第二十二章 ―縁と絆、南と北―
一 大友宗麟の決断
永禄五年、秋。
豊後・府内。
大友宗麟は、薩摩から届いた報告書を読んでいた。
鳳凰寺家が薩摩・大隅の統治を始めて、二ヶ月が経っていた。
報告書の内容は——宗麟の想像を超えていた。
道が整備された。港が改修された。診療所が開かれた。子供たちが学ぶ場所ができた。
そして——農作物の収穫量が、既に増え始めているという。
たった二ヶ月で。
「……」
宗麟は報告書を置いた。
道雪が部屋に入ってきた。
「宗麟様」
「道雪。読んだか」
「はい」と道雪は答えた。
「二ヶ月だぞ」と宗麟は言った。「たった二ヶ月で、薩摩がこれほど変わっている」
「はい」
「俺が二十年かけて豊後を治めてきた。しかし——」宗麟は言葉を切った。
道雪は黙って待った。
「俺の治めた豊後より、鳳凰寺が二ヶ月で変えた薩摩の方が——豊かになっている」
その言葉は、静かだった。
怒りでも嫉妬でもなかった。
ただ——事実を認めていた。
「道雪」と宗麟は言った。
「はい」
「俺は時貞殿に、恭順する」
道雪は少し目を細めた。
「宗麟様が——直接、そうおっしゃいますか」
「俺が直接言わなければ、意味がない」と宗麟は言った。「書状一枚で済む話ではない。俺自身が——時貞殿に会って、言う」
「……わかりました」と道雪は言った。
しかし——その目には、何かがあった。
「道雪。何か言いたいことがあるか」
道雪は少し間を置いてから、言った。
「俺はずっと、宗麟様にお仕えしてきました」
「ああ」
「宗麟様が今おっしゃったことは——俺が今まで宗麟様に申し上げた中で、最も良いご判断の一つです」
宗麟は少し驚いた顔をした。
それから——静かに笑った。
「道雪にそう言われると、悪い気はしないな」
「事実ですから」と道雪は言った。
宗麟は立ち上がった。
窓の外に、豊後の秋が広がっていた。
「時貞殿に——書状を出す。直接会いたいと」
「はい。俺からも一筆添えます」
「頼む」
宗麟は窓の外を見た。
南の空に——鳳凰寺の旗が立っている方角があった。
まだ見えない。
しかし——確かにそこにある。
(俺はこの方と——共に動く。それが豊後のためになる)
宗麟はそう思った。
二 龍造寺の議論
肥前・佐賀、龍造寺家の城。
広間に、重臣たちが集まっていた。
隆信が上座に座り、鍋島直茂が正面にいる。
「今回の天鳳作戦について——皆の意見を聞く」と隆信は言った。
重臣の一人が口を開いた。
「鳳凰寺の力は、俺たちの想像を超えていました。海を封じ、空から見て、陸では死者をほとんど出さずに島津を降した。俺たちとは——戦の質が違います」
「違うとわかって、どうする」と隆信は言った。
「恭順すべきかと」と別の重臣が答えた。「これ以上、距離を置くことに意味がありません。今回の作戦で、俺たちは鳳凰寺の側で動きました。その関係を——より深めるべきかと」
「異論は」と隆信は聞いた。
沈黙が続いた。
異論は——出なかった。
隆信は直茂を見た。
「直茂。お前の意見を聞いていない」
直茂は少し考えてから言った。
「隆信様。俺は今回の作戦の全容を、間近で見ていました」
「ああ」
「鳳凰寺は——戦いながら、統治の準備をしていました。戦が終わった翌日には、技術者が薩摩に入っていた。道の測量が始まっていた。これは——戦が目的ではなく、統治が目的だということです」
「そうだ」
「その統治の速さが——俺には最も驚きでした」と直茂は言った。「力だけなら、力で対抗する方法を考えられます。しかし——速さと緻密さは、対抗できません」
「つまり」
「恭順が正しい選択です」と直茂は即座に言った。「しかし——ただの恭順ではなく、互いに利のある関係を結ぶべきです。龍造寺が鳳凰寺に従うのではなく——共に九州を動かす、という形で」
隆信は腕を組んだ。
「それは——時貞殿も望んでいることだと思う」
「はい。あの方は——従わせることを目的としていない。共に動くことを望んでいる」
