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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第二十三章 ―九州、塗り替わる―

一 宗麟の恭順

永禄五年、晩秋。

豊後・府内から、大友宗麟が七島に来た。

前回の博多での会見とは違った。

宗麟は今回、使者を立てなかった。自ら船に乗り、七島の港に降り立った。

出迎えた時貞を見て、宗麟は少し笑った。

「少し背が伸びたか?」

「最近そう言われます」と時貞は答えた。

宗麟が笑い声を上げた。

「道雪の言う通りだ。この子供は——普通の子供ではない」


会見は、七島の城の広間で行われた。

宗麟は単刀直入に言った。

「時貞殿。俺は恭順する。それを直接言いに来た」

「ありがとうございます」

「礼は要らない」と宗麟は言った。「俺には——これが正しい選択だという確信がある。薩摩が二ヶ月でどれほど変わったか、俺は報告書で見た。それで十分だった」

時貞は宗麟を見た。

「宗麟殿に一つ、お聞きしていいですか」

「何だ」

「南蛮との関係は——どうされますか。宗麟殿はキリスト教への信仰が深い。俺は信仰を否定しません。しかし——人身売買と繋がっていた南蛮商人については、大友領内でも完全に追い出してほしい」

宗麟は少し間を置いた。

「既に追い出した」と宗麟は言った。「道雪が最初の逮捕者を出した後——俺は全員を追った。信仰と商売は別の話だ。人を荷物として扱う者と、同じ神を信じているとは思いたくない」

「わかりました」

「宣教師の中には——アルメイダのような者もいる。あの方は本物だ。そういう者は残す。しかし商人たちは——俺の領内には置かない」

時貞は深く頷いた。

「宗麟殿。恭順を受け入れます。そして——大友家の独自性は、尊重します。俺は九州の全てを同じ形にするつもりはない。それぞれの土地に、それぞれの色がある」

宗麟はしばらく時貞を見た。

「時貞殿」と宗麟は言った。

「はい」

「俺はキリスト教を信じている。しかしお前を見ていると——神というものは、宗教の形をしていないところにも宿るのかもしれないと思う」

時貞は少し考えてから言った。

「俺は神を信じていません。しかし——人が人を大切にすることは、信じています」

宗麟は深く頷いた。

「それは——神の教えと同じことだ」

二人は向き合って、静かに笑った。


二 隆信の盟約

宗麟が七島を去って三日後、龍造寺隆信が来た。

今回は直茂も連れていた。

隆信は船から降りた瞬間、港を見回した。

「また来たな」と隆信は言った。「前より——活気があるな」

「薩摩から人が来るようになりました」と成瀬が答えた。「学びに来る者、仕事を求める者——様々です」

「ほう」

隆信は港の様子を見ながら歩いた。

薩摩の若者らしき者が数人、七島の職人に何かを習っていた。

「あれは」

「薩摩の鍛冶師の弟子たちです。七島の製鉄技術を習いに来ています」

「……薩摩の鍛冶師が、七島に習いに来る」と隆信は呟いた。「三ヶ月前には、考えられなかったことだ」


会見の席で、隆信は最初に言った。

「時貞殿。俺は恭順する。しかし——膝を折るわけではない。それはわかってくれるな」

「わかっています」と時貞は即座に答えた。「隆信殿は——俺の同盟者です。主従ではない」

隆信はそれを聞いて、鍋島直茂を見た。

直茂が小さく頷いた。

「では——盟約を結ぼう」と隆信は言った。「対等な盟約だ。互いの強みを活かして、九州を共に動かす」

「はい」

「俺が肥前の陸を押さえる。お前が海と南を押さえる。そして——互いの情報を共有する。これが盟約の骨格だ」

「それに加えて」と時貞は言った。「人身売買の根絶について——肥前の全域での徹底をお願いします。平戸の件は直茂殿のご尽力で大きく前進しましたが、まだ完全ではありません」

