第5部 第10話『その手は、もう命令を待たない』
【前回のあらすじ】
エルゴスに操られたレヴェリオを救い、六区の強制処置を止めた一行。しかし各都市は収容者の帰還を認めず、魔王たちへ手を引くよう要求した。それでも三魔王は、世界の敵として救出を続けると宣言する。帰る道を取り戻すため、一行はエルゴスの本部へ向かった。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
リドラムを後にした車内で、レヴェリオはただ静かに己の手を見つめていた。
指を曲げ、そして開く。その単純な動作を何度も繰り返す。左手首には、壊れたサングが痛々しく残っていた。
「さっきの返事」
隣に座るカイが、不意に顔を向けた。
「私も、会いたかった」
カイが何かを言いかけるより早く、レヴェリオが言葉を継ぐ。
「でも、あんな会い方は嫌だった。君を殴って、あの人たちの家を壊して……」
動かしていた指が止まる。
カイもまた、その手を見つめた。かつて自分の身体を奪われた時と、今日、彼女の身体が勝手に動いた時。それは同じ「操られた」という言葉で片づけていい出来事ではなかった。
「止めようとしていたのは、見ていた」
「止められなかった」
「ああ。だから、次は止める。私も一緒に」
レヴェリオが、はっとしたように彼を見た。
カイは真っ直ぐに彼女を見つめ返し、視線を逸らさなかった。
「エルゴスに聞く。お前に何をしたのか。私たちが忘れている間に、何があったのか」
「私にも、聞かせて」
「そのつもりだ」
車が大きく揺れ、二人の肩が軽くぶつかった。
レヴェリオは小さく息を吐いて座り直す。彼女は手首から顔を上げ、カイと同じ方を見た。
「勝手に納得しないでよ。また一人で」
「お前こそ、答えを聞く前に決めつけるな」
一瞬、互いの顔を見合わせる。
本を挟んで言い合ったあの頃も、いつもどちらかがこうして言い返していた。
レヴェリオの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「じゃあ、両方」
「ああ。両方だ」
*
山腹の搬入口。冷たい風が吹き込む中、カイが頑丈なケースを開いた。
そこには三つの真新しい試作デバイスが収まっている。
「シグマの次に使うつもりで、秘密裏に作っていた。試す機会はなかったが、この半年で改良案を詰めた」
カイはエルザへ現物を、ポルクへ記録板を託した。
「三人に必要だ。仕上げてくれ」
エルザが力強くケースを受け取る。
「ポルク、三人の魔導外殻の記録も使うわよ」
「はい。今の三人に合わせます!」
カイは、借り物の腕輪を身に着けた三人――アシュレイ、レクス、セイジを見た。
本来の持ち主ではない彼らを、いつまでも借りた力だけで戦わせておくわけにはいかない。
「頼む」
元の二台を入口に停め、レクスが管制車を地下へ進めた。車内ではエルザとポルクが作業を続け、カイ たちはその脇を歩いた。
坂を下った先、冷酷なまでに無機質な円形の広間が開けていた。
奥の壁には白い通路の入口があり、横の接続装置には第一区から第六区までの監視映像が並んでいる。
ライガは、その白い光を睨みつけた。
「……あの通路だ」
タワーの床が崩れた時、絶望とともに身を呑み込んだ光。瓦礫と一緒に第六区へ落ち、保守員に拾われた。拾われた先では、あの男が食事を運んでくれた。その人たちが帰る道を動かす装置が、今、目の前にある。