隆信は少し間を置いてから、立ち上がった。
「——決める」と隆信は言った。
全員が注目した。
「龍造寺家は、鳳凰寺家に恭順する。しかし——膝を折るのではない。対等な立場で、共に九州を動かす盟約を結ぶ。時貞殿もそれを望んでいるはずだ」
直茂が深く頷いた。
「では——俺が七島に参ります」
「いや」と隆信は言った。「俺が行く。前回七島に行った。もう一度行く」
直茂が少し驚いた顔をした。
「またですか」
「ああ。今度は——盟約を結びに行く。それは当主が直接やることだ」
直茂は頷いた。
「御意にございます」
三 信長、動く
京。近衛家の邸。
前久は急いで筆を取っていた。
「信長が美濃を落とした」という報告が入ったのは、三日前のことだった。
斎藤家が滅亡した。
美濃・稲葉山城が信長の手に落ちた。
信長はその城を「岐阜」と改めた。
「天下布武」の印を使い始めた。
前久は全てを書状にまとめ、七島へ——いや、今は薩摩の鹿児島にいる時貞のもとへ、急使を出した。
七島経由で書状が届いたのは、五日後だった。
時貞は鹿児島の執務室で読んだ。
成瀬が横にいた。
「信長が美濃を取った」と時貞は言った。
「はい」
「上洛は——来年か、再来年か」
「天元の分析では、来年から再来年の間に動くと思われます」と成瀬は言った。
「足利義昭を奉じて、上洛する」
「はい。それが信長の次の一手です」
時貞は書状を置いた。
「前久殿に返書を出す。信長の上洛については、朝廷として受け入れを準備してほしい。ただし——全てを信長に委ねないように。帝の主体性を、保ってほしいと」
「はい」
「前久殿はわかってくれる」
成瀬が頷いた。
「殿。もう一つ、前久殿の書状に書かれていることがあります」
「何だ」
成瀬は少し間を置いた。
「朝廷から——鳳凰寺家への、申し入れがあります」
時貞は顔を上げた。
「申し入れ?」
「官位の授与と——もう一つ」と成瀬は言った。「政略結婚の打診です」
四 官位と縁談
前久の書状の、後半部分はこう書かれていた。
時貞殿へ。
この度の薩摩征伐における功績、そして朝廷への長年の献身を——帝が改めて評価されました。
つきましては、時貞殿に正式な官位を授与することが決まりました。
参内の際の手続きを円滑にするためにも、この件は急いで進めます。
詳細は晴良殿から改めてご連絡があります。
そしてもう一つ。
朝廷として、鳳凰寺家とより直接的で強固な繋がりを作りたいと——複数の方々からご意見が出ています。
俺も同じ考えです。
近衛家には——妹がいます。
名は冬姫。十六歳。
時貞殿が十四歳であることは承知の上で、申し上げます。
今すぐ、ということではありません。
しかし——近衛家と鳳凰寺家が縁で結ばれることを、俺は望んでいます。
帝もこの件について、良いとお考えです。
時貞殿のお考えをお聞かせください。
近衛前久 敬白
時貞は書状を読んだ。
読み終えて、しばらく黙っていた。
成瀬も黙っていた。
「政略結婚か」と時貞は言った。
「はい」
「……前久殿の妹」
「はい。冬姫様と」
時貞は少し考えた。
真田琢磨として三十年生きてきた。
結婚など、考えたこともなかった。
いや——この世界に来てから、そんなことを考える余裕がなかった。
「成瀬」と時貞は言った。
「はい」
「これは——断るべき話か」
成瀬は少し考えてから、正直に答えた。
「政略結婚は、この時代の常道です。前久殿と血縁で結ばれることは——朝廷との繋がりを、より強固にします。外交的には、極めて有利な話です」
「外交的には、ということは」
「殿のお気持ち次第です」と成瀬は静かに言った。「俺は——政の話と、人としての話を、混同しません」
時貞は成瀬を見た。
「冬姫殿がどういうお方か——知らずに返事はできない」と時貞は言った。「まず、前久殿に一度お会いしたい旨を伝えてくれ。冬姫殿についても、教えていただけるよう」
「はい」
「そして——断るとも、受けるとも、今は言わない」
「わかりました」
