第5部 第8話『もう一度、その手で』
【前回のあらすじ】
回収施設で母の記録を見たグリムは、カイに奪われた力と適合者を利用してきた過去を問いただした。レッドたちも、開発者のエルザとポルクも、それぞれが加担した事実から逃げられなかった。通信に現れたエルゴスは、母の愛さえ実験の成果として語る。グリムはカイを許さぬまま、今も自分の炎を使う炉へ飛び降りた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
グリムの拳が炉の外板を潰した。
配管が裂け、赤い炎が噴き出す。
頭上から降りてきた回収機を左手で掴み、その裂け目へ叩き込んだ。
「拾えるもんなら、拾ってみいや!」
腹の結晶が砕けた。
続く二機が左右へ散る。その間を赤黒い炎が突き抜け、天井で爆ぜた。
ネビュロスは寝台へ駆け寄っていた。
拘束された男の指が震えている。
縁を凍らせ、留め金を割ろうとした時、男の胸に浮かぶ輪が白く光った。
『調整を打ち切る。起動』
エルゴスが言った。
「待ってください、まだ身体が――」
職員の声は、金属の軋みに消された。
八つの寝台が一斉に傾く。拘束具が開いた。
落とされた足が床を踏み、八人が立った。
男の腕が、ネビュロスの喉へ伸びた。
彼は身を引いた。袖が裂ける。
五本の指の間を、赤い熱が走っていた。
「……これをさせるために、つないでいたのか」
返事はなかった。
男の顔に表情はなく、開いた口から、細い息だけが漏れた。
その背後で、残る七人が動き出した。
*
「下がれ!」
ライガがエルザの前へ出た。
左腕のゾーエへ白炎が走る。
赤と白の装甲が身体を包み、顔へマスクが重なった。
迫った蹴りを受け止める。
腕の向こうで、相手の膝から火が噴いた。
上階の扉も開いた。
長銃を持つ警備兵が通路へ並び、天井からさらに回収機が降りる。
炉の背後では、黒い装甲板が持ち上がっていた。
太い脚が四本。
人間の背丈を超える腕が二本。
胸の奥に、回収した結晶が幾層にも収まっている。
『試験には、ちょうどいい』
エルゴスは画面の向こうで右の指を曲げた。
巨大な機械の指も、同じように曲がった。
ヴェルミリオンが手すりを越えた。
紫の外殻から光の翅が開き、ネビュロスの脇へ降りる。
ネビュロスも腕輪へ触れた。蒼銀の氷晶が、裂けた袖の上を覆っていく。
「随分、並べてくれたね」
「数える手間は省こう」
魔導書が開いた。
床を走った氷が、四人の足をまとめて止める。
残る四人が跳ぶ。その間を、紫の蝶が抜けた。
「夢幻蝶」
爆発が、八人を囲んだ。
グリムが煙へ飛び込む。
一人の腕を払い、肩から床へ叩きつけた。次の拳を額で受け、その腹へ膝を突き込む。
「俺の火で、俺殴るんか」
握った拳から、炎が噴いた。
「十年早いわ!」
吹き飛んだ二人が巨大兵器へぶつかった。
胸の覆いが凹む。
追って踏み込んだグリムの拳が、さらに深く装甲を砕いた。
だが、床へ倒れた男が、折れた腕を垂らしたまま起き上がる。
凍った足を無理に抜こうと、別の一人の膝が曲がった。
「止めろ。身体が壊れる」
ネビュロスが画面を見た。
『動いている』
エルゴスは男の膝を見ていた。
『問題はない』
*
レクスが、落ちた警備兵の銃を蹴り飛ばした。
鉄の棒を拾い、階段へ上がろうとする別の兵士を打ち倒す。
その横を、アシュレイが走った。
死角から来た回収機へ椅子を投げつける。
機体は揺れただけだった。
腹の結晶がこちらを向く。
白炎が横から走り、結晶を焼いた。
ライガだった。
八人のうち一人を押さえながら、こちらへ腕を向けていた。
