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李家の娘達  作者: チョコバナナ


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第三章

第三章

  清瞳は、現代世界へ帰ることをついに諦めていた。

この六年間、一歩も李府の外に出ることはなかったが、七夫人とともに唐園で静かに暮らし、学び、鍛え、磨き続けた。

(……いつか、ここでお金を稼いで、料理屋でも開いて。

七夫人と張婆、小玉を連れて旅に出るの。

誰かと結婚するかもしれないし、一人で店を切り盛りしてもいい。自由に生きるんだ)

そんな夢を胸に、清瞳は密かに力を蓄えていた。


一方、二人の姉――清蕾と清飛は、美しさも才能も鳳城随一と噂されるほどに成長していた。

清蕾の音楽、清飛の書画はすでに若い女性たちの憧れの的で、

求婚者も絶えない。

しかし、李宰相は首を横に振るばかり。

「娘たちはまだ幼い。今急ぐ必要はない」

その言葉には、野心と計算が透けていた。

そして春。

護国公主から李相宛に、桃花宴の招待状が届いた。

護国公主の桃花宴は、鳳城で最も華やかな春の宴。

皇族と高官の妻 daughters の花見の場として始まったが、いつしか、美男子や秀才が招かれる「見合いの場」として有名になった。

鳳城の五大美男子――

皇太子・劉堅、四皇子・劉敏、安慶王の息子・劉浩、学者の程思月、そして左丞相の息子・顧天祥。

いずれも二十歳前後の青年で、女性たちの憧れそのものだった。

李相は髭を撫で、考えに沈んだ。

桃花宴には彼ら五公子も現れる可能性がある。

寧王は清蕾を皇太子妃に推しているし、顧宰相も娘を候補にと望んでいる。

さらに皇后は姪の王延恵を皇太子妃候補として強く推していた。

(――皇太子妃候補が三人も……)

皇室の内では寧王派と皇后派がぶつかり合い、意見がまとまらない。

そのため護国公主は、桃花宴で三人の才女に競わせる「非公式の選抜」を提案した。

桃花宴は、もはやただの宴ではなく

皇太子妃選抜の戦場 と化したのだ。


李宰相は娘たちを思った。

控えめで気品ある清蕾。

明るく活発で愛嬌たっぷりの清飛。

そして小柄で美しい、三女の清瞳。

それぞれに長所がある。

――だが、誰を宴に送るべきか?

彼が書斎で歩き回っていると、大夫人がお茶を持って現れた。

「旦那様、三人とも宴に出席させてはいかがでしょう?

皇太子の正室になれないなら、側室でも構いませんし……

五公子の中の誰かの目に留まるかもしれません」

李相は目を細め、満足げに頷いた。

「奥様は実に先見の明がある」


清瞳も桃花宴に出ると聞いた七夫人は、まるで自分のことのように喜んだ。

唐園に駆け戻り、清瞳をぎゅっと抱きしめる。

「うちの清瞳は十二歳でも、お姉様たちに引けを取らないわ!

良い家柄の若者がたくさん集まるの。よく見て、将来のことを考えましょう!」

清瞳は目を丸くした。

「母ちゃん、私はまだ十二歳よ!

結婚なんてしたくありません。母ちゃんと離れたくない!」

七夫人はくすくす笑い、優しく頭を撫でた。

「寧国では十五で結婚できるのよ。

母ちゃんだって清瞳を手放したくないけれど……

女はいつか嫁いでいくもの。

でもね、清瞳はきっと良い男に出会って幸せになれるわ」

(……習慣は受け入れられないけど……)

清瞳の胸がどくんと高鳴った。

(李府の外へ出られる。それだけで価値がある。

外を見て、情報を集めて、お金を稼ぐ道を探せる)

清瞳は静かに拳を握った。

(桃花宴――これは“自由への第一歩”かもしれない)