五 冬姫
京への返書を出してから、十日後。
前久から詳しい書状が届いた。
そして——七島への訪問を前久が提案してきた。
冬姫本人が、七島を訪れることを希望しているとのことだった。
時貞は少し驚いた。
「冬姫様が、直接来ると」
「はい」と浜村が言った。「前久殿の書状には、冬姫様が『直接会いたい』とおっしゃったとあります」
「……芯が強い方だな」
「前久殿も、そのようにお書きです」
一ヶ月後、七島。
冬姫が船で到着した。
桟橋に、時貞と成瀬が出迎えた。
船から降りてきた冬姫を見た時、時貞は少し驚いた。
十六歳。
たおやかな、公家の姫らしい所作だった。
白い肌。すっきりした目鼻立ち。髪が長く、きれいに結われている。
だが——その目が、周囲をしっかりと見ていた。
港の施設を見た。鉄の艦を見た。行き交う軍人たちを見た。
おびえた様子は——全くなかった。
「——鳳凰寺時貞様でいらっしゃいますか」と冬姫は言った。
「はい」と時貞は答えた。
冬姫は時貞を見た。
十四歳の少年を、真正面から見た。
「思っておりましたより——小さいのですね」
その言葉は、失礼ではなかった。
率直だった。
時貞は少し笑った。「よく言われます」
「存じております」と冬姫は言った。「兄からも、道雪殿からも、様々な方から時貞殿のことは聞いております。しかし——直接お会いしてみないと、わからないことがあると思いまして」
「わかりました。七島を——ご覧ください」
冬姫は頷いた。
「はい。よろしくお願いいたします」
七島の案内が始まった。
時貞が直接、冬姫を案内した。
工廠。学舎。港。医療施設。
冬姫は全てを静かに見ていた。
質問があれば、静かに問うた。
「この学舎は——女子も学ぶことができるのでしょうか」
「はい。男女の区別はありません」と時貞は答えた。
冬姫は少し驚いた顔をした。しかしすぐに頷いた。
「そうでございますか。では——笹木先生のような方が生まれるわけですね」
「笹木を知っていますか」
「兄から聞きました。女性の医師がいると。それが——七島では当然のことだと」
「できる者が、やればいい。それが七島の考え方です」
冬姫はしばらく考えてから言った。
「京では——女子は学ばなくてよいと言われます。読み書き以上のことは…」
「冬姫様ご自身はどうお思いですか?」と時貞は問うた。
冬姫は少し間を置いてから、静かに言った。
「それは——この島を見て…もったいないことだと思いました」
その言葉は——芯が通っていた。
時貞は冬姫を見た。
(前久殿に似ている。いや——違う部分もある)
前久の強さは、外に向かっていく強さだ。
冬姫の強さは——内側に根を張っている強さだ。
表に出さない。しかし——折れない。
夕刻、七島の城の一室。
時貞と冬姫が、茶を挟んで向き合った。
成瀬と侍女が少し離れたところにいた。
「時貞様」と冬姫は言った。
「はい」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「どうぞ」
「時貞様は——この七島を、どこへ向けようとしておられるのですか」
時貞は少し考えた。
「日本を、強くしたいと思っています」と時貞は答えた。「南蛮の国々が、世界の海を支配しようとしています。そうなれば——日本も、いずれその波にさらわれます。それを、俺は防ぎたい」
「日本のために」
「はい」
冬姫はしばらく黙っていた。
「帝のことを——大切に思っておられるのですか?」と冬姫は問うた。
「はい。帝は——日本の根っこだと思っています」
冬姫の目が、少し温かくなった。
「兄が申しておりました。時貞様は——帝を本当に大切に思っていると。最初は信じられなかったと。しかし今は——信じていると」
「前久殿が、そう言ってくださいましたか」
「はい」と冬姫は言った。そして——静かに続けた。「兄は滅多に、人を信じません。しかし——信じると決めた方には、全てを懸けます」
「はい。俺もそう感じています」