「奥へ行け!」
アシュレイは歯を食いしばった。
手首に触れかけ、空を掴む。
サングは、もうない。
半年前、自分の手で壊した。
セイジも、レクスも同じだった。
人の命を送られなければ動かない装置を、また使えるようにと抱えておく気にはなれなかった。
壊したことを、後悔したくなかった。
けれど今、あの腕を一本、殴り返す力さえない。
「アシュレイ、右だ!」
セイジの声で身を伏せた。
頭のあった場所を熱線が通り、壁が弾ける。
アシュレイは破片を払い、再び椅子へ手を伸ばした。
階段の陰では、ポルクが端末を開いていた。
エルザの鞄から、薄い銀色のケースが覗いている。
ポルクはそれを一度見た。
エルザと目が合ったが、言葉にはならなかった。
カイが二人の前へ倒れた棚を引きずってきた。
手の中に、小さな光が灯っていた。
銃弾を一発、弾くたびに揺れる光だった。
*
巨大兵器の胸から、三本の細い針が伸びた。
グリムは一本を叩き折った。
先から漏れた液体が、焼けた床で煙を上げる。
「また注射かいな」
母の腕が頭をよぎった。
次の針を拳で潰し、巨体の肩へ飛び乗る。
ネビュロスが伸ばした氷鎖が左腕を縛った。
右腕にはヴェルミリオンの蝶が群がる。
グリムが胸をこじ開けた、その時だった。
倒れていた八人の胸が、一斉に光った。
巨大兵器の肩から、針が扇状に放たれた。
狙いは、三人の背後だった。
グリムは肘を引いた。
一本が装甲の継ぎ目へ食い込む。
熱くも、痛くもなかった。
ただ、握っていた指が開いた。
「……あ?」
巨腕が腹へ入った。
空気が抜け、身体が床へ叩き落とされる。
ネビュロスが顔を向けた。
その首筋へ、氷をすり抜けた針が刺さった。
魔導書から伸びていた鎖が砕ける。
紫の翅も途中で歪み、ヴェルミリオンが肩から床へ落ちた。
三人の装甲が、明滅した。
『君たちの身体に合わせるのは、難しくなかった』
エルゴスが、右手の手袋を外した。
『長く、材料を提供してくれたからね』
グリムは立とうとした。
腕が動かない。
胸の奥で炎が暴れる。噴き出そうとするたび、筋肉が引き攣り、呼吸が途切れた。
床へ押しつけた指の間から、血が滲んだ。
ヴェルミリオンが首筋の針を抜いた。
笑おうとした唇が、震えた。
「趣味の悪い……返礼だね」
巨大兵器が脚を上げた。
「グリム!」
ライガが滑り込み、巨脚を肩で受けた。
床が沈んだ。
さらに二人の実験兵が、左右から腕を掴む。
白炎を放とうとしたところへ、上階から銃撃が降った。
レクスがグリムを引いた。
アシュレイはヴェルミリオンを担ぎ、セイジがネビュロスの腕を肩へ回す。
三人を階段の下へ運び込んだ直後、巨脚が落ちた。
ライガが床を転がった。
すぐに立つ。
敵は、その間にも迫っていた。
*
エルザがグリムの胸元へ手を当てた。
熱はある。脈も強い。
だが、腕を起こそうとすると、身体全体が痙攣した。
「魔力を出そうとしないで。今は、それが身体を締めつけているの」
「出さんかったら、あいつが潰れるやろが」
階段の向こうで、白炎が爆ぜた。
ライガの足が二歩、下がる。
ネビュロスが魔導書へ手を伸ばした。
指が届かなかった。
セイジが本を拾うと、彼は悔しそうに目を伏せた。
「……術を解くまで、少しかかる」
アシュレイは入口を見た。
ライガが一人を投げ、振り向いたところへ、別の一人が殴りかかる。
助けに出ても、自分では一発も受けられない。
ポルクがグリムの腕輪へ端子を当てた。
「外殻は壊れていません。中にも、まだ魔力が――」
アシュレイが顔を向けた。
「俺に使わせろ」
