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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第5部:世界の敵編

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第5部 第7話『その炎は、お前のものじゃない』

【前回のあらすじ】

フロスティアで、ネビュロスたちはエナ、リト、ミナと向き合った。カイとレクスも、子供たちを従わせてきた側として、その言葉を受け止める。失われたものは戻らなくとも、自分の思いを口にできるようになった子供たちに見送られ、一行は旧組織の実験施設へ向かった。



※本作品の執筆にはAIを活用しています。


 山道が途切れ、谷に架かった鉄の橋が見えた。

 対岸の建物は山肌に半ば埋まり、窓がなかった。煙突だけが高く突き出し、薄い煙を吐いている。


 車を降りたグリムが、橋の途中で止まった。

 門の上から、丸い機械が浮かび上がったのだ。

 腹の下に三枚の羽。その中央に赤い結晶がある。


「……まだ、これ使うとんのか」


 機械が向きを変えた。

 グリムは欄干を蹴り、胴体を掴んだ。そのまま橋へ叩きつける。

 砕けた羽が谷へ落ちた。

 腹の結晶だけは残り、掌から漏れた熱を吸って光った。


 グリムの指に力が入る。

 その横から、氷が結晶を包んだ。


「握り潰せば、また吸われる」


 ネビュロスが言った。

 グリムは機械を放し、靴底で踏み砕いた。


「寝ようとした頃に飛んでくるんや、こいつら。やっと撒いた思うても、次の晩にはまた来よる」


 ライガが足元の破片を見た。

 グリムの炎を回収していた機械。以前、聞かされた話が形になって、そこに落ちていた。


 カイが身を屈めかける。


「触んな」


 グリムの声が飛んだ。

 カイの手が止まった。


「……結晶の型を確かめたかった」

「俺に聞いてからにせえ」


 カイは手を引いた。

 グリムはその横を通り、門へ向かった。


 ライガが半歩遅れてついていく。

 フロスティアでは、同じ教室の前で子供たちを待った。一緒に食事もした。だからといって、グリムとカイの間に何が変わったというのか。

 カイを連れてきたのは自分だ。

 そのことを、ここへ来てから思い出すようでは駄目だった。


         *


 門の警告灯が点いた。


『回収対象、確認』


 扉が開いた。

 待っていた兵士が四人、銃を上げる。


「対象のみ入れ。ほかは――」

「退け」


 グリムが銃身を掴み、横へ折った。

 殴りかかってきた兵士の腹へ肘を入れる。

 左右から上がった銃口は、紫の蝶に包まれた。


「夢幻蝶《ファントム・バタフライ》」


 鱗粉が炸裂する。

 ヴェルミリオンが笑った時には、ネビュロスの氷が兵士たちの脚を床へ縫いつけていた。

 ライガが銃を奪い、レクスが残る一人を押さえ込む。


 奥の職員が逃げた。

 アシュレイが追いつき、隔壁の閉鎖スイッチへ伸びた腕を掴む。


「中にまだ人がいるだろうが!」


 職員を壁へ押しつけ、その手から鍵を奪った。

 セイジは傍らの操作盤へ端末をつないだ。


「搬入口は開けておく。戻る道はここだ」


 グリムは返事をせず、通路の奥を見ていた。

 台車の上に赤い結晶が並んでいる。

 手を伸ばす前に、それが何か分かった。


 身体の奥が熱くなった。

