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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第5部:世界の敵編

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第5部 第8話『もう一度、その手で』

【前回のあらすじ】

回収施設で母の記録を見たグリムは、カイに奪われた力と適合者を利用してきた過去を問いただした。レッドたちも、開発者のエルザとポルクも、それぞれが加担した事実から逃げられなかった。通信に現れたエルゴスは、母の愛さえ実験の成果として語る。グリムはカイを許さぬまま、今も自分の炎を使う炉へ飛び降りた。

※本作品の執筆にはAIを活用しています。


 グリムの拳が炉の外板を潰した。

 配管が裂け、赤い炎が噴き出す。

 頭上から降りてきた回収機を左手で掴み、その裂け目へ叩き込んだ。


「拾えるもんなら、拾ってみいや!」


 腹の結晶が砕けた。

 続く二機が左右へ散る。その間を赤黒い炎が突き抜け、天井で爆ぜた。


 ネビュロスは寝台へ駆け寄っていた。

 拘束された男の指が震えている。

 縁を凍らせ、留め金を割ろうとした時、男の胸に浮かぶ輪が白く光った。


『調整を打ち切る。起動』


 エルゴスが言った。


「待ってください、まだ身体が――」


 職員の声は、金属の軋みに消された。

 八つの寝台が一斉に傾く。拘束具が開いた。

 落とされた足が床を踏み、八人が立った。


 男の腕が、ネビュロスの喉へ伸びた。

 彼は身を引いた。袖が裂ける。

 五本の指の間を、赤い熱が走っていた。


「……これをさせるために、つないでいたのか」


 返事はなかった。

 男の顔に表情はなく、開いた口から、細い息だけが漏れた。


 その背後で、残る七人が動き出した。


         *


「下がれ!」


 ライガがエルザの前へ出た。

 左腕のゾーエ(変身ブレス)へ白炎が走る。

 赤と白の装甲が身体を包み、顔へマスクが重なった。


 迫った蹴りを受け止める。

 腕の向こうで、相手の膝から火が噴いた。



 上階の扉も開いた。

 長銃を持つ警備兵が通路へ並び、天井からさらに回収機が降りる。

 炉の背後では、黒い装甲板が持ち上がっていた。


 太い脚が四本。

 人間の背丈を超える腕が二本。

 胸の奥に、回収した結晶が幾層にも収まっている。


『試験には、ちょうどいい』


 エルゴスは画面の向こうで右の指を曲げた。

 巨大な機械の指も、同じように曲がった。


 ヴェルミリオンが手すりを越えた。

 紫の外殻から光の翅が開き、ネビュロスの脇へ降りる。

 ネビュロスも腕輪へ触れた。蒼銀の氷晶が、裂けた袖の上を覆っていく。


「随分、並べてくれたね」

「数える手間は省こう」


 魔導書が開いた。

 床を走った氷が、四人の足をまとめて止める。

 残る四人が跳ぶ。その間を、紫の蝶が抜けた。


「夢幻蝶《ファントム・バタフライ》」


 爆発が、八人を囲んだ。

 グリムが煙へ飛び込む。

 一人の腕を払い、肩から床へ叩きつけた。次の拳を額で受け、その腹へ膝を突き込む。


「俺の火で、俺殴るんか」


 握った拳から、炎が噴いた。


「十年早いわ!」


 吹き飛んだ二人が巨大兵器へぶつかった。

 胸の覆いが凹む。

 追って踏み込んだグリムの拳が、さらに深く装甲を砕いた。


 だが、床へ倒れた男が、折れた腕を垂らしたまま起き上がる。

 凍った足を無理に抜こうと、別の一人の膝が曲がった。


「止めろ。身体が壊れる」


 ネビュロスが画面を見た。


