第5部 第9話『世界の敵』
【前回のあらすじ】
エルゴスの対策で戦えなくなった三魔王に代わり、セイジ、レクス、アシュレイはマギアシェルを借りて戦場へ復帰した。カイも新たなゾーエを託され、神聖ユナイトとなって回収施設を破壊。その記録から、消えたレヴェリオが研究区画で再生処置を受けていると知る。一方、リドラムには第六区から救出された人々が帰還していた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
エルゴスは損害報告を閉じた。第六区の管理者を失い、回収施設は破壊された。記録も奪われていた。操作卓から離した指の跡が、金属の縁に残っていた。
「再生体をリドラムへ送れ」
隣の画面で、灰色の服を着た少女が左手首を押さえていた。黒銀のブレスを外そうとして、留め具へ爪をかけている。
『制御試験は完了していません。本人の抵抗が強く、命令と動作にずれが――』
「構わん。回収部隊も出せ」
出力を上げると、少女の膝が伸びた。顔は寝台へ向いたまま、身体だけが移送口へ歩き出した。
手首を握っていた右手が、引き剥がされた。
「レヴェリオチェンジ」
自分で止められない声が出た。
深紅のスーツへ黒い装甲が重なり、背に刃を束ねた翼が開く。紫のバイザーが目を覆う直前まで、少女は左腕を見ていた。
*
店主から届いた映像に、カイはレヴェリオの姿を見つけた。
赤い戦士が、勝手に持ち上がる左腕を押さえていた。マスクの奥から「離れて」と叫ぶ声がする。カイが名前を口にすると、ライガは車をリドラムへ向けた。
東門の手前で二台が止まった。グリムたちは昨夜に続き、三人のレッドへ腕輪を渡す。傷んだ身体は戻らず、グリムは右手を握るだけで顔をしかめた。
「貸すんは今日までやぞ」
「返してほしけりゃ、ちゃんと休んどけ」
アシュレイが受け取り、先に降りた。
広場の中央で、レヴェリオは倒れた荷車を踏んでいた。
店はその奥にあり、入口へ住民が逃げ込んでいる。彼女の左手が店へ向いたところで、カイが呼んだ。
「レヴェリオ!」
紫のバイザーがこちらへ向いた。
「……カイ?」
知っている声だった。それでもカイはすぐに返事ができなかった。自分の内側にいた相手が、別の身体で目の前に立っている。
「意識はあるんだな」
「来ちゃ駄目。腕が勝手に――」
ブレスが光った。掌がカイへ向く。
「ユナイトチェンジ!」
カイがゾーエを起動すると、白銀の装甲を重圧が打った。六枚の光翼を広げて踏み止まり、飛び込んできたレヴェリオの黒い刃を光剣で受ける。
「そのサングに操られているのか」
「外そうとした。でも、指が動かなくなる」
彼女は刃を引こうとした。右手で左肘を掴んだ途端、背中の翼が開いた。カイを狙った重圧が横へ逸れ、店の隣にある二階建ての家を打った。
壁が内側へ潰れた。窓枠が飛び、二階の床が傾く。部屋の中にいた母親が子供を抱いたまま、崩れた壁から滑り落ちた。
「ライガ!」
カイはレヴェリオから手を離し、光翼を広げて二人の下へ飛んだ。落ちてきた身体を受け止め、向かいの店先へ降ろす。
その頭上へ、屋根が落ちた。
白炎が石畳を走った。変身したライガが屋根の下へ肩を入れ、カイたちから押し退ける。梁が背中の装甲を擦り、瓦が砕けて降った。
「早く出ろ! 長くは持たない!」
母親は子供を抱いて這い出した。通りへ逃げた男が瓦礫に脚を挟まれ、叫んでいた。
「魔導展開!」
三人のレッドが駆け込んだ。セイジの氷が崩れかけた家を支え、レクスとアシュレイが梁を持ち上げる。引き出された男の脚から、血が石畳へ流れた。