ポルクの手が止まった。
「……え?」
「そいつの力。俺が使う」
グリムを見た。
母の映像の前で語ったばかりだった。
自分が、その炎を使って何をしてきたか。
口の中が乾いた。
それでも、目を逸らさなかった。
「頼む、貸してくれ」
グリムは黙っていた。
アシュレイは、返事を待った。
「……また、俺の火で暴れるんか」
「ああ」
グリムの目が細くなる。
「ライガ一人に、やらせたくねえ。力になりてぇんだ」
上で何かが砕けた。
粉塵が二人の間へ落ちた。
グリムが、動かない左腕を差し出した。
「ほな、使えや」
アシュレイが膝をつく。
留め具を外した瞬間、赤黒い外殻が散った。
腕輪は熱かった。
「返す時、傷増やしとったら殴るで」
「そん時は、立って殴りに来いよ」
グリムが歯を見せた。
「言うたな」
セイジは、ネビュロスの前へ屈んだ。
「私にも貸してほしい」
「扱えると思うか」
「君ほどには無理だがそれでも」
セイジは入口を見た。
敵の足、ライガが退く場所、その後ろの階段。
「だが、今、塞がなければならない場所は分かる」
ネビュロスが短く息を吐いた。
「私の本まで、持っていくなよ」
セイジは魔導書を彼の膝へ戻し、腕輪を外した。
レクスがヴェルミリオンへ手を差し出した。
紫の目が、その大きな掌を見た。
「似合わないだろうね」
「嫌味は着てから言え」
ヴェルミリオンが、かすかに笑った。
「僕の力で人を怯えさせていた君が、今度は誰の前へ立つ?」
レクスは入口へ目を向けた。
「俺たちの後ろにいる者の前だ」
腕輪を受け取った。
紫の光が、指の間へ漏れた。
*
「使えることはできます」
ポルクがアシュレイへ言った。
「ただ、本来は持ち主の魔力で起動する装置です。本人の承認を残して、三人の適合記録へ切り替えます。エルザさん、制限を!」
「任せて。出力は下げるわ」
エルザが別の腕輪へ端子をつなぐ。
セイジは管理室で写した記録を開いた。
カイが認めた、三つの適合情報が端末に並ぶ。
グリムが炉を殴る前まで、三魔王自身の力で動いていた外殻。
その内部に残った分なら、今も使えた。
「使い切れば終わりです。今の三人から補充はできません」
「分かった」
レクスが答えた。
アシュレイ腕輪にてを当て、続きセイジとレクスも、腕輪へ手を当てる。
「「「魔導展開!」」」
赤い炎、蒼い冷気、紫の光。
何度も敵として見上げた外殻が、今度は自分たちの身体を覆った。
アシュレイは熱い拳を握り、入口へ飛び出した。
入口で、ライガが片膝をついた。
男の腕を押さえている。その背後から、もう一人が踏み込んだ。
赤黒い拳が、その顔を横から打ち抜いた。
ライガが顔を上げる。
溶岩のような胸甲。赤く焼けた両拳。
だが、露わな顔で歯を剥いているのは、グリムではなかった。
「待たせたな!」
アシュレイが、肩から男を押し返した。
続いて、蒼銀の氷晶をまとったセイジが階段を飛び越える。
レクスの背には、半透明の紫の翅が開いていた。
重厚な肩に、艶のある外骨格が重なっている。
「お前ら……」
ライガの声が漏れた。
「立てるか」
レクスが手を差し出す。
ライガはその手を取った。
半年ぶりに、三人が隣へ並んだ。
*
アシュレイが踏み込んだ。
背中の炎が強く噴き、身体が前へ持っていかれる。
「っ、速え!」
巨腕を避け損ねた。
肩を擦られ、壁へぶつかる寸前に足を掛ける。
そのまま蹴り返した。
グリムなら、正面から拳を叩きつける高さだった。
アシュレイは敵の肩へ着地し、頭を掴んで膝を入れた。
赤熱した膝甲が、回収器を砕く。
