時貞が顔を上げた。

「一体どうした。何があった」

「長宗我部元親殿が——毒殺されました」

参謀室が、一瞬で静まり返った。

「それだけではございません」と諜報部員は続けた。「鳳凰寺が毒殺したと——四国全土に鳳凰寺の悪評が流布されています」

「——なんだと」

諜報部員が、時貞の前に深く平伏した。

「誠に申し訳ございません。あれほど警戒を最大限にしろと言われておりましたのに……我々の失態です。申し訳ございません」

時貞は少し間を置いた。

「至急四国の現状を把握しろ」と時貞は言った。「失態を後悔している暇があったら、即動け。行け」

「はっ」

諜報部員が大急ぎで退室した。


参謀室に、重い沈黙が落ちた。

「まずいことになりましたな」と成瀬は言った。

「ああ」と時貞は言った。「下手をすると——四国侵攻の計画自体が、白紙になりかねん」

「鳳凰寺が暗殺したという悪評が広まれば——四国の民と国人が一致して対抗してきます」と浜村が言った。

「今回は——相手が上手だったと言わざるを得ないな」

時貞は拳を握った。

本気で——悔しかった。

会おうとしていた。

正直に話そうとしていた。

その相手が、死んだ。

そして——俺が殺したという噂が、四国を覆っている。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「今回の件——首謀者は誰だと分析する」

「はい、時貞様」と天元は言った。「今回の首謀者は、自分に繋がる証拠を一切残していない可能性が高いです。そして——首謀者と思われる人物に該当する可能性の高い者は、周辺地理と状況から絞れば、一人しかいません」

「誰だ」

「松永久秀です」と天元は言った。「三好家の中で、これほど精緻な謀略を立案・実行できる人物は他にいません。忍の使い方、噂の流し方、書状を利用した情報操作——全て、久秀の過去の行動様式と一致します」

「松永か」と時貞は言った。

「はい。しかし——確たる証拠はありません。これは状況証拠による分析です」

時貞は天井を見た。

しばらく、動かなかった。


五 時貞の判断

参謀室に、全幹部が集まっていた。

時貞は全員を見た。

「整理する」と時貞は言った。

全員が聞いた。

「起きたことは——長宗我部元親が毒殺された。犯人は松永久秀、おそらく三好の意を受けて。そして俺たちが殺したという噂が、四国全土に広まっている。元親に送った俺の書状の内容が、歪められて使われた」

「はい」と成瀬が言った。

「現状、四国は——反鳳凰寺の感情で一致団結しつつある。長宗我部家の家中は割れているが、感情論が勢いを持っている」

「長宗我部家の中に——我々の味方になり得る者はいますか」と木島が問うた。

「吉良親実だ」と時貞は言った。「元親と最後まで一緒にいた男だ。俺の書状を元親から見せてもらっている。あの書状が何を言っているかを、親実は知っている」

「親実殿に——連絡を取れますか」と風間が問うた。

「難しい」と時貞は言った。「今の四国の状況で、鳳凰寺の使者が入れば——何をされるかわからない」

沈黙。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」

「俺たちの選択肢を並べてくれ。感情を抜いて、全て」

「了解です」と天元は言った。「現時点での選択肢を申し上げます。一、四国侵攻を予定通り進める。反感が強まっている中での侵攻になりますが、軍事的優位は変わりません。二、四国侵攻を一時保留し、噂の否定と情報戦に注力する。三、四国侵攻を完全に白紙に戻す。四、松永久秀と三好への直接的な対応を先に行い、その上で四国への対応を決める」

「四つか」と時貞は言った。

「はい。それぞれのリスクを申し上げます」

「聞かせてくれ」

「一の場合——民の抵抗が強く、統治コストが跳ね上がります。また、俺たちが暗殺者という評判を持ったまま領土を得ても、その領土は長く安定しません。二の場合——噂を否定する手段が限られており、効果が出るまでに時間がかかります。その間に四国の反鳳凰寺感情が固定化するリスクがあります。三の場合——今後、四国に対するアプローチが根本から変わります。地理的問題は解決されないまま残ります。四の場合——松永久秀と三好への対応が、新たな大きな問題を生む可能性があります。しかし——首謀者を放置すれば、同じことが繰り返されます」

「全部、茨の道だな」と倉橋が言った。

「そうだ」と時貞は言った。「しかし——その中で、最善を選ぶしかない」


時貞はしばらく、目を閉じた。

全員が、時貞を見ていた。

成瀬が——何かを言おうとして、やめた。

時貞の判断を、待っていた。

時貞は目を開けた。

「まず——やらないことを、決める」

「やらないこと?」と浜村が言った。

「今すぐ四国に攻め込むことは——しない」と時貞は言った。「民の感情が最高潮に達している今、攻め込めば——俺たちへの恨みが、何十年も残る。それは俺の望む統治ではない」

