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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第5部:世界の敵編

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第5部 第12話『九つの意志、ここに立つ』

【前回のあらすじ】

三魔王が真・魔導外殻を纏い、戦場へ復帰した。ライガ、カイ、レヴェリオとつないだ連撃はエルゴスの再生を破り、グリムの白炎が第一形態を撃破。六区へ続く帰還路も確保された。しかしエルゴスは、壊れた肉体から意識を移し、六枚の黒い板を従える第二形態へ変貌する。傷ついた仲間たちが立ち向かう一方、エルザとポルクは三つの新たな変身デバイスを完成させようとしていた。


※本作品の執筆にはAIを活用しています。


「人間やめたくらいで、殴られへんとでも思うたか……!」


 グリムが、血まみれの足で床を蹴り飛ばした。

 白炎を限界まで圧縮した左拳が、宙に浮くエルゴスの胸部へ迫る。

 だが、背後を旋回していた漆黒の板が一枚、音もなく傾いた。


 グリムの剛拳が、横へ『抜けた』。


 避けられたのではない。敵を捉えていたはずの空間が、踏み込んだ瞬間に直角に曲げられたのだ。白炎が明後日の方向の石壁を抉り、グリムは突進の勢いのまま、自ら肩から激突してしまう。


「グリム!」


 ライガが咄嗟に腕を掴もうと手を伸ばす。

 その手とグリムの間へ、黒い線がスッと走った。

 ほんの数十センチだった指先の距離が、唐突に数十メートルにも引き延ばされる。次の瞬間、二人の間を引き裂くように、極太の黒い光線が貫いた。


 ズドォォン!!


 凄まじい爆風が二人を吹き飛ばす。床を転がったライガの胸部装甲から火花が散り、グリムの黒曜石の手甲が石床を深く削った。


『そこに私がいると、一体誰が決めた?』


 エルゴスは、一歩も動いていなかった。

 無機質な黒い顔の中央で、白い縦線だけが嘲笑うように輝く。


 カイが、白銀の六枚の光翼を最大展開した。


「光翼砲(フェザー・レイ)!!」


 六条の極光が、逃げ場を塞ぐように全方位から殺到する。

 しかし、黒い板がルーレットのように旋回した。

 光線が空中の見えないプリズムにぶつかったように折れ曲がる。一本は床を穿ち、二本は天井を融かし、そして――残る三本が、完全な軌道計算のもと、カイ自身へ向かって跳ね返ってきた。


 レヴェリオが、横から彼を思い切り突き飛ばす。

 二人がコンマ一秒前までいた空間を自らの光線が薙ぎ払い、白銀の羽根が焼け焦げて宙を舞った。


「自分の技で倒れないでよ!」

「分かっている!」


 カイは言い返しながらも、冷や汗を流して光剣を構え直した。

 正面へ斬り込めば、空間を曲げられて別の場所へ飛ばされる。距離を取って撃てば、正確に反射される。

 文字通りの、絶対防御。


 エルゴスが、無機質な右手を奥の接続装置へ向けた。


『返してもらおう。君たちが私から奪ったものを』


         *


 接続装置の前で、セイジが息を呑んだ。

 第一区から第六区までの監視映像に、ノイズのような細い黒い線が幾重にも走っていた。

 向こう側の通路の空間が歪む。扉の枠がひしゃげ、こちらを不安げに覗き込んでいた人々の姿が、飴細工のように横へ引き延ばされようとしていた。


「離れろ! 入口へ近づくな!!」


 セイジが通信機へ怒鳴る。画面の向こうで世話役が慌てて振り返り、人々を奥へ下がらせた。


 猛烈な吹雪が、セイジの背後から駆け抜けた。

 ネビュロスが装置の前に立ち塞がり、魔導書を力強く押し開く。


「絶対結界《アブソリュート・ウォール》!!」


 白い通路の入口を、分厚い蒼銀の氷晶がドーム状に覆い尽くす。

 空間の歪みがギリギリのところで停止した。だが、氷の表面にはすぐさまミシミシと黒い亀裂が走り始める。


 ヴェルミリオンがネビュロスの隣へ滑り込んだ。

 妖翅を羽ばたかせ、紫の鏡を何十枚も幾重にも展開し、装置へ伸びる黒い直線を鏡の世界へ逸らして乱反射させる。

 パリン、パリンと、鏡が割れ、その奥の鏡も砕け散る。


「随分と乱暴な取り返し方だね……!」


 口元では笑いながらも、ヴェルミリオンの額には濃い汗が伝っていた。ネビュロスも魔導書に限界まで魔力を注ぎ込んでいる。二人が少しでも気を抜けば、入口が潰れ、奥へ逃げた人々の帰り道が消える。


