表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/67

第三十一章 ―武威、そして書状―

一 床から起き上がる

十日が経った。

笹木が許可を出したのは、朝だった。

「起き上がってもよいです。ただし——」

「ただし?」

「走らない。無理をしない。もし腹部に異変を感じたら、すぐに休む」

「わかりました」

「わかりました、ではなく——約束してください」

「約束します」

笹木がため息をついた。

「本当に守ってくれますか」

「守ります」

「——信じています。裏切ったら、次の治療は痛くします」

時貞は少し笑った。

笑っても、もう腹部の痛みは鋭くなかった。

鈍く重いだけだった。

ゆっくりと起き上がった。

十日ぶりに、自分の足で床に立った。

体が、少し軽かった。

窓を開けた。

秋の風が入ってきた。

七島の海が広がっていた。

鳳凰寺の旗が、風にはためいていた。

(戻ってきた)

時貞は深く息を吸った。


二 熊谷への命

執務室に入ると、幹部たちが待っていた。

時貞の顔を見た瞬間、全員の表情が緩んだ。

「殿」と成瀬が言った。

「何とか歩けるようにはなった」と時貞は言った。

「よかった」と倉橋が言った。小声で。

「熊谷を呼んでくれ」と時貞は言った。「毛利への使者の件を、決める」


熊谷新兵衛が入ってきた。

背が高かった。

肩幅が広かった。

目が——獣のように鋭かった。

しかし所作は丁寧だった。

「熊谷」と時貞は言った。

「はい」と熊谷は答えた。低い声だった。

「毛利への使者を頼みたい。行ってくれるな」

「御意にございます」と熊谷は即座に言った。

「内容を説明する」と時貞は言った。「今回の使者は——言葉だけではない。鳳凰寺の武威を、直接見せつけることが目的だ」

「武威を見せつる?」

「そのために——アパッチを使う」

参謀室が静かになった。

成瀬が言った。「殿。アパッチは——今まで、積極的には使ってきませんでした。島津との戦でも、温存していた兵器です」

「今回は使う」と時貞は言った。「今まで乱世に対してこちらの本気を見せることを抑えてきた。しかし——今回は別だ。俺が刃に倒れた。護衛が血を流した。それに対する答えを、毛利にはっきりと示さなければならない」