「わかった」と隆信は言った。「直茂」

「はい」と直茂が答えた。「平戸の残党については、今月中に全員処理します」

「よろしくお願いします」

隆信は盟約書に署名した。

時貞も署名した。

直茂が証人として名を連ねた。

「これで——肥前と七島と薩摩が一つになった」と隆信は言った。

「はい」

「九州は——変わったな」と隆信は静かに言った。

「はい。変わりました」

隆信は少し考えてから言った。

「近衛殿との縁談を聞いた。おめでとうと言っていいのか」

「まだ婚約ですが」と時貞は言った。

「前久殿の妹が——七島に来る。つまり朝廷が、本当の意味でお前の背後に立つということだ」と隆信は言った。「それは——大きい」

「はい」

「俺も——先を考えておく」と隆信は言った。「龍造寺家と鳳凰寺家の縁が、将来どういう形になるか」

「それは——ゆっくり、共に考えましょう」

隆信は少し笑った。「お前は急がないな」

「急ぐ必要がない時は、急ぎません」

「それが——お前の強さだな」


三 九州の諸将、動く

隆信の盟約から一週間。

九州の政治地図が、急速に書き換わり始めた。

宗麟と隆信が鳳凰寺に恭順した——その事実が、九州全土に伝わった。

九州に勢力を持つ国人たちが、次々と七島に書状を送ってきた。

相良家。阿蘇家。秋月家。筑後の小大名たち。

内容は様々だったが——共通していた。

鳳凰寺家との関係を、求めてきた。

浜村が報告書をまとめた。

「今月に入って、九州の諸将から届いた書状の数は——四十七通です」

「四十七」と成瀬が繰り返した。

「はい。ほぼ全員が、恭順もしくは友好関係の構築を求めています」

時貞は報告を聞きながら、考えた。

「一通一通、丁寧に返事を出してくれ。全員に同じ返事ではなく——それぞれの状況に合わせた返事を」

「手が足りますか」と浜村が心配した。

「天元が文案を作ってくれる。最終的な確認は俺がする」

「わかりました」


そして——その動きは、南蛮商人たちにも届いた。

博多、平戸、横瀬浦に残っていたポルトガルの商人たちが、九州の変化を肌で感じていた。

山川が閉じた。博多が閉じた。平戸が厳しくなった。

そして九州の主要な大名が全員、鳳凰寺に従った。

人身売買のルートが——完全に塞がれていた。

商人たちの一部は、九州を去った。

一部は——鳳凰寺に対して、正式な貿易関係の申し込みをしてきた。

「人身売買をやめ、通常の貿易をしたい」という内容だった。

時貞はその申し込みを、一つ一つ審査した。

「人身売買への関与が確認されていない商人には、貿易を認める。関与が確認されている者は、認めない。天元に名前のリストを照合してもらってくれ」

「はい」

こうして——九州の南蛮貿易は、鳳凰寺の管理下に入り始めた。

人を売る者は排除された。

物を売る者は——正式なルートで、認められた。


四 毛利の目

安芸・吉田郡山城。

毛利元就は、九州からの報告書を読んでいた。

齢七十を超えた老将だが、その目は鋭かった。

傍らには嫡男・隆元。そして孫の輝元の傅役として、吉川元春、小早川隆景が控えていた。

「——九州が、変わった」と元就は言った。

「はい」と隆景が答えた。「宗麟と隆信が恭順し、九州の諸将のほぼ全員が鳳凰寺に従いました」

「大友と龍造寺が同時に従うとは——」と元春が言った。「あの二家は、互いに争い続けてきた。それが同じ方向を向いた」

「向かわざるを得なかった、ということだ」と元就は言った。

「島津は」

「義久が切腹し、義弘が鳳凰寺の管轄下で薩摩の実務を担っています。島津の名家が——三ヶ月で、こうなった」

元就は報告書を置いた。

「隆景」

「はい」と隆景が答えた。

「お前はどう見る」

小早川隆景は、毛利家の中で最も策に優れた男だった。

「鳳凰寺家は——海の力が圧倒的です。薩摩の水軍が一発の砲撃で退いた話は、既に各地に広まっています。我が毛利の水軍が誇りとしてきた力が——あの艦の前では、意味をなさない可能性があります」

「そうだな」

「そして——九州での動きを見ると、鳳凰寺は力で征服するのではなく、恭順した者を活かす方針を取っています。島津の義弘を残した。宗麟の独自性を認めた。隆信とは対等な盟約を結んだ」

「賢い」と元就は言った。

「はい。これは——恐れられるより、必要とされることを目指している戦略です」と隆景は言った。「恐れられた勢力は、衰えた時に反発を受けます。しかし必要とされた勢力は——衰えた後も、関係が続く」