『君たちが残したがった自由だ。己の命を削って守ってみたまえ』


 別の黒い板が、前線のライガたちへ向いた。

 退路を塞ぐように、空中に黒い光の断層が幾つも生まれる。グリムたちは、その目に見えない狭い隙間へと徐々に追い詰められていった。


 その時。ネビュロスの魔導書が、持ち主の意志に反して激しく震え始めた。

 頁がパラパラとひとりでに繰り上がり、一番最後の末尾でピタリと止まる。


 ――生ある者に施すべからず。


 あの雪の夜、凍える子供たちを抱き締めながら、苦渋の決断で越えた禁忌の一文が、蒼く浮かび上がった。

 同時に、前線でレヴェリオが苦しげに胸を押さえる。彼女の装甲の中心にある真紅の輪が、魔導書の明滅と完全に同期して光を放っていた。


「この、光……」


 レヴェリオの悲鳴のような声が漏れる。

 彼女の脳裏に、吹雪の向こうの古い書架の映像がフラッシュバックした。小さな手が、差し出された古びた本を受け取る光景。


『言葉を持つ者は、奪われる前にそれを残せ』


 かつて資料庫で見た記憶だった。だが、今度は声だけでなく、本を抱きしめた少年の胸の痛いほどの高鳴りまでが、直接脳内へ流れ込んでくる。


「先生、本が――」


 呼びかけた途端、レヴェリオはハッと口を押さえた。

 今、その呼び方をしたのは――自分ではない。


 ネビュロスの片眼鏡に、レヴェリオの輪と、エルゴスのホログラムボディを巡る文字列が重なって映し出された。

 魔導書の末尾にある術式と、全く同じ文字列。同じ結び目。


「……『保存の術』か」


 ネビュロスが、怒りに震える顔を上げた。


「お前のその身体も、彼女の意識も。この本と同じ術式で留めているのか」


『旧組織が集めた写本を使った。君が子供の頃、誰に何を教わったかなど知らんし、興味もない。私に必要だったのは、その最後の頁の理論だけだ』


 エルゴスの背で、黒い板が嘲笑うように旋回する。


『失われる記憶をデータとして残す術。それを応用すれば、生きた者の意識も保存できる。“生者に施すな”という陳腐な戒めは、完全なる存在を目指す私には不要だった』


 ネビュロスの指が、頁へ食い込み、血が滲んだ。

 子供の頃から、擦り切れるほど読み返した本だった。読めなかった古代文字に書き込みをし、ようやく理解できた一節を、誰かに教えたくて雪の中を走った。

 この術は、決してこの男が独占していいものではない。

 絶望の中でも、後世に想いを遺そうとした者たちが、命懸けで受け継いできたものだ。


「生きている者は、昨日の言葉を明日には変えることができる。書き留めた姿のまま、永遠の檻へ閉じ込めてよいものではない!」


『変わるから、愚かな争いを生むのだ』


 黒い線が、氷の結界をさらに深く抉る。

 ネビュロスは片膝をつきながらも、魔導書から溢れる冷気をさらに強めた。


『私は、その不完全な揺らぎを取り除いてやった。君が子供たちに施した中途半端な封印より、ずっと有用だろう?』


 エナが笑えなかった日々を思い出した。リトが袖を離せなかった朝も。ミナが、自分の氷の手を「怖い」と言って泣いた声も。

 封印を解けば、あの子たちが昔のまま無傷で帰ってくるわけではなかった。

 それでも。時間を止めたままにしなくて、本当によかったと、今は心から言える。


「……だから、私は解いたのだ」


 氷の魔王は、気高く顔を上げた。


「泣くことさえも奪っておいて、救済などと嘯くな!」


 ネビュロスは、苦しむレヴェリオの輪へ視線を移した。

 資料庫で彼女が触れたのは、自分の封印に残っていた、幼い日の記憶だった。彼女の意識を留める術が、封印に応えたのだ。今はエルゴスの術が、両方へ同時に干渉し、強制的なリンクを生んでいる。