『動いている』


 エルゴスは男の膝を見ていた。


『問題はない』


         *


 レクスが、落ちた警備兵の銃を蹴り飛ばした。

 鉄の棒を拾い、階段へ上がろうとする別の兵士を打ち倒す。

 その横を、アシュレイが走った。

 死角から来た回収機へ椅子を投げつける。


 機体は揺れただけだった。

 腹の結晶がこちらを向く。


 白炎が横から走り、結晶を焼いた。

 ライガだった。

 八人のうち一人を押さえながら、こちらへ腕を向けていた。


「奥へ行け!」


 アシュレイは歯を食いしばった。

 手首に触れかけ、空を掴む。

 サングは、もうない。


 半年前、自分の手で壊した。

 セイジも、レクスも同じだった。

 人の命を送られなければ動かない装置を、また使えるようにと抱えておく気にはなれなかった。


 壊したことを、後悔したくなかった。

 けれど今、あの腕を一本、殴り返す力さえない。


「アシュレイ、右だ!」


 セイジの声で身を伏せた。

 頭のあった場所を熱線が通り、壁が弾ける。

 アシュレイは破片を払い、再び椅子へ手を伸ばした。


 階段の陰では、ポルクが端末を開いていた。

 エルザの鞄から、薄い銀色のケースが覗いている。

 ポルクはそれを一度見た。

 エルザと目が合ったが、言葉にはならなかった。


 カイが二人の前へ倒れた棚を引きずってきた。

 手の中に、小さな光が灯っていた。

 銃弾を一発、弾くたびに揺れる光だった。


         *


 巨大兵器の胸から、三本の細い針が伸びた。

 グリムは一本を叩き折った。

 先から漏れた液体が、焼けた床で煙を上げる。


「また注射かいな」


 母の腕が頭をよぎった。

 次の針を拳で潰し、巨体の肩へ飛び乗る。


 ネビュロスが伸ばした氷鎖が左腕を縛った。

 右腕にはヴェルミリオンの蝶が群がる。

 グリムが胸をこじ開けた、その時だった。


 倒れていた八人の胸が、一斉に光った。

 巨大兵器の肩から、針が扇状に放たれた。


 狙いは、三人の背後だった。


 グリムは肘を引いた。

 一本が装甲の継ぎ目へ食い込む。

 熱くも、痛くもなかった。

 ただ、握っていた指が開いた。


「……あ?」


 巨腕が腹へ入った。

 空気が抜け、身体が床へ叩き落とされる。


 ネビュロスが顔を向けた。

 その首筋へ、氷をすり抜けた針が刺さった。

 魔導書から伸びていた鎖が砕ける。

 紫の翅も途中で歪み、ヴェルミリオンが肩から床へ落ちた。


 三人の装甲が、明滅した。


『君たちの身体に合わせるのは、難しくなかった』


 エルゴスが、右手の手袋を外した。


『長く、材料を提供してくれたからね』


 グリムは立とうとした。

 腕が動かない。

 胸の奥で炎が暴れる。噴き出そうとするたび、筋肉が引き攣り、呼吸が途切れた。

 床へ押しつけた指の間から、血が滲んだ。


 ヴェルミリオンが首筋の針を抜いた。

 笑おうとした唇が、震えた。


「趣味の悪い……返礼だね」


 巨大兵器が脚を上げた。


「グリム!」


 ライガが滑り込み、巨脚を肩で受けた。

 床が沈んだ。

 さらに二人の実験兵が、左右から腕を掴む。

 白炎を放とうとしたところへ、上階から銃撃が降った。


 レクスがグリムを引いた。

 アシュレイはヴェルミリオンを担ぎ、セイジがネビュロスの腕を肩へ回す。

 三人を階段の下へ運び込んだ直後、巨脚が落ちた。


 ライガが床を転がった。

 すぐに立つ。

 敵は、その間にも迫っていた。


         *


 エルザがグリムの胸元へ手を当てた。

 熱はある。脈も強い。

