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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第十六章 ―怒りを力に変える日―

一 道雪への書状

永禄五年、春。

時貞は三日かけて、書状を書いた。

一度書いて、破った。

また書いて、破った。

三度目に書いたものを、最終的に封じた。

成瀬が横で見ていた。

「珍しいですな。殿が書状を書き直されるのは」

「言葉を選んでいた」と時貞は言った。「道雪殿に送る言葉だから」

「どういう意味ですか」

「怒りをそのまま書けば、感情の書状になる。道雪殿はそういう書状を好まない。しかし事実を冷静に書きすぎれば——この件の重さが伝わらない」

時貞は封じた書状を見た。

「怒りを、言葉の形にする。それが難しかった」


書状の内容は、こうだった。


道雪殿へ

急ぎの件にてご連絡申し上げます。

この三ヶ月、九州に配した者たちが、ある実態を調べてまいりました。

内容は、添付の報告書にございます。

まず、お読みください。

読まれた後で、俺の言葉を聞いてください。

俺はこの乱世に来て、できる限り戦を避けてきました。

無益な消耗を嫌い、外交と対話を優先してきました。

それは今も変わりません。

しかし——この件については、別の話です。

日本の女性と子供が、荷物として船に積まれている。

南蛮の商人たちは彼らを人間と思っていない。

宣教師たちは黙認している。

そして——これは今もどこかの港で、続いている。

道雪殿。

俺はこれを止めます。

方法は外交から始めます。

しかし外交が届かない時には——力を使います。

一つだけ、お願いがあります。

大友家の領内の港で、この売買が行われています。

道雪殿に、大友家の内部から声を上げていただけますか。

宗麟殿を動かすことができるのは——道雪殿だけです。

俺は外から動きます。

道雪殿は内から動いてください。

鳳凰寺時貞 敬白


書状と報告書の写しを、風間に託した。

「道雪殿に直接渡してくれ。他の者の手を経ずに」

「はい」

「道雪殿の顔を、見てきてくれ。読んだ後の顔を」

風間は頷いた。

「必ず」


二 道雪、読む

豊後・府内、立花道雪の屋敷。

風間が届けた書状と報告書を、道雪は一人で読んだ。

朝から読み始めて、昼を過ぎても読んでいた。

本田正親が昼食を持ってきたが、道雪は手をつけなかった。

ただ、読んでいた。


報告書の中に、博多の裏港の記述があった。

風間が目撃した、十歳の女の子の話。

縛られて。泣いていて。殴られて。

黙らされた。

道雪はその一節を、三度読んだ。


読み終えた時、外はすでに夕暮れだった。

道雪は報告書を膝の上に置いた。

動かなかった。

窓の外に、豊後の夕空が広がっていた。

橙色の空が、遠い山の向こうに沈んでいく。

本田が恐る恐る部屋に入ってきた。

「道雪様——」

「静かにしろ」

本田は黙った。

しばらくして、道雪が口を開いた。

「俺の領内でも——あるのか」

「……はい」と本田は静かに答えた。「博多に近い村から、人がいなくなるという話は以前から」

「知っていたか」

「噂として。ただ——これほどの規模とは、知りませんでした」

道雪は目を閉じた。

長い沈黙が落ちた。

