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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第三十二章 ―鳳凰の爪痕、そして基盤―

一 小早川隆景、来る

永禄七年、冬の初め。

七島の港に、毛利の船が入った。

荷が多かった。

護衛の兵が、重そうに荷を運んでいた。

桟橋に立った成瀬が、その量を見て静かに息を吐いた。

十万貫。

本当に来た。


使者として降りてきた男を見た成瀬は、少し驚いた。

小早川隆景。

毛利元就の三男。

毛利の知将として名高い人物だ。

恵瓊のような外交僧ではなく——元就の息子が、直接来た。

(元就は、本気だ)

成瀬はそう判断した。


執務室に通された隆景は、時貞と向き合った。

三十歳前後の、落ち着いた顔をした男だった。

目が——元就に似て、鋭かった。

しかし元就ほど底が見えない目ではなかった。

まだ、若さがあった。

「小早川隆景と申します」と隆景は言った。「鳳凰寺時貞様にお目にかかれる光栄、まことに——」

「十万貫、確かに受け取りました」と時貞は言った。

隆景が少し表情を変えた。

礼の言葉を遮られた形だったが——時貞の目を見て、続けることをやめた。

「はい。父・元就よりの、誠意のしるしにございます」

「わかりました」と時貞は言った。「それと、書状があると聞いていますが」

「はい」と隆景は書状を取り出した。

時貞が受け取った。

開いた。

読んだ。


部屋が静かだった。

幹部たちが、時貞の顔を見ていた。

時貞は書状を読み終えた。

机に置いた。

「同盟の打診ですね」と隆景は言った。「父は——鳳凰寺との誼を結びたいと、心より望んでおります。今回の件を機に、互いに——」

「ないな」と時貞は言った。

隆景が、言葉を止めた。

幹部たちも、少し動いた。

「——殿」と成瀬が言いかけた。

「同盟は——ない」と時貞は繰り返した。静かに、しかしはっきりと。

隆景が目を細めた。

「理由を——お聞かせ願えますか」

時貞は隆景を見た。

「俺は毛利のせいで死にかけた」と時貞は言った。「恵瓊が九州で動いたのは、毛利の意を受けてのことだ。結果として、俺は腹を刺された。護衛が血を流した。そんな相手と同盟を結ぶわけがないだろう」

隆景は唇をわずかに噛んだ。

「恵瓊の件は——父が責任を持って処罰いたしました。今回の十万貫も、その誠意の——」

「誠意は受け取りました」と時貞は言った。「しかし誠意を受け取ることと、同盟を結ぶことは——別の話です」

「では——鳳凰寺は、毛利をどう扱うおつもりか」

時貞は少し間を置いた。

「選んでください」と時貞は言った。「二つです」

「二つ」

「鳳凰寺に恭順するか」と時貞は言った。「いつか道が交わった時に戦って、毛利が族滅するか。好きな方を選んでください」

部屋が静まり返った。

隆景の目が——一瞬、大きくなった。

すぐに戻った。しかし——手が、わずかに動いた。

「——族滅、とは」

「文字通りの意味です」と時貞は言った。「俺たちの力が何かは、熊谷が吉田郡山城で見せてきました。お父上は、その力の意味をご理解されているはずです。だから十万貫を払い、あなたを寄越した。ならば——俺の言葉の意味も、理解してもらえると思います」

隆景は時貞を見た。

十五~六歳の青年の顔をした——しかし、青年の目ではない…得体の知れない、計り知れない何かを、隆景は見た。

歯ぎしりする音が、かすかに聞こえた。

「——今すぐ、お答えは」

「今すぐでなくていい」と時貞は言った。「お父上に伝えてください。これを」

時貞は筆を取った。

一息で書いた。

短かった。


毛利元就殿へ。

恭順か、族滅か。

選べ。

鳳凰寺時貞。


隆景に差し出した。

隆景はその書状を受け取った。

手が、かすかに震えていた。

怒りか。

屈辱か。

どちらもかもしれなかった。

「——承りました」と隆景はようやく言った。

「気をつけてお帰りください」と時貞は言った。「帰りの船の補給が必要なら、港で用意させます」

隆景は何も言わなかった。

深く頭を下げた。

それだけだった。


隆景が部屋を出た。

廊下に出た瞬間——足が、一瞬止まった。

成瀬が廊下で見ていた。

隆景の背中が、見えた。

肩が、わずかに震えていた。

それから——まっすぐ歩いた。

港へ向かった。


二 成瀬が見たもの

部屋に戻った成瀬は、時貞を見た。

幹部たちも、時貞を見ていた。

「殿」と木島が言った。「今の——」

「何か問題があったか」と時貞は言った。

「問題は——ないですが」と木島は言いかけた。

「殿」と倉橋が言った。「同盟の打診を、あそこまで切り捨てるとは思わなかった」

「毛利と同盟を結ぶ理由がない」と時貞は言った。「恭順させる方が、俺たちにとって有益だ」

「しかし——毛利は西国最大の勢力です。敵に回すことは」

「敵に回してはいない」と時貞は言った。「選択肢を示した。恭順という選択肢を、明確に提示した。元就は——計算ができる人間だ。熊谷が言っていた。喰えないじじぃだと。そういう人間は——感情で動かない。俺の言葉の意味を、正確に計算する。そして正確な答えを出す」