「時貞様」と冬姫は言った。
「はい」
「わたくしは——この縁談を、政の話だけとは思っておりません」
時貞は冬姫を見た。
「どういう意味ですか」
冬姫は少し考えてから、率直に言った。
「政略結婚は——この時代、当然のことです。しかしわたくしは、ただの政の駒にはなりたくないと思っております」
「はい」
「時貞様がどういう方かを——まず知りたかった。だから、直接参りました」
「冬姫様が——直接来ることを希望されたと聞きました」
「はい」と冬姫は答えた。「相手を知らずに、縁を結ぶことはできません」
時貞はしばらく冬姫を見た。
十四歳と十六歳。
二歳の年の差がある。
しかし——二人の間の空気は、奇妙なほど自然だった。
「俺も——冬姫様がどういう方か、知りたかった」と時貞は言った。「今日お会いして、わかったことがあります」
「何でしょう」
「強い方だと」と時貞は言った。「外から見えない強さを、お持ちです」
冬姫は少し目を伏せた。
「……そのようなことは」
「そういうことをおっしゃる方が、一番強い」と時貞は言った。
冬姫は小さく笑った。
「——時貞様は」と冬姫は言った。「年の割に、ずいぶん大人びておられますね」
「よく言われます」
「何度もそのお答えを」と冬姫はくすりと笑った。
窓の外に、夕日が落ちていた。
七島の秋の海が、橙色に染まっていた。
翌日、冬姫は七島を発った。
別れ際、冬姫は時貞に言った。
「時貞様。一つだけ」
「はい」
「わたくしが嫁ぐとすれば——七島だけでなく、薩摩も、これから先鳳凰寺が治める全ての土地が、わたくしの場所になります」
「はい」
「その全ての場所に生きる人々を——わたくしも、大切にしたいと思います。できることを、させてください」
時貞はしばらく冬姫を見た。
「必ず」と時貞は言った。
冬姫は静かに頭を下げた。
船が、七島の港を出た。
時貞は桟橋で、船が見えなくなるまで立っていた。
成瀬が横に来た。
「殿」と成瀬は言った。
「前久殿に返書を出してくれ」と時貞は言った。
「はい。内容は」
時貞は少し間を置いた。
「——縁談を、受けると」
成瀬は深く頷いた。
「御意にございます」
六 官位の授与
冬姫との縁談が決まった翌月、帝からの正式な沙汰が届いた。
官位の授与だった。
二条晴良が使者として七島に来た。
「帝のご意向により——鳳凰寺時貞殿に、従四位下・右近衛少将の位を授与します」
時貞は平伏した。
「ありがたき幸せに存じます」
成瀬が横で涙をこらえているのを、時貞は気づかないふりをした。
晴良は帰り際、時貞に言った。
「時貞殿。帝は——今回の官位授与を、大変喜ばしくお思いです」
「もったいないお言葉です」
「帝は仰せになりました。これで時貞は、朝廷の一部だ、と」
時貞は深く頷いた。
「帝の御期待に——必ず応えます」
晴良は微笑んだ。
「前久殿との縁談も——帝はとても喜ばれています。時貞殿が近衛家と結ばれることを、心からお喜びです」
七 琉球への準備
薩摩・大隅の統治が本格的に動き始めた頃。
七島では、別の準備が進んでいた。
琉球への使節団の準備だ。
成瀬が参謀室で報告した。
「琉球への使節団の構成が固まりました。外交担当の榊原雅之を団長に、通訳三名、医療班二名、技術者二名——計十二名です」
「船は」と時貞が問うた。
「鳳凰寺の中型艦一隻を使います。南蛮船ほど大きくはなく、琉球の港でも入れる大きさです」
「天元、琉球の現状を教えてくれ」
天元が答えた。「琉球王国は現在、第二尚氏の尚元王が治めています。明との朝貢関係を基盤に、東南アジアとの中継貿易で栄えていました。しかし近年、南蛮勢力の台頭と、日本との関係の変化で、貿易の規模が縮小しつつあります」
「俺たちが持っていけるものは」
「医薬品、農業技術、そして——誠実な対話の姿勢です」と天元は答えた。「琉球は今まで様々な勢力と接してきました。力だけで来る者には警戒します。対話を求めてくる者には——開かれた態度を持っています」