「こっち向けよ、デカブツ!」
敵の肩から、新たな針が伸びた。
アシュレイは拳で根元を潰した。
飛び散った液体が頬へかかる。拭っても、指は動いた。
画面のエルゴスが顔を寄せた。
『何?装着者が違う』
同じ炎。同じ鎧。
その中にいる身体は、エルゴスが針を合わせた魔王ではなかった。
セイジが掌を床へ向けた。
氷が一気に広がる。
自分まで凍りかけ、慌てて出力を絞った。
「広すぎる……!」
敵が跳んだ。
セイジは横へ滑り、両手を開く。
掌から短い氷刃を伸ばした。二本とも、長さが揃わない。
それでも逆手に握り、伸びてきた腕を交差する刃で弾いた。
先を教える表示はなかった。
顔へ迫る拳を、最後まで自分の目で見た。
半歩、引く。
脇を通り過ぎた男の足首を凍らせ、その背をレクスの方へ押した。
「一人、行く!」
「受ける!」
レクスは構えた。
今は黄金の重装甲はない。
まともに受ければ、この薄い紫の外殻ごと持っていかれる。
背中の翅を開いた。
光が散り、彼の姿が二つに割れる。
男の拳は、左のレクスを貫いた。
右のレクスが腕を掴んだ。
腰を落とし、男を肩越しに床へ投げる。
凍った足首が氷を引きずり、身体が止まった。
階段の陰で、ヴェルミリオンが笑った。
「僕の顔で、そんな投げ方はしないでほしいな」
「顔は俺だ!」
レクスが叫び返した。
アシュレイが巨体の肩を蹴った。
火を引きながら飛び降り、レクスへ向かう別の男を殴り飛ばす。
セイジの氷がその着地点を覆った。
「三人、止めた。残り五人!」
ライガが白炎を放つ。
八人を無理に動かす胸の輪へ、炎が届いた。
氷へ縫い止められた三人の身体が震え、やがて力を失った。
アシュレイの口元が上がった。
「やれるじゃねえか」
拳を握った。
誰かに認められるために見せつけたかった力が、今は隣の三人へ届いていた。
「まだ、やれる!」
*
エルゴスの指が止まった。
巨大兵器が、一歩下がった。
その胸が開く。
『全量を送れ』
職員が端末へ縋った。
「炉が持ちません。ここには、まだ――」
『聞こえなかったか』
声は大きくなかった。
職員の肩が落ちた。
操作を始めたその手を、カイが掴んだ。
「触るな」
画面のエルゴスが、二人を見た。
金属の指が卓上を叩く。
職員の端末が暗くなり、炉の音だけが高まった。
カイは手を離した。
男を出口へ押し出す。
「他の者も連れて行け」
天井の回収機が一斉に向きを変えた。
背後には、ポルクがいた。
エルザはまだ、ネビュロスの首筋へ処置を続けている。
二人を背にカイは下がらなかった。
棚を押し倒し、二人を庇うように回収機に目をむけた。
機体の爪がすれ違いざまに背を裂いた。
「カイさん!」
ポルクの声がした。
カイは爪を掴んで破壊した。
掌から血が落ちる。
「先に、三人を動けるようにしてくれ」
ポルクは、その背を見た。
開発局の扉の向こうに取り残された時、この男はいなかった。
死ぬかもしれないと知っていた。それでも確認しなかった。
さっき、その口で聞いた。
なのに今、同じ男が、自分たちの前から動かない。
怖さは消えなかった。
許せるとも思わなかった。
それでも、持ってきたものを最後まで隠したまま、この背を見ていることはできなかった。
「エルザさん」
ポルクがケースを持ち上げた。
エルザはカイを見た。
彼の肩越しに、三人のレッドが戦っていた。
短く、頷いた。
「渡しましょう」
*
レクスが回収機を床へ叩き落とした。
セイジの氷が、その上へ重なる。
ポルクがカイの目の前へケースを置いた。
白銀の枠の中に、澄んだ核があった。