エルザが男の傍へ膝をつく。その向こうで、レヴェリオが壊れた家を見ていた。
「私……今、何を……」
左手首が光った。身体が住民の方へ向く。
「やめて!」
彼女の叫びと同時に、黒い翼が振り下ろされた。カイが光剣で受け、ライガが横から肩へぶつかった。二人で広場の中央へ押し戻すが、踏ん張った彼女の足元から石畳が浮き上がった。
「カイ、上だ!」
カイは六枚の光翼を店の前へ広げた。石片が次々に突き刺さり、翼に穴が開く。防ぎきれなかった破片が看板を砕き、逃げ遅れた店主の頬を切った。
ライガはレヴェリオの背後へ回り、翼の根元を押さえた。カイも左腕を掴み、掌を人のいない方へ向ける。
「足は動かせるか!」
「分からない。さっきまで、動かせたのに……!」
返事の途中で彼女の身体が跳ねた。カイの胸へ肘が入り、ライガは翼ごと持ち上げられる。それでも二人は離さなかった。
広場の中央に、三人の足が深い溝を刻んだ。
*
装甲車が広場へ入り、店の裏口を塞いだ。降りてきた兵士は、レクスが避難させていた人々へ銃を向けた。
「第六区帰還者。車両へ移動せよ」
妹が足を止めた。第六区から帰ってきても、命令を聞くと身体が強張った。姉が腕を引くが、兵士から目を離せない。
車を降りたヴェルミリオンが間へ入った。
「本人に聞いてくれるかな」
妹は首を振った。兵士が銃を上げた瞬間、黒い刃が回収車の屋根を裂いた。
レヴェリオが自分の翼を振り返った。ライガが片側を押さえ直す間に、もう片側が兵士を薙ぎ払おうとしていた。
カイを狙う命令に抗うたび、狙いを失った攻撃が周囲へ散っていた。
本部でエルゴスが停止命令を送った。左手は止まったが、翼は動き続ける。被害報告が開き、倒壊した家と負傷者が映った。
エルゴスは負傷者の欄を閉じ、再生体の出力だけを記録した。
「肉体を使う限り、こうなる」
中央の管制車を経由して、全六区の接続を開く。車の側面に大型画面が現れ、ノクタリア各地の街頭放送も彼の顔へ切り替わった。
『彼女を覚えているか。半年前、カイの身体で裁きを行っていた、レヴェリオだ』
かつてのカイの映像が重なった。
店の前で、息子を捜していた父親が顔を上げた。見知らぬ装甲と、その声を見比べる。
聞きたかったのは、裁くべき相手の名ではなかった。息子がどこにいるか、それだけだった。
あの時の言葉が、また喉の奥へ戻った。
『見ただろう。力を与えても、恐怖や執着が命令を妨げる。再教育を施しても、元へ戻ろうとする』
「お前が暴れさせてるんだろうが!」
壊れた家の前から、男が叫んだ。エルゴスは彼を見なかった。
『ならば、器から変えればいい。意識をデータへ移し、恐怖も憎悪も、争いの原因となる記憶も、私が取り除く』
データの中に作られた白い部屋が映った。そこに移された男が一人、壁を叩いていた。何度も娘の名を呼び、ここから出せと叫んでいる。
画面の端で、家族に関する記憶の項目が選ばれた。
男の手が止まった。しばらく壁を見た後、椅子へ戻って座った。
『移行済みの被験者だ。今は苦痛も不満もない。肉体の病や老いにも縛られない』
「娘は、どうなった」
ネビュロスが訊いた。
『関係ない。彼はもう、会えないことを苦にしていない』
放送の向こうで、誰かが悲鳴を上げた。
エルゴスは映像を閉じ、画面を六つに分けた。
『同種の施設は、全部で六つある。第六区は、最も再教育が進んでいた』
妹が姉の袖を握った。
「帰りたいって言うと、部屋に呼ばれるの。出てくると、何で泣いてたかも分からなくなって……」
姉がその手を包んだ。
画面の第六区には、残って暮らしている人々がいた。ライガに食事を出した男が、閉じ始めた扉へ駆け寄る。