 同じように、結晶の光も強くなった。


         *


 通路は吹き抜けの作業場へ続いていた。

 太い炉が中央を貫き、その周りに八つの寝台が並んでいる。

 横たわる者たちの胸に、輪が浮かんでいた。


 ネビュロスが足を止めた。

 フロスティアへ戻った兵士たちと、同じ輪だった。


 床を走る赤い光が、寝台へ流れ込んでいる。

 一人の男が腕を曲げた。指先が震え、開きかけた口から息だけが漏れた。


「何をしている」


 ネビュロスが職員へ訊いた。

 レクスに腕を押さえられた男は、炉を見たまま答えた。


「補充だ。管理者の欠損分を――」

「この者たちに、何をしていると訊いた」


 男は黙った。

 ネビュロスが寝台へ近づく。男の口が、また動いた。

 顔を寄せても、言葉にはならなかった。


 グリムは炉の前に立った。

 赤い光が、内側から彼の頬を照らしている。


「これが、溜め込んだ分か」


 ポルクが台車と炉を見比べた。


「回収した結晶を、ここへ集めています。今も、あの人たちの身体へ送っている」


 グリムは寝台を見た。

 追われて、焼き払い、また追われた。

 あの夜も、その次の夜も。眠れずに殴り返した分が、ここへ届いていた。

 知っていたことだった。

 それでも、その炎で指を動かす人間までは見たことがなかった。


 拳を握ると、炉の光が揺れた。


「……気色悪いねん」


 炉の表面に、自分の顔が映っていた。


         *


 上階の管理室で、職員が記録を消そうとしていた。

 アシュレイが椅子ごと引き離し、セイジが端末を押さえた。


「第六区への搬送記録がある。古いものも残っている」


 エセリアの名が現れた。

 フロスティアへの兵員配属。回収班の出動記録。

 ヴェルミリオンが、画面の端を指した。


「その承認者。同じ名が続いているね」


 エルゴス・シュタイン。


 カイがその文字を見た。

 覚えのある署名だった。書類を差し出す時、この男はいつも、自分で読んで決めたまえと言った。

 カイが望んだ結論へ辿り着く材料だけを、机の上へ並べて。


「開いてくれ」


 カイが言った。

 古い実験の一覧が表示される。

 その端に、村の写真があった。


「待て」


 グリムが画面へ近づいた。

 屋根の角が欠けた、小さな家。

 雨が降ると母が桶を持ち出した。うるさいと文句を言ったら、先に屋根を直してくれと笑われた。


「そこや」


 セイジが記録を開いた。

 広場に、村人が並ばされていた。

 腕を押さえる兵士。注射器。倒れた者を引きずって退ける手。


 母がいた。


 グリムの肩が上がった。

 息を吸ったのに、胸へ入ってこなかった。


 母は横を向いていた。

 肩を押さえられても、何かを捜している。

 グリムは画面の端を見た。自分は映っていなかった。

 どこにいた。あの時、どちらから母を呼んだ。


 母の身体が折れた。

 腕から火が噴いた。


 グリムの手が画面へ伸びた。

 もう一度見せられるのだと分かっているのに、目を離せない。

 炎をまとった母が走る。壁へ手をつく。石が赤くなり、穴が開く。

 その向こうに、小さな自分がいた。


『隔壁破損。逃走個体確認』


「止めろ」


 映像が止まった。

 母の手が伸びたまま、宙に残った。


 グリムは、画面の下の文字を見た。

 母を見た。

 もう一度、文字を見た。


「……これだけか」


 声が掠れた。