「今度は、自分の足で来たか」
装置の前に立つエルゴスが、ゆっくりと顔を上げた。
かつて着ていた白衣はない。右胸から肩にかけて銀灰色の重装甲が覆い、肘から先は無骨な機械の腕へと変貌していた。背中からは四本の金属腕が不気味に蠢き、脊柱へ食い込んだ根元では、赤黒い管が禍々しく脈打っている。
左の頬だけが、映像で見た老人の面影を残していた。
ライガが車の前に歩み出る。
「今度は、一人で帰るつもりはない」
グリムも隣に並ぼうとしたが、痛む右脚がもつれ、車体に肩をぶつけた。
すかさずアシュレイがその前へ出る。
「まだ出てくんな。これは、俺が使ってる」
腕輪を見せつけるアシュレイに、グリムは舌打ちをした。だが、退けとは言わなかった。
「壊したら承知せえへんぞ」
「なら、殴られる前に殴る」
レクスとセイジが左右に散った。
カイは奥の接続装置へ視線を向ける。
「あれを壊すな。帰還路まで失う」
「分かってる。奴をこっちへ引きずり出す!」
ライガが左腕を高く掲げた。ゾーエから立ち昇る猛烈な白炎を、右手で力強く握り潰す。
「バーニング――チェンジ!」
爆炎が渦を巻き、全身を駆け上がる。深紅のスーツに白い装甲が重なり、胸の「B」のエンブレムが白銀に輝いた。赤いスカーフが熱風に翻る。
マスクが顔を覆い、ライガは炎を切り裂いて踏み出した。
「ユナイトチェンジ!」
カイのブレスへ眩い光が集う。金の縁を持つ白銀の胸甲が胴を覆い、十字の意匠を持つマスクが顔を包む。背中から六枚の光翼が美しく展開した。
「魔導展開!」
セイジの肩に蒼銀の結晶が咲き、レクスを紫の外殻が包み込む。アシュレイの両拳には赤黒い装甲が組み上がった。
五人の戦士たちが、広間へ散開する。
レヴェリオは車の前に残り、手首の壊れた輪をきつく握りしめた。カイを追おうとした足が、リドラムで聞いた悲鳴の記憶に縫い止められていた。
*
先陣を切ったのはセイジだった。
床を滑るように氷を走らせ、エルゴスの右足を縫い止める。同時に、左から三人に分身したレクスが斬り込んだ。
だが、背中の機械腕が容赦なく幻影を串刺しにする。
本物のレクスは低く潜り込み、残る機械腕を両手で押さえ込んだ。
「今だ!」
アシュレイがその腕を足場にして高く跳躍する。
赤黒い炎を纏った拳が、エルゴスの右肩へ叩き込まれた。銀灰色の装甲が凄まじい音を立てて凹み、巨体が傾く。
そこへ、ライガが正面から突進した。
「爆熱剛拳!」
白炎の一撃が腹部を捉える。足元の氷が砕け散り、エルゴスが装置から引き剥がされた。
すかさずカイの光剣が一閃。右胸の装甲に深い斬撃が刻まれる。
エルゴスが数歩後退した隙を突き、セイジが壁際を駆け抜けた。接続装置へ端末をつなぎ、記録を抜き取る。
「ポルク、受け取れ!」
管制車へ、六区の接続図と処置記録のデータが送信された。ポルクが受信を完了したその瞬間――奥で、金属が嫌な音を立てて軋んだ。
レクスが掴んでいた機械腕が、あり得ない角度で折れ曲がった。
肘の位置から新たな節が伸び、紫の胸を万力のように締め上げる。レクスの足が宙に浮き、息が詰まる。
「レクス!」
アシュレイが飛びつき、隙間に拳をねじ込んで引き剥がそうとする。しかし、機械腕は二人をいとも容易く持ち上げた。
そのまま、容赦なく床へ叩きつける。