「恭順を選ぶと、お考えですか」

「元就がどちらを選ぶかは——元就が決める」と時貞は言った。「俺は選択肢を示しただけだ」

幹部たちが、少し静かになった。

成瀬は黙って時貞を見ていた。

(変わった)

成瀬はそう思っていた。

刃に倒れる前の時貞と——今の時貞。

何かが——変わっていた。

柔らかさが消えたわけではない。

しかし——芯が、以前より太くなっていた。

自分の命の重さを知った男の——決断の速さと、迷いのなさ。

それが、今日の隆景への応対に出ていた。

(殿は——あの経験で、また一つ大きくなられた)

成瀬は黙って、その変化を見ていた。


浜村が言った。「ところで——なぜ十万貫という要求を出されたのですか。恵瓊の首を要求することもできたと思いますが」

時貞は少し笑った。

「恵瓊の首なんて、もらっても困るだけだろ」

「困る、といいますと」

「首を受け取れば、その後の毛利との関係が完全に切れる。それは俺が望むことではない。恭順させるためには、相手に『まだ生き残れる』という余地を残しておく必要がある」

「なるほど」

「だから——実利を取った」と時貞は言った。「それに」

「それに、何ですか」と浜村が問うた。

時貞は少し間を置いた。

「鳳凰寺は金を作っている」

幹部たちが、互いに顔を見た。

「偽造渡来銭の鋳造だ。月産五万貫の計画が進んでいる。しかし——外から見れば、鳳凰寺がどこから資金を調達しているか、不思議に思う者もいるはずだ。九州の開発には莫大な金がかかる。どこからそれが出ているのか」

「……」

「毛利からの十万貫が——ちょうどよい隠れ蓑になる」と時貞は言った。「鳳凰寺は毛利から莫大な賠償を取った。だからあの開発資金がある——と、外の者たちは見る。本当の資金源を、見えにくくする効果がある」

部屋が、静かになった。

木島が言った。「時貞様は……そこまでお考えだったのですか」

「当然だ」と時貞は言った。「金の動きを見られることは——俺たちにとって、最大の脅威の一つだ。鳳凰寺がどこから資金を出しているかを知られれば、秘密が漏れる可能性がある。だから——見えにくくする」

成瀬は深く頷いた。

(やはり——変わった)

以前の時貞も、鋭かった。

しかし今の時貞は——より深く、より速く、より冷静だった。

乱世が、この十二歳の体に住む男を——さらに削り出していた。


三 十万貫の波紋

毛利が鳳凰寺に十万貫を支払った。

その知らせは——速かった。

九州では、翌日には広まった。

畿内には、五日後に届いた。

関東には、十日後に届いた。


各地の反応は、それぞれだった。

九州の国人たちは——沈黙した。

草野家の処分に続いて、毛利が十万貫を支払った。

これ以上の説明は、必要なかった。

鳳凰寺に逆らえば——どうなるか。

刃で倒れた当主が、毛利からそれだけの金を取った。

沈黙の中に——再確認があった。

従う。

本気で、従う。


畿内では、前久が情報を受け取った。

「——十万貫か」と前久は呟いた。

そして——少し笑った。

(時貞らしい)