「御意です」と成瀬は頷いた。

時貞は熊谷を見た。

「熊谷。アパッチで毛利の本拠地に乗り付けろ。今まで乱世の者たちが見たことのないものを見せてやれ。とにかく——ド派手に行け!」

熊谷の目が、わずかに輝いた。

「承知しました」

「ただし——元就の首はいらない。恵瓊の首もいらない。殺すな。脅せ。そして要求を伝えろ」

「要求は」

「鳳凰寺家への詫び料として——十万貫の支払いを要求する」

部屋が静まり返った。

木島が言った。「十万貫——ですか」

「そうだ」と時貞は言った。「払えない額ではない。しかし——毛利にとって、簡単に出せる額でもない。今回の件の重さを、数字で示す」

「毛利が拒否した場合は」と浜村が問うた。

「拒否できないようにして行け」と時貞は熊谷に言った。「アパッチで乗り付けた後に要求を出せ。その状況で、拒否できる胆力があれば——元就は本物だ」

「——本物かどうか、確かめてくるということですか」と熊谷は言った。

「そういうことだ」と時貞は言った。「元就という人物を、俺はまだ直接知らない。お前の目で見て、帰ってきたら教えてくれ」

「承知しました」

時貞は書状を取り出した。

「これを持っていけ。俺の署名が入っている」

熊谷は書状を受け取った。

「では——行ってきます」

「熊谷、気をつけろよ」と時貞は言った。「危険を感じたら、すぐに離脱しろ。お前の命の方が、十万貫より大事だ」

熊谷は少し間を置いてから、深く頭を下げた。

「——ありがとうございます」


三 アパッチ、吉田郡山城へ

毛利の本拠、吉田郡山城。

その日の朝、空に異変があった。

空が——鳴った。

轟音だった。

城の者たちが空を見た。

鉄の塊が、空を飛んでいた。

鳥ではなかった。

何かが回転していた。頭上で。

轟音を立てながら、城の上空を低く飛んだ。

城壁の上の兵たちが、腰を抜かした。

「——何だあれはっ」

「ひぃっ…化け物っ」

「妖怪かっ」

城中が騒然となった。

鉄の化け物が、城の広場に——ゆっくりと降りてきた。

砂埃が巻き上がった。

轟音が、少しずつ静まった。

静寂。

鉄の化け物の横から、一人の男が降りてきた。

大きな男だった。

鳳凰寺の軍装をまとっていた。

腰に刀はなかった。

しかし——その目が、城中の全員を黙らせた。

「鳳凰寺家、時貞様の名代——熊谷新兵衛と申す」

熊谷は城の者たちを見回した。

「毛利元就殿に、取り次いでもらいたい。鳳凰寺家からの書状を持参した」


毛利元就は、広間で熊谷と向き合った。

七十を超えた老人だった。

しかし——目が、鋭かった。

衰えていない目だった。

長年、乱世を生きてきた目だった。

元就の横に——安国寺恵瓊が座っていた。

熊谷がアパッチで乗り付けてきたことで、既に顔色が悪かった。

熊谷は書状を差し出した。

元就が受け取った。

読んだ。

表情は変わらなかった。

しかし——わずかに、目が細くなった。

「……十万貫」と元就は言った。

「はい」と熊谷は答えた。「鳳凰寺家当主・時貞様が刃に倒れた件について。詫び料として、十万貫の支払いを求めます」

広間が静まり返った。

毛利の家臣たちが、互いに顔を見た。

十万貫。

誰もが——言葉を失っていた。


元就の視線が、熊谷から——安国寺恵瓊に動いた。

「恵瓊」

「は、はい」と恵瓊は言った。声が、少し震えていた。

「前に来い」

恵瓊が元就の前に出た。

元就は恵瓊を見た。

長い沈黙だった。

恵瓊が——その沈黙に、じわじわと追い詰められていった。

「——九州で何をした」と元就は言った。

「それは——その、毛利家の将来のために——」

「聞いていない」と元就は言った。静かに。怒鳴らなかった。だからこそ——重かった。「何をした、と聞いている」

「国人たちに——接触を」

「鳳凰寺の当主が、刃に倒れるような状況を作った」

「そこまでは想定して——」

「お前が想定できなかったことを、向こうはとっくに知っていた」と元就は言った。「だから今日、あの鉄の化け物が来た。貴様のせいだ」

恵瓊は顔を伏せた。

「——申し訳ございません」

「下がれ」と元就は言った。

恵瓊が下がった。その背中が、小さく縮んでいた。


元就は熊谷を見た。

「熊谷殿」と元就は言った。

「はい」

「一つ聞いてよいか」

「どうぞ」

「もし——鳳凰寺が本気になって毛利と対峙したとき、毛利はどうなる」

広間が静まり返った。

熊谷は少し間を置いた。

しかし——迷わなかった。

「例え毛利が十万の兵を用意して鳳凰寺と対峙しても——戦にさえなりません」と熊谷は言った。

「戦にならない、とは?」

「鳳凰寺による一方的な虐殺が始まるだけです。こちらは一人の死者も出さずに」

広間の毛利の家臣たちが、ざわめいた。

「無礼だろうっ」と一人が立ち上がりかけた。

「——座れ」と元就が言った。

家臣が、即座に座った。

元就は熊谷を見た。

「……そうか」と元就は静かに言った。

その三文字だけだった。

しかし——その三文字の中に、元就の全ての計算が入っていた。

否定しなかった。

怒らなかった。

ただ——受け取った。

それが——毛利元就という人間だった。


長い沈黙の後、元就はもう一度熊谷を見た。

今度は——違う目で見た。

「熊谷殿」

「はい」

「良い将を——鳳凰寺は持っているのだな」

「殿のお陰です」

元就はしばらく熊谷を見た。

「どうだ、熊谷殿」と元就は言った。「うちに——鞍替えせんか」

広間がざわめいた。

熊谷は少しも表情を変えなかった。

「主は一人です」と熊谷は言った。きっぱりと。迷いなく。

元就はしばらく熊谷を見た。

それから——小さく笑った。

「——そうか。残念だ」

本当に残念そうだった。

「十万貫の件は——預かろう」と元就は言った。「すぐに答えは出せない。しかし、無視はしない。鳳凰寺には、そう伝えてくれ」

「承知しました」と熊谷は言った。

「それと——時貞殿の傷の具合はどうだ」

熊谷は少し驚いた。

「回復されています」

「そうか」と元就は言った。「良かった」

熊谷はその言葉を、静かに受け取った。


熊谷が去った後。

広間に、毛利の家臣たちと元就だけが残った。

誰も口を開かなかった。

しばらくして、吉川元春が言った。

「父上。十万貫は——」

「払う」と元就は即座に言った。

「し、しかし」

「払わないよりも、払う方が——遙かに安い」と元就は言った。「あの鉄の化け物が何をできるか、見ればわかる。本気で使われれば——毛利は、消える」

広間が静まり返った。

「鳳凰寺は——本気ではなかった」と元就は言った。「あれが本気なら、使者を寄越さない。始めから潰しに来る。今日、使者を寄越したのは——まだ、毛利を残す気がある、ということだ」