砕け散る石畳。
背中から激突したレクスの上にアシュレイが落ち、二人は外殻を擦り合わせながら転がって、ようやく射程から逃れた。
追撃を防ごうとレクスが幻影を立てる。エルゴスはそれに目もくれず、本体へ腕を伸ばした。
アシュレイが拳で弾く。手甲に亀裂が走り、指先まで痺れが抜けた。
「もう見切ったってのかよ……!」
ライガが再び拳を振りかぶる。
だが、エルゴスの右手がそれを正面から受け止めた。白炎が金属を焼く不快な匂いが立ち込めるが、機械の指は微動だにしない。
「その炎は、確かに変わった」
エルゴスは冷酷に告げた。
「だが、振るう腕は変わっていない」
ライガの手首が強引に捻り上げられる。身体が宙を舞い、駆けつけたカイへ激突した。二人はもつれ合いながら床を転がる。
装置の前でセイジが振り向いた時には、既に機械腕の先端が迫っていた。
咄嗟に氷の壁を展開するが、鋭利な金属はそれをガラスのように砕き割り、蒼銀の胸を激しく打った。
端末を抱き抱えたまま、セイジが広間の中央へと吹き飛ぶ。
エルゴスは、右胸の傷跡へ無造作に手を当てた。内側から無数の細い金属繊維が蛇のように這い出し、裂けた装甲を瞬く間に縫い合わせていく。
「続けたまえ。君たちの限界など、何度でも測ってやろう」
*
ライガが立ち上がり、カイの肩を引いて並び立つ。
「再生するなら、その前に叩き込む!」
カイの六枚の光翼が、それぞれ異なる軌道を描いて展開した。
「光翼砲!」
六条の光線がエルゴスを包囲する。それを迎撃しようと背中の機械腕が広がった瞬間、がら空きになった正面へライガが突撃した。
「炎の突撃!」
白炎の弾丸と化した肉体が光の間を抜ける。だが、エルゴスの左手が無造作に持ち上がった。
床を突き破り、漆黒の鎖が噴出する。
鎖がライガの両脚に絡みつき、勢いを殺された身体が床へ引きずり倒された。頭上から、四本の機械腕が一斉に振り下ろされる。
カイが光線の照射を止め、剣で鎖を断ち切ってライガを引き戻す。だが、その隙を突いてエルゴスの右拳がカイの胸部を捉えた。
鈍い衝撃音と共に白銀の装甲が凹み、二人は入口の管制車の手前まで吹き飛ばされた。
レクスが痛む身体を起こし、二人を庇うように立つ。だが、前に突き出した紫の外殻は、ノイズが走るように明滅していた。
「……切れる」
言葉の通り、外殻が光の粒子となって崩れ去る。アシュレイの赤黒い拳も、セイジの蒼い結晶も同時に光を失った。
三人が、無防備な生身の姿へと戻される。
「もう一回……!」
アシュレイが腕輪を叩くが、火種すら起きない。
グリムがその腕を乱暴に掴んだ。
「やめとけ。空や」
「まだ、あいつが――」
「見えとる!」
怒鳴りつけたグリム自身も、悔しげに腕を震わせていた。ネビュロスの魔導書には薄い霜がこびりつき、ヴェルミリオンが放った蝶も数歩先で虚しく消滅する。
圧倒的な絶望の化身が、倒れた五人を踏み越えようと歩みを進めてくる。その視線の先には、六区の強制処置を止め続けている管制車があった。
エルゴスの右手が開き、その掌の中央に、漆黒の槍が顕現した。
*
レヴェリオが、仲間の前へ飛び出した。
掌を突き出す。放たれた黒槍が、重力操作によって管制車の手前でピタリと止まる。だが、込められた尋常ではない質量に少女の靴底が滑り、手首が悲鳴を上げた。
「こっちへ、来るな……!」