「薩摩との関係も考えなければならない」と時貞は言った。「史実では島津が琉球を侵略するが——今の薩摩は鳳凰寺の管轄下にある。琉球への脅威は、既に消えている」
「はい。その点は琉球側への大きな安心材料になります」
時貞は榊原を呼んだ。
「榊原。琉球では——俺たちが何者かを、正直に話してくれ。力で従わせるつもりはない。貿易と交流を求めている。それだけを伝えてくれ」
「はい」と榊原は答えた。「ただ一つ、確認があります。天元のことについて——琉球の方々が問うた場合、どのようにお答えすれば」
天元の存在は——この時代の人間には説明が難しい。
「謎の存在です、とだけ答えてくれ」と時貞は言った。「鳳凰寺を陰から助けている、不思議な知恵の源だ、と」
榊原は少し考えてから頷いた。
「わかりました。そのようにいたします」
使節団の船が七島を出たのは、その月の末だった。
時貞は桟橋で見送った。
「榊原。無理はしなくていい。向こうが警戒するなら、焦らないで帰ってきてくれ」
「はい。ゆっくり、確実に」
船が南へ向かった。
琉球へ。
北ではアラスカへ向かった「天鷹」がいる。
南では琉球へ使節団が行く。
七島は——日本の中心ではない。しかし、日本の外へと網を張り続けている。
時貞は南の海を見た。
八 白石の発見
その頃、北太平洋。
「天鷹」はアラスカ沿岸を南下しながら、調査を続けていた。
白石蒼一郎は艦橋で、眼下に広がる大地を見ていた。
広大だった。
目に見える限り、山と森と川が続いていた。
「艦長」と測量班の藤崎が言った。「今日の採取サンプルの分析結果が出ました」
「何が出た」
藤崎は少し間を置いた。
「——石油です」
白石が振り返った。
「石油か」
「はい。沿岸の岩盤から採取したサンプルに、石油の成分が含まれています。量は——天元に送ってまだ分析中ですが、非常に大規模な埋蔵量が予測されます」
白石は窓の外を見た。
無人の大地が広がっていた。
木が生え、川が流れ、野生の動物が走っている、誰も手をつけていない大地が。
その大地の下に——石油が眠っている。
「他には」と白石は言った。
「砂金の採取量も、昨日より増えています。川の上流部に——金鉱床がある可能性があります」
白石は静かに考えた。
「七島に送れ。全ての情報を。石油のサンプルも、砂金も、全部」
「はい」
「そして——この場所の座標を正確に記録しておいてくれ。一ミリも誤差がないように」
藤崎は頷いた。
「艦長。これは——大発見ですね」
白石は大地を見た。
「殿が言っていた」と白石は呟いた。「北の大地の下に——富が眠っていると。その通りだった」
藤崎が静かに言った。「殿は——どこまで知っておられるのでしょう」
白石は答えなかった。
ただ——大地を見た。
あの方には——見えている何かがある。
俺たちには見えない、先の先まで。
だから俺たちは——あの方の見た先へ、進む。
それだけでいい。
「引き続き、南下しながら調査を続けろ」と白石は言った。
「はい」
「天元から返答が来たら——すぐに知らせてくれ」
七島で、石油の報告を受けた時貞は、一人で窓の外を見た。
アラスカに石油が出た。
金も出た。
百年後、二百年後——この資源が世界を動かす。
それを、今ここで押さえている。
(白石。よくやってくれた)
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」
「アラスカの石油埋蔵量の予測を出してくれ。それと——将来、この資源を活用するための百年計画を更新してくれ」
「了解です。分析を開始します」
時貞は窓を閉じた。
北にアラスカ。南に琉球。
そして九州には薩摩・大隅。
京には帝と前久がいる。
道雪がいる。隆信がいる。
そして——冬姫との縁が結ばれる。
百年の計は——確実に、形を作っていた。
急がない。焦らない。しかし——止まらない。
秋の七島の夜が、静かに深まっていった。
(第二十三章へ続く)