「では——?」

「恵瓊が余計なことをした。その分を、銭で清算する。それだけのことだ。十万貫で毛利が残るなら——安い買い物だ」

元就は立ち上がった。

「鳳凰寺は——厄介な勢力だ」と元就は呟いた。「あの少年は……本当に十五歳か」

誰も答えられなかった。


四 熊谷、帰還

七島。

熊谷が戻ってきた。

時貞の執務室に入り、正座した。

「報告します」と熊谷は言った。

「聞かせてくれ」と時貞は言った。

「毛利元就は——十万貫の件を、預かると言いました。無視はしないとも」

「払う気があるということか」

「はい。私の見立てでは——払います」と熊谷は断言した。

「根拠は」

「元就は——損得の計算が、完璧にできる人間です。十万貫払わずに鳳凰寺と対立するより、払って関係を修復する方が得だと、即座に計算しました。それが顔に出ていました」

「他に、何かあったか」

熊谷は少し間を置いた。

「安国寺恵瓊が——元就に叱責されていました。それは、元就が今回の件を、恵瓊の失態として処理するということです。毛利家として動いたのではなく、恵瓊が独断で動いた形にする。そういう処理をするつもりだと思います」

「巧みだな」と時貞は言った。

「はい。逃げ道を、素早く作る人間です」

時貞は少し考えてから言った。

「熊谷。元就という人間を——どう見た」

熊谷は少し間を置いた。

それから、一言だけ言った。

「——喰えないじじぃでした」

参謀室に、一瞬の静寂があった。

成瀬が吹き出した。

木島が天井を見た。

浜村が口を押さえた。

時貞は少し笑った。

「それだけか」

「それだけです」と熊谷は言った。「あれほど計算が透けて見えない人間は、初めてでした。何を考えているか、俺には最後まで読めなかった。喰えないじじぃ——それ以上の言葉が見つかりません」

「十分だ」と時貞は言った。「よくわかった」

「一つ申し上げてよいですか」

「ああっ」

「元就は——時貞様が回復されたことを聞いた時、『良かった』と言いました」

時貞は少し驚いた。

「良かった、と」

「はい。芝居には見えませんでした。一瞬、素が出た、という感じでした」

時貞はしばらく考えた。

「——そうか」

「元就は——本当の意味での戦を、望んでいない。自分はそう感じました」と熊谷は言った。「あの歳で、あの力を持って、それでも静観を選んでいる。それは——勝てないからだけではないと思います」