両腕を振り切り、強引に槍の軌道を逸らす。壁に深々と突き刺さった槍が砕け、破片がレヴェリオの頬を微かに切った。
荒い息を吐きながら、彼女は確かな手応えを感じていた。
止められた。今度は、自分の意志で運命の向きを変えられた。
「下がれ!」
立ち上がったカイが、少女の前に光翼を広げる。
だが、放たれたエルゴスの二撃目が、容赦なくその翼を貫いた。
カイが膝をつく。光剣を杖にしても、すぐには立ち上がれない。
「まだ……私が」
レヴェリオは、その傷ついた背中の前へ進み出た。
「一人で背負う癖、まだ直ってないね」
カイがはっとして顔を上げる。だが、少女の視線は真っ直ぐにエルゴスを射抜いていた。
「その癖を利用するために、お前を戻したのだ」
エルゴスが冷ややかに言い放つ。灰色の瞳が、カイとレヴェリオを値踏みするように見比べた。
「友を失った孤独な少年は、実によく私の話を聞いた。『もう一度会わせてやる』と、そう囁くだけでね」
カイの握る剣先が震え、床を擦った。
脳裏に浮かぶのは、動かない友の手を握りしめていた幼き日の自分。
『戻してほしいか』
声の記憶が、カイの息を詰まらせた。
十七歳の図書室ではない。もっと幼い自分が、その白衣の袖を掴んでいた。
「……論文を持ってきた時が、初めてではなかったのか」
「ようやく、そこに思い至ったか」
エルゴスの目が、三日月のように細められる。
「死にかけた少年から意識を抽出し、別の器へ移した。それが、お前が後に鏡で見つけた少女だ」
レヴェリオが思わず胸元を強く押さえる。寝台に横たわる自分の身体を見下ろし、泣いているカイへ手を伸ばしても届かなかった、あの深い暗闇の記憶。
「なぜ、忘れさせた」
「友だった頃の記憶があれば、私の処置を探ろうとするだろう? 君には、少女の紡ぐ言葉だけを信じてもらえばよかったのだ」
レヴェリオが一歩、後ずさる。
「言葉……?」
「君は正しい、と」
エルゴスの声は、かつて彼女の脳裏に響いた『命令』と同じ波長を帯びていた。
「君の考えを肯定し、迷いを排除する。そのように彼女の意識へ補正を施した。孤独な少年には、甘い劇薬だっただろう」
図書室での記憶が、カイの心を抉る。
隣のレヴェリオへ視線を送り、頷いてから男へ答えた。その間も、エルゴスは自分を見ていた。誰と話しているのかとも尋ねずに。
「……あの時、私が隣を見るたびに、お前は見ていた」
「少女の言葉を聞いてから、君が何を答えるかをね」
剣の柄へ、指が食い込んだ。
論文を評価し、自分を理解してくれたのだと信じた男は、補正の効き目を観察していた。理想を語る自分も、隣で頷く親友も、実験の対象だった。
レヴェリオは言葉を失っていた。
話を聞いてもらえた喜び。そばにいたいと願ったあの温かな感情さえも、この男にプログラミングされたものだったのか。
「やめろ」
カイが怒りに任せて剣を振り上げる。
だが、エルゴスの機械腕がそれを容易く払い除け、カイの身体を床へ押し倒そうとした。
咄嗟にレヴェリオが手を伸ばす。カイが激突する寸前、重力を緩和して衝撃を殺した。
それを見たエルゴスが、嘲笑う。
「今も、よく私の設定通りに働く」
レヴェリオの掌が震えた。彼を助けようとするこの心さえ、操られた結果なのか。
「レヴェリオ」
床に倒れたまま、カイが呼んだ。
「その手を、下ろすな」
「……私、君に何を言ってきたんだろう」