「レヴェリオ。その声の奔流を追うな。今、私が君を呼んでいる声だけを聞け!」


 少女が、ハッと顔を上げた。


「……聞こえる」

「それは私の過去の記憶だ。君が生きる『今』ではない!」


 彼女の手が、胸から力強く離れた。

 カイがすかさずその横へ立ち、飛来する黒い光線を剣で弾き落とす。


 ネビュロスは本を閉じなかった。

 末尾の術式へ指を滑らせ、エルゴスへと繋がろうとしている不可視の干渉線を、絶対零度の魔力でピンポイントに切断する。

 レヴェリオの胸の明滅がスッと収まった。脳内を侵食していた書架の幻影も消え去る。


『切り離したところで、私のシステムの保存は解けない』

「解くのは、お前の方だ」


 ネビュロスが、旋回する黒い板の『裏側』を指差した。

 白く流れるデータコードの中央に、魔導書の頁と全く同じ、微小な術式の結び目が存在している。


「セイジ。あの輪を見ろ。板がいくら向きを変えても、あの結び目の座標だけは動いていない!」


 セイジは、敵の背後を凝視した。

 六枚の板は、決して同時には動いていない。

 奥の装置を狙う一枚。前線の攻撃を逸らす一枚。その間を埋めるように巡る、残りの四枚。


 カイの剣が左へ逸らされた瞬間、左上の板が動いた。ライガの白炎が床へ曲げられた瞬間には、右下の板が機能している。

 正面にいた板が背後へ回り込む、そのコンマ数秒のタイムラグ。その一瞬だけ、舞い上がった瓦礫が空間を曲げられず、真っ直ぐ敵の本体へ飛んだのだ。

 エルゴスがそれを、自らの腕で払い落とす。


 セイジは息を詰めた。


「……板だ」


 もう一度、板の配置が変わる。

 床を擦った破片が、不自然な角度で横へ滑り落ちた。


「カイ! 黒い板が向いている場所でしか、攻撃の進路は変わらない!」


 カイがハッとして顔を向けた。


「板が役割を切り替える瞬間に、必ず隙が生まれる。板の裏にある術式の結び目を狙うんだ! 私が合図をする!」


 セイジは双剣を握りしめるつもりで、指を強く曲げた。

 だが、その掌には、まだ何もない。

 見えている。あのコンマ数秒の一瞬へ飛び込めば、確実に届く。けれど今の生身の自分では、そこへ到達するより早く光線に撃ち抜かれて終わる。


 彼は血が出るほど唇を噛み、板が切り替わる瞬間を眼球に焼き付けた。


         *


 ヴェルミリオンの鏡に、唐突に別の景色が映し出された。

 見覚えのある広場。冷たい石畳。そして、自分へ震える指を突きつける、貴族の男の手。


 鏡の向こうで、その男の口が開きかけた。


 ヴェルミリオンは冷酷に指を振り、その鏡を粉々に叩き割った。


「その悪趣味な幻、どこで拾い集めたんだい」


 魔王の声から、いつもの余裕のある笑みが完全に消え去った。

 エルゴスの胸に、紫の細いコードが浮かび上がる。研究施設で見た転用記録と同じ、他者の恐怖や絶望を引き出すための悪辣な術式。


『エセリア。回収の対象を効率よく集めるには、”風紀粛清”という名目が実に都合がよかった』


 黒い指が、割れた鏡の破片へ向けられる。


『混血の特異点が、心の底で何を恐れるのか。どこまで精神を追い込めば真の力を引き出せるのか。あの街では、非常に有意義なデータが取れた』


 ヴェルミリオンの妖翅の羽ばたきが、ピタリと止まった。

 屋敷から僕を引きずり出した兵士の手。広場で僕から目を逸らした、あの男。最後まで「守る」と言ってくれた言葉を、信じたかった自分。


「……あの男に、僕を捨てろと命令したのは、お前かい」


『そこまで直接手を下す必要はなかった。彼は保身のために、自らの意志で君を差し出したのだよ。それが人間の本性だ』


 ヴェルミリオンは、静かに目を閉じた。

 深く息を吸うと、あの日の広場の血と埃の匂いが、肺の奥を焼くような気がした。

 誰かに言わされた嘘だったならと、まだどこかで縋っていた自分がいたのだ。


 目を開ける。その瞳には、かつてないほどの絶対零度の怒りが宿っていた。


『毒の散布後も、有用な個体の回収は続けた。早く運び出せた部品は、今も私のシステムの一部として有効活用されている』


「部品じゃない。人だ」


 低く、地を這うような声だった。


「お前が運んだのは、人だよ」


 リドラムの街で姉の手を震えながら取った、年老いた妹の顔が浮かんだ。

 自分が作り出した霧の向こうにも、確かな人々の暮らしがあった。それを見ようとしなかった夜の先で、別の檻へ連れ去られ、実験動物にされた者たちがいた。

 街を滅ぼした罪まで、この男へ押しつける気にはなれない。


「僕が毒を広げた。だが、君はその後も命を奪い、弄び続けた」


 深紫の鱗粉が、猛烈な勢いで彼の手元へ集束していく。


「お前の悪趣味な実験は、今日、ここで終わりにしよう」


 エルゴスの精神干渉が、再び新たな鏡へ入り込んでくる。

 ヴェルミリオンは今度、それを割らずに真正面から受け止めた。

 鏡の奥に浮かぶ貴族の顔を、魔力の色気を帯びた指先でクルリと裏へ返す。

 その裏側に、白いデータコードと、紫の魔力線が複雑に絡み合っていた。


「人の心へ土足で踏み込むのは、得意だろうね」


 鏡を、さらに回す。

 今度は黒い板の方へ向けて、紫の線が逆流するように伸びていく。


「でもね。それは元々、僕から盗んだ入口だ」


 エルゴスが、チッと舌打ちをするように腕を引いた。

 胸に浮かんだ紫の線が強制シャットダウンされる。だが、そのシステムリブートのコンマ数秒、前線を狙っていた板の動きが完全に停止した。