 だが、腕を起こそうとすると、身体全体が痙攣した。


「魔力を出そうとしないで。今は、それが身体を締めつけているの」


「出さんかったら、あいつが潰れるやろが」


 階段の向こうで、白炎が爆ぜた。

 ライガの足が二歩、下がる。


 ネビュロスが魔導書へ手を伸ばした。

 指が届かなかった。

 セイジが本を拾うと、彼は悔しそうに目を伏せた。


「……術を解くまで、少しかかる」


 アシュレイは入口を見た。

 ライガが一人を投げ、振り向いたところへ、別の一人が殴りかかる。

 助けに出ても、自分では一発も受けられない。


 ポルクがグリムの腕輪へ端子を当てた。


「外殻は壊れていません。中にも、まだ魔力が――」


 アシュレイが顔を向けた。


「俺に使わせろ」


 ポルクの手が止まった。


「……え?」

「そいつの力。俺が使う」


 グリムを見た。

 母の映像の前で語ったばかりだった。

 自分が、その炎を使って何をしてきたか。


 口の中が乾いた。

 それでも、目を逸らさなかった。


「頼む、貸してくれ」


 グリムは黙っていた。

 アシュレイは、返事を待った。


「……また、俺の火で暴れるんか」

「ああ」


 グリムの目が細くなる。


「ライガ一人に、やらせたくねえ。力になりてぇんだ」


 上で何かが砕けた。

 粉塵が二人の間へ落ちた。


 グリムが、動かない左腕を差し出した。


「ほな、使えや」


 アシュレイが膝をつく。

 留め具を外した瞬間、赤黒い外殻が散った。

 腕輪は熱かった。


「返す時、傷増やしとったら殴るで」

「そん時は、立って殴りに来いよ」


 グリムが歯を見せた。


「言うたな」


 セイジは、ネビュロスの前へ屈んだ。


「私にも貸してほしい」

「扱えると思うか」

「君ほどには無理だがそれでも」


 セイジは入口を見た。

 敵の足、ライガが退く場所、その後ろの階段。


「だが、今、塞がなければならない場所は分かる」


 ネビュロスが短く息を吐いた。


「私の本まで、持っていくなよ」


 セイジは魔導書を彼の膝へ戻し、腕輪を外した。


 レクスがヴェルミリオンへ手を差し出した。

 紫の目が、その大きな掌を見た。


「似合わないだろうね」

「嫌味は着てから言え」


 ヴェルミリオンが、かすかに笑った。


「僕の力で人を怯えさせていた君が、今度は誰の前へ立つ?」


 レクスは入口へ目を向けた。


「俺たちの後ろにいる者の前だ」


 腕輪を受け取った。

 紫の光が、指の間へ漏れた。


         *


「使えることはできます」


 ポルクがアシュレイへ言った。

「ただ、本来は持ち主の魔力で起動する装置です。本人の承認を残して、三人の適合記録へ切り替えます。エルザさん、制限を!」

「任せて。出力は下げるわ」


 エルザが別の腕輪へ端子をつなぐ。

 セイジは管理室で写した記録を開いた。

 カイが認めた、三つの適合情報が端末に並ぶ。


 グリムが炉を殴る前まで、三魔王自身の力で動いていた外殻。

 その内部に残った分なら、今も使えた。


「使い切れば終わりです。今の三人から補充はできません」

「分かった」


 レクスが答えた。

 アシュレイ腕輪にてを当て、続きセイジとレクスも、腕輪へ手を当てる。


「「「魔導展開(マギア・ブースト)!」」」


 赤い炎、蒼い冷気、紫の光。

 何度も敵として見上げた外殻が、今度は自分たちの身体を覆った。

 アシュレイは熱い拳を握り、入口へ飛び出した。


 入口で、ライガが片膝をついた。

 男の腕を押さえている。その背後から、もう一人が踏み込んだ。


 赤黒い拳が、その顔を横から打ち抜いた。


 ライガが顔を上げる。

