第5部 第13話『その火に名をつけた』
【前回のあらすじ】
レヴェリオを迎えた六人のレッドが、三魔王と並び立った。セイジ、レクス、アシュレイがまとうのは、誰の命も奪わずに戦える新型オメガ。九人は空間を曲げる六枚の板の一枚を砕き、ついにライガの白炎をエルゴスの胸へ叩き込んだ。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
エルゴスの足が床を削って止まった。追いすがるライガの目の前で、割れた胸甲の奥がきゅっと白く縮んだ。
「伏せろ、ライガ!」
レクスの盾が後ろからライガの肩をかすめた。盾の縁を白い光が舐める。頭上を抜けた一撃は岩壁に、握った拳の節までくっきりと焼きつけた。いま自分が打ち込んだ拳だった。
残る五枚が広間を巡った。壁に残った白炎へ一枚目がかぶさる。二枚目は管制車へ、三枚目は六区の接続装置へ向いた。どちらへ返す。レクスが盾を持ち直すより早く、セイジが壁へ向かって走った。
「どっちも守らなくていい。私が火元をどける!」
壁を蹴り、身体を横倒しにしたまま二刀を振るった。オメガの蒼銀のフィンが開く。すれ違いざまの斬撃で、拳の跡をつけた岩が四角く抜けた。岩が落ちる。火を追って一枚目の板が下を向く。レクスがその上へ駆け上がった。
盾の下に板を敷いて着地した。銀の大盾が石床にめり込み、黒い破片が放射状に散った。盾の上を、今度はグリムが踏んで跳んだ。
「二枚、こっちへ貸せや!」
火だるまの岩を空中で殴った。灼けた石のつぶてが二枚の板へ降り注ぐ。エルゴスは即座に二枚を立てた。受けた石を一方は管制車へ、一方は接続装置へ飛ばそうとした。
ところが板の向こうにあるのは、どちらも同じ銀の盾だった。
「そういう顔するんだね。君も、鏡の向こうを確かめたくなるだろう?」
板の陰からヴェルミリオンが片手を引いた。管制車も装置も、彼の紫の翅に映っていただけだ。本物のレクスは二枚の出口が重なる一か所で、両脚を開いて盾を構えていた。
つぶてが一斉に盾を打った。鋼を叩く雨音。レクスの踵がずるずると滑った。その背へネビュロスが手を添える。レクスの足の形ぴったりに、氷の踏み止めがせり上がった。十センチもあればよかった。それで腰を入れられた。
「返光斬!」
護光剣を盾の縁から振り抜いた。溜め込んだ熱と衝撃が一筋の光となって出口を逆走し、二枚の板を内側から同時に吹き割った。壁まで射抜いた光の跡に、赤々と溶けた岩が滴った。
残る二枚がセイジを上下から挟んだ。足元の黒い面に、上から落ちてくる自分の背中が映る。ここで下手に跳べば、二枚の間を落ち続ける。
「セイジ、剣を閉じて!」
言われるまま刃を引いた。レヴェリオの黒雷槍が、たった今まで剣先のあった場所を抜けた。上下の板の間で紫電が弾ける。その一瞬だけ出口が槍の方へずれた。セイジが下へ落ち、横合いの空中へ飛び出した。そこにカイがいた。光翼をひと打ちしてセイジを抱き取り、落ちてきた勢いのまま上の板の背後へ放った。
「流光連穿!」
蒼い突きが黒い背を走った。短くした左を引けば右が伸びる。右を戻せば今度は左が、前の穴より指一本ぶん深く入る。一面に刻んだ穴が繋がり、上の板が粉々に散った。
最後の一枚が身をひるがえした。その正面へ、誰より早くアシュレイが踏み込んだ。
「カイ! 俺の背中、頼んだぞ!」
両の旋棍が黒い面にめり込んだ。案の定、殴ったはずの二本の先端が、自分の背後から生えてきた。カイの光剣がそこで待っていた。二本の間に差した刀身を傾け、打撃の行く先をわずかに下げる。その下にライガが滑り込んだ。白炎をまとった拳で旋棍の先端を真上へ殴り返した。倍加した衝撃が、板の中にあるアシュレイの腕を伝って戻る。