 壁際で、セイジが喉を裂くように叫んだ。


「ライガ、今だ!!」


 ライガが弾かれたように地を蹴った。

 切り替わる板の下の死角へ潜り込み、渾身の右拳を突き出す。

 エルゴスがこの戦いで初めて、自ら上体を引いて回避行動を取った。

 白炎が、黒い胸甲を僅かに掠める。


 だが、奥の装置を狙っていた板が、瞬時に防衛のために正面へ戻ってきた。

 ライガの身体が空間ごと真横へ流され、迎撃の黒い光線が腹部へ直撃する。

 吹き飛んだ身体が、入口の坂へ向かって弾き飛ばされた。


「ライガ!!」


 アシュレイが飛び出した。

 受け止めた強烈な衝撃に両足が宙に浮き、二人はもつれ合って坂を転げ落ちる。生身のアシュレイの肩へ、ライガの焼け焦げた装甲が食い込み、喉の奥から苦痛の呻きが漏れた。


「おい。立てるか」

「……ああ」


 ライガは腕をつき、すぐさま前線の広間へと顔を上げた。

 レヴェリオが黒い光線を重力場で見事に押し返している。カイが光剣で防御陣を張り、グリムが限界を迎えた脚を必死に踏ん張って耐えていた。


 アシュレイは、ライガの背中をバンッと強く押し上げた。


「先、行ってろ」


 痛みに声が震えていた。

 ライガが一度だけ彼を振り返る。


「……待ってるぞ」


 白炎の戦士が、再び激戦の広間へ駆けていく。

 アシュレイは、無力な己の拳で床を思い切り殴りつけた。

 皮膚が裂けて血が滲んでも、炎は一向に出なかった。


 管制車の前では、レクスが崩れ落ちてきた巨大な鉄骨の梁を、己の肩だけで必死に支えていた。

 先ほどの衝撃で天井の一部が崩落し、車体を押し潰そうとしていたのだ。

 膝の関節が悲鳴を上げて軋み、背中を血が伝い落ちる。

 それでも、その下で命懸けで作業を続ける二人を呼んで逃げさせることなど、彼にはできなかった。


「まだか……!」


 食いしばった歯の間から漏れた血まみれの声に、エルザがバッと顔を上げた。

 その手に、真新しい銀の輪が握られていた。


「できたわ!!」


 ポルクが、残る二つを両手で高く持ち上げる。

 真紅の光が、そのデバイスの中心で力強く脈打っていた。


         *


「セイジ、戻って!」


 エルザの声が通信機から響き渡った。


「三人のオメガ(変身ブレス)、完成したわ!」


 セイジが弾かれたように振り返る。

 ネビュロスは、結界へ両手を押し当てたまま言った。


「行け。次は、お前がその目で見た隙を、自らの刃で斬ってこい」


 ヴェルミリオンが妖翅を優雅に振るう。

 鏡の一枚が壁際へ倒れ込み、エルゴスからの射線を完全に遮断する光の回廊を作った。

 セイジは、その鏡の陰をトップスピードで駆け抜けた。


 車の前では、アシュレイがレクスに肩を並べ、共に巨大な梁を支えていた。

 エルザが二人の腕へ真新しいブレスをガチャンと装着する。セイジが滑り込むと、ポルクが最後の一つを差し出した。


「カイさんの試作データをベースに、三人の本来の戦い方に合わせてチューンしました。魔王の外殻を借りて、身体が覚えた闘気も完全にトレースできます!」


 セイジがブレスを左の手首に巻いた。レクスとアシュレイも息を合わせ、肩に食い込んだ梁を壁のくぼみへ押し戻した。


「最後の文字です」


 ポルクが銀の輪に刻まれたΩ(オメガ)を指した。


「誰かの命を使って変身するのは、サング(変身ブレス)で最後にしたくて」

「それで二人で決めたの。この子たちの名前」


 セイジが左手を返すと、銀の輪が手首の骨に軽く当たった。


「……この重さだったな」


 レクスは黙って頷いた。自分のサング(変身ブレス)を壊したことに悔いはない。それでも、誰かが目の前で倒れるたび、右手は何もない左の手首へ行った。半年余り、何度も。

 今、その指の下に、かすかな脈があった。


「俺、またお前らと変身したかったわ」


 アシュレイが腕に目を落としたまま言った。レクスはその肩へ拳を軽く当てた。


「……俺もだ」


 セイジも二人の隣で腕を上げた。


「カイ!!」


 レクスが、激戦の広間へ向かって叫んだ。

 白銀の戦士が、ハッとして振り向く。


「今度は、俺たちが前へ出る!」


 カイは三人を見た。

 かつて自分の独善的な指示を待つだけだった顔が、今は己の意志で、最強の敵を真っ直ぐに見据えていた。


「……任せる!」


 アシュレイが、獰猛な牙を見せて笑った。


「おう。そこで見てろ!」


 三つのブレスが、眩い真紅の輝きを放った。


「「「ジャスティスチェンジ――オメガ!!!」」」


 爆発的な真紅の光柱が、三人の足元から天を衝くように噴き上がった。




 最初に床を鳴らしたのは、セイジの踵だった。胸の中央に銀の「S」が浮かび上がり、その曲線に蒼い光が満ちた。胸から肩へ、細身の蒼銀の装甲が重なる。深紅の脚を蒼銀の脛当てが包み、左右の踵から一枚ずつ、後ろへ長く刃のようなフィンが伸びる。マスクを横切った蒼い光が、目尻で二股に割れた。

 手の内に収まった柄は、かつてのストリームセイバーと同じだった。右を逆手に返すと、刃が肘の内側に収まる短さまで縮み、引いた光が左の切っ先からすっと伸びた。二振りでひと続きの光刃――双流光剣(クロスストリーム)。セイジは左右の間合いを確かめ、踵のフィンを倒した。


 レクスの肩に白銀の装甲が落ちた。かつて金と鉄色の鎧を着込んだ男の胸には、今も金縁の「J」がある。その左肩から垂れた三枚の装甲が、腕を前に出すなり扇状に噛み合った。裁定大盾《ジャッジメントガーダー》。隣のポルクまで、すっぽり陰に入った。