「俺は」と道雪はついに言った。「長く戦をしてきた。人が死ぬのを見てきた。それは——乱世の宿命だと思ってきた」

「はい」

「しかし」

道雪は目を開けた。

「戦で死ぬことと——これは、違う」

その声は静かだった。

だが、その静けさの底に——燃えているものがあった。

本田はそれを感じ取った。

長年、道雪の傍で仕えてきた。この老将の怒りを、数えるほどしか見たことがなかった。

今は——その数少ない瞬間の一つだった。

「風間殿を呼んでくれ」と道雪は言った。

「はい」

「時貞殿への返書を書く。硯と紙を用意してくれ」


道雪の返書は、その夜のうちに書かれた。

風間が受け取り、七島へ向けて出発したのは翌朝の早い刻だった。


七島に届いた返書を、時貞は執務室で読んだ。

開いた瞬間、時貞は少し驚いた。

道雪の書状は、いつも長くない。

だが今回の書状は——さらに短かった。

たった三行だった。


時貞殿へ

報告書、読みました。

俺は明日、宗麟様のもとへ参ります。

止めさせます。

立花道雪


時貞はその三行を、何度も読んだ。

「俺は明日、宗麟様のもとへ参ります」

明日。

返書を書いたその翌日に、もう動く。

時貞の中で、何かが震えた。

「成瀬」と時貞は呼んだ。

「はい」

「道雪殿が動いた。明日、宗麟殿に直接掛け合うと言っている」

成瀬が目を見開いた。「明日——ですか」

「そうだ」

成瀬は少し黙った。それから、静かに言った。

「道雪殿は——本当に動く時は、速いお方なのですな」

「俺の予想を超えた」と時貞は言った。

「殿。道雪殿が宗麟殿に掛け合っても——宗麟殿が素直に動くかどうか」

「動かない可能性もある」と時貞は認めた。「宗麟は南蛮との関係を重視している。キリスト教への傾倒も深い。道雪殿が何を言っても、すぐには動かないかもしれない」

「その場合は」

「その場合のために——帝を動かす」と時貞は言った。「二つの方向から同時に圧力をかける。道雪殿が内から。帝が上から。そして俺が外から」


三 帝への奏上

近衛前久への書状は、道雪への書状と同じ日に出していた。

だが内容は違った。

道雪への書状は、共に動くことを求めるものだった。

前久への書状は——事実を伝え、帝に届けることを頼むものだった。


前久殿へ

急ぎ、お伝えしたいことがあります。

添付の報告書をお読みください。

日本の民が、南蛮商人によって売買されています。

女性と子供を中心に、年間千名以上が船に積まれ、

マカオ、ゴア、マラッカへ運ばれています。

途中で死ぬ者が多く、生き延びた者も奴隷として働かされています。

南蛮商人たちは、日本人を人間と思っていません。

それを黙認している者たちがいます。

俺は外交と必要とあれば武力で、これを止めます。

しかし——帝の御言葉があれば、最も早く、最も広く届きます。

帝にこの実態をお伝えいただけますか。

そしてもし帝が御心を動かされたなら——

人身売買を禁じる御言葉を、大名たちに下していただけるよう、お取りはからいを。

俺はこの件で、初めて力を使う覚悟をしています。

しかし帝の御言葉があれば——力を使う前に、止められる可能性があります。

鳳凰寺時貞 敬白


前久は報告書を読んだ。

近衛家の書斎で、一人で。

読み終えて、しばらく動かなかった。

それから——立ち上がり、帽子を取り、外へ出た。

夜の御所の方角を見た。

(帝に、届けなければならない)