元就の首ではなく、金を取った。

そして同盟を断った。

「恭順か族滅か」という書状を送った。

前久はその内容を、一字一句、頭の中に入れた。

そして信長に、さりげなく伝えた。

信長は——少し目を細めた。

「——十六歳か」と信長は驚き言った。

「はい」

「本当に十六歳か」

「はい。しかし、まあ」と前久は言った。

「まあ、何だ」

「最初に会った時から——俺も同じことを思っています」

信長はしばらく何かを考えていた。

「毛利が金を払った。恭順か族滅かを迫ったか…」と信長は言った。「……面白い」

それだけだった。

しかし——信長の目が、少し変わっていた。


関東では、北条氏康が報告を受けた。

「伊豆の島の勢力が——毛利から十万貫を」

氏康は報告書を読んだ。

しばらく黙っていた。

「……見ておけ」とだけ言った。


四 統治研究部門、二度目の報告

冬。

浜村が、二冊目の報告書を持ってきた。

幹部全員が参謀室に集まった。

「二度目の報告書をまとめました」と浜村は言った。「今回は——日本の将来の統治形態について、一つの大きな方向性を示しています」

「聞かせてくれ」と時貞は言った。

浜村は深呼吸をした。

「私たちが辿り着いた方向性は——『帝を頂点とし、その下に法に基づく合議の機関を置く統治』です」

「合議の機関」と成瀬が繰り返した。

「はい。天元が世界の事例を分析した結果、武力に依存せず、世襲でもなく、複数の者が合議して政を運営する形が——最も安定した統治を生み出すことがわかりました。一人の者に権力が集中すると、その者が死んだ時に崩れます。しかし合議であれば——一人が欠けても、仕組みが残ります」

「合議の構成員は、どういう者ですか」と木島が問うた。

「ここが——最も難しい問題です」と浜村は言った。「世襲であれば、能力のない者が継ぐ。武力があれば、武力が衰えると崩れる。では——何に基づいて選ぶか」

「能力か」と倉橋が言った。

「能力だけでは、不正が生じます。誰が能力を判断するか、という問題があります」と天元が言った。「中国の科挙制度は、試験によって官僚を選びました。それは一定の効果を上げましたが——試験に特化した者が選ばれ、実務に弱いという欠点がありました」

「では——どういう基準で選ぶのですか」と朝比奈が問うた。

「私たちの結論は——複数の基準の組み合わせです」と浜村は言った。「能力の試験。実務の経験。そして——地域の者たちからの信任。この三つを組み合わせることで、一つの基準に偏らない選び方ができます」

時貞は静かに聞いていた。

「地域の者たちからの信任、というのは」と時貞は言った。

「各地域の民が、自分たちの代表を選ぶということです」と浜村は言った。「民が自分で選んだ者であれば——その者は民の声を持って合議に参加します。民が豊かになることが、その者の利益にも繋がります」

参謀室が静かになった。

「——民が選ぶ」と成瀬は言った。「この時代に、それは——」

「できません。今すぐは」と浜村は言った。「民が自分で選ぶためには——民が読み書きを知り、政を理解し、自分の意志を持てるようになることが前提です。学舎の整備が、この統治形態への最初の一歩です」

「百年かかるということか」と時貞は言った。

「はい。しかし——百年後に向けて、今から仕組みを作ることができます」と浜村は言った。「種を蒔かなければ、百年後も何も生えません」

時貞は深く頷いた。

「わかった。この方向性を——基本線として研究を続けてくれ。細部の設計は、これからだ」

「はい」

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「この統治形態の設計に、俺も参加する。次の報告書の前に、一度直接議論の場を作ってくれ」

「了解しました」


五 時貞の決断

報告書の議論が終わった後、時貞は成瀬を呼んだ。

「九州の本拠地を、決める」と時貞は言った。

成瀬が少し驚いた。

「本拠地を——今から」

「基盤を作る時期だ」と時貞は言った。「七島は俺たちの根っこだ。しかし——九州を動かすためには、九州に本拠地が必要だ。誰が見ても、鳳凰寺の力がわかる場所を、作る」

「場所は」

「天元に候補地を分析させた。鹿児島の北、少し内陸に入った場所がよい。港に近く、防衛に適した地形がある」と時貞は言った。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「先日の分析を、全員に説明してくれ」

「はい。鳳凰寺九州本拠地の建設計画について申し上げます。まず城の建設です。この時代の日本のどの城よりも——見た目に圧倒される規模と構造のものを作ります。天守は五層以上。石垣は精緻に積み、遠くからでも鳳凰寺の力を示す形にします」

「城だけではない」と時貞は言った。

「はい。同時に——複数の施設を建設します。一、鳳凰寺九州方面軍の司令部と陸軍駐屯地。二、九州における軍港と海軍基地。三、航空隊の基地。四、陸海軍の兵学校と士官学校。五、原子力発電所」

参謀室が静まり返った。

「原子力発電所」と木島が言った。

「九州全土の電力を賄う規模のものを建設します。この時代の技術では理解できないものですが——鳳凰寺の力の源として、機密扱いとします」

「兵学校と士官学校は」と成瀬が問うた。

「今後、鳳凰寺の軍を拡大していく上で——将校を体系的に育てる機関が必要です。七島出身者だけでなく、九州の優秀な若者を選んで育てる。そうすることで、九州の民が鳳凰寺の軍を自分たちのものとして感じるようになります」