どちらの肩も外れそうだった。だがアシュレイは手を放さなかった。噴射口が橙から白に変わった。
「双杭爆砕ッ!!」
往きと帰りの二撃が黒い面のど真ん中で噛み合った。板が中央から裂けた。跳ね返ったアシュレイをライガが背中で支えた。裂け目の先には、もう何も隔てるものがない。
グリムが踏み込んだ。エルゴスの胸に残った白炎へ、自分の赤い拳を重ねた。胸甲が背中まで抜け、黒い巨体が壁に叩きつけられた。
レヴェリオの槍が、エルゴスの喉元を捉えていた。
*
「六区を解放して。今すぐ、全員を帰して」
槍を握る少女の声はよく通った。
『君は、自分がどうやって今そこに立っているか、もう分かっているはずだ』
「うん。だから私に聞いたらいい。私はここにいたい。六区にいる人たちにも、自分で答えさせて」
エルゴスの手が接続装置へ向いた。カイの光剣が手首のすぐ脇に突き立った。
「デジタル・エデン計画を廃止しろ。装置の操作はこちらが引き継ぐ。……エルゴス、あなたにはまだ、自分の手で解放を命じることができる」
『廃止、か。カイ。初めてノクタリアへ渡った日、君は部下にどう説明した?』
「多次元宇宙の秩序を守るためだと。私がそう言って、四人を連れてきた」
「俺たちもそのつもりで門を越えた。多次元宇宙の話なら、あんたに今さら教わるまでもねえ」
レクスは盾を下ろさなかった。多次元宇宙の秩序を守る。その言葉を信じてノクタリアへ渡った日も、盾を着けていたのはこの腕だ。盾のこちら側に立つ人間を、自分たちだけで決めていた。
『では聞こう、レクス。一つの宇宙で始まった戦争に勝てば、その隣の宇宙まで守れるのかね』
エルゴスが空いた掌を上に向けた。カイは六区の接続装置に目をやった。表示は変わっていない。エルゴスが呼び出したのは、別の宇宙で起きた戦いの記録だった。
砕けた鏡が無数に漂う空間に、傷ついた巨人が片膝をついていた。その向こうで黒い門が閉じかけている。敵はもう引き上げたあとだ。本拠へ追っていく道は、その門しか残っていなかった。
巨人が腕を突いて立とうとした。膝が上がらない。だが、肩の上にまだひとり、動ける者がいた。白い炎を噴いて肩を蹴る。門が閉じたのは、拳が届くほんの一瞬前だった。
閉じきった門を、そいつは殴った。
合わせ目から火が噴いた。拳が入った。肘まで入ると、門の向こうの暗がりに白い炎が映えた。とうとう巨人の肩幅ほどもある道が開いた。
『……こじ開けたというのか……!?』
記録に声が残っていた。グリムは一度、映像から目を離して、すぐ前にいるエルゴスを見た。
次に映ったのは門の先での戦いだった。漆黒の巨体を囲んで五つの機影が重なり、純白の巨人が翼を開く。右腕の蒼い刃で弾雨を裂き、左の盾から走った光で絡みつく黒い腕を断った。懐へ飛び込んだ白い胸で、二つの紋がひとつになる。八人の叫びが重なった。虹色の光に呑まれながら、黒い影が言った。
『……美しい……のかもしれんな……』
その声が消えたあとで、空が裂けた。
裂け目の奥に朝焼けが見えた。白い巨人の頭上には、まだ星がある。別の宇宙の朝だった。戦いの起きた側から伸びた亀裂が、そちらの空にまで枝を広げていた。
八人のうちのひとりが別れを告げかけた。仲間の声がそれを遮った。誰も降りなかった。八人を乗せたまま白い巨人が両腕を開くと、その光に包まれた亀裂が端から塞がっていった。最後に細く残った朝の色が消え、二つの空はふたたび隔てられた。
『私が次元の隙間を覗いて見たのは、ここまでだ』
「……あいつらが、向こうの朝まで守ったんだな」
ライガが言うと、エルゴスは頷いた。
『ああ。だが、あの八人が間に合わなければ、向こうで目を覚ました者たちは、自分の空がなぜ裂けたかも知らずに死んだろう。ひとつの世界で燻った争いの火は、やがて次元の壁を越え、他の宇宙へ必ず延焼する。私はあの日、それを知った』