ライガの腕にあるものと、似ていた。
「あなたのゾーエです」
カイは触れなかった。
「……私の?」
「サングを、預かっていたでしょう」
エルザが言った。
「レヴェリオが離れた後も、あなたは変身した。あの時は、理由を調べている余裕なんてなかったわ」
カイは自分の掌を見た。
傷の間に、薄い光が揺れていた。
彼女がいなくなった後にも、消えなかった光。
「後から記録を調べたの。あれは、あなたに残った光だけで動いていた。だから、ライガと同じように、外から命を送られなくても戦える装置を作った」
ポルクが留め具へ触れた。
「完成はしていました。でも……渡せませんでした」
カイは顔を上げた。
ポルクは、逸らしかけた目を戻した。
「僕たちが再び、あなたに力を渡していいのか。ずっと、分からなかったんです」
巨腕が床を打った。
レクスの紫の装甲が削れ、アシュレイが横から支えた。
カイは立ち上がろうとした。
エルザが、ケースを持ち上げた。
「ここへ来る時も、ホントは置いていくか迷ったわ」
エルザは答えた
「半年、あなたを拘束中見てきたわ。そしてフロスティアでも、今も。それで昔のことが消えたとは思わない」
カイは頷いた。
「私も、簡単に消せるとは思っていない」
「ええ。だから、渡して終わりにはしない。これで何をするか、私たちは見ているわ」
カイの前に、ゾーエが残った。
かつてエルゴスから与えられた言葉を思い出した。
変えられる。君ならできる。
欲しかったものを差し出された時、自分は、その先で誰が傷つくのかを訊かなかった。
今は知っていた。
階段の陰で息を詰めている三人を。
血のついた指で、この装置を持ってきた二人を。
彼らから借りた鎧で戦う、かつての仲間たちを。
ライガが、こちらへ顔を向けた。
助けを求める声はなかった。
カイの手元を見て、頷いた。
命令でも、赦しでもなかった。
隣へ来るかを、自分に任せていた。
カイはゾーエを取った。
「私は、もう一度戦う」
左腕へ嵌める。
「決めたことを、誰かの言葉のせいにはしない」
グリムが顔を上げた。
カイは、その赤い目を見た。
「グリム、お前に許されるためでもない」
「……当たり前やカイ」
グリムの唇が歪んだ。
「俺の返事待っとったら、いつまでも過去のお前のままや」
カイは立った。
*
『カイ』
エルゴスが呼んだ。
昔と同じ声だった。
『私が与えたものを捨てて、何が残る』
カイは左腕を上げた。
掌の光が、指の傷を照らしていた。
レヴェリオの声は、聞こえなかった。
正しいと肯定する声もない。
寂しさが胸へ刺さった。
彼女がそこにいたことまで、捨てるつもりはなかった。
だが、答えるのは自分だった。
「私自身がいる」
光が腕を伝った。
胸から、肩から、全身から。
散っていた輝きが、左腕のゾーエへ集まっていく。
白銀の枠に、一本ずつ光の線が走った。
核が輝いた。
「ユナイトチェンジ!」
カイが両腕を交差させた。
光が、開いた。
深紅のスーツが手足を包む。
白銀の装甲が胸から肩へ重なり、さらに一枚、外へ開いた。かつて一枚板だった胸甲が、翼を重ねたような立体へ変わっていく。
中央に刻まれた「U」の縁を、金の光が走った。
その光は両腕へ分かれ、肘から手首まで細い刃の形を描いた。脚の装甲も踵まで伸び、白いコートテイルが膝の後ろで翻る。
顔を白銀のマスクが覆った。
十字のバイザーが蒼く灯り、額の結晶から、金の稜線が左右へ伸びる。
ライガは、その顔を知っていた。
だが、背中へ開いたものは違った。
折り畳まれた機械翼はない。