元就はしばらく黙っていた。

「九州への侵攻計画は——どうする」と元春が問うた。

「一時、止める」と元就は言った。

元春が驚いた顔をした。「父上——」

「聞け」と元就は言った。「俺が生涯かけて学んできたことがある。勝てない相手と戦うことは、愚かだということだ。今の九州に、俺たちが入る余地はない」

「では——」

「鳳凰寺家の動きを、もっと詳しく調べる」と元就は言った。「あの勢力が何者で、どこへ向かっているのか。それがわかるまで——接触はしない。しかし、敵対もしない」

隆景が頷いた。「海の封鎖を受けると、毛利の水軍は機能しません。今は——待つべきかと」

「その通りだ」と元就は言った。「隆景。お前が調べろ。鳳凰寺の当主が何者か。帝との繋がりがどれほどか。背後に何があるか」

「はい」

「一つだけ言う」と元就は静かに言った。

全員が元就を見た。

「伊豆沖の島から出てきた勢力が、半年で九州を塗り替えた。そして朝廷と血縁で結ばれようとしている。これは——日本の歴史が、大きく変わる前兆だ」

隆景が静かに言った。「鳳凰寺家が——日本を取りに来ている、ということですか」

「急いでいないように見えるが——止まってもいない」と元就は言った。「そういう相手が——最も恐ろしい」

部屋に静寂が落ちた。

秋の安芸の風が、城に吹いていた。


五 信長の上洛と前久の奔走

京。近衛家の邸。

前久は机の前で、複数の書状を広げていた。

信長から。義昭から。二条晴良から。そして——時貞から。

全ての情報が、前久の机の上に集まっていた。

「信長が——美濃を完全に固めた」と前久は独りごちた。

足利義昭を奉じて、上洛を目指す。

その動きは、既に始まっていた。

前久は時貞からの書状を読んだ。


前久殿へ。

信長の上洛については、朝廷として受け入れを準備してください。

ただし——全てを信長に委ねないように。

帝の主体性を、保ってほしい。

信長は優秀な大名です。しかし——信長のために朝廷があるのではない。

朝廷が信長を使う、という姿勢を崩さないでください。

俺はまだ九州にいます。信長の上洛に直接対応することはできません。

しかし——前久殿がいます。

帝がいます。

それで十分です。

時貞より。


前久は書状を折りたたんだ。

「信長を使う——か」

前久は立ち上がり、御所の方角を向いた。

信長が来る。

足利義昭を奉じて。

義昭を将軍にするために。

そしてその過程で——朝廷は信長に取り込まれる可能性がある。

(そうさせない)

前久は思った。

朝廷が信長を受け入れるのは——朝廷が選んだことでなければならない。

信長に押し込まれてはならない。


前久は動いた。

まず帝に参内した。

信長の上洛の動きを報告し、朝廷としての対応方針を相談した。

帝は静かに聞かれた。

「信長は——どういう者だ」

「力があり、策があり、速い方です」と前久は答えた。「しかし——自分の意志を最優先にする方でもあります」

「時貞とは違うな」

「はい」と前久は即座に言った。「時貞は——帝の権威を本当に大切にしています。しかし信長は——朝廷を道具として見る可能性があります」

「道具として」

「表向きは丁重に扱います。しかし——実質的な権限を、朝廷から奪おうとするかもしれません」

帝はしばらく考えられた。

「前久。朕が信長に対して取るべき態度は」

「信長を——利用する、ということです」と前久は言った。「信長は上洛したい。将軍を立てたい。朝廷の権威を背後に持ちたい。それは——朝廷にとっても、使える部分です。信長の力を、朝廷の再建に使う。しかし——実質的な主導権は、朝廷が持ち続ける」