「おかんがしたこと、これだけなんか」


 誰も答えなかった。

 グリムの手が胸元へ上がった。

 指に引かれ、細い鎖の先から小さな銀のロケットが覗いた。表面には細かな傷が重なり、縁が少し潰れている。

 母の遺品だった。

 グリムは蓋を開けず、掌に包んだ。角が皮膚へ食い込んだ。

 握り直すほど、映像の手が遠く見えた。


         *


「カイ」


 グリムは画面から目を離さずに呼んだ。


「お前、どこまで知っとった」


 カイは、承認欄の日付を見た。

 十年前。まだ科学者と会う前だった。

 そう答えれば、事実にはなる。

 だが、グリムは日付を訊いていなかった。


「炎を回収されている魔族がいることは、知っていた。原初の火を持つ生存個体として、資料が来ていた」


「生存個体」


 グリムが繰り返した。


「君と初めて対峙した時、報告の対象だと判断した」

「せやろな」


 振り向いたグリムの顔に、驚きはなかった。


「お前だけ、初めて見る目ぇやなかった」


 カイは頷いた。

 ライガが、横から彼を見る。


「俺たちには伏せたままにしたな」

「ああ。供給側の情報は、作戦には不要だとした」

「俺が何を使って戦っているかもか」


 カイの唇が動いた。

 そうだと答えるまでに、間があいた。


 グリムが近づいた。


「俺の村を襲わせたんも、お前か」

「違う。この実験は、私が組織へ入る前だ。回収班もエルゴス側の指揮下にあった」

「ほな、お前は関係あらへんと」

「そうではない。回収された力を使い続けた。生体由来だと知っていて、供給を求めた」


「その力で、俺らを殺しに来たんやな」


 カイの視線が、グリムからライガたちへ動いた。

 かつて、そこには四つの赤いスーツが並んでいた。

 自分が命じれば、動いた。


「ノクタリアを変えるには、理想だけでは足りないと思っていた。抵抗を押し切れる力と、その力に適合する者が必要だった」


「必要やったら、奪ってええんか」


「……私は、そうした」


 グリムが一歩近づく。

 カイは退かなかった。


「魔族から精製した生命エネルギーを動力にして、奪った魔力の特性をスーツへ組み込んだ。炎は、君から回収したものを二つに分けた」


 アシュレイが顔を上げた。


「バーニングと、ブレイズか」


 カイが頷く。


「守ろうとする時の炎は、ライガに。怒りとともに噴き出す炎は、アシュレイに。扱える者を選び、それぞれに合わせて調整した」


 グリムの指が、ロケットから離れた。

 母を助けたかった。

 助けられなかったから、全部焼きたかった。

 そのどちらにも、こいつらは使い道を見つけた。


「よう、都合よく分けられたもんやな」


 エルザが口を開いた。

 一度、息を飲み直した。


「調整したのは、私たちよ」


 グリムが彼女を見た。

 ポルクも、隣で俯いていた顔を上げた。


「渡された素材とデータを使って、装着者の身体に負担がかからないように調整したの。出力を抑えて、流し方を変えて……二人が扱えるところまで」


 エルザは自分の手を握った。

 試験のたびに、装着者の脈を見た。熱に耐えられるか、神経を傷めないか。異常があれば、何度でもやり直した。

 その手で、今までグリムの傷も診てきた。


「グリム、あなたの炎だとは知らなかった。スーツの赤の正体も、あなたたちに聞いて初めて分かったの。でも、魔族を生体部品にする実験があることは、組織を出る前から知っていたわ」