カイは目を伏せた。彼女の肯定に縋り、独善的な正義を振りかざした過去。それを美化する言葉は持っていない。
「間違っていた。お前も、私もだ」
レヴェリオが顔を歪める。
「だが……本を読んでいた頃のお前は、私と違うことを言った」
彼女の表情が止まった。
「嫌だと言っている人がいる、と。私はそれを聞いて、本を読み直した。あの男に会う前から、私はお前に教わっていたんだ」
折れたページ。本を引き寄せた手。
レヴェリオは、膝をつくカイを真っ直ぐに見つめ返した。
「取り上げられた記憶まで、あいつにくれてやるな」
掠れたカイの声が、彼女の胸の奥底に火を灯した。
レヴェリオは、震えていた手を下ろす。
「……君も、私も間違ってた」
「ああ」
「だったら、今度は私が『違う』って言っても、ちゃんと聞いてよ」
カイが力強く頷く。
レヴェリオは再び、エルゴスへと向き直った。
「この人の描く世界なんて、いらない」
エルゴスの右手に、再び黒い槍が形成される。
「判断する役目まで与えた覚えはない。戻れ、失敗作」
左手首が鉛のように重い。リドラムで自分を暴走させた、壊れたサング。
レヴェリオは、その黒銀の輪を右手で鷲掴みにした。
「今度は、私が決める」
引きちぎる。
歪んだ留め具が皮膚を裂き、血が滲む。それでも構わず、呪縛を断ち切った。
乾いた音を立てて、ブレスがエルゴスの足元へ転がる。
「それなしで、何ができるというのだ」
空になった手首は震え、指はうまく曲がらない。
それでも、彼女は両腕を天へと掲げた。
背後で、カイが立ち上がろうとする気配がする。
「レヴェリオ、私が――」
「今は、後ろにいて」
振り返れば、また彼が傷つく。だから、エルゴスを睨み据えたまま告げた。
「私も、一緒に戦うから」
エルゴスの槍が、先程よりも巨大に膨れ上がる。広間の光を吸い込むような漆黒。
受け止められなければ、後ろのカイも、仲間たちも全滅する。
レヴェリオは大地を強く踏みしめた。
胸が、熱い。
服の下に隠された胸の輪が、真紅の輝きを放ち始めた。光が肩から腕へと脈打ち、傷ついた手首を優しく包み込む。
指が、力強く握り込まれた。
その拳の周囲で、漆黒の雷がバチバチと弾ける。
カイは、その光に息を呑んだ。
自分の中にいた時も、リドラムで刃を向けられた時も知っている力。だが今、その力は己を守る盾として、前を向いている。
「……行け、レヴェリオ!」
握りしめた拳を、少女は誇り高く胸へ引きつけた。
「レヴェリオ――チェンジ!!」
エルゴスが必殺の槍を放つ。
紅蓮の光の奔流の中で、レヴェリオは両腕を真っ直ぐに突き出した。
指先から黒い手甲が瞬時に走り、顔の半分を禍々しい有機装甲が覆いかける。かつてカイを苦しめた牙のマスク。
だが、レヴェリオは自らの意志で、さらに腕を押し出した。
パキンッ!
黒い覆いに、内側からの赤い光が亀裂を走らせる。
牙が砕け散り、現れたのは左右対称の美しき深紅のマスク。額から頬へ走る銀のライン、そして、鋭い紫のバイザーが一筋の流星のように輝いた。
胸の輪を囲むように赤い胸甲が翼の形に展開し、深紅のスーツがしなやかな肉体を包む。
背中からは、長衣の裾のように優雅な二枚の翼が舞い上がった。黒い外側が翻ると、内側に隠された真紅と銀の刃が冷酷な光を放つ。
直後、死の槍が両掌へ激突した。
ドゴォォォン!!