「それは難しいことだ」

「はい。しかし——時貞が背後にいます。帝と時貞の関係を、信長は知りません。その関係が——朝廷の隠れた力になります」

帝は静かに頷かれた。

「前久。お前に任せる」

「はい。必ず」


六 婚約の発表

永禄五年の暮れ。

京で、時貞と冬姫の婚約が正式に発表された。

近衛家と鳳凰寺家の縁談。

この発表は——京の公家社会に、静かな波紋を広げた。

五摂家筆頭の近衛家が——伊豆の島の勢力と縁を結ぶ。

最初は「近衛家がなぜ」という声もあった。

しかし——薩摩征伐の話、帝への献身、錦の御旗の件が知れ渡るにつれ、その声は小さくなった。

「近衛前久殿が直接九州に赴いた」という事実が、最も大きかった。

あの前久が、共に動いた相手だ。

公家社会の中で——鳳凰寺への見方が、少しずつ変わっていった。


冬姫は七島への訪問から戻り、京の近衛家の邸にいた。

婚約が発表された夜、冬姫は兄の前久と向き合っていた。

「冬。お前が望んで七島に行ったことは——正しかった」と前久は言った。

「はい」

「時貞殿のことを——どう思った」

冬姫は少し間を置いてから、静かに答えた。

「十四歳とは思えない方でした。しかし——十四歳らしい部分も、ありました」

「どういう意味だ」

「七島の海が夕日で染まった時——少しだけ、きれいだと呟かれました。ほんの一瞬です。すぐにまた、考える顔に戻られましたけれど」

前久はその言葉を聞いて、少し笑った。

「時貞殿らしい」

「はい」と冬姫は言った。「あの方は——重いものを、ずっと背負っておられます。それが何かは、まだわかりません。しかし——一人で背負いすぎているように、見えました」

「そうかもしれない」

「わたくしが——その重さの、少しでも助けになれれば」と冬姫は言った。「それが、わたくしのできることだと思います」

前久は妹を見た。

たおやかな所作。しかし——その言葉に、芯があった。

「冬」と前久は言った。

「はい」

「お前は——良い嫁になる」

冬姫は少し目を伏せた。

「兄上こそ——良い兄上です」と冬姫は静かに言った。

二人は向き合って、しばらく黙っていた。

京の冬の夜が、静かに更けていった。


七島に婚約発表の知らせが届いた夜、時貞は執務室に一人でいた。

成瀬が「おめでとうございます」と言って下がった。

時貞は窓を開けた。

冬の七島の夜が広がっていた。

(冬姫殿)

冬の浜を歩いた時の、あの落ち着いた足取りを思い出した。

診療所の灯りを見た時の、あの静かな目を思い出した。

「できることを、させてください」と言った言葉を思い出した。

(強い方だ)

外から見えない強さを持っている。

それは——前久とは違う種類の強さだった。

時貞は夜空を見た。

冷たい冬の星が、きれいだった。

(冬姫殿に——七島の星を、見せよう)