カイには、「多次元宇宙の秩序を守れ」と言われた日のことが思い出された。あの日教えられたのは、争いが起きた宇宙へ兵を送り込む手順だった。いま見た朝焼けは、作戦図のどこにもなかった。
『どこかで争いが起きるたびに、誰かが間に合うことを願うのか。私にはそれが救済だとは思えなかった。たとえ宇宙が失われても、そこに暮らした者は記憶も姿も情報として生き続ける。そこから争う意思を取り除けば、隣り合う世界を焼く者もいなくなる。電子の楽園。その構想は、あの裂け目の向こうに人がいると気づいたときに生まれた』
「その連中は、そないして生きたい言うたんか」
グリムが訊いた。エルゴスの掌には、もう向こうの空は見えなかった。
「……私の知る保存の術なら、失われる記憶は残せる。だが、記録した空を、本当に人が息をして暮らせる空に変えるとなれば話は別だ。お前はどうやって、その隔たりを越えるつもりだった?」
ネビュロスの問いに、エルゴスは先ほどの記録を巻き戻した。巨人の肩から人影が跳ぶ。拳が閉じた門に触れる。そこで止めた。
『何度も見た場面だ。初めは私も拳を目で追った。だが、門が開く瞬間を調べようとして、一つ気づいた。グリム、向こう側の床を見たまえ』
門のまわりに漂う鏡の欠片。その一つが、門の裏に落ちる影を映していた。記録がひとこま進む。門は閉じている。なのに影が揺れた。次のひとこまで、ようやくこちら側の合わせ目に火が噴いた。
「火ぃの方が先に渡っとる……」
『そうだ。門が開いたから熱が届いたのではない。どちらの空間にも同じ火が燃えたから、閉じたはずの道を内と外からこじ開けられた。情報の中にいくら楽園を築いても、それだけでは現実には何ひとつ起きない。だがこの火なら、隔てられたままの世界にも届く。世界そのものを書き換える手段を、私はあの拳に見たのだよ』
炎の使い手が何と叫んでいたか、その箇所は焼けて聞き取れなかった。
『原初の火。そう名づけたのは私だ。研究を始めるには、名が要った』
「……ほな、お前が俺らの村を捜し当てたんは、あの拳を見たからか」
『各地に残る火の記録を洗い直した。火元と、隔たった先のものが、ほとんど同時に焼ける。ノクタリアでようやく二例見つかった。場所も年代も違ったが、火を扱った者の出身を辿ると、同じ村に行き着いた』
グリムは自分の村を思い浮かべた。焼け落ちる前の村だった。母がまだ生きていて、グリムは外へ出るたび、いつ帰るかと聞かれていた。その頃にはもう、見たこともない男の机に村の名が載っていた。
『平時に採った火では門を破ったときの現象を再現できなかった。回収班から初めて、測定の上限を超えたと報告が入った。あの時刻は今も覚えている』
「俺もや。おかんが倒れた時やからな」
エルゴスの掌には、誰かを先へ通すために殴られた門がまだ映っていた。あの拳を見て、自分の村に兵を送ると決めたのは、目の前にいるこいつだ。グリムはそう覚えておこうと思った。
「火が見つかった。だが、お前にはまだ書き換えられる人間を生きて留める術が要った。そこで、あの写本の末尾か」
ネビュロスは隣で槍を構えているレヴェリオを見た。少女の指に力が入り、槍先がまっすぐ敵の喉に戻った。
『命をその時間ごと留める。フロスティアでは君自身が、あの術が生者に及ぶことを示したではないか』
「リトに訊かれたのだ。姉も助けてくれるか、と」
あの子の姉は広場にいた。教室を守るだけなら術をそこまで広げる必要はなかった。兵も住民も巻き込むと承知で、村の外壁まで術を広げたのは自分だった。
「お前の兵が来なければ、あの子は私にそんなことを頼まずに済んだ」