前久は迷わなかった。

翌朝、参内した。


帝に報告書が奏上されたのは、翌日の昼過ぎだった。

前久が直接、帝の御前で読み上げた。

全て読み終えるのに、かなりの時間がかかった。

御常御殿に、静寂が落ちた。

帝は動かなかった。

長い沈黙が続いた。

窓の外に、春の京の空が広がっていた。

「——前久」と帝は言われた。

「はい」

「これは——今も続いているのか」

「はい。今この瞬間も、どこかの港で続いていると思われます」

帝は目を閉じられた。

また長い沈黙が落ちた。

前久は待った。

帝が目を開けられた時——その目は、前久が今まで見たことのないものになっていた。

「前久」

「はい」

「朕は帝として、何ができる」

その問いは——静かだった。

帝が「何をすべきか」ではなく「何ができるか」と問われたことに、前久は深い意味を感じた。

この方は——今の朝廷の力の限界を知っている。だからこそ、できることを問われている。

「帝の御言葉を、大名たちに下すことができます」と前久は答えた。「人身売買を禁じる御下知を。どの大名も——帝の御言葉を無視することは、表向きにはできません」

「表向きには、か」

「完全に止まらない可能性もあります。しかし——帝が御言葉を出されることで、誰もが言い訳できなくなります。黙認している者が、黙認し続けられなくなります」

帝はしばらく考えられた。

「時貞は——この件で力を使う覚悟をしていると書いてあった」

「はい」

「それを止めたいと思っている」

「帝の御言葉があれば、力を使う前に止められる可能性があると、時貞は申しております」

帝は窓の外を見られた。

「南蛮人は——日本人を人間と思っていないと書いてあった」

「はい」

「宣教師たちも黙認していると」

「はい」

帝は静かに言われた。

「それは——神仏の教えに反する」

その言葉は短かった。

だが前久には、帝が決断されたことがわかった。

「準備します」と前久は言った。

「急いでくれ」と帝は言われた。「今この瞬間も続いているのなら——急がなければならない」


翌日、帝から大名たちへの御書が準備された。

内容は簡潔だった。


日本の民を売買することを、固く禁じる。

これに従わぬ者は、朝廷の敵と見なす。


短い。だが——重い。

前久は二条晴良と協力して、九州の主要大名全員への配達を手配した。

大友宗麟。島津義久。龍造寺隆信。

そして——九州に来航するポルトガル船の船長たちへも、写しが届けられた。


七島に御書の写しが届いた時、時貞は静かに読んだ。

成瀬が横にいた。

「帝が動いてくださった」と時貞は言った。

「はい」

「前久殿と晴良殿のお力もある。道雪殿も動いている。龍造寺殿も——知らせれば必ず動く」

時貞は御書を丁寧に折りたたんだ。

「成瀬」

「はい」

「海軍の展開を始めてくれ」

成瀬が頷いた。

「博多沖への展開、でございますか」

「そうだ」と時貞は言った。「外交が動いている。しかし——それだけでは信じない者がいる。俺たちが本気だということを、目に見える形で示す」

「御意」

「倉橋に伝えてくれ。艦を動かすが——発砲はしない。ただ、そこにいる。それだけでいい」

「はい」

「南蛮商人たちは賢い。鉄の艦が港の外にいるとわかれば——計算をする。リスクを測る。その計算の結果として、行動を変える」

「言葉より、存在で示す」

「そういうことだ」


四 博多沖

三日後の夜明け前。

博多の沖合に、影が現れた。

「鳳凰」と護衛艦二隻。

帆もなく、煙もなく、ただそこにいた。

夜明けの光の中で、鉄の艦体が静かに浮かんでいた。

鳳凰寺家の旗が、朝の風にはためいていた。


博多の港が、ざわめいた。

朝の漁に出ようとした漁師が、沖合の影を見て戻ってきた。

港の商人たちが桟橋に集まり、遠くを眺めた。

「鳳凰寺の艦だ」と誰かが言った。

「なぜここに」

「何のために」

誰も答えを知らなかった。

だが——鉄の艦が、静かにそこにいた。

動かなかった。

ただ、いた。


博多に停泊していたポルトガルのガレオン船の甲板で、船長のアルヴァレスは沖合の影を見た。

双眼鏡を手に取った。

鉄の船が三隻。

以前、豊後水道で一発の砲撃で他の船を退けた、あの艦だ。

アルヴァレスは顔色を変えた。

「——なぜここに」と副官に言った。

「わかりません。朝から動いていません。ただ、そこにいます」

アルヴァレスは沖合の艦をじっと見た。

砲門が見えた。

閉じている。砲撃の準備はしていない。

だが——あの艦の砲の精度は、豊後水道で実証されている。

「昨日、大友家の家臣から書状が来ていた」と副官が言った。「帝からの御書について——」

「読んだ」とアルヴァレスは言った。「日本の民の売買を禁じる、という内容だ」

「それと、あの艦が——関係があるのでしょうか」

アルヴァレスは黙っていた。

(関係がある。あの艦が来た理由は、一つしかない)