 溶岩のような胸甲。赤く焼けた両拳。

 だが、露わな顔で歯を剥いているのは、グリムではなかった。


「待たせたな!」


 アシュレイが、肩から男を押し返した。


 続いて、蒼銀の氷晶をまとったセイジが階段を飛び越える。

 レクスの背には、半透明の紫の翅が開いていた。

 重厚な肩に、艶のある外骨格が重なっている。


「お前ら……」


 ライガの声が漏れた。


「立てるか」


 レクスが手を差し出す。

 ライガはその手を取った。


 半年ぶりに、三人が隣へ並んだ。


         *


 アシュレイが踏み込んだ。

 背中の炎が強く噴き、身体が前へ持っていかれる。


「っ、速え!」


 巨腕を避け損ねた。

 肩を擦られ、壁へぶつかる寸前に足を掛ける。

 そのまま蹴り返した。


 グリムなら、正面から拳を叩きつける高さだった。

 アシュレイは敵の肩へ着地し、頭を掴んで膝を入れた。

 赤熱した膝甲が、回収器を砕く。


「こっち向けよ、デカブツ!」


 敵の肩から、新たな針が伸びた。

 アシュレイは拳で根元を潰した。

 飛び散った液体が頬へかかる。拭っても、指は動いた。


 画面のエルゴスが顔を寄せた。


『何?装着者が違う』


 同じ炎。同じ鎧。

 その中にいる身体は、エルゴスが針を合わせた魔王ではなかった。


 セイジが掌を床へ向けた。

 氷が一気に広がる。

 自分まで凍りかけ、慌てて出力を絞った。


「広すぎる……!」


 敵が跳んだ。

 セイジは横へ滑り、両手を開く。

 掌から短い氷刃を伸ばした。二本とも、長さが揃わない。

 それでも逆手に握り、伸びてきた腕を交差する刃で弾いた。


 先を教える表示はなかった。

 顔へ迫る拳を、最後まで自分の目で見た。

 半歩、引く。

 脇を通り過ぎた男の足首を凍らせ、その背をレクスの方へ押した。


「一人、行く!」


「受ける!」


 レクスは構えた。

 今は黄金の重装甲はない。

 まともに受ければ、この薄い紫の外殻ごと持っていかれる。


 背中の翅を開いた。

 光が散り、彼の姿が二つに割れる。

 男の拳は、左のレクスを貫いた。


 右のレクスが腕を掴んだ。

 腰を落とし、男を肩越しに床へ投げる。

 凍った足首が氷を引きずり、身体が止まった。


 階段の陰で、ヴェルミリオンが笑った。


「僕の顔で、そんな投げ方はしないでほしいな」

「顔は俺だ!」


 レクスが叫び返した。


 アシュレイが巨体の肩を蹴った。

 火を引きながら飛び降り、レクスへ向かう別の男を殴り飛ばす。

 セイジの氷がその着地点を覆った。


「三人、止めた。残り五人!」


 ライガが白炎を放つ。

 八人を無理に動かす胸の輪へ、炎が届いた。

 氷へ縫い止められた三人の身体が震え、やがて力を失った。


 アシュレイの口元が上がった。


「やれるじゃねえか」


 拳を握った。

 誰かに認められるために見せつけたかった力が、今は隣の三人へ届いていた。


「まだ、やれる!」


         *


 エルゴスの指が止まった。

 巨大兵器が、一歩下がった。

 その胸が開く。


『全量を送れ』


 職員が端末へ縋った。


「炉が持ちません。ここには、まだ――」

『聞こえなかったか』


 声は大きくなかった。

 職員の肩が落ちた。

 操作を始めたその手を、カイが掴んだ。


「触るな」


 画面のエルゴスが、二人を見た。

 金属の指が卓上を叩く。

 職員の端末が暗くなり、炉の音だけが高まった。


 カイは手を離した。

 男を出口へ押し出す。


「他の者も連れて行け」


 天井の回収機が一斉に向きを変えた。

 