ほかの五つでも、居住室の出入口が閉まり、床へ白い線が走っていた。
『それがデジタル・エデンだ。全ての生命を移し、私の管理する世界で争いを終わらせる。まず、この六区から始める』
「本人が嫌だって言ってもか!」
アシュレイの声に、エルゴスは頷いた。
『その拒絶も、処置の対象だ』
一区の映像へ、父親が駆け寄った。
「息子だ。そこにいる!」
青年が食堂の扉を引いていた。開かないと分かると、隣の者と肩でぶつかる。
父親は息子の名を叫んだ。
返事はなかった。青年はもう一度、扉へ身体をぶつけた。
「帰してくれ! その子を、出してくれ!」
各都市からも、声が届き始めた。
名簿と映像を見た家族が、連絡窓口へ集まっていた。娘を返せ。弟がいる。そんな処置を認めた覚えはない。
エルゴスは、接続の進み具合だけを見ていた。
グリムが車へ向かうと、父親がその腕を掴んだ。
「あそこにいる。見えたんだ。頼む、今度こそ……」
言葉が続かなかった。
グリムは、画面の青年を見た。それから、父親の指を一つずつ外した。
「見とけ。見失うなよ」
兵士が銃を向けた。
グリムがその銃身を握り、アシュレイが横から兵士の胸を打つ。扉へ叩きつけられた身体が、留め金ごと車内へ転がった。
「ポルク!」
呼ばれたポルクが駆け込んだ。
脚を負傷した男を店の者へ託し、エルザも続く。男の妻へ、押さえていてほしい場所をもう一度示してから離れた。
セイジは家を支える氷を確かめ、最後に管制車へ入った。
「術が切れる前に、あの家から全員離せ!」
レクスが頷き、店主と住民を裏の通りへ誘導した。
*
車内には、六つの区の制御画面が並んでいた。
回収。拘束。再教育。その奥に、移行準備。
エルザが昨夜の記録を開き、同じ構造を指した。
「処置装置は共通よ。ここで六つとも動かしている」
ポルクが停止を押した。
一区の光が消えかけ、すぐに戻った。
「本部から、上書きされます!」
「もう一度だ」
セイジが横へ座った。
再び戻ってきた命令を捕らえ、接続を分ける。画面の端で、エルゴスが指を止めた。
『その手順を、誰から教わった』
エルザが顔を上げた。
「私たちが何を作っていたか、忘れたの?」
処置と、食事や治療の項目を分ける。
ポルクの指が震えた。一度だけ握り直し、操作へ戻った。
外で、カイがレヴェリオの腕を押さえ直した。
左手首が光り、彼の手甲へ指が食い込む。
「腕を切れば、止まる」
レヴェリオが言った。
「また、誰かに当たる前に」
カイは答えられなかった。
光剣なら届く。だが、彼女の手を失わせるために来たのではなかった。
通信機から、エルザの声が届いた。
『外側の制御部だけ壊して。身体を保つ術は別よ』
カイは、少女の手首を引き寄せた。
「右手をどけてくれ。そこだけ、壊す」
「……本当に?」
「ああ。エルザが確かめた」
レヴェリオは右手を離し、地面へついた。自分で動かせる腕で、暴れる身体を支えようとした。
ライガが翼を地面へ押し伏せる。黒い刃が太腿の装甲を裂いた。
「アシュレイ、今だ!」
レクスが戻り、肘を固定した。
赤黒い拳が、ブレスの張り出した部分へ落ちる。
砕けた制御部へ、ライガが白炎を流し込んだ。命令の光が焼き切れ、黒い翼が崩れた。
レヴェリオは地面へ伏せた。
指を握る。開く。
マスクが解け、カイへ顔を向けた。
「止まった……?」
「ああ」
カイもマスクを解いた。
彼女の目が、その顔に留まった。声を出しかけ、後ろの倒れた家を見た。
脚を手当てされている男が、呻いていた。
「私が、やったんだ」
カイは彼女の肩へ手を置いた。
「身体を動かしたのは、あいつの命令だ。だが、傷ついた人はここにいる」