「では」

「噂を否定することに、全力を注ぐ」と時貞は言った。「しかし——言葉だけでは否定できない。だから、証明する」

「証明、といいますのは」と木島が問うた。

「元親を誰が殺したか——俺たちが調べる。そして証拠を見つける。犯人を明らかにする。それが、最も確かな否定だ」

「風間」と時貞は呼んだ。

「はい」と風間は言った。

「四国に入れる者を、全員動かせ。目的は一つ。元親暗殺の真犯人を示す証拠を見つけること。どんな小さな手がかりでも構わない。全部拾ってこい」

「はい。しかし——時間がかかります」

「わかっている。しかし、やらなければ永遠に解決しない。始めることが先だ」

「御意」

「次——吉良親実への接触を試みる」と時貞は言った。「直接会うことはできないかもしれない。しかし——書状は送れる。あの男は正直な男だと、俺は見ている。書状を読んでくれれば、何かが変わるかもしれない」

「危険ではないですか」と成瀬が言った。「今の四国で鳳凰寺の書状が届けば、かえって悪印象を——」

「内容次第だ」と時貞は言った。「俺が元親を殺していないことを、俺の言葉で書く。そして——元親がどういう男だったかを、俺の目から書く。会ったことのない相手について、俺が書けることは限られている。しかし——あの書状への返事を書こうとしていた男だということは、知っている。その誠実さを、俺は尊重する。その言葉を書く」

成瀬は少し間を置いてから、頷いた。

「——わかりました」

「松永久秀への対応は——今は動かない」と時貞は続けた。

「動かないのですか」と風間が驚いた。

「証拠がない」と時貞は言った。「証拠のない段階で動けば、俺たちも久秀と同じことをすることになる。それは——できない」

「しかし放置すれば——」

「放置しない。監視を最大限に強化する。久秀の次の手を、先に読む。証拠を集めながら、次に備える。それが今できる最善だ」

風間は悔しそうな顔をした。しかし——頷いた。

「御意」


六 時貞、書状を書く

夜。

時貞は一人、執務室に座っていた。

紙が、目の前にあった。

吉良親実への書状だった。

筆を取った。

しばらく——考えた。

(元親殿)

時貞は、会ったことのない男の顔を、想像した。

親実が言っていた。

この乱世で、これほど誰かと話したい、会ってみようと考えたことはない——

そう元親が言っていたと、諜報部員が伝えてきた。

(俺も——同じことを思っていた)

会いたかった。

話したかった。

四国に来ると、正直に告げた相手だった。

返書を待っていた。

その返書は——来なかった。

来る前に、元親は死んだ。

時貞は筆を走らせた。


吉良親実殿へ。

突然の書状、失礼します。鳳凰寺時貞です。

まず、一つだけ申し上げます。

元親殿を殺したのは、俺ではありません。

これを信じてもらえるかどうかは、わかりません。

しかし——嘘は書きません。

俺は元親殿に書状を送りました。四国に来るつもりだと、正直に伝えました。

それは脅しではありませんでした。

隠さずに話したかったから、先に伝えました。

その書状への返事を——俺は待っていました。

どんな返事が来るか、楽しみにしていました。

元親殿がどういう人物か、その言葉から知りたかった。

返事は来ませんでした。

元親殿が亡くなられたと聞いた時——俺は、本気で悔しかった。

会えなかったことが、悔しかった。

今、四国では俺たちへの怒りが広まっています。

それは理解できます。

しかし——その怒りを作ったのは、別の誰かです。

俺たちは今、真犯人を探しています。

証拠が見つかれば、必ず示します。

親実殿に一つだけお願いがあります。

今すぐ動かないでください。

怒りで動けば——本当の敵が、逃げます。

元親殿が何者かを、俺は会ったことがないままに知ることになりました。

返書を書こうとしていた男だと聞きました。

その誠実さを——俺は尊重します。

鳳凰寺時貞。


封じた。

風間に渡した。

「届けられるか」

「最善を尽くします」と風間は言った。

「頼む」


成瀬が部屋に残った。

「殿」と成瀬は言った。

「何だ」

「今夜の判断は——正しかったと、俺は思います」

「正しいかどうかは、まだわからない」と時貞は言った。「しかし——今できる最善をやった。それだけだ」

「はい」

時貞は窓を開けた。

夜の海が広がっていた。

四国が、そこにあった。

見えなかったが——そこにあった。

松永久秀という男が、暗がりの中で笑っているのが、見えるような気がした。

「久秀」と時貞は小声で言った。

誰もいない部屋で、ひとりごとのように。

「お前の手は——上手かった。今回は、認める」

時貞は夜空を見た。

「しかし——お前との戦いはまだ、終わっていない」

風が吹いた。

海の匂いがした。

時貞は部屋に戻り、再び机に向かった。

やることが、また増えた。

しかし——止まるわけにはいかなかった。

止まらない。

それだけが、今の時貞に言えることだった。


(第三十八章へ続く)

元親さん殺されちゃった(ノД`)松永久秀…酷いことするなぁ(; ̄ェ ̄)

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