 背後には、ポルクがいた。

 エルザはまだ、ネビュロスの首筋へ処置を続けている。


 二人を背にカイは下がらなかった。

 棚を押し倒し、二人を庇うように回収機に目をむけた。

 機体の爪がすれ違いざまに背を裂いた。


「カイさん!」


 ポルクの声がした。

 カイは爪を掴んで破壊した。

 掌から血が落ちる。


「先に、三人を動けるようにしてくれ」


 ポルクは、その背を見た。

 開発局の扉の向こうに取り残された時、この男はいなかった。

 死ぬかもしれないと知っていた。それでも確認しなかった。

 さっき、その口で聞いた。


 なのに今、同じ男が、自分たちの前から動かない。


 怖さは消えなかった。

 許せるとも思わなかった。

 それでも、持ってきたものを最後まで隠したまま、この背を見ていることはできなかった。


「エルザさん」


 ポルクがケースを持ち上げた。

 エルザはカイを見た。

 彼の肩越しに、三人のレッドが戦っていた。


 短く、頷いた。


「渡しましょう」


         *


 レクスが回収機を床へ叩き落とした。

 セイジの氷が、その上へ重なる。

 ポルクがカイの目の前へケースを置いた。


 白銀の枠の中に、澄んだ核があった。

 ライガの腕にあるものと、似ていた。


「あなたのゾーエ(変身ブレス)です」


 カイは触れなかった。


「……私の?」


「サング(変身ブレス)を、預かっていたでしょう」


 エルザが言った。


「レヴェリオが離れた後も、あなたは変身した。あの時は、理由を調べている余裕なんてなかったわ」


 カイは自分の掌を見た。

 傷の間に、薄い光が揺れていた。

 彼女がいなくなった後にも、消えなかった光。


「後から記録を調べたの。あれは、あなたに残った光だけで動いていた。だから、ライガと同じように、外から命を送られなくても戦える装置を作った」


 ポルクが留め具へ触れた。


「完成はしていました。でも……渡せませんでした」


 カイは顔を上げた。

 ポルクは、逸らしかけた目を戻した。


「僕たちが再び、あなたに力を渡していいのか。ずっと、分からなかったんです」


 巨腕が床を打った。

 レクスの紫の装甲が削れ、アシュレイが横から支えた。

 カイは立ち上がろうとした。

 エルザが、ケースを持ち上げた。


「ここへ来る時も、ホントは置いていくか迷ったわ」


 エルザは答えた


「半年、あなたを拘束中見てきたわ。そしてフロスティアでも、今も。それで昔のことが消えたとは思わない」


 カイは頷いた。


「私も、簡単に消せるとは思っていない」


「ええ。だから、渡して終わりにはしない。これで何をするか、私たちは見ているわ」


 カイの前に、ゾーエ(変身ブレス)が残った。


 かつてエルゴスから与えられた言葉を思い出した。

 変えられる。君ならできる。

 欲しかったものを差し出された時、自分は、その先で誰が傷つくのかを訊かなかった。


 今は知っていた。

 階段の陰で息を詰めている三人を。

 血のついた指で、この装置を持ってきた二人を。

 彼らから借りた鎧で戦う、かつての仲間たちを。


 ライガが、こちらへ顔を向けた。

 助けを求める声はなかった。

 カイの手元を見て、頷いた。


 命令でも、赦しでもなかった。

 隣へ来るかを、自分に任せていた。


 カイはゾーエ(変身ブレス)を取った。


「私は、もう一度戦う」


 左腕へ嵌める。

 

「決めたことを、誰かの言葉のせいにはしない」


 グリムが顔を上げた。

 カイは、その赤い目を見た。


「グリム、お前に許されるためでもない」


「……当たり前やカイ」


 グリムの唇が歪んだ。


「俺の返事待っとったら、いつまでも過去のお前のままや」


 カイは立った。


         *


『カイ』


 エルゴスが呼んだ。

 昔と同じ声だった。


『私が与えたものを捨てて、何が残る』


 カイは左腕を上げた。

 掌の光が、指の傷を照らしていた。


 レヴェリオの声は、聞こえなかった。

 正しいと肯定する声もない。

 寂しさが胸へ刺さった。

 彼女がそこにいたことまで、捨てるつもりはなかった。


 だが、答えるのは自分だった。


「私自身がいる」


 光が腕を伝った。

 胸から、肩から、全身から。

 散っていた輝きが、左腕のゾーエ(変身ブレス)へ集まっていく。


 白銀の枠に、一本ずつ光の線が走った。

 核が輝いた。

 