「それは——統治の安定にも繋がりますね」と浜村が言った。

「はい。民の息子が鳳凰寺の将校になる。それは——民が鳳凰寺に参加するということです」

「九州方面軍の創設は——七島の本軍とは別の編成ですか」と倉橋が問うた。

「はい。七島に本軍。九州に方面軍。それぞれが独立して動ける体制を作ります。こちらが手薄になっても、九州の防衛は九州方面軍が担える形にします」

時貞が続けた。

「そして——もう一つ」

全員が、時貞を見た。

「本拠地の地下深くに——新しいAIを設置する」

「新しいAI、とは」と成瀬が言った。

「天元の予備になる量子コンピューター型の人工知能だ。名前は——天道とする」

「天道」と浜村が繰り返した。

「天元が何らかの理由で機能しなくなった場合の備えだ。七島に天元。九州に天道。二つの知性が、それぞれの場所で動く。どちらかが失われても、もう一方が残る」

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。「天道の設置については——私も賛成です。私一つに全てが依存する構造は、脆弱です。天道の設置は、鳳凰寺全体の安定に繋がります」

「天道には——天元の知識を全て移植する。そして独自に学習させる。二つの知性が、互いに補い合う形にする」

「了解しました。設計を始めます」

成瀬が言った。「殿。これだけの建設を一度に進めると——資金と人員が」

「毛利の十万貫がある」と時貞は言った。「そして鋳造所が動いている。資金は作れる。人員は——九州の民を雇う。それが格差解消にもなる」

「……全て、繋がっているのですか」と浜村が言った。

「繋げて考えている」と時貞は言った。「建設そのものが、民への雇用になる。雇用が、民の豊かさになる。豊かな民が、鳳凰寺を支える。全部、一つの流れだ」

成瀬は深く頷いた。

「御意にございます」


六 前久からの急報

夜。

七島に、前久からの書状が届いた。

封を開けた時貞の表情が、わずかに変わった。

「成瀬」と時貞は呼んだ。

「はい」と成瀬がすぐに来た。

「前久殿から急報だ。読んでくれ」

成瀬が書状を受け取った。

読んだ。

顔色が、少し変わった。


時貞殿へ。急を要する件につき、速やかに。

信長と義昭の間に、亀裂が生じ始めた。

義昭は信長の権力が強くなりすぎることを恐れ、

各地の大名に信長への対抗を呼びかける書状を、密かに送り始めている。

武田信玄。朝倉義景。浅井長政。本願寺。

義昭は、これらの勢力を動かして信長を挟み撃ちにする算段だ。

信長はこれを察知している。

しかし今はまだ、表立って動いていない。

帝は——この状況を、憂慮されている。

信長と義昭が本格的に対立すれば、京が戦場になる可能性がある。

時貞殿に問う。

鳳凰寺は——この件に、どう動くか。

近衛前久より。


「——来たか」と時貞は言った。

「来た、とおっしゃいますか」と成瀬は言った。

「信長包囲網だ」と時貞は言った。「信長が最も苦しめられる展開の一つだ」

「殿は——知っていたのですか」

「こうなることは——ある程度、見えていた」と時貞は言った。

成瀬は時貞を見た。

「どう動きますか」

時貞はしばらく考えた。

「天元」と呼んだ。

「はい」と天元が答えた。「前久殿の書状の内容を受けて、分析を始めています。この包囲網が形成された場合、信長が最も苦しむのは——武田信玄が動いた時です。信玄の西上が本格化すれば、信長は東西両面から圧力を受けます」

「信玄が動くか」

「動く可能性があります。しかし——信玄の健康状態が、その時期を左右します」

時貞は少し間を置いた。

「前久殿への返書を書く」と時貞は言った。「今夜中に」

「内容は」と成瀬が問うた。

「帝を守ることだけを考えてくれ、と伝える」と時貞は言った。「信長と義昭の争いに、朝廷は巻き込まれるな。中立の立場を守れ。帝の御身の安全を最優先にしてくれ、と」

「鳳凰寺は——どう動くのですか」

「今は——動かない」と時貞は言った。「見る。しかし、帝の御身に何かあれば——その時は、動く」

「九州の基盤が固まった後に、ということですか」

「そうだ」と時貞は言った。「基盤のない動きは、砂上の城だ。今は——建てることが先だ」

成瀬は頷いた。

「前久殿への返書を用意します」

時貞は筆を取った。

部屋の外に、冬の風が吹いていた。

義昭が動き、信長が対応する。

その間に——鳳凰寺は九州を固める。

急がない。

しかし——止まらない。

(やることが、増えてきた)

時貞は少し笑った。

笑っても——もう、腹部は痛まなかった。

完全に戻った、と感じた。

いや——戻っただけではなかった。

刃に倒れる前より——遠くを見つつ、より自分の脚元がしっかり見られるようなっていた。

夜の七島の海が、静かに広がっていた。

その向こうに——九州が、畿内が、そして遠く——太平洋が続いていた。

時貞は窓を開けたまま、筆を走らせた。


(第三十三章へ続く)

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