 盾の裏に柄がある。右手で引くと、銀の二本の刃が一つの鍔から抜けた。刃と刃の間には光の通り道がぽっかり空いていた。

 護光剣(イージスブレード)。

 レクスは盾を先に構えた。剣はその陰に低く添えた。


 アシュレイの両肩に黒い岩肌の装甲がせり上がった。胸の「V」が橙に灼け、背中を伝った火が肘まで走る。かつて拳を覆った籠手の外側へ、今度は前腕より長い二本の爆砕旋棍(ブレイズインパクト)が走った。

 横柄を握ってひと回し。背中側へ畳んでいた砲口が拳を追い越し、牙のあるマスクの両脇で止まった。アシュレイがにやりと笑う。もう半回転させて後ろへ向けた途端、ひと吹きの爆炎で大柄な身体が前へ飛び出した。


 ライガやカイが辿り着いた進化とは違う。

 自らの意志で再起したレヴェリオとも違う。

 かつての姿を越えて三人を包むのは、カイが託し、魔王たちとの戦いで磨かれ、エルザとポルクが完成させた最後の切り札。


 それが、オメガの力。


 蒼銀の双剣を携えた、セイジレッド・オメガ。

 白銀の大盾を構えた、ジャッジレッド・オメガ。

 爆炎の旋棍を打ち鳴らす、ブレイズレッド・オメガ。


 進化を遂げた三人が、並び立った。


         *


 管制車を破壊しようと、黒い光線が異常な角度で曲がり込んできた。


 レクスが、巨岩のように前へ出た。


「裁定障壁《ジャッジメント・ウォール》!」


 大盾が床へ深々と突き立つ。

 その前面に、幾重もの紫の魔力を帯びた光の防壁が展開した。

 黒い光が激突し、最初の一枚を粉砕する。次の一枚が衝撃を吸収し、さらにその奥の壁が圧倒的な出力で光線を押し返した。


 レクスの脚が、凄まじい反動で床を削る。

 だが、破壊の光は車には一ミリも届かなかった。

 生身で肩を差し入れていた場所に、今は決して揺るがない銀の盾が立っている。


「……止めたぞ」


 レクスは、バイザーの奥で不敵に笑った。


「行け、二人とも!」


 踵のフィンを倒し、セイジが盾の真横を疾風のように駆け抜けた。

 エルゴスの板が旋回する。

 さっきまで、ただ歯痒く見ていることしかできなかった、あのコンマ数秒の隙が開いた。


「そこだ!!」


 蒼い光の軌跡が、床をジグザグに疾走した。

 ネビュロスの氷を伸ばす時に身体に刻み込んだ、力を一度に使い切らず足元へ残すゼロ距離のステップ。その超人的な踏み込みへ、オメガフォームのスーツが完璧に応える。

 右の短刃で迫る光をすくい上げた。黒い板が裏を見せる。あと半歩遠い。セイジが右手を引くと、その刃の光が左へ走った。伸びた切っ先が、向き直る寸前の板の縁を捉えた。


 キィィィンッ!


 甲高い金属音が響き渡る。板がバランスを崩して傾き、表面の白い文字がバグのように乱れた。

 エルゴスの無機質な顔が、セイジへ向く。


『速くなっただけで、私のシステムを破れると――』


 黒い指が迎撃に上がる。

 だが、セイジはもうそこにいない。

 彼を狙った光線が空を切り、そのガラ空きになった死角へ、赤黒い弾丸が潜り込んだ。


「俺もいるんだよォ!!」


 アシュレイの爆砕トンファーが、エルゴスの黒い腕へ容赦なく叩きつけられた。

 振り抜くと同時に後端のバーニアが爆発し、その推進力を殺さずに超高速の二撃目へ繋げる。

 右、左。強烈な回し蹴りを挟み、さらに顎へのカチ上げ肘打ち。

 グリムの炎の外殻で身体に叩き込んだ、次の動きへ熱を連鎖させる荒々しいインファイトが、今度は自分自身の腕で完璧なコンビネーションとして回り始めた。


「爆砕連打(ボルカニックラッシュ)!!!」


 ドドドドォォォンッ!!


 爆炎が立て続けに弾け飛ぶ。

 エルゴスは慌てて板を戻して拳を逸らしたが、その防戦のせいで、前線のライガたちへ向けていた圧力が完全に途切れた。

 グリムへ迫っていた死の光線がフッと消滅する。


 アシュレイが、グリムの目の前へドスンと着地した。


「待たせたな!」


 グリムは、炎を噴き上げる二本の無骨な武器を見た。

 それから、持ち主の顔を覆う牙のマスクへ目を上げる。


「遅いわ、アホ」


 笑う口元に、血が滲んでいた。


「きっちり取り返せよ」

「そのつもりだ!」


         *


「正面の板を、こっちへ向けさせる!」


 セイジが通信機へ告げた。

 レクスは床から盾を引き抜き、地鳴りを立てて広間へ進み出た。


 エルゴスが六枚の板を扇状に広げた。

 セイジとアシュレイを追尾する二枚に加え、レクスを捕捉する一枚が高速回転する。

 正面へ、桁違いの質量の黒い光が集束した。


 ジャッジレッド・オメガの大盾が、それを正面から受け止める。


 ズズズズズッ!


