表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/67

第三十章 ―目覚め、そして約束

一 朝

光があった。

白い光だった。

天井だった。

知っている天井ではなかった。

(どこだ)

次の瞬間——痛みが来た。

腹部の、鈍く重い痛みだった。

(そうか)

思い出した。

山道。茂みの揺れ。刃。

自分の手の感触。

温かい血。

そして——暗くなった。


視線を動かした。

傍に、誰かが座っていた。

俯いていた。

黒い髪が、朝の光の中にあった。

眠っていた。

床に座ったまま、机に腕を乗せて、眠っていた。

(冬姫殿)

時貞は、その顔を見た。

疲れた顔だった。

目の下に、うっすらと翳があった。

一晩中——ここにいたのか。

(俺は——生きているのか)

腹部の痛みが、答えていた。

生きている。痛みがある。

生きている。

(冬姫殿が——いる)

それだけで——胸の奥に、何かが広がった。

安堵だった。

そして——申し訳なさだった。

こんな顔をさせてしまったという、申し訳なさだった。


「冬姫殿」と時貞は言った。

声がかすれた。

喉が渇いていた。

しかし——声は出た。

冬姫が、はっと顔を上げた。

目が覚めた瞬間の、ぼんやりとした顔。

それが——時貞の顔を見た瞬間に、変わった。

「——時貞様」

「……おはようございます」と時貞は言った。

冬姫の顔が——くしゃっと歪んだ。

泣くまいとしているのが、わかった。

唇をきゅっと結んで、目を細めて——それでも、目に涙が滲んだ。

「おはようございます」と冬姫はようやく言った。声が、少し震えていた。「——よかった」

「心配をかけました」

「はい」と冬姫は言った。「——とても」

「申し訳ありません」

冬姫は首を振った。

「謝らないでください。生きていてくださったのですから」

時貞は冬姫の顔を見た。

一晩中、ここにいてくれた顔を。

(俺は——生きている)

それが、じわじわと、体の中に広がっていった。


二 集まる者たち

冬姫が廊下に出て、笹木を呼んだ。

笹木が飛んできた。

脈を確かめ、傷を確認し、熱を測った。

「熱は下がっています。傷の状態も——想定より良い」と笹木は言った。

「自分は助かりました」と時貞は問うた。

「もう大丈夫です」と笹木は言った。きっぱりと。「しばらく安静が必要ですが——命に別状はありません」

時貞は少し目を閉じた。

「笹木先生。ありがとうございます」

「礼はいりません」と笹木は言った。しかし声が、少し柔らかかった。「時貞様、また無茶をしたら——次は怒ります」

「はい」

笹木が廊下に出た。

「成瀬殿。目が覚めました」


廊下が、一瞬静かになった。

それから——動き出した。

成瀬が最初に入ってきた。

普段、表情を崩さない成瀬の顔が——今日は違った。

目が赤かった。

「殿」と成瀬は言った。

「成瀬」と時貞は言った。「顔の傷は」

「大したことはありません」と成瀬は言った。声が、わずかに震えていた。「殿こそ——」

「助かった。笹木先生のお陰で」

成瀬は少し俯いた。

「——よかった」とだけ言った。

それだけだったが、その短い言葉に——成瀬の全てが込められていた。


次々と幹部たちが入ってきた。

木島が入ってきた時、珍しく目が赤かった。

「木島が泣いたのか」と時貞は言った。

「泣いていません」と木島は言った。即座に。

「目が赤い」

「——埃が入りました」

時貞は少し笑った。

笑ったら腹部が痛んだ。

顔をしかめながら——それでも笑った。

倉橋は入ってきた瞬間、時貞の顔を見て、廊下に戻って壁に手をついた。

肩が震えていた。

「倉橋」と時貞は呼んだ。

「……少し待ってください」と倉橋は言った。くぐもった声で。「今すぐ入れない」

朝比奈が倉橋の背中を叩いていた。

朝比奈自身も、目が真っ赤だった。

浜村は入ってきた時から泣いていた。

隠そうともしなかった。

「浜村」と時貞は言った。

「はい」と浜村は言った。涙声で。

「お前が泣くとは思わなかった」

「俺だって——俺だって、心配します」と浜村は言った。「殿が倒れたとの報せが来た時、俺は——」

浜村は言葉を切った。

続きが言えなかった。

時貞はそれを、静かに見ていた。


護衛の四名が、包帯を巻きながら入ってきた。

全員、怪我をしていた。

しかし——全員、生きていた。

「護衛は——全員無事か」と時貞は問うた。

「はい」と成瀬が答えた。「重傷者はいません。全員、生きています」

時貞は目を閉じた。

(よかった)