いつか、きっと。


七 琉球での対話

琉球王国・首里城。

榊原雅之は、尚元王の御前に通されていた。

尚元王は三十台半ばの、穏やかな顔立ちの王だった。

通訳を介して、対話が始まった。

「遠路ようこそ」と尚元王は言った。「鳳凰寺家からの使いは——初めてだ」

「はい」と榊原は答えた。「我が当主・時貞より、まず挨拶を申し上げるよう命を受けております」

「どういう挨拶だ」

榊原は書状を取り出した。

時貞の書状だった。


琉球国王・尚元王殿へ。

鳳凰寺時貞と申します。

初めてお便りします。

俺たちは今、九州に拠点を持ちました。

薩摩・大隅が俺たちの管轄になりました。

つまり——琉球の北に、新しい隣人ができました。

隣人として、まず挨拶をしたいと思いました。

取引を求めているわけでも、従属を求めているわけでもありません。

ただ——顔を合わせたいと思いました。

使節団に医師と技術者を同行させました。

もし琉球で役に立てることがあれば、遠慮なく申し付けてください。

鳳凰寺時貞 敬白


尚元王は書状を読んだ。

通訳が読み上げた後、しばらく沈黙があった。

「——取引も従属も求めない」と尚元王は言った。

「はい」

「では、何のために来た」

「顔を合わせに来ました」と榊原は答えた。「それだけです」

尚元王はしばらく榊原を見た。

長年、琉球はさまざまな勢力と向き合ってきた。

明。倭寇。南蛮商人。日本の大名たち。

全員が、何かを求めてきた。

「顔を合わせるだけ」と言った者は——初めてだった。

「鳳凰寺の力については、話が届いている」と尚元王は言った。「薩摩を降したと。南蛮の船を退けたと」

「はい」

「その力を持ちながら——何も求めないのか」

「今は、何も求めません」と榊原は答えた。「いつか——互いに必要な時が来れば、その時に話しましょうと、当主は申しております」

尚元王はしばらく考えた。

「医師が来ているというのは本当か」

「はい。医療班が二名、同行しています」

尚元王は侍臣に何かを言った。

侍臣が動いた。

「——城下の村に、熱の病が出ている。見てもらえるか」

「喜んで」と榊原は即座に答えた。


医療班が村に向かった。

病を診た。薬を出した。

翌日、熱が下がり始めた。

その話が、首里城に戻ってきた。

尚元王は榊原を再び呼んだ。

「鳳凰寺の医師は——本物だ」と尚元王は言った。

「ありがとうございます」

「時貞殿という方は——どういう方か」

榊原は少し考えてから、正直に答えた。

「十四歳の少年です。しかし——十四歳の目をしていません。遠くを見る目と、今を見る目を、同時に持っています」

尚元王は少し笑った。

「それは——不思議な少年だ」

「はい。我々も、いつも驚いています」

「お前たちを助けている——謎の知恵の源があるという噂を聞いたが」と尚元王は言った。

榊原は少し間を置いた。

「はい。天元と呼んでいます。何者かは——俺たちにも、完全にはわかりません。しかし、鳳凰寺を陰からずっと助けています。膨大な知識を持っていて、どんな問いにも答えを返してきます」

「神か」と尚元王は言った。

「神かどうかは——わかりません。ただ、鳳凰寺には必ずそこにいます」

尚元王はしばらく考えた。

「——話を続けよう」と尚元王は言った。「急がなくていい。もう少し、ここにいてくれ」

「はい。喜んで」

琉球の空が、青く高かった。


八 白石、帰る

北太平洋、帰途。

「天鷹」は南へ向かっていた。

アラスカの記録を、全て抱えて。

白石は艦橋で、南の海を見ていた。

「艦長」と藤崎が言った。「七島まで、あと十日ほどです」

「そうか」

「殿への報告書は——準備できています」

「もう一度、確認させてくれ」と白石は言った。

報告書が手渡された。

石油の発見。埋蔵量の予測。砂金の採取量。アレウト族との接触。アラスカ沿岸の地形記録。

全てが、丁寧にまとめられていた。

「一つだけ加えてくれ」と白石は言った。

「何をですか」

白石は少し間を置いた。

「俺たちは——七島を出て、アリューシャンを渡り、アラスカに旗を立てた。誰も行ったことのない場所に、鳳凰寺の旗が立った。その事実を——数字では書けない」

「はい」

「でも——書いておきたい。俺たちが何を感じたかを」

藤崎は頷いた。

「書きます」

白石は南の海を見た。

七島が待っている。

殿が待っている。

「藤崎」

「はい」

「殿は——また北へ向かわせてくれると思うか」

藤崎は少し考えてから、笑って答えた。

「必ず、と思います」

白石も笑った。

「そうだな。殿は——止まらない方だ」

「天鷹」は南へ進んだ。

波が艦首を打った。

アラスカの記録が——七島へ、時貞のもとへ向かっていた。


九 七島の夜に

永禄五年、冬。

七島の執務室。

時貞は一人で、机に向かっていた。

今日届いた報告書が積まれていた。

宗麟の恭順。隆信の盟約書。琉球からの榊原の報告。毛利が九州への侵攻を一時止めた情報。冬姫の婚約に関する京からの報告。白石が帰途についたという通信。

一つ一つを読んだ。

読み終えて、机に置いた。

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」

「今日の状況を整理してくれ」

「はい。九州は——宗麟、隆信、その他の諸将が鳳凰寺に従い、ほぼ全域が鳳凰寺の影響下に入りました。毛利は静観を選んでいます。京では婚約が発表され、朝廷との繋がりが深まっています。信長の上洛に向けて、前久殿が準備を進めています。琉球では尚元王との対話が続いています。アラスカからは白石殿が石油と金の情報を持って帰途についています」

「整理すると——どうなる」

天元が少し間を置いた。

「鳳凰寺家は、七島を出てから一年で——九州を手中に収め、朝廷と血縁で結ばれ、南は琉球へ、北はアラスカへ網を張りました。百年の計の最初の五年分が——一年で動いています」

「速すぎるか」と時貞は問うた。

「速さは——問題ではありません。基盤が伴っているかどうかが、問題です」と天元は答えた。「薩摩の開発は軌道に乗っています。道雪殿と隆信殿の信頼は本物です。帝との関係は深まっています。基盤は——ある、と分析されます」

「わかった」

時貞は窓を開けた。

冬の夜の海が広がっていた。

星が出ていた。

冬の星が、きれいだった。

(来年は——信長が動く)

そして琉球との関係が深まる。

アラスカの情報が返ってくる。

冬姫との婚礼も、近い将来に行われる。

やることは——多い。

しかし——

(急がない。焦らない。止まらない)

時貞は星を見た。

北の星。南の星。

その全てを——鳳凰寺の旗で繋ぐ。

百年かけて、少しずつ。

冬の海が、静かに揺れていた。


(第二十四章へ続く)

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