背から直接、六枚の光翼が生まれた。上の二枚は肩を越え、下の二枚は腰を包み、その間の翼が左右へ大きく広がる。
一枚ずつ角度を変えるたび、細かな光の羽が流れた。
カイが腕を下ろすと、右の三枚が剣を持つ側へ寄り、左の三枚は階段の前へ広がった。
同じ翼が、刃にも盾にもなる形だった。
神聖ユナイト。
ポルクが息を呑んだ。
何度も計算した姿だった。
だが、目の前で立っているものは、画面の中とは違った。
カイが一歩、踏み出す。
足は、崩れなかった。
*
巨大兵器の胸が光った。
炉から吸い上げた炎が、ひと筋に絞られる。
狙いは、階段の下だった。
ライガが動いた。
その横を、白銀の影が抜いた。
その前へ、最後の回収機が群がった。
カイの光翼が、六枚とも先端を向ける。
「光翼砲!」
塔で巨体を支えた光が、今度は自分の背から放たれた。
六条の光が回収機の結晶を撃ち抜く。砕けた機体が左右へ落ち、熱線との間が開いた。
カイが右手を開いた。
光が長い剣となって伸びる。
振り上げた刃が熱線を捉え、上へ逸らした。
天井が裂けた。
空から差した光の下で、カイは剣を下ろした。
「ライガ」
隣へ立つ。
「待たせた」
ライガの肩が、わずかに落ちた。
すぐに、拳を構え直す。
「ああ。行くぞ」
二人が同時に走った。
ライガの白炎が右腕を包む。
カイの光剣が左腕を斬る。
巨大兵器が両腕を開かされ、胸が露わになった。
残る五人が二人へ殺到した。
その前へ、紫の翅が広がる。
「ここだ!」
レクスが三つに分かれた。
敵の腕が幻を掴む。
本物は、その中心で腰を落とした。
二人まとめて抱え込み、セイジの敷いた氷へ叩きつける。
セイジが氷刃を床へ刺した。
走る亀裂のように氷が伸び、足と手首を順に止める。
もう、広げすぎなかった。
「アシュレイ、後ろの二人を寄せろ!」
「注文、多えんだよ!」
アシュレイが笑った。
背中の炎を片側だけ噴き、空中で身体を回す。
蹴りで一人を押し戻し、もう一人の胸倉を掴んだ。
持ち主とは違う乱暴さで、赤黒い鎧が躍った。
「借り物だって、言ってんだろうが!」
二人を氷へ投げ込む。
最後の一人が、その腕を掴んだ。
アシュレイの肘甲が剥がれた。蓄えた炎が、尽きかけている。
光剣が、その間へ差し込まれた。
腕を斬るのではなく、胸に浮かぶ輪を床へ押さえ込む。
「ライガ!」
白炎が走った。
五つの輪をつなぐ光が焼け切れた。
八人全ての動きが、止まった。
その奥で、巨大兵器が炉へ後退した。
新たな結晶が、胸へ送られていく。
「下へ逃がすぞ!」
セイジが叫んだ。
ライガが走る。
カイも続いた。
巨腕が二人を薙いだ。
ライガは下へ滑り、配管へ白炎を叩きつけた。
カイは光翼を開いて上へ抜けた。
胸へ集まる赤い炎の向こうに、画面が見えた。
白衣の男が、こちらを見上げていた。
カイは剣を両手で握った。
六枚の翼が剣の背へ重なった。
翼の分だけ刃が伸び、白銀の切先が巨体の頭上へ届く。空中で身体を支えていた光まで、剣へ移っていく。
カイの身体が落ち始めた。
下ではライガが、最後の配管を押さえていた。
「その手を、離せ」
柄を握り締めた。
「聖翼断光!」
落下する勢いごと、振り下ろした。
胸の結晶から、炉へつながる継ぎ目まで。
白い斬線が、巨体を縦に走った。
ライガの炎が、切断された管の内側を焼き抜く。
巨体が傾いた。
左右へ割れた装甲が、炉の外壁へ落ちた。
高鳴っていた音が、急に低くなった。
画面に亀裂が入る。
エルゴスは、もう微笑んでいなかった。
『その光も、いずれ――』
「取りに来いや」
階段の下から声がした。
グリムが、片膝を立てていた。