「ユナイトチェンジ!」


 カイが両腕を交差させた。


 光が、開いた。


 深紅のスーツが手足を包む。

 白銀の装甲が胸から肩へ重なり、さらに一枚、外へ開いた。かつて一枚板だった胸甲が、翼を重ねたような立体へ変わっていく。

 中央に刻まれた「U」の縁を、金の光が走った。

 その光は両腕へ分かれ、肘から手首まで細い刃の形を描いた。脚の装甲も踵まで伸び、白いコートテイルが膝の後ろで翻る。


 顔を白銀のマスクが覆った。

 十字のバイザーが蒼く灯り、額の結晶から、金の稜線が左右へ伸びる。

 ライガは、その顔を知っていた。

 だが、背中へ開いたものは違った。


 折り畳まれた機械翼はない。

 背から直接、六枚の光翼が生まれた。上の二枚は肩を越え、下の二枚は腰を包み、その間の翼が左右へ大きく広がる。

 一枚ずつ角度を変えるたび、細かな光の羽が流れた。

 カイが腕を下ろすと、右の三枚が剣を持つ側へ寄り、左の三枚は階段の前へ広がった。

 同じ翼が、刃にも盾にもなる形だった。


 神聖ユナイト。


 ポルクが息を呑んだ。

 何度も計算した姿だった。

 だが、目の前で立っているものは、画面の中とは違った。


 カイが一歩、踏み出す。

 足は、崩れなかった。


         *


 巨大兵器の胸が光った。

 炉から吸い上げた炎が、ひと筋に絞られる。

 狙いは、階段の下だった。


 ライガが動いた。

 その横を、白銀の影が抜いた。


 その前へ、最後の回収機が群がった。

 カイの光翼が、六枚とも先端を向ける。


「光翼砲(フェザー・レイ)!」


 塔で巨体を支えた光が、今度は自分の背から放たれた。

 六条の光が回収機の結晶を撃ち抜く。砕けた機体が左右へ落ち、熱線との間が開いた。


 カイが右手を開いた。

 光が長い剣となって伸びる。

 振り上げた刃が熱線を捉え、上へ逸らした。


 天井が裂けた。

 空から差した光の下で、カイは剣を下ろした。


「ライガ」


 隣へ立つ。


「待たせた」


 ライガの肩が、わずかに落ちた。

 すぐに、拳を構え直す。


「ああ。行くぞ」


 二人が同時に走った。


 ライガの白炎が右腕を包む。

 カイの光剣が左腕を斬る。

 巨大兵器が両腕を開かされ、胸が露わになった。


 残る五人が二人へ殺到した。

 その前へ、紫の翅が広がる。


「ここだ!」


 レクスが三つに分かれた。

 敵の腕が幻を掴む。

 本物は、その中心で腰を落とした。

 二人まとめて抱え込み、セイジの敷いた氷へ叩きつける。


 セイジが氷刃を床へ刺した。

 走る亀裂のように氷が伸び、足と手首を順に止める。

 もう、広げすぎなかった。


「アシュレイ、後ろの二人を寄せろ!」

「注文、多えんだよ!」


 アシュレイが笑った。

 背中の炎を片側だけ噴き、空中で身体を回す。

 蹴りで一人を押し戻し、もう一人の胸倉を掴んだ。


 持ち主とは違う乱暴さで、赤黒い鎧が躍った。


「借り物だって、言ってんだろうが!」


 二人を氷へ投げ込む。

 最後の一人が、その腕を掴んだ。

 アシュレイの肘甲が剥がれた。蓄えた炎が、尽きかけている。


 光剣が、その間へ差し込まれた。

 腕を斬るのではなく、胸に浮かぶ輪を床へ押さえ込む。


「ライガ!」


 白炎が走った。

 五つの輪をつなぐ光が焼け切れた。

 八人全ての動きが、止まった。


 その奥で、巨大兵器が炉へ後退した。

 新たな結晶が、胸へ送られていく。


「下へ逃がすぞ!」


 セイジが叫んだ。

 ライガが走る。

 カイも続いた。


 巨腕が二人を薙いだ。

 ライガは下へ滑り、配管へ白炎を叩きつけた。

 カイは光翼を開いて上へ抜けた。


 胸へ集まる赤い炎の向こうに、画面が見えた。

 白衣の男が、こちらを見上げていた。


 カイは剣を両手で握った。

 六枚の翼が剣の背へ重なった。

 翼の分だけ刃が伸び、白銀の切先が巨体の頭上へ届く。空中で身体を支えていた光まで、剣へ移っていく。

 カイの身体が落ち始めた。

 下ではライガが、最後の配管を押さえていた。


「その手を、離せ」


 柄を握り締めた。


「聖翼断光《セイクリッド・セイバー》!」