凄まじい衝撃波が空間を揺らし、管制車の窓ガラスが悲鳴を上げる。
だが、吹き荒れる爆風の中心で――黒い槍の先端は、真紅の戦士の胸の手前で完全に停止していた。
彼女の両脚の周囲だけ、床が円形に陥没している。しかし、その踵は一ミリたりとも後ろへ退いていない。
槍を挟み込む手甲から黒い雷が激しく噴き出し、圧倒的な質量を真っ向から押し返していく。
「レヴェリオレッド……」
レクスが呆然と呟いた。
リドラムの時とは違う、鮮烈で気高い赤。その背中が今、自分たちの最も頼もしい防壁となっている。
紫電を纏い、二枚の翼が大きく羽ばたいた。
歪な装甲も、操られた影もない。
ライジングレヴェリオレッド。
自らの意志で覚醒した六人目の赤い戦士が、槍の切っ先をエルゴスへと押し返す。
「今度は、そっちが受けて!」
槍を掴み直し、渾身の力で踏み込む。
投げ返された漆黒の槍が、エルゴスの右手を弾き飛ばし、そのまま胸部装甲へ突き刺さった。
重装甲が内側へとひしゃげ、背の腕が床を削ってブレーキをかけるが、巨体は火花を散らしながら広間の中央まで押し戻された。
レヴェリオは自らの両手を見つめ、力強く握りしめる。
もう誰にも、この手は操らせない。
*
ライジングレヴェリオレッドが地を蹴った。
背の翼を開き、重力を操作して羽のように宙を舞う。
迫り来る四本の機械腕。彼女は左手を下へ向けた。重力波に叩き落とされ、二本の腕が床へめり込む。残る二本の間をアクロバティックにすり抜け、右足を鋭く振り抜いた。
銀の踵が、老人の左頬を完璧に捉える。
よろめくエルゴスに追撃の翼刃を振り下ろすが、機械腕がそれをガッチリと受け止めた。
「姿を変えようと、力の源は同じだ」
エルゴスが冷酷に翼を握り潰そうとする。
「動かし方まで、私が知らないとでも思うか」
「だったら、これは知ってた?」
レヴェリオは自ら翼の展開を解き、掴まれた腕を支点にして軽やかに宙返り。両足でエルゴスの胸を蹴り飛ばすと同時に、掌を開いた。
床に伏せていた機械腕を重力で跳ね上げさせ、エルゴス自身の胴体へ縛りつける。
そして、少女の右手に黒い雷が収束し、一本の長槍を形作った。
「黒雷槍!」
放たれた雷の槍が、絡みついた機械腕ごとエルゴスを貫く。引き剥がそうともがくほどに、腕は自らの胴体をきつく締め上げた。
レヴェリオが、掌を固く握り込む。
ドォォォン!!
雷光が爆ぜ、赤黒い管が千切れて一本の腕が完全に吹き飛んだ。
たまらず、エルゴスの片膝が床を打つ。
「よっしゃ!!」
アシュレイが歓喜の雄叫びを上げ、生身の拳を打ち鳴らした。
「あと三本だ」
セイジが、床へ落ちた機械腕を見据えた。
着地したレヴェリオが振り返ると、そこには光剣を構え直したカイの姿があった。
「立てる?」
「ああ。助かった」
「じゃあ、今度は合わせて」
カイは力強く頷く。
その隣に、白炎を宿した拳を構えたライガが並び立った。
「俺もいるぞ!」
*
エルゴスが床へ右手を叩きつける。
黒い亀裂が走り、三人の足元から無数の槍が突き出した。
「来る!」
ライガの叫びよりも早く、レヴェリオが両手を突き出す。
重力制御。カイとライガの身体がふわりと浮かび上がり、槍の群れを一跳びで飛び越えた。
迎撃に出る機械腕の死角へレヴェリオが滑り込み、重力波を床へ叩きつける。エルゴスの両脚が万力で固定されたように沈み込んだ。
「ライガ!」
「燃焼全開!!」
カイの呼びかけに応え、ライガが炎の化身となって突貫する。機械腕の懐に飛び込み、炎を纏った肘で、迫る機械腕を真上へかち上げた。
体勢が崩れ、エルゴスの右半身が完全に無防備になる。
カイの六枚の光翼が、剣の刀身へ極光のように収束した。
「聖翼断光!!」
白銀の絶対刃が一閃。
レヴェリオの重力に縛られた巨体は逃げることもできず、右肩から胸にかけて、光の刃を深々と浴びた。