レヴェリオの顔が伏せられた。
「一緒に、ここから始めよう」
彼女はすぐには頷けなかった。
立とうとした膝が崩れ、カイが支えた。その腕を、今度は自分の意思で掴んだ。
管制車の中で、六つの表示が変わった。
「止まった……全部、止まりました!」
ポルクが叫んだ。
居住室の床から白い光が消えた。処置室の椅子でも、留め具が外れる。
父親は画面へ両手をついた。
息子はそこにいた。壁へ寄りかかり、息を切らしていた。
「よかった……」
膝が崩れた。
店主が支えても、すぐには立てなかった。
*
エルゴスの声が車内へ入った。
『そこから切り離せるのは、施設の処置までだ。帰す道は開かない』
ポルクは通路の画面を確かめた。
白い通路の入口は分かっても、出口の接続が定まらない。第六区の迎えが通れた道を、そのままほかの区には使えなかった。
「本部側で、接続を確かめる必要があります」
「ほな、行く」
グリムが言った。
父親が顔を上げる。
「息子も、帰れるのか」
「道を取り戻す。そのために行くんや」
父親は唇を噛み、頷こうとした。
その時、放送へ別の声が入った。
『待て。収容者を出すことには同意していない』
各都市の連絡窓口だった。
セイジの端末に、受け入れについての通達が重なる。
『データへの移行は認めない。だが、施設を出せば済む話でもないだろう』
『こちらで安全を確認するまで、帰還は保留する』
人間の街からも、魔族の街からも届いていた。
父親は画面へ手を上げた。
「うちの息子は、俺が引き取る。名前を確かめてくれ」
『まず、全員を施設で保護する。個別の帰還はその後だ』
「その後って、いつだ。俺は、もう半年も――」
声が途切れた。
別の窓口では、女が名簿を持って訴えていた。その後ろから「家族のことしか考えないのか」という声が飛んだ。
『帰ってきて、また暴れたらどうするんだ』
画面には、崩れたリドラムの家が映っていた。
その下で、男の脚に新しい布が巻かれていた。
*
「その子まで、連れていくつもりなの?」
男の妻がカイへ言った。
カイはレヴェリオを支えたまま、足を止めた。
「うちの人は、歩けるようになるの。家だって、直したばかりだったのに」
ライガは、崩れた壁を見た。
半年の間、運んだ石に覚えがあった。男と二人で梁を上げた日も、そこにいた子供の顔も。
「エルザに診てもらっている。俺たちも――」
「もう何もしてほしくない!」
妻の声が裏返った。
「その子を、連れてこないで。お願いだから」
レヴェリオが、カイの腕から離れようとした。
カイは支えを解かなかった。
謝れば済むとは思えなかった。彼女を渡せば、男の脚が治るわけでもなかった。
通りの男が、帰還者たちを指した。
「その人たちも、何をするか分からない。安全だと分かるまで、別の場所で預かってもらえ!」
「私が責任を持って、一緒に住む。今度は、離さない」
姉が妹の肩を抱いた。
妹の指が、姉の袖から離れた。
「お姉ちゃんまで、怒られる」
姉がもう一度、手を掴んだ。
グリムは、それを見ていた。
「帰ってきた奴を、また閉じ込めるんか」
「誰も閉じ込めろとは言ってない!」
男が声を荒らげた。
「俺たちにも、安心して暮らす権利がある。お前らが勝手に決めるな!」
男の袖を、子供が引いた。
グリムと目が合うと、その背へ隠れた。
この家族とも、一緒に飯を食ったことがあった。グリムが大皿へ手を伸ばすたび、子供が同じように腕を伸ばして笑っていた。
今は、顔も見せなかった。
グリムは男へ向き直った。
「怖いんは分かる」
声が、思っていたより低く出た。