 落下する勢いごと、振り下ろした。


 胸の結晶から、炉へつながる継ぎ目まで。

 白い斬線が、巨体を縦に走った。

 ライガの炎が、切断された管の内側を焼き抜く。


 巨体が傾いた。

 左右へ割れた装甲が、炉の外壁へ落ちた。

 高鳴っていた音が、急に低くなった。


 画面に亀裂が入る。

 エルゴスは、もう微笑んでいなかった。


『その光も、いずれ――』


「取りに来いや」


 階段の下から声がした。

 グリムが、片膝を立てていた。

 まだ立ち上がれない身体で、画面へ歯を剥いた。


「今度は、直接お前が来い。返り討ちにしたる」


 炉が崩れた。

 画面も、そこで潰れた。


         *


 警報が残った。

 レクスとセイジが、外へ出る通路を確かめる。

 アシュレイはグリムの前へしゃがんだ。


「乗れよ」

「背負われるほど――」


 立とうとした膝が折れた。

 アシュレイが腕を掴む。


「殴るのは後だろ」


 グリムは舌打ちした。

 その肩へ、腕を回す。


 紫の外殻が消えたレクスは、ヴェルミリオンを支えた。

 セイジもネビュロスの魔導書を拾い、今度は本人へ渡してから肩を貸した。


 カイが倒れた八人を見た。

 エルザは最も近い男の首へ触れた。


「息はあるわ。動かせる人を呼んで」


 出口へ逃げかけていた職員たちが立ち止まった。

 先に退いた警備兵が、門で氷に捕らわれていた四人も引き出していた。

 カイが空の寝台を引いた。


「運ぶのを手伝え」


 さっきまで敵だった身体は、軽くはなかった。

 ライガも一人を持ち上げた。

 八人の胸の輪は暗くなっていた。目は開かない。

 戦いを止めたことと、彼らが元へ戻ることは、まだ別だった。


 上階へ走ったポルクが、記録を移した端末を抱えて戻ってきた。

 カイは最後の寝台を押し、ライガとともに外へ出た。


         *


 橋を渡り終える頃、施設の中央が崩れた。

 煙の向こうで炉が沈み、回収機の音が途絶える。


 グリムは岩へ背を預けていた。

 エルザの処置を受け、ようやく指が曲がるようになっていた。

 握りかけた拳を、まだ開き切れない。


 アシュレイが、その前へ腕輪を置いた。


「返す」


 グリムは傷を確かめた。


「……削っとるやんけ」

「お前も、よく削ってんだろ」


 グリムが顔を上げる。

 アシュレイは逃げなかった。


「でも、使えた」


 声が、少し低くなった。


「お前の炎だって知って、借りて、俺が使った」


 グリムは腕輪を手繰り寄せた。


「見とったわ」


 アシュレイは頷いた。

 それ以上は、何も言わなかった。


 隣では、ネビュロスがセイジから腕輪を受け取っていた。


「随分、忙しい氷の使い方だ」

「君のように待っていられなかった」

「だろうな」


 ネビュロスは腕輪を戻し、膝の上の魔導書を撫でた。


 ヴェルミリオンは、レクスの肩にまだ手を置いていた。


「僕の外殻で体当たりする人間は、初めて見たよ」

「苦情は、立てるようになってから聞く」

「覚えておく」


 レクスの口元が、わずかに緩んだ。


         *


 カイがマスクを解いた。

 ポルクはゾーエ(変身ブレス)の記録を読み終えても、すぐには顔を上げなかった。


「問題はないか」


 カイが訊いた。


「装置は、大丈夫です」


 少し間があった。


「……ようやく戻ってきたんですね」


 カイはポルクを見た。

 装置を渡すために、伸ばされた手を思い出した。

 受け取った後、その人を置いていくことだけは、もうしたくなかった。


「ああ」


 カイは左腕を下ろした。


「ありがとう」


 ポルクは頷いた。

 エルザも、彼の肩の傷を見ていた。


「変身を解いて。そこ、手当てするわ」


 カイが従う。

 消えた光の下には、変身前に負った傷が残っていた。


 ライガは少し離れて、その様子を見ていた。

 グリムの隣へ腰を下ろす。


「カイが――」

「見とった言うてるやろ」


 グリムが遮った。

 ライガは口を閉じた。


 しばらくして、グリムが自分の腕輪を握った。


「次は、俺が殴る番や」


 ライガは煙の向こうを見た。