 レクスは後方へ押し込まれながらも、護光剣の二枚刃で盾の縁を挟んだ。受け止めた黒い光が刃の間を走り抜ける。

 盾が受けた尋常ではない衝撃のエネルギーが腕の回路を巡り、剣の刃の内側へ致死の赤い光としてチャージされていく。

 ヴェルミリオンの外殻で、敵の力を幾つもの幻影へ分散させた時と同じ感覚。真正面から全てを身体へ受け入れず、盾から剣へと力のベクトルを流し込む。


「返光斬(リバースエッジ)!!」


 大剣の切っ先から、倍返しにされた極太の光線が噴き出した。

 エルゴスは奥の装置を狙っていた板まで慌てて手元に戻し、撃ち返された光を空間操作で強引に天井へ逸らす。


 その瞬間、接続装置を締めつけていた黒い線が、完全に消滅した。

 ヴェルミリオンが、レクスの頼もしい大盾を見た。

 かつて自分から奪われた力で、罪のない人々を怯えさせ、無理やり従わせた男。その男が今、怯えて逃げる者たちの前に立ち、最も強固な盾となっている。


「その盾の後ろで、もう誰も膝をつかなくて済むようにしてくれよ」


 レクスは盾を下ろさず、前を見据えたまま力強く答えた。


「ああ。俺が立っている限りは」


 ヴェルミリオンは、満足げに小さく口元を緩めた。


 ネビュロスが魔導書から片手を離し、立ち上がる。

 ヴェルミリオンと目が合う。


「ようやく、こちらも総力戦に動けるね」


 二人は装置の防衛に自動展開の氷壁と鏡の結界を残し、バサリとマントと翅を翻して広間へ降り立った。

 セイジは敵の板の挙動を監視しながらバックステップで下がる。レクスとアシュレイも左右から前線へ合流した。

 ライガがその中央へ進み出て、カイとレヴェリオが両翼に並び立つ。


 六人の赤い戦士が、初めて同じ敵を、同じ意志で正面に見据えた。


『器を少しチューンアップした程度で、何が変わるというのだ』


 エルゴスの幾何学的な声が、広間に不気味に響き渡る。


『忘れるな。君たちレッドは、この私の崇高なる理論から生まれた、私のための兵器なのだよ』


 ライガは、白炎の拳をギリッと強く握りしめた。

 隣には、絶望の淵から這い上がってきた三人の仲間がいる。光剣を握るカイがいる。そして、誰の操り人形でもなく、自らの足でここへ立ったレヴェリオがいる。


「俺たちが何者なのか、まだ分からないのか」


 真紅のスカーフが、熱風に煽られて激しく翻った。


         *


 ライガが、力強く一歩前へ出た。

 白炎を纏った拳を胸へ引き、もう一方の掌をエルゴスへ向けて構える。


「命を守る、烈火の拳! バーニングレッド!!」


 胸の白銀の「B」が眩く輝いた。

 その隣で、カイの六枚の光翼が左右へ神々しく大きく開く。


「奪うためではなく、支えるための光! ユナイトレッド!!」


 光剣を垂直に天へ掲げる。かつて冷酷な命令を下すために立った男が、今は仲間と同じ希望を見据えていた。


 セイジが双剣を顔の前で交差させた。蒼い刃が残光を引き、二筋の流星に分かれる。


「帰る道は、私が斬り開く! 双剣の神速、セイジレッド!!」


 レクスが大剣を地へドンッと立て、巨大な盾を前へ構える。背後に守るべき命があることを確かめるように、両脚を深く踏ん張った。


「罪を背負い、命を守る盾! 不動のジャッジレッド!!」


 アシュレイが二本のトンファーを頭上で激しく打ち合わせた。爆炎が上がり、深紅の装甲を熱く照らし出す。


「爆炎を叩き込む、灼熱の闘魂! ブレイズレッド!!」


 最後に、レヴェリオが静かに進み出た。

 カイの陰にも、もう誰の言葉の内側にも隠れない。

 黒い翼がバサリと大きく開き、深紅の翼の内側と、その縁を走る銀の刃が研ぎ澄まされた光を放つ。紫雷を纏う右拳を自らの胸の輪へ当て、気高く顔を上げた。


「雷を纏い、重力を越えて! この意志で立つ、レヴェリオレッド!!」


 ライジングレヴェリオレッドの両足が、自立の証として大地を強く踏みしめた。


 ライガが大きく息を吸った。五人で幾度も声を揃え、絆を確かめ合ったあの一拍。今度は隣で、もうひとりが同じリズムで息を吸うのが確かに聞こえた。

 レヴェリオの翼が、ライガの肩越しに風を送った。


「聖断戦隊――」


 ライガの声が、そこで止まった。

 その名を背負って、村を焼いた。自分たちの正しさを疑うことさえしなかった。

 光剣を掲げたカイと、目が合う。


「……否」


 ライガは拳を握り直した。


「俺たちは、越えてきた」


 カイの光翼が、ライガの背に並んだ。

 その向こうへレヴェリオが立つ。彼の返事を待つことなく、まっすぐ敵を見ていた。

 セイジの双剣が揃う。レクスが盾を上げ、アシュレイがその縁へ旋棍を軽く当てた。金属の響きに、三人が頷き合う。


「今度は、この意志で戦う!」


 ライガの拳が前へ出た。

 五人の構えが、同じ一拍で決まる。