アルヴァレスは長年、アジアの海で商売をしてきた。どんな相手が本気で、どんな相手が脅しだけか——それを見分ける目を持っていた。

あの艦は——本気だ。

「今夜の積み込みを——中止する」とアルヴァレスは言った。

副官が目を丸くした。「しかし、既に手配が——」

「中止だ」とアルヴァレスは繰り返した。「今は動く時ではない。様子を見る」

副官は黙って頷いた。

アルヴァレスは再び沖合の艦を見た。

夜明けの光が、鉄の艦体を赤く染めていた。


同じ頃、博多の裏港。

人身売買の仲買人、杉本屋弥右衛門は、早朝から港の様子を見に来ていた。

今夜、南蛮船に荷を渡す約束だった。

「荷」とは——人のことだ。

弥右衛門は沖合の艦を見た。

全身が、冷えた。

鉄の船が、そこにいた。

動かない。

ただ、そこにいた。

弥右衛門は踵を返した。

足が震えていた。

今夜の話は——なかったことにしよう。

そう思った。


五 道雪と宗麟

府内の大友家の城で、立花道雪が大友宗麟と向き合っていた。

道雪が宗麟に直接申し入れを求めたのは——二十年仕えてきて、数えるほどしかないことだった。

宗麟はそれを知っていたから、すぐに時間を作った。

「道雪。改まった顔をしているな」と宗麟は言った。

「はい」と道雪は答えた。「申し上げたいことがあります」

「言え」

道雪は報告書を取り出した。

「まず、お読みください」

宗麟は受け取り、読んだ。

読み進めるにつれ、宗麟の表情が変わっていった。

読み終えた宗麟は、しばらく黙っていた。

「——これは」と宗麟は言った。「うちの領内の話か」

「博多周辺を中心に、はい」

「俺は知らなかった」

「はい。俺も詳しくは知りませんでした」

宗麟は報告書を膝の上に置いた。

「道雪。これを持ってきたということは——俺に止めろと言いに来たのか」

「はい」と道雪は即座に答えた。

宗麟は少し黙った。

「南蛮との関係が——」

「宗麟様」と道雪は遮った。

宗麟が少し驚いた顔をした。道雪が自分の言葉を遮ったことは、ほとんどなかった。

「俺は長年、宗麟様にお仕えしてきました。その俺が——この件だけは、はっきり申し上げます」

「……言え」

「宗麟様は神仏への信仰を大切にされています。キリストの教えも、真剣に学ばれています」

「そうだ」

「ならば」と道雪は言った。「神が、人を荷物として扱うことを認めると思われますか」

宗麟は答えなかった。

「日本の子供が、十の歳で縛られて船に積まれています。泣いていても黙らせられます。その子が生き延びても、死ぬまで奴隷として働かされます」

「……」

「宗麟様が信じる神は——それを良しとしますか」

部屋に、静寂が落ちた。

宗麟はしばらく目を閉じていた。

「道雪」と宗麟はついに言った。

「はい」

「俺は——知らなかった。本当に」

「はい」

「知っていたら」と宗麟は言った。「俺は止めていた」

道雪は静かに頷いた。

「宗麟様が止めてくださることを、信じていました」

宗麟は立ち上がり、家臣を呼んだ。

「博多の港奉行を呼べ。今すぐだ」

家臣が駆けた。

宗麟は道雪を振り返った。

「帝の御書も来ている。朝廷と鳳凰寺と——両方が動いているということか」

「はい」と道雪は答えた。「宗麟様が動いてくだされば——三方向から包囲できます」

宗麟は少し考えた。

「南蛮との貿易が、完全に止まる可能性がある」

「人の売買と、物の売買は別の話です」と道雪は言った。「鉄砲も、薬も、布も——それは続けられます。ただ、人だけは売買しない。そう求めるだけです」

「……わかった」と宗麟は言った。「博多の港での人の売買を、禁じる。今日から」

道雪は深く頭を下げた。

「ありがとうございます、宗麟様」


六 時貞の夜

その夜、七島。

道雪から返書が届いた。

宗麟様が動かれました。

博多での人の売買を、今日より禁じると仰せになりました。

道雪より。

時貞は返書を読んで、しばらく動かなかった。

成瀬が横にいた。

「殿」と成瀬は静かに言った。

「道雪殿が——動いてくれた」と時貞は言った。

「はい」

「宗麟殿も動いた」

「はい」

「帝が御書を出された。博多沖には艦がいる。道雪殿が内側から動いた」

時貞は窓を開けた。

夜の海が広がっていた。

春の風が入ってきた。

「完全には止まらないかもしれない」と時貞は言った。「港を変えて、別の場所で続ける者が出るかもしれない。仲買人の中には逃げる者もいる」

「はい」

「しかし——今夜、博多の裏港で誰かが連れていかれることは、なくなった」

「はい」

時貞は夜の海を見た。

三日前まで、博多の裏港では今夜も誰かが連れていかれていたかもしれない。

今夜は——ない。

それだけでも、意味がある。

「風間が言っていた女の子の話を、覚えているか」と時貞は言った。

「はい」と成瀬は答えた。

「今夜、博多の裏港で泣いている子供はいない」

成瀬は何も言わなかった。

ただ——深く頷いた。

時貞は春の夜空を見た。

星が出ていた。

北の海では白石が、アリューシャンの先を目指している。

京では前久が、帝のそばで動いている。

九州では道雪が、宗麟を動かした。

博多の沖には、鳳凰寺の艦がいる。

(まだ終わりではない)

九州の港だけだ。まだ他の港がある。日本の外に運ばれた者たちは、まだそこにいる。

だが——今夜から、少し変わった。

時貞は静かに思った。

怒りは——まだ消えていない。

むしろ、きちんと燃えていた。

熾火のように。静かに。しかし確実に。

この怒りを、力に変え続ける。

それが、真田琢磨が鳳凰寺時貞として、この乱世でやるべきことの一つだった。

春の風が、頬を撫でた。

夜の海が、静かに揺れていた。


(第十七章へ続く)

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