まだ立ち上がれない身体で、画面へ歯を剥いた。
「今度は、直接お前が来い。返り討ちにしたる」
炉が崩れた。
画面も、そこで潰れた。
*
警報が残った。
レクスとセイジが、外へ出る通路を確かめる。
アシュレイはグリムの前へしゃがんだ。
「乗れよ」
「背負われるほど――」
立とうとした膝が折れた。
アシュレイが腕を掴む。
「殴るのは後だろ」
グリムは舌打ちした。
その肩へ、腕を回す。
紫の外殻が消えたレクスは、ヴェルミリオンを支えた。
セイジもネビュロスの魔導書を拾い、今度は本人へ渡してから肩を貸した。
カイが倒れた八人を見た。
エルザは最も近い男の首へ触れた。
「息はあるわ。動かせる人を呼んで」
出口へ逃げかけていた職員たちが立ち止まった。
先に退いた警備兵が、門で氷に捕らわれていた四人も引き出していた。
カイが空の寝台を引いた。
「運ぶのを手伝え」
さっきまで敵だった身体は、軽くはなかった。
ライガも一人を持ち上げた。
八人の胸の輪は暗くなっていた。目は開かない。
戦いを止めたことと、彼らが元へ戻ることは、まだ別だった。
上階へ走ったポルクが、記録を移した端末を抱えて戻ってきた。
カイは最後の寝台を押し、ライガとともに外へ出た。
*
橋を渡り終える頃、施設の中央が崩れた。
煙の向こうで炉が沈み、回収機の音が途絶える。
グリムは岩へ背を預けていた。
エルザの処置を受け、ようやく指が曲がるようになっていた。
握りかけた拳を、まだ開き切れない。
アシュレイが、その前へ腕輪を置いた。
「返す」
グリムは傷を確かめた。
「……削っとるやんけ」
「お前も、よく削ってんだろ」
グリムが顔を上げる。
アシュレイは逃げなかった。
「でも、使えた」
声が、少し低くなった。
「お前の炎だって知って、借りて、俺が使った」
グリムは腕輪を手繰り寄せた。
「見とったわ」
アシュレイは頷いた。
それ以上は、何も言わなかった。
隣では、ネビュロスがセイジから腕輪を受け取っていた。
「随分、忙しい氷の使い方だ」
「君のように待っていられなかった」
「だろうな」
ネビュロスは腕輪を戻し、膝の上の魔導書を撫でた。
ヴェルミリオンは、レクスの肩にまだ手を置いていた。
「僕の外殻で体当たりする人間は、初めて見たよ」
「苦情は、立てるようになってから聞く」
「覚えておく」
レクスの口元が、わずかに緩んだ。
*
カイがマスクを解いた。
ポルクはゾーエの記録を読み終えても、すぐには顔を上げなかった。
「問題はないか」
カイが訊いた。
「装置は、大丈夫です」
少し間があった。
「……ようやく戻ってきたんですね」
カイはポルクを見た。
装置を渡すために、伸ばされた手を思い出した。
受け取った後、その人を置いていくことだけは、もうしたくなかった。
「ああ」
カイは左腕を下ろした。
「ありがとう」
ポルクは頷いた。
エルザも、彼の肩の傷を見ていた。
「変身を解いて。そこ、手当てするわ」
カイが従う。
消えた光の下には、変身前に負った傷が残っていた。
ライガは少し離れて、その様子を見ていた。
グリムの隣へ腰を下ろす。
「カイが――」
「見とった言うてるやろ」
グリムが遮った。
ライガは口を閉じた。
しばらくして、グリムが自分の腕輪を握った。
「次は、俺が殴る番や」
ライガは煙の向こうを見た。
「ああ」
*
ポルクは、回収品の搬送記録を調べていた。
次に炉へ送られるものがあるなら、止めなければならなかった。
一枚の写真で、指が止まった。
灰の上に置かれた、小さな輪の欠片。
採取地点は、リドラムのタワー跡だった。