その言葉が、胸の奥から出てきた。

護衛の一人が——膝をついた。

「殿。俺たちが——俺たちがもっとしっかりしていれば」

「顔を上げてくれ」と時貞は言った。

護衛が顔を上げた。

目が赤かった。

「お前たちが守ってくれたから——俺はここにいる。礼を言う」

「そんな——」

「礼を言う」と時貞は繰り返した。「ありがとう」

護衛が、唇を噛んだ。


時貞は部屋を見回した。

幹部たち。護衛たち。笹木。冬姫。

こんなにも——心配してくれていた。

こんなにも——待っていてくれていた。

(俺の命は——俺だけのものではない)

それが、体の奥深くに、沁み込んできた。

知識としては知っていた。

当主として、わかっていた。

しかし——これほどはっきりと、実感したことはなかった。

この人たちが、俺の命を待っていた。

俺が死ねば——この人たちが悲しむ。

俺が生きれば——この人たちが喜ぶ。

それが——命の重さだった。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「皆が集まっている。一つだけ言わせてくれ」

「はい」

時貞は部屋の全員を見た。

「心配をかけた。申し訳なかった。そして——待っていてくれて、ありがとう」

部屋が静かになった。

成瀬が深く頭を下げた。

他の者たちも、頭を下げた。

冬姫が——静かに、目を拭った。


三 向き合う

午後。

部屋の人数が減った。

成瀬と冬姫だけが残った。

時貞は天井を見ていた。

腹部の痛みは、まだあった。

しかし——頭は、はっきりしていた。

「成瀬」と時貞は言った。

「はい」

「山道で——俺が刃を抜いた男は」

成瀬は少し間を置いた。

「——亡くなりました」

時貞は目を閉じた。

「そうか」

部屋が静かだった。

「殿」と成瀬は言った。

「わかっていた」と時貞は言った。「あの感触で——わかっていた」

成瀬は何も言わなかった。

時貞は天井を見た。

(俺は——人を殺した)

その事実と、向き合った。

苦悩があると思っていた。

後悔があると思っていた。

しかし——不思議なことに、そのどちらも、それほど大きくはなかった。

あの瞬間、体が動いた。

考える前に、手が動いた。

生きるために、動いた。

それは——間違いだったか。

(わからない)

ただ——あの男が来なければ、俺は腹を刺されなかった。

俺の護衛も、怪我をしなかった。

あの男たちは——俺を殺そうとして来た。

それでも。

それでも——俺の手で命が終わったことは、事実だった。

(重い)

軽くはなかった。

しかし——後悔や苦悩とは、少し違った。

(俺は生き残った。護衛も、誰一人死ななかった)