「「「「「「超克戦隊(ちょうこくせんたい)――ジャスティスフェイス!!!」」」」」」


 六人の赤い装甲を、一筋の光が貫いた。広間の奥まで、六つの影が並んで伸びた。


 その光に呼応するように、エルゴスの胸の裂け目に、赤い光が不気味に脈打った。

 グリムの手甲の炎が、その光と同時に揺らぐ。

 かつて研究施設で見た、非道な魔力抽出炉と全く同じ波動だった。


『その炎の出力も、私は既にシステムへ取り込んでいる。無駄だ』


 グリムは、フンと鼻を鳴らした。


「まだそんなもん後生大事に持っとるんか。このコソ泥が」


 右拳を握り込むと、砕けた骨と傷が激しく痛んだ。

 母の温かい手は二度と戻らない。この男を何度殴り殺しても、あの絶望の夜が変わるわけではない。

 だが、自分たちに残されたこの炎を、何を焼き尽くすために使うかまで、この外道に決めさせるつもりは毛頭なかった。


 ライガの向こうには、あの夜、村を焼けと命じたカイがいる。

 その声は今でも覚えとる。グリムはカイを一瞥し、拳を握り直した。

 グリムもまた、同じ真の敵へ拳を向けた。


 グリムが、六人の背を見渡した。


「……超克戦隊(ちょうこくせんたい)、か」


 あの村では、名乗りを聞いて鼻で笑った。寄ってたかって弱者を焼く連中が、何を気取っとるのかと。

 今、その六人の後ろには、人々の帰り道がある。


「ほな、見せてみい。お前らの言う“戦隊”様が、今度は何を守れるんか」


 ライガが振り返った。


「お前にも、見届けてもらう」

「見とるだけで済むかい。俺らも混ぜろや」


 グリムが六人の隣へ踏み出した。

 その後ろで、ネビュロスが魔導書を開き、ヴェルミリオンの翅が広がった。


 グリムは血に染まった右拳を高く持ち上げた。

 純白の炎が、亀裂の走る手甲を猛烈な勢いで包み込む。


「誰かを踏みにじる正義は、俺が焼く! 炎の魔王、グリム!!」


 ネビュロスが魔導書をバサリと開く。蒼銀の氷晶が周囲へ美しく浮かび上がり、絶対零度の冷気の中で片眼鏡が鋭く光った。


「奪われた言葉を、ここへ取り戻す。氷の魔王、ネビュロス!!」


 ヴェルミリオンが妖翅を大きく広げた。紫の幻蝶がエルゴスを包囲し、その全てが鏡のように敵の醜い姿を映し出す。


「君の陳腐な筋書きは、僕らが跡形もなく壊してあげる。幻惑の魔王、ヴェルミリオン!!」


 三人の魔王が、揃って絶対者の覇気を放ち、前を向いた。


「「「魔王戦隊――ダークトリニティ!!!」」」


 三人の声が天井を震わせるうちに、グリムの足元から火山の噴火のような白炎が噴き上がった。氷の柱を螺旋状に駆け上がった炎が、紫の蝶の翅に極彩色のコントラストを描く。

 一番近くにいたライガのスカーフが、その爆風で真横に吹き流された。しかしライガは一歩も退かず、ニヤリと笑って拳を鳴らした。

 エルゴスの旋回する六枚の板には、全く怯むことのない九人の最強の戦士たちの姿が映っていた。


「自分らが『正しい』言うたら、何してもええんか」


 グリムが怒りの牙を剥き出しにして咆哮した。


「そんな腐った世界、俺らが全部ぶっ壊したる!!」


         *


 エルゴスが、無機質な両腕を広げた。

 六枚の板が一斉に高速回転し、九人へ向けて全方位から黒い破壊光線を浴びせる。


「行くぞ!!」


 ライガの号令と共に、九つの影が流星のように広間へ散開した。


 ヴェルミリオンの無数の鏡が、正面の空間を完全に埋め尽くす。

 映し出された戦士たちの幻影へ板が向き、空間を曲げられた光線が次々と幻影を貫いていく。

 ネビュロスはその隙を突き、床へ幾筋もの蒼い氷のハイウェイを走らせる。


「足場は作る。立ち止まるな!」


 極寒の氷の道を、セイジが神速で駆け抜けた。

 エルゴスの左側面に到達する寸前、板が切り替わる。

 セイジはあえて斬りつけず、スライディングで板の死角の足元へ滑り込んだ。


 敵の顔が、反射的に下を向く。

 そのガラ空きになった頭上へ、レヴェリオが翼を広げて高く舞い上がった。


「上も、見て!」


 レヴェリオは天井すれすれで身を錐揉み回転させた。床に向けていた重力場を、今度は自分の背中側へ展開する。宙返りの途中で、なんと天井に両足がピタリと着地する。

 エルゴスの視覚センサーからは、頭上にもう一つの戦場がひっくり返って現れたように錯覚した。


「逆天雷走(リバース・ライド)!」


 重力を反転させ、天井を逆さまに疾走する。右の翼刃で天井の石を擦るたびに、真下にいる敵へ向けて紫雷が容赦なく降り注いだ。

 黒い板が二枚、慌てて上へ向く。雷が空間操作で左右へ逸らされ、天井の岩盤を砕く。

 その隙に、残る板が側面から迫るアシュレイへ迎撃に回ろうとした。


 その鼻先へ、グリムの極大の火炎放射が噴き上がった。