「ああ」


         *


 ポルクは、回収品の搬送記録を調べていた。

 次に炉へ送られるものがあるなら、止めなければならなかった。


 一枚の写真で、指が止まった。

 灰の上に置かれた、小さな輪の欠片。

 採取地点は、リドラムのタワー跡だった。


 ポルクは顔を上げた。

 手当てを受けているカイを見て、もう一度、記録へ戻る。

 回収日は半年前。その後、本施設を経由し、エルゴスの研究区画へ移送されていた。


 最後の欄に、レヴェリオの名があった。

 処置名は、個体再生。


「……カイさん」


 声をかけてから、ポルクは唇を噛んだ。

 何と説明すればいいか、分からなかった。

 そのまま、端末を差し出した。


 カイが写真を見た。

 手当てをしていたエルザの手が止まる。


 長い間、誰も喋らなかった。


「これは、いつのものだ」


 カイの指は、写真に触れていた。

 ポルクが日付を示す。

 カイはその下まで読み、もう一度、同じ行へ戻った。


「再生というのは……」


「作業がどうなっているかは、この記録にはありません」


 ポルクは答えた。


「彼女が戻っているのかも、まだ分かりません」


 カイは頷かなかった。

 最後に聞いた声が、耳の奥へ戻ってきた。

 いなくなることを恐れていた彼女に、自分は何を返せただろう。


 消えたと思っていた。

 もう、その先で苦しむことはないと思っていた。


 その後にも、あの男の手が伸びていた。


 カイが立った。

 エルザが包帯の端を押さえる。


「傷を閉じるまで待って」


 足が止まった。

 カイは彼女の手を見て、腰を下ろし直した。

 端末だけは離せなかった。


 ライガが隣へ来た。


「確かめに行こう」


 カイの口が動いた。

 声になるまで、少しかかった。


「……会えるのだろうか」


 ライガは、戻ってくるとは言わなかった。

 写真の下にある移送先を見た。


「ここへ行けば、分かる」


 カイも、その場所を見た。


「行きたい」


 グリムは二人を見ていた。

 あの少女に叩きつけられた痛みまで、忘れたわけではなかった。

 それでも、写真を伏せろとは言わなかった。


「場所、出せや」


 セイジが端末を受け取り、地図へ移送先を重ねた。


         *

 セイジは、持ち出された記録を別の画面へ開いた。

 回収拠点の一覧に、緊急通達の経路が残っている。

 ノクタリア各地の都市名が並んでいた。


 グリムが、目を留めた。


「これ、向こうにも声、送れるんか」

「接続を調べる必要がある」


 セイジが答えた。


「何をするつもりだ」


 グリムは、まだ震える手を握った。


「誰のもんか、教えたるんや」


 ヴェルミリオンが顔を上げた。

 ネビュロスも、膝の魔導書を閉じた。


「俺らの力も、生き方も、あいつのもんやない」


 グリムはノクタリアの地図を見た。


「それが気に入らん世界やったら、まとめて喧嘩売ったる」


 カイは新しいブレスへ手を置いた。

 胸に残っているのは、自分の光だった。

 彼女の返事は、そこからは聞こえなかった。


         *


 エルゴスは、途切れた施設の映像を閉じた。

 隣には、切断される直前の白銀の姿が残っていた。

 六枚の光翼を開いた、カイだった。


 しばらく眺めた後、席を立った。

 奥の扉が開く。


 透明な槽の中に、少女の輪郭があった。

 胸の内側では、砕けた輪をつなぐ細い光が、弱く明滅していた。

 瞼は閉じている。


 エルゴスは槽の前へ立った。

 傍らの画面には、身体の形成に続く処置が並んでいた。

 命令への服従。

 拒絶反応の除去。


 金属の指が、その二つを選んだ。


「今度は、勝手に離れないようにしよう」


 少女は答えなかった。


(9話へ続く)


第8話をお読みいただき、ありがとうございます。

同じ外殻を、違う三人が纏う。そして、託すことを迷い続けた二人の手から、カイへ。

再び戦場へ立ったカイのもとに、消えたはずのレヴェリオの記録が届きます。

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