「どういうことだ」

「乱世に疲れているのかもしれません。それが——じじぃ、という言葉に込められています」と熊谷は言った。

時貞は静かに頷いた。

「熊谷。よくやってくれた。ありがとう」

熊谷は深く頭を下げた。


五 草野家の処分

同じ頃、九州では——草野家の処分が執行されていた。

草野当主と実行犯が切腹した。

草野家の領地が没収された。

一族が、九州からの追放を命じられた。

その知らせは——九州全土に、静かに、しかし確実に広まった。

国人たちが、それぞれの場所で——その知らせを聞いた。

ある者は青ざめた。

ある者は唾を飲んだ。

ある者は——かつて、恵瓊と接触していたことを思い出して、冷や汗をかいた。

鳳凰寺への恭順が——何を意味するか。

そして、それを破ることが——何を意味するか。

草野家の処分が、その答えを示していた。

それ以上の言葉は、必要なかった。

九州の国人たちは——それぞれの胸の中で、決め直した。

鳳凰寺に、従う。

本気で、従う。


道雪が七島に書状を送ってきた。

殿の御回復、心よりお慶び申し上げます。

草野家の処分は——九州全土に、正しく伝わりました。

筋を通す、ということが何かを、皆が理解しました。

一つ申し上げます。

殿が村回りをされることの意味は、俺にもわかります。

しかし——護衛を増やしてください。

それは、俺からもお願い申し上げます。

立花道雪より。


時貞はその書状を読んで、笑った。

「道雪殿まで言ってくる」

「当然です」と成瀬は言った。

「わかっています。約束しましたから」


六 信長からの書状

その夜。

七島に、書状が届いた。

差出人を見た成瀬が、執務室に飛んできた。

「殿。信長から、書状が来ました」

時貞は少し驚いた。

受け取った。

開いた。


信長の文字は——速かった。

力強く、そして速かった。


時貞へ。

傷を負ったと聞いた。

生きているか。

俺が聞いたのは——腹を刺されたということだ。

それで生きているなら、頑丈な体だ。

一つだけ言う。

お前が死ぬと——俺が面白くなくなる。

まだ死ぬな。

信長。


時貞はその書状を、二度読んだ。

成瀬が横から覗いた。

「——信長らしい書状ですね」

「はい」と時貞は言った。

「お見舞いの言葉が——『まだ死ぬな』ですか」

「信長にとっては、これが最大限の言葉だと思います」と時貞は言った。

「そうでしょうか」

「信長は——礼儀で言葉を使わない。思ったことを言う。つまり——本当に、そう思っているということです」

成瀬は少し考えた。

「……信長が、殿のことを気にかけている」

「妙覚寺の会見の後——何か変わったのかもしれません」と時貞は言った。「あの男は、対等に見た相手のことは、本気で気にかける」

「どうされますか」

時貞は筆を取った。

返書を書いた。


信長殿へ。

生きています。

心配をおかけしました。

腹を刺されましたが——我が鳳凰寺家の優秀な医師がいましたので

頑丈な体ではなく、その医師のお陰で助かった命です。

まだ死ねません。

やることが、たくさん残っていますので。

時貞より。


「短いですね」と成瀬は言った。

「信長への返書は——短い方がいい」と時貞は言った。「あの男は、長い言葉より短い言葉を好む」

「なぜわかるのですか」

「信長が——そういう人間だからだ」

成瀬はしばらく時貞を見た。

「殿は——本当に、信長のことをよく知っておられますね」

「知っているような気がするだけだ」と時貞は言った。「実際には、まだ一度しか会っていないがな」

封じた書状を成瀬に渡した。

「急いで届けてくれ」

「はい」

成瀬が部屋を出た。

時貞は窓を開けた。

秋の夜の海が広がっていた。

信長から書状が来た。

毛利が十万貫を払うことになった。

熊谷が帰ってきた。

草野の件が、九州に示された。

道雪が書状を送ってきた。

冬姫が——京に戻った。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「整理してくれ」

「はい。現在の状況を申し上げます。北の白石からは、アッツ島拠点の安定した経過報告が届いています。台湾については、琉球からの情報収集が継続中です。そして——統治研究部門の次の報告書が、来月上がってきます」

「問題は」

「一つあります」と天元は言った。「時貞殿の体の回復です。笹木先生は完全な回復まで、今しばらく安静を要求されています。しかし時貞様のやることリストは、増える一方です」

「笹木先生の言うことを聞きながら——できる範囲でやる」

「それが最善です」

「天元。一つだけ聞かせてくれ」

「はい」

「元就は——本当に十万貫を払うと思うか」

天元は少し間を置いた。

「払います」と天元は言った。「熊谷の分析は正確です。元就は——計算が正確な人間です。十万貫は、毛利にとって大きな額ですが、払えない額ではありません。そして払うことで得られるもの——鳳凰寺との関係の修復——は、十万貫を大きく上回ります。元就はその計算を、既に終えているはずです」

「喰えないじじぃか…」と時貞は呟いた。

「熊谷の表現は——正確だと思います」と天元は言った。

時貞は少し笑った。

腹部は——もう、笑っても痛くなかった。

(回復している)

そう感じた。

窓の外に、秋の星が出ていた。

冬姫が見た星と——同じ星だった。

(また見てもらおう。今度は元気な時に)

時貞は星を見ながら、次の手を考え始めた。

乱世は——止まらない。

だから俺も——止まらない。

秋の七島の夜が、静かに更けていった。


(第三十二章へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただいております。 ストーリーに不満はありませんが時折おかしな言葉遣い(主に敬語)がありますね。なにより時貞の年齢が12〜15才で時系列関係なく統一されていないのはとても気になるところ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