装甲が弾け散る。レヴェリオが重圧を解いた瞬間、ライガの蹴りが横腹へ炸裂。エルゴスは接続装置から離れた側壁まで吹き飛ばされ、轟音と共に壁面をクレーター状に陥没させた。
剣を下ろしたカイの横で、レヴェリオがふうと息をつく。
「合わせた」
カイの言葉に、少女は少しだけ得意げに笑った。
「遅いよ」
「次は、もっと早くする」
*
「エルザさん、見つけました! 三人に使われた薬の記録です! 抑制を解く処置も!」
ポルクの声が管制車に響く。セイジが奪った記録に、三魔王を戦えなくした薬と、その処置が残されていた。
試作デバイスの調整をポルクに任せ、エルザは三魔王を呼び寄せた。
「こっちへ! 抑制を解く処置をするわ」
「傷まで治るわけじゃないわ。魔力を出すのは、合図をしてからよ」
「分かっとる」
エルザは三人の処置を始めた。処置器を当てると、グリムの指がピクリと跳ねた。
だが、前方では壁から剥がれ落ちたエルゴスが、再び立ち上がろうとしていた。胸の裂け目から赤い光が漏れ、白炎に焼かれ続ける装甲を自らの手で強引に引き剥がす。
「手足を増やしただけで、私に並んだつもりか……!」
残る三本の腕を支えに巨体を浮かせ、胸の奥で極大のエネルギーが渦を巻く。
エルゴスの胸から、無数の黒い鎖が津波のように放たれた。
カイが斬り、ライガが焼き、レヴェリオが軌道を逸らす。
しかし、床下を這うように伸びた別働隊の鎖が、一気に管制車へと襲いかかった。
「足元!」
三人が叫ぶが、距離が遠すぎる。
レクスが無意識に車の前に立ち塞がった。武器も外殻もない。それでも、逃げるより先に足が動いていた。
その時。
車内からエルザの声が響き渡った。
「三人とも、もう魔力を使えるわ!」
レクスの肩を、後ろから誰かが優しく掴む。ヴェルミリオンだった。
「よく働いてくれたね」
すれ違いざまに放たれた紫の蝶が、迫る鎖の先端へふわりと止まる。その瞬間、鎖の軌道が捻じ曲がり、後続の鎖と互いに絡み合って団子状になった。
すかさずネビュロスの魔導書が開く。
絶対零度の霜が猛烈な勢いで広がり、絡み合った鎖の山を一瞬にして氷河のオブジェへと変えた。
そして――グリムが、ゆっくりと前へ出た。
右手を握りしめる。骨の髄まで痛むが、今度は火種が消えることはなかった。
ずっと見せつけられてきた。借り物の力で泥臭く戦う若者たちを。何度倒れても立ち上がる戦士たちを。
今、己の拳の中に、燃え盛る炎がある。
「邪魔や」
腰を深く沈め、右腕を豪快に振り抜いた。
爆炎を纏った拳が、凍りついた鎖の塊を粉砕する。氷と炎の嵐が広間を舐め尽くし、エルゴスに防戦を強いた。
グリムは、熱を帯びた拳を真っ直ぐに突き出したまま、瓦礫の向こうのエルゴスを睨みつける。
ようやく、同じ舞台に立てた。
アシュレイが、その頼もしい背中を見てニヤリと笑う。
「……やっと動くのかよ」
「見て分からんか」
グリムは右肩を回し、痛みに顔をしかめた。
「痛いんは、変わらへんけどな」
アシュレイは腕輪を外し、グリムの胸へと押しつけた。
「ほらよ。壊してねえぞ」
「上出来や」
セイジもネビュロスへ、レクスもヴェルミリオンへ腕輪を返す。
三魔王は、それぞれの腕へ戻った輪を留めた。
前線では、ライガたちが振り返り、三魔王の復活を確かな目で見届けていた。
「よう持たせたな」
グリムは三人を追い越さず、その横に並び立つ。
カイが短く息を吐いた。
「まだ、大丈夫だ」
「分かっとる」
エルゴスが煙の中から姿を現す。赤く脈打つ胸を晒し、残る三本の機械腕を広げた。床を削る金属音が、広間に響き渡る。
グリムの腕輪に、猛烈な炎が立ち昇る。
その両脇で、蒼い冷気と紫の魔力が美しく翼を広げた。
「ここからは――俺らも殴るで」
(11話へ続く)
第10話をお読みいただき、ありがとうございます。
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