それだけが、胸の中にあった。

純粋な安堵として。

あの男の死は——重く受け取める。

しかし、俺や護衛たちが生きていることも——同じくらい、いやそれ以上に大切なことだ…ということが実感できた。

その二つが、時貞の中に、静かに並んでいた。

「成瀬」と時貞は言った。

「はい」

「あの男の素性は、わかったか」

「調査中です。草野家の者か、流れ者か——まだ」

「わかったら、教えてくれ。家族がいるなら——何かしてやりたい」

成瀬は少し驚いた顔をした。

「……わかりました」

時貞は目を閉じた。

「俺を殺そうとした男だ。しかし——死んだ。それは変えられない。遺された者がいるなら、何かできることがあるかもしれない」

「殿は——」と成瀬は言いかけた。

「何だ」

「——いいえ」と成瀬は言った。「わかりました。調べます」

冬姫が静かに聞いていた。

何も言わなかった。

しかし——その目が、時貞を見ていた。


四 草野家の処分

翌日、幹部会議が開かれた。

時貞は床に横たわったまま参加した。

起き上がることを、笹木が許可しなかった。

「草野家の処分を決める」と時貞は言った。

「はい」と成瀬が言った。声が、硬かった。「俺たちの意見を、先に申し上げます」

「言ってくれ」

成瀬が全員を見回した。

「——絶対に、許さない。それが、ここにいる全員の気持ちです」

木島が頷いた。倉橋が頷いた。朝比奈が頷いた。浜村も頷いた。

「殿が刃に倒れた。それは——鳳凰寺への直接の攻撃です。これを軽く扱えば、次が出ます。九州全体に、筋を通さなければなりません」

時貞は静かに聞いた。

「俺も——同じ意見だ」と時貞は言った。

「では」

「草野家当主と、実行犯は——切腹。草野家の領地は全て没収。一族は九州からの追放とする」

部屋が静かになった。

「殿自身の口から——それが出るとは」と木島は言った。

「俺が甘い顔をすれば、次が出る」と時貞は言った。「守るために動いた護衛たちのためにも——筋を通す必要がある。草野は自分のしたことの重さを、自分で取らなければならない」

「御意」と成瀬は言った。

「ただし——一族の中に、今回の件を知らなかった者がいれば、その者については別に考える。風間、調べてくれ」

「はい」と風間は言った。

「追放の後、生きる場所がない者を出さないよう、配慮してくれ。九州から出ることを罰とするが——その後の命まで、俺は取らない」

「わかりました」


「次——安国寺恵瓊と毛利への対応だ」と時貞は言った。

「はい」と風間が言った。「恵瓊は既に九州を離れ、毛利の領内に戻っています」

「毛利に——抗議の使者を出す。俺の名代として」

「誰を出しますか」と成瀬が問うた。

「鳳凰寺陸軍の中で、最も強い者を出す」と時貞は言った。

「強い者、ですか」と木島が言った。

「言葉ではなく——存在で語る使者が必要だ。毛利への抗議は、内容も大事だが、誰が持っていくかも大事だ。鳳凰寺の武力を、直接見せることができる者を出す」

「熊谷新兵衛がよいかと思います」と倉橋が言った。「陸軍の中では最も腕が立つ。体格も、目つきも——尋常ではありません。毛利の者たちが見ただけで、言葉が出なくなる男です」

「熊谷を出す」と時貞は言った。「ただし——脅しに行くのではない。抗議に行く。その違いを、熊谷に伝えてくれ」

「はい」

「毛利への書状の内容は、俺が起き上がれるようになってから書く。それまでに、熊谷に準備をしておくように伝えてくれ」


五 七島の夕暮れ

夕刻。

冬姫が部屋に来た。

「会議は終わりましたか」と冬姫は言った。

「終わりました」と時貞は言った。

「疲れましたか」

「少し」と時貞は正直に言った。

冬姫が笑った。

「少し、と言えるようになりましたね。昨日は何も言えなかったのに」

「昨日は——あまり覚えていないところもあります」

「そうですか」と冬姫は言った。そして少し間を置いた。「時貞様が目を覚ます前に——ずっと話しかけていました。気づいていましたか?」

時貞は少し驚いた。

「すみません…覚えていません」

「気づかないですよね」と冬姫は言った。笑っていたが、目が少し揺れた。「でも——話しかけていました。ずっと」

「何を話していたのですか」

「これからしたいことを、いくつか話しました」と冬姫は言った。「女子が学べる場所のことや、笹木先生と一緒にやりたいことや——それから」

「それから」

「早く目を覚ましてください、と」と冬姫は言った。「何度も」

時貞は冬姫の顔を見た。

「——聞こえていたかもしれません」と時貞は言った。

「本当ですか」

「夢の中に、声があったような気がします。何を言っているかはわからなかったけれど——誰かの声があった」

冬姫は少し目を伏せた。

それから顔を上げた。

「時貞様」

「はい」

「一つ、お願いがあります」

「何ですか」

冬姫は時貞を真正面から見た。

十七歳の目で。しかし——揺れていない目で。

「護衛を——増やしてください」

時貞は少し間を置いた。

「護衛の問題は、成瀬たちとも話します。今後の村回りの体制を——」

「それだけではありません」と冬姫は言った。静かだったが、はっきりした声だった。

「護衛を増やすことを——約束してください。今後、村回りをするときも、どこへ行くときも。民と向き合うことの大切さは、わかっています。しかし——時貞様の命は、時貞様だけのものではありません。それは、時貞様自身が今回実感なされたはずです。それに…わたくしは、」