ポルクは顔を上げた。
手当てを受けているカイを見て、もう一度、記録へ戻る。
回収日は半年前。その後、本施設を経由し、エルゴスの研究区画へ移送されていた。
最後の欄に、レヴェリオの名があった。
処置名は、個体再生。
「……カイさん」
声をかけてから、ポルクは唇を噛んだ。
何と説明すればいいか、分からなかった。
そのまま、端末を差し出した。
カイが写真を見た。
手当てをしていたエルザの手が止まる。
長い間、誰も喋らなかった。
「これは、いつのものだ」
カイの指は、写真に触れていた。
ポルクが日付を示す。
カイはその下まで読み、もう一度、同じ行へ戻った。
「再生というのは……」
「作業がどうなっているかは、この記録にはありません」
ポルクは答えた。
「彼女が戻っているのかも、まだ分かりません」
カイは頷かなかった。
最後に聞いた声が、耳の奥へ戻ってきた。
いなくなることを恐れていた彼女に、自分は何を返せただろう。
消えたと思っていた。
もう、その先で苦しむことはないと思っていた。
その後にも、あの男の手が伸びていた。
カイが立った。
エルザが包帯の端を押さえる。
「傷を閉じるまで待って」
足が止まった。
カイは彼女の手を見て、腰を下ろし直した。
端末だけは離せなかった。
ライガが隣へ来た。
「確かめに行こう」
カイの口が動いた。
声になるまで、少しかかった。
「……会えるのだろうか」
ライガは、戻ってくるとは言わなかった。
写真の下にある移送先を見た。
「ここへ行けば、分かる」
カイも、その場所を見た。
「行きたい」
グリムは二人を見ていた。
あの少女に叩きつけられた痛みまで、忘れたわけではなかった。
それでも、写真を伏せろとは言わなかった。
「場所、出せや」
セイジが端末を受け取り、地図へ移送先を重ねた。
*
セイジは、持ち出された記録を別の画面へ開いた。
回収拠点の一覧に、緊急通達の経路が残っている。
ノクタリア各地の都市名が並んでいた。
グリムが、目を留めた。
「これ、向こうにも声、送れるんか」
「接続を調べる必要がある」
セイジが答えた。
「何をするつもりだ」
グリムは、まだ震える手を握った。
「誰のもんか、教えたるんや」
ヴェルミリオンが顔を上げた。
ネビュロスも、膝の魔導書を閉じた。
「俺らの力も、生き方も、あいつのもんやない」
グリムはノクタリアの地図を見た。
「それが気に入らん世界やったら、まとめて喧嘩売ったる」
カイは新しいブレスへ手を置いた。
胸に残っているのは、自分の光だった。
彼女の返事は、そこからは聞こえなかった。
*
エルゴスは、途切れた施設の映像を閉じた。
隣には、切断される直前の白銀の姿が残っていた。
六枚の光翼を開いた、カイだった。
しばらく眺めた後、席を立った。
奥の扉が開く。
透明な槽の中に、少女の輪郭があった。
胸の内側では、砕けた輪をつなぐ細い光が、弱く明滅していた。
瞼は閉じている。
エルゴスは槽の前へ立った。
傍らの画面には、身体の形成に続く処置が並んでいた。
命令への服従。
拒絶反応の除去。
金属の指が、その二つを選んだ。
「今度は、勝手に離れないようにしよう」
少女は答えなかった。
(9話へ続く)
第8話をお読みいただき、ありがとうございます。
同じ外殻を、違う三人が纏う。そして、託すことを迷い続けた二人の手から、カイへ。
再び戦場へ立ったカイのもとに、消えたはずのレヴェリオの記録が届きます。
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