「せやけど、その人は帰りたい言うとる。帰ってこい言う家族もおる。そっちは、いつまで黙っとったらええんや」
*
『帰る場所が残っていると思ったか』
エルゴスが口を開いた。
各地の拒否を示す表示が、その横に並んでいた。
『私を排除しても、彼らは君たちに人を渡さない。争いは続く。自由な意思を残す限り、何度でも同じことが起こる』
グリムは画面を睨んだ。
『私の世界には、その争い自体がない。拒絶する者も、拒絶される者も、同じように作り直せる』
「黙れや」
グリムが言った。
「こいつらと喧嘩しとんのは俺や。お前が頭いじって済ます話ちゃうわ」
エルゴスは、すぐには答えなかった。
グリムは管制車のカメラを、自分へ向けた。
「施設の奴らは迎えに行く。ここに帰ってきた奴らも、渡さへん」
『誰を帰そうとしているか、分かっているのか』
都市の代表者が言った。
『君たち自身、村を焼いた戦士を連れている。今また、街を壊した者を庇っている。君たちの判断を受け入れろというのか』
父親が、カイとレヴェリオを見た。
「俺も、あの時のことを忘れたわけじゃない」
カイの腕の中で、少女が身を縮めた。
「息子を帰してほしい。だが、お前たちのしたことまで、許したことにするな」
グリムは頷いた。
「せえへん。俺かて、許せてへん奴はおる」
カイと目が合った。
カイは逸らさなかった。
「せやけど、許せへんからって、あの野郎に渡してええとは絶対思わん」
グリムは画面へ戻った。
「そいつに罪があるんやったら、そいつの口で答えさせろ。何をしたかも言えんように、頭ん中まで作り替えんな」
『我々はそんな処置を求めていない。拘束を解くなと言っている』
「帰りたい言うただけで、頭いじられた奴もおるやろが!」
声が広場へ響いた。
グリムは肩を押さえ、息を吐いた。
返事を待たず、ポルクへ顔を向けた。
「本部までの道、出せ」
*
画面へ、都市名と通達が重なっていった。
魔王による施設への介入を認めない。管理装置の引き渡しを要求する。従わない場合は、敵対行為とみなす。
その隙間から、収容者の名を呼ぶ声も聞こえていた。
「グリム」
セイジが言った。
「進めば、エルゴスを倒しても終わらない」
グリムは頷いた。
分かっていた。目の前にいる男の顔も、子供の怯えも、エルゴスを倒せば消えてくれるわけではなかった。
ネビュロスが、魔導書を開いた。
頁の間から、子供が描いた星が覗いた。
「私は、もう待たせた」
震える指で、その紙を奥へ収める。
「安心だと誰かが決めるまで、あの子たちに待っていろとは言えん」
ヴェルミリオンは姉妹の前へ立った。
その指へ魔力が集まると、妹は一歩下がった。
彼は手を差し伸べず、兵士へ向き直った。
「怖いなら、離れていていい。あの車には乗らなくていいよ」
グリムは二人を見た。
口の端が、一度だけ上がった。
「ほんま、揃いも揃って」
通りの男が、最後に言った。
「それでもやるなら、もうこの街に戻ってくるな」
グリムの笑みが消えた。
直した屋根があった。飯を食った店があった。声をかければ振り返ってくれる人間がいた。
その前から、自分の足で離れる。
「……おう」
カメラへ顔を上げた。
「俺らを嫌うんは、お前らの勝手や」
各地の声を聞きながら、続けた。
「せやけど、誰を見捨てるかまで、お前らに決めさせる気はない」
*
装甲車の砲塔が回った。
エルゴスは管制車への復旧命令を止め、砲撃対象を指定した。
奪われた制御装置ごと、三魔王を消す。
車内にいた実験兵も降り、管制車を囲むように広がった。
「下がれ!」
ライガの白炎と、カイの六枚の光翼が重なった。