時貞は冬姫を見た。

「冬姫殿」

「わたくしは——公家の娘です。政のことも、軍のことも、まるでわかりません。だから、方針には口を出しません」

「しかし」

「しかし——時貞様の命のことは、口を出します」と冬姫は言った。「それは、わたくしにも、関わることですから」

部屋が静かになった。

時貞は冬姫の目を見た。

揺れていなかった。

怒っているわけではなかった。

ただ——本気だった。

「——約束します」と時貞は言った。

冬姫の肩が、わずかに下がった。

「ありがとうございます」

「俺も——今回で、わかりました。俺の命は、俺一人だけのものではない。成瀬たちにも、同じことを約束します」

「はい」

時貞はしばらく考えてから言った。

「冬姫殿は——怒っていますか」

冬姫は少し考えてから答えた。

「怒っています。少し」と冬姫は言った。正直に。

「そうですか」

「しかし——それより、ほっとしています。たくさん。だから——怒りがあまり出てきません」

時貞は少し笑った。

腹部が痛んだ。

しかし——笑った。

「笑うと痛いでしょう」と冬姫は言った。

「はい。しかし——笑いたかった」

冬姫が、少しだけ笑った。

夕日が、窓から差し込んでいた。


六 別れの朝

三日後。

冬姫が七島を発つ日だった。

時貞はまだ床を離れることができなかった。

廊下まで、冬姫が来た。

「それでは行きますね」と冬姫は言った。

「京まで、気をつけてください」と時貞は言った。

「はい」

「前久殿に——よろしく伝えてください」

「はい。兄は——時貞様が目を覚ましたとの報せで、使者を出した後、しばらく執務室に一人でいたそうです。何をしていたか、誰も聞かなかった、と」

「前久殿らしい」と時貞は言った。

冬姫は少し笑った。

「また——来ます」と冬姫は言った。

「はい。待っています」

「今度来るときは——護衛の数を確認します」

「確認されても、大丈夫なようにしておきます」

冬姫は頷いた。

そして——時貞の顔を、しばらく見た。

「時貞様」

「はい」

「一つだけ言ってもよいですか」

「どうぞ」

冬姫は少し間を置いてから、静かに言った。

「——無事でいてください。それだけを、お願いします」

時貞は冬姫を見た。

「はい」と時貞は言った。「約束します」

冬姫は深く頷いた。

それから——廊下を歩いた。

振り返らなかった。

しかし——階段を降りる前に、一瞬、足が止まった。

それだけだった。

その後は、しっかりとした足取りで歩いった。


笹木が時貞の傍に来ていた。

「良い方ですね、冬姫様は」と笹木は言った。

「ああ…」と時貞は言った。

「俺のことを呼び続けてくれていた。一晩中、ずっと居てくれた」

「そのことをなんとなく知っていました」そう答える時貞。

「知っていたのですか」驚く笹木。

「目が覚めた時に——わかりました。あの疲れた顔を見て」歯に噛む時貞。

笹木は少し間を置いた。

「時貞様」

「はい」

「私からもお願いします。約束は守ってください。護衛を増やすという約束を」

「はい」

「冬姫様のためだけではありません」と笹木は言った。「あの方が、また来てださるために——時貞様が元気でいてください」

時貞は笹木を見た。

「笹木先生も——怒っていますか」

「怒っていますよ。かなり」と笹木は言った。即座に。

「申し訳ありません」

「謝罪は——完全に回復してからです。まだ受け取りません」

時貞は少し笑った。

腹部が痛んだ。

しかし——笑った。


窓から、冬姫の船が港を出るのが見えた。

小さくなっていった。

時貞はその船を、見えなくなるまで見ていた。

(また来てください…)

その言葉が、胸の奥にあった。

待っていよう。

元気でいよう。

それが——今の時貞にできる、最も大事なことだった。

秋の海が、穏やかに光っていた。

鳳凰寺の旗が、風にはためいていた。


(第三十一章へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