旧暦三月七日。

穏やかな春風が頬を撫で、陽光はきらきらと降り注いでいた。

外出には申し分のない、やわらかな春の朝だった。

その日、大夫人は三人の娘を連れて、護国公主主催の桃花宴へ向かう。

大夫人はいつになく気合を入れて身支度を整えていた。

髪は高くきちんと結い上げられ、濃い金色のドレスには牡丹模様の刺繍が美しく際立つ。

真珠の簪や輝石の飾りが髪の間で光を反射し、

ふくよかな体つきでも、常の笑みの奥に潜む鋭い目つきが威厳を帯びていた。

清蕾は水色の上衣に、銀糸で梅の枝が繊細に刺繍された白いスカート。

立ち姿は優美で、清らかな気品がにじむ。

清飛は翡翠色の上衣に、薄紅色の紗が重ねられた鮮やかなドレス。

風が吹くたびに裾が舞い上がり、まるで白鳥が羽ばたくように軽やかだった。

その隣に立つ清瞳は――対照的に地味だった。

水色のジャケットに、紺色のシルクスカート。

小玉に切ってもらった前髪は少し長く、顔の半分ほどを隠してしまっている。

髪は二つの小さな団子にまとめられ、薄いピンクのリボンがちょこんと飾ってあった。

三人で並ぶと、清蕾と清飛が華やかな花だとすれば、

清瞳はその横に控える侍女のように見えた。

姉たちはそんな清瞳を見てくすくす笑った。

大夫人はわずかに眉を寄せたが、注意はしない。

清瞳は気にした様子もなく、にっこりと笑って言った。

「お姉様たち、今日は本当にお綺麗ですね。清瞳も、お二人のお婿様選びをお手伝いします!」

清蕾と清飛は耳まで真っ赤になり、わざと怒ったふりをして清瞳の頬をつねった。

「この小娘、いつからそんな口が達者になったの!」

清瞳は笑いながら逃げ、馬車へと乗り込んだ。


異世界に来て以来、清瞳が李府の外へ出るのは初めてだった。

馬車が門をくぐっていくと、彼女は思わずカーテンの隙間から身を乗り出し、街の様子を食い入るように見つめた。

大夫人は二度咳払いをしてから、低く言い放つ。

「清瞳、父上様がおっしゃったことを忘れたのですか?

“淑女としての品位を保て”と仰せでした。清蕾と清飛を見習いなさい。七夫人から生まれたとはいえ、その軽薄さまで受け継ぐとは……!」

清瞳の胸がじりじりと熱くなる。だが、ぐっと深呼吸して言い返す衝動を押し殺した。

(……強くなったら、絶対に七夫人を連れて李府から出ていく。必ずだ)そう心の中で宣言し、背筋を伸ばした。


馬車は東へと二時間近く進み、ようやく停まった。足が少ししびれていた清瞳は慎重に地面に降りたが、

清蕾と清飛は蝶のように軽やかに馬車を降り立つ。日々の礼法訓練の賜物だろう。

護国公主の別荘――石翠荘は、山の斜面に建つ荘厳な邸宅で、林の合間から屋根がちらりと顔をのぞかせていた。門をくぐると輿が用意されており、三人は揺られながら桃花の谷へ向かった。そして辿り着いた場所は、まさに圧巻だった。何万本もの桃の花が咲き乱れ、桃色、薔薇色、紅色――春のすべてがそこに凝縮されたかのような光景。清らかな小川は、咲き乱れる花の間を縫うように流れ、花びらが静かに水面を漂っていた。薄く甘い香りが風に乗って漂う。

清瞳は息を呑んだ。

(……こんな場所、見たことない)