「よそ見しとんちゃうぞ!!」


 エルゴスが腕を振るう。

 炎の進路が真横へ直角に折れ曲がった。だが、その曲げられた先で、レクスが完璧なタイミングで大盾を構え、仲間へ届く前に熱波を全て受け止める。

 白銀の大盾が、エネルギーを蓄積して赤熱く輝いた。


 九人の立体的な波状攻撃により、完璧な陣形を保っていた六枚の板が、ついにパニックを起こしたようにバラバラの方向を向いた。


 ヴェルミリオンの鏡に、一枚の板の『裏側』がハッキリと映し出された。

 紫の魔力線が、白いデータコードの結び目をピンポイントで囲い込んでいる。


「ネビュロス、見えるかい!」


 ネビュロスの魔導書の末尾がバサリと開いた。

 彼は、保存の輪から空間の外へ向けて伸びている『一本の線』だけを鋭く指差した。

 それは古代の写本には存在しない線。対象を保存するだけでなく、その法則を周囲の空間へ押しつけ、物理法則まで従わせるために、エルゴスが強引に付け足した歪なバグコードだ。


「外へ伸びているあの接続線だ! あそこを断てば、あの板は空間を曲げられなくなる!」


 蒼い霜が鏡の表面を伝い、対象のコードを白くハイライトして浮かび上がらせた。

 板がいくら激しく向きを変えても、そのロックオンのマーカーだけは絶対に消えない。


「右下、一枚! 戻るぞ!!」


 セイジのクリアな声が響いた。

 カイが光剣を床すれすれで、横薙ぎにフルスイングする。

 一振り目の斬撃は板の空間操作に曲げられ、明後日の柱へ飛んだ。だが、その柱には既に、カイが切り離して配置していた光翼の一枚が待ち構えていた。


「翼鏡返刃(プリズム・リターン)!」


 光翼の面でビリヤードのように跳ね返った光の刃が、死角から板の裏側を強打した。セイジへ向きかけていた板の縁が、ガクンと上へ跳ね上がる。

 すかさずレヴェリオが掌を下へ向ける。

 無防備になった板そのものへ超重力がのしかかり、縁がメキメキと床の石畳へ食い込んだ。


 エルゴスの顔が、たまらずそちらへ向く。


「遅い!!」


 双流光剣(クロスストリーム)が、黒い板の表面へ深々と突き立った。


「流光連穿(ミリオンスティング)!!」


 蒼い剣閃が、一瞬にして無数の点となって炸裂した。

 ネビュロスがマーキングした接続線を、双剣がミクロン単位の正確さで千切り飛ばす。板を横断していた白い文字の羅列が完全にフリーズし、ヒビ割れた内側からスパークの光が漏れ出した。


 アシュレイが高く跳躍した。

 両腕のトンファーの噴射口から臨界点の炎が爆ぜ、彼の全身が制御不能の赤い隕石へと変わる。


「双杭爆砕(ツインパイル)!!!」


 二本の極太の旋棍が、板の亀裂の中央へ、交差して叩き込まれた。


 ドゴォォォォォォォンッ!!!


 絶対防御を誇っていた黒い板の一枚が、ついに粉々に砕け散った。

 広間を無敵の要塞として横切っていた、空間の断層が一つ消滅する。


 レクスが、重い大盾を引いた。

 限界まで蓄えていたグリムの炎のエネルギーを剣から一気に撃ち返し、守りの要を失ったエルゴスの正面へ極太のレーザーとして突き込む。

 エルゴスが残る五枚の板を慌てて盾にしようとするが、ヴェルミリオンの幻影刃とネビュロスの氷柱が、その防衛システムを外側からガンガン叩いて機能不全に陥らせる。


 ぽっかりと開いた、敵の絶対領域の中央。

 そこへ、白炎の戦士が一切の迷いなく飛び込んだ。


「爆熱剛拳(バーニング・ナックル)!!!」


 全てを焼き尽くす白炎の拳が、ホログラムと装甲が入り混じる黒い胸甲へ、真っ直ぐに届いた。


 ガァァァァンッ!!


 世界が割れるような硬い音が鳴り響いた。

 胸の装甲板が一枚派手に叩き割られ、システムエラーの白い文字が血飛沫のように火花となって噴き散る。

 エルゴスの身体が、たまらず後ろへ大きく流された。

 これまで余裕を見せつけ宙に浮いていた足が、初めて屈辱的に床に触れ、石畳にズザザザと長い溝を刻み込んだ。


 九人の戦士たちが、後退する敵を逃さじと一斉に足を揃えて前へ出る。


 敵はまだ倒れてはいない。

 だが、その傲慢な胸には今、決して消えることのない、白く燃え盛る拳の跡がしっかりと刻み込まれていた。


「……届いたな」


 ライガが、立ち上る白煙を払うように拳を構え直した。

 セイジの双剣が必殺の光を増し、レクスが重い盾を上げ、アシュレイがトンファーのアイドリングを回す。

 カイの光翼が美しく展開し、その隣で、レヴェリオの紫雷がバチバチと闘気を弾けさせる。


 グリムが、九人分の足跡が刻まれたその先、傷ついた神を鋭く睨みつけた。


「次は、完全に息の根止めるで」


(13話へ続く)


第12話をお読みいただき、ありがとうございます。

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