砲弾が砕け、熱風が通りを薙ぐ。住民が伏せた。レクスが父親を庇い、アシュレイが車の扉を押さえた。
グリムの右腕へ、炎が走った。
傷んだ筋肉が引き攣る。肩を押さえかけた手を離し、拳を握った。
アシュレイがその横へ来た。
「俺がやる!」
「後ろ、頼む」
グリムは進んだ。
ネビュロスの氷が車輪を縫い止め、ヴェルミリオンの鏡が二発目を空へ逸らす。
その一瞬に、グリムが拳を振り抜いた。
車体の下を炎が貫いた。
砲塔が傾き、紫の蝶が砲身を根元から裂く。
地面が揺れた。
子供の泣き声が聞こえた。
グリムは開いた回収口へ踏み込み、留め具の並ぶ座席を叩き潰した。そのまま膝をついた。
アシュレイが脇を支える。その前で、レクスが実験兵を幻影へ誘い、セイジの氷が手足を留めた。
ライガとカイが残る車の砲塔を破壊する。
カメラには、全てが映っていた。
住民がやめろと叫んでも、魔王はやめなかった。
その背後で、姉が妹を店へ連れ戻した。
グリムはアシュレイの手を借り、立ち上がった。
「エルゴス。次はお前や」
血の混じった息を吐く。
「閉じ込めた奴らも、俺らから奪ったもんも、全部返してもらう」
『我々の要求は、聞こえているはずだ!』
都市の代表者が言った。
「聞こえとる」
グリムはカメラを見た。
「お前らが敵や言うても、迎えに行く。連れ帰った奴をまた閉じ込めるんやったら、そっちにも行く」
グリムの隣へ、ネビュロスが進み出た。
倒れた兵士が銃へ手を伸ばす。その指先で、銃身が凍りついた。
「何を忘れ、何を恐れ、誰に従うかまで決めてもらえる世界か」
魔導書を閉じる。
乾いた音とともに、銃身が砕けた。
「そんなものを完成させてみろ。私が壊す」
反対側へ、ヴェルミリオンが並んだ。
紫の蝶が焼けた砲塔から舞い上がり、三人の背後へ広がる。
「僕らを閉じ込める檻も、用意しておくといい」
カメラの向こうへ、薄く笑った。
「君たちが誰かに押しつけるものだ。壊される覚悟くらい、あるんだろうね?」
画面の向こうで、怒鳴り声が途切れた。
三人は、もう返事を待っていなかった。
グリムが一歩、前へ出た。
傷めた右腕から血が落ちる。拳に残る炎が、それを焼いた。
「聞いたやろ。俺一人のわがままで済む思うなよ」
背後の二人を、振り返る必要はなかった。
「俺ら三人、魔王やぞ」
赤く焼けた拳を、下ろす。
「世界中で止めに来いや。それでも、俺らはやめへん」
その顔が、ノクタリア全土へ映った。
「俺らは世界の敵や。覚えとけ」
*
車のそばにいたレヴェリオが、カイへ近づいた。
彼の腕のゾーエへ目が落ちた。
「私がいなくても、戦えるんだね」
「ああ」
カイは答えた。
「それでも、会いたかった」
レヴェリオは何か言おうとし、唇を閉じた。
店の前では、父親がグリムを待っていた。
「息子を帰すと言ったな」
「言うた」
「忘れるなよ」
グリムは、その目を見た。
「忘れへん」
父親は道を空けた。
礼は言わなかった。それでも、グリムを止める手は伸ばさなかった。
エルザが負傷者を街の医療班へ引き継いだ。レクスは奪った管制車の運転席へ入り、セイジとポルクは処置の再開を防ぐため中へ残った。
元の二台も、その後ろへ続いた。
*
エルゴスは、白衣を脱いだ。
右胸から肩へ、機械がせり上がる。
背後の壁が開き、奥の機構が彼へ接続した。
「来たまえ。お前たちも、私の世界へ迎えよう」
(10話へ続く)
第9話をお読みいただき、ありがとうございます。
次回、エデン化を止めるため、一行はエルゴスの本部へ向かいます。
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