侍女が李夫人一行の到着を告げると、護国公主がゆったりと歩み寄ってきた。

優雅に一礼して言う。「李夫人、ようこそ。お嬢ちゃんたち二人は美しく、また非常に才能あると伺っています。

今日お会いできてうれしゅうございます」

大夫人は誇らしげに清蕾と清飛を前に出し、二人は品よくお辞儀をした。

公主は腕に嵌めていた瑪瑙の腕輪を外し、惜しげもなく二人に与えた。

一連のやり取りを、清瞳は静かに観察していた。

護国公主は三十歳前後か。透き通るような肌に、少し上がった目じり。歩き方や手の振る舞いの一つひとつが、長年宮廷で育ってきたことを物語っている。

やがて公主は他の来客を迎えに向かい、パビリオンは静寂に包まれた。

清蕾も清飛も緊張した面持ちで座り、ハンカチをぎゅっと握っていた。

谷を見渡すと、各家のパビリオンが並んでおり、その入口には薄い紗のカーテン。

春風がそっと揺らすたび、中に座る夫人や娘たちの明るい色彩が見える。

中央には皇太子と四皇子のパビリオン。左は顧宰相。右は王太守。

男たちの好奇心に満ちた視線が、紗の奥に注がれている。

「奥様、顧宰相府と王太守府のお嬢様方……見に行ってもよろしいでしょうか?」

清瞳が声を潜めて言うと、大夫人は即座に制した。

「いけません。君は宰相府の娘です。軽々しく動いては……」

清瞳は自分のスカートを広げ、くるりと回って見せた。

「奥様、私が三女だと知っている人はいませんよね?私は李府の侍女、と言えばいいのです」

大夫人の目がかすかに輝いた。

「……確かに。今日、李府の三女が来ているとは誰も知らない。清瞳、行きなさい。

周りをよく観察して、戻ったら知らせておくれ」

「はい!」

清瞳は嬉しそうに清蕾と清飛に手を振った。

「すぐ戻るわ。心配しないで」

パビリオンを離れた瞬間、清瞳は胸がふわりと軽くなるのを感じた。

――まるで鳥籠から外に出た鳥。

阿絹が持つ花籠を手に、二人は桃花の中へ、そっと歩き始めた。


守護公主の桃花宴では、来客は自由に花を摘むことができた。気に入った相手がいれば、花束に詩を添えて贈る――そんな優雅でロマンチックな風習もある。もし誰からも花をもらえなくても、各パビリオンには生け花が用意されているので、恥をかく心配もない。女性同士で花束を交換し、友情を深め合うこともできた。


清瞳は大夫人の命で花を届けて歩くふりをしながら、宰相の娘・顧天林と、王太守の娘・王延恵をさりげなく観察していた。

男性が集まるパビリオンの前を通るときは、自然を装って中の様子にも目を走らせた。

桃花林へ足を踏み入れた途端、視界がぱっと開けた。淡い桃色の花々が風にそよぎ、足元には青々とした草が広がる。小川から漂う甘い香りが、春そのものの気配を運んでくる。

清瞳は胸が弾み、思わず阿絹の手を引っ張って駆けだした。

「阿絹、見て! ここ、本当に綺麗!」

「お嬢ちゃん、走っちゃだめですよ!」

と言いながらも、阿絹も楽しそうに笑ってついてきた。阿絹は十三、四歳。清瞳と同じく、まだ子どもの無邪気さを持つ年頃だ。

二人は花を摘みながら奥へ奥へと進み、いつしかパビリオンが見えないほど深く花林に入り込んでいた。

しばらくして阿絹が振り返り、目を丸くした。

「お嬢ちゃん……パビリオン、もう見えません! 私たち、道に迷いました!」

清瞳も驚いて周囲を見た。

どの桃の木も同じように見え、どこから来たのか見当もつかない。

「どうしよう……遅くなったら奥様に叱られるわ。阿絹、どっちから来たっけ?」

阿絹は困り果てて首を振る。

清瞳は慌てて太陽の位置を確認し、方角を推し量ると、阿絹の手を取って北西へと歩き始めた。

しばらくすると、木々の隙間から微かにパビリオンの屋根が見えた。

「阿絹、あそこ! 私たちのパビリオンよ!」

二人は安堵しながら急いだ。

だが、もうパビリオンまで距離がないというところで、目の前に川幅の広い流れが立ちはだかった。

清瞳は木の枝を拾い、水に差し込んで深さを確かめた。

場所によっては太ももまで沈むほど深い。

遠回りすれば安全な道もあるかもしれないが、そんな時間はない。

大夫人の怒りを想像すると、引き返す選択肢は消えた。

周囲を見渡すと、人影はなく、パビリオンから聞こえるのはかすかな笑い声だけ。

清瞳は決意を固め、靴と靴下を脱ぎ、裾を高くまくり上げた。

「阿絹、早く。誰か来る前に渡っちゃうわ。見られたら大変よ!」

阿絹は泣きそうになりながらも、清瞳がすでに水に入っているのを見て急いで準備をした。

バスケットを頭に乗せ、清瞳の手を握って慎重に川を渡りはじめる。

向こう岸にたどり着いた瞬間、阿絹が石につまずいてよろけた。

バスケットが手から離れ、花を散らしながら水に落ちる。

「バスケット!」

阿絹の悲鳴が上がった。

清瞳は反射的に手を伸ばし、阿絹の手を離して水に倒れかかったバスケットをつかもうとした。

だがその瞬間、足を滑らせ、身体が大きく傾く。

――しまった。

清瞳は目をつぶり、水面へまっすぐ倒れ込んだ。

そのとき。

ざばっと水がはね、どこからともなく飛び込んできた影が、すんでのところで清瞳の腕をつかんだ。

強い力で引き上げられ、清瞳の身体は水面から一気に引き戻された。  



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