エルゴスは答えなかった。ネビュロスも、あの日の判断をこいつに言い渡し直してもらうつもりはなかった。
「じゃあ、ひとつ聞かせてよ」
ヴェルミリオンだった。
「僕が毒を撒いたあと、君の兵はまだ生きていた人たちを運び出した。今も自分のシステムの一部だと、さっき君は言ったね。何のために今まで使い続けてる?」
『霧の中で彼らが何を見て、何に触れるとそれが幻だと気づくのか。その境目は一人ずつ違った。エデンの住人が目覚めて、作り直した街を自分の故郷だと感じられるのは、彼らから学んだおかげだよ』
「……それを調べるために、まだあの人たちに霧の続きを見せてるのかい」
今度は返事を待たなかった。ヴェルミリオンが手袋の甲で記録を遮った。閉じた門も白い炎も消えた。目の前に残ったのは、六区の接続装置と、それを押さえている手だった。
「昔の話はそこまでだ。手をどけてよ。僕は、まだ帰ってこられる人の話をしてる」
*
六区から通信が入った。
『門のそばにいた人たちは奥へ下がりました。こちらはいつでも開けられます』
ポルクの声を聞いて、レヴェリオは喉元に突きつけていた槍を少し引いた。解放を命じるなら、エルゴス自身の手が届く。それだけの幅を空けた。
「開けて、エルゴス」
六つの区の名が装置に並んだ。カイは剣を構えたまま、指の行き先を見ていた。昔の作戦盤と同じなら、ここで六つを選べばいい。ところが指は区名の列を通り過ぎ、その下の地図へ伸びた。カイには、ひと目で分かった。
「全土指定だ! レヴェリオ!」
カイの剣が手首を断った。レヴェリオの槍が割れた胸甲を貫き、背後の壁に刺さった。第二形態の巨体が膝から崩れた。切り離された手は装置の縁に落ち、人差し指の先だけが地図に触れていた。ノクタリアの形に光が灯った。
『六区での完成を待つ猶予はなくなった。私自身が器になろう』
床の下で声がした。
槍の穂先が揺れた。レヴェリオは壁から槍を抜こうとして、柄の向こうが見上げるほど高くなっているのに気づいた。壁だと思っていた岩が、天井を突き上げていた。その表面に白い線が灯った。彼女の槍が刺さっていたのは、巨大な親指の爪の下だった。
岩盤が割れた。カイが光翼で少女をさらう。直後、管制車の前で地面がせり上がった。レクスとアシュレイが車体の両脇から肩を入れ、ネビュロスが地割れを氷で繋いだ。車輪がその上を渡り切った時、山の頂が星空を横切っていった。五本の指に載せられたまま。
山腹の外に、エルゴスが立っていた。まだ腰から下は地中にあった。胸にはライガとグリムが開けた穴の形が残っていたが、その底に見えるのはもう炉ではなかった。リドラムの広場が、灯のついた窓ごとそこに嵌まっていた。
エルザが地上の映像を開いた。同じ広場から石畳が一列、消えた。画面の中で夜警が足を踏み外す。次の瞬間、遥か頭上にある巨人の胸で、小さな明かりが揺れた。夜警はまだ灯を持っていた。自分がいま何の上に立っているのか、気づいてもいなかった。
『電子の楽園を始動する』
赤い光が足元から走った。街道を伝い、雪原を渡り、川を海まで下っていく。赤の村へ遡った時と、ちょうど逆の道だった。
ポルクの地図に、ノクタリアの海岸線をなぞる巨大な輪が閉じた。その内側で、まだ灯っている村の明かりが一つ、また一つ、地上から消えて巨人の身体に移った。
|エルゴス・アブソリュート《絶対存在》。地平の向こうまで届く両腕が、ゆっくりとノクタリアを抱き始めた。
九人の頭上で、六区の門を叩く音がした。
山の上からも、川の底からも、同じ音がした。
まだ中に、人がいる。
(第14話へ続く)
第13話をお読みいただき、ありがとうございます。
評価・ブックマーク・感想も励みになります。