 グリムの胸の火傷から、目を逸らさなかった。


「何も知らなかったとは、言えない」


「知っとって、続けたんやな」


「ええ。怖くて、黙っていたの。担当の仕事を続けていれば、それ以上は関わらずに済むと思っていた」


 エルザはカイへ向き直った。


「あなたの計画も知っていたわ。住民の意志を消して、演算に使うことまで。それでも、止めようとしなかった」


 カイは彼女を見た。

 開発局の主任。その隣にいる助手。

 今は名前も顔も知っている。治療を受ける者へ向ける声も、工具を握る手も。

 だが、当時の仕事を思い返して浮かぶのは、完成した装置と報告の数値だった。


「君たちが仕事を続けている限り、それでよかった。何を恐れているかは、確かめなかった」


「黙って働けば、私たちは安全だと思っていたわ」


 エルザの声が硬くなった。


「あの施設が爆発するまでは」


 ポルクが息を飲んだ。

 足元へ目を落とす。床は揺れていない。

 それでも、工具を抱えて座り込んだ時の振動が、膝に戻った。


「カイさん」


 呼ぶと、カイがこちらを向いた。

 それだけで、言葉が喉につかえた。


「僕たちが、まだ中にいるかどうかは……確かめたんですか」


 カイはすぐには答えなかった。


「職員が残っている可能性は、分かっていた」


「可能性じゃなくて」


 ポルクの声が、少し大きくなった。


「いたんです。エルザさんは脚を挟まれてて。僕じゃ、瓦礫をどかせなくて」


 エルザの手が動き、途中で止まった。

 ポルクは、カイを見ていた。


「誰が残っているかは、調べなかった」


 カイが答えた。


「生きて出すことより、証拠を消すことを選んだ」


 ポルクの眼鏡がずれた。

 直そうとした指が、うまく上がらなかった。


「……あなたを車に乗せた時も、思い出しました。今は何もしないって分かってても、扉が閉まる音で」


 カイの視線が下がりかけた。

 ポルクは、もう一度口を開いた。


「こっちを見てください」


 カイが顔を上げた。


「ライガさんが戻ってこなかったら、僕たち、そこで死んでたんです」


 ライガの手が握られた。

 引き出したエルザの身体の重さと、瓦礫の熱を覚えていた。

 カイは彼へ助けを求めるように目を向けかけ、ポルクへ戻した。


「ああ。君たちが死んでも構わないと判断した」


 ポルクの唇が震えた。

 返事をもらえば言えると思っていたことが、出てこなかった。


 エルザが、その隣へ並んだ。


「あなたと話していると、今もあの時のことを思い出すの。それでも、あなたが怪我をしたら診るわ。見捨てたくはないから」


 カイは、彼女の目を見た。


「でも、もう許されたとは思わないで」


「……分かった」


「私たちだって、助けてもらえたから終わり、とは言えないわ」


 エルザがグリムへ顔を戻した。


「あの施設で私たちが何をしていたか、作ったものが誰を傷つけたか。あなたたちに助けてもらっても、その事実は残っているもの」


 グリムは二人を見た。

 自分の傷へ触れる手だった。壊れるたびに、腕輪を直す手だった。

 その手が、かつて自分を殴った鎧も作っていた。


「お前らの仕事まで、カイ一人に喋らせんなよ」


 エルザが頷いた。

 ポルクも、震えの残る指で眼鏡を直した。


「はい。……僕たちが、話します」


 グリムはそれ以上、二人へ近づかなかった。

 階下の炉が唸った。

 母の手は、まだ画面の中で止まっていた。


「カイ」


 ライガが呼んだ。


「俺となら世界を変えられると思ったって、言ったな」


 カイの目が戻る。


「その適合も、含めてか」


「……ああ」


 ライガの顎が、わずかに引かれた。


「君の考えを信じたいと思った。それも本当だ。だが、適合の結果を見て、君なら私の計画を実行できると喜んだ」


「俺が、どうしたいかよりもか」


 カイは返事をしかけ、止まった。

 ライガが自分に従っていた頃は、同じ未来を望んでいると思っていた。

 違うと言われた時には、相手の方を変えようとした。


「君が私に逆らった時、私はそれを認めなかった」


 ライガは唇を結んだ。

 ここで、自分だけが利用された顔はできなかった。

 その炎を纏い、グリムへ拳を向けた感触まで、自分のものだった。


「じゃあ俺は、壊したがる奴が欲しかったからか」


 アシュレイの声が割って入った。


「怒りを力に変えられる者が必要だった」

「俺が何に怒ってても、よかったんだな」


 カイが黙った。

 アシュレイは笑いかけ、失敗した。

 自分を見つけてくれたと思っていた。初めて、ここにいていいと言われた気がした。

 それをまだ、全部嘘だったと言い切れないことが惨めだった。


 グリムへ顔を向けた。


「俺たちのスーツが、魔族の命で動いてたのは聞いてた。知らなかったなんて、今さら言わねえ」


 グリムは黙っていた。


「でも、あれで暴れて、俺は喜んでた。やっと俺にも力があるって。……お前の母ちゃんが死んだ時の怒りを、俺は」


「そこまで言わんでええ」


 グリムが遮った。

 アシュレイの喉が動く。


「俺の怒りがあったから、お前が人を焼いたんか」


「……違う」


 アシュレイの手が、ゆっくり握られた。


「俺が、焼いた」


 グリムは頷かなかった。

 その答えを聞いたまま、カイを見た。


 セイジが端末から手を離した。


「ネビュロスの力も使ったんだな」


「そうだ。保存と停止の魔力を解析したものを、君の先読みの演算に転用した」


「波長が反転していたのは、そのためです」


 ポルクが言った。

 以前、地下で気づいた一致を、今は本人たちの前で口にした。


 セイジはネビュロスへ向き直った。


「私は、君より正確に先を読めると思っていた。それで君に勝とうとした」


「覚えている」


「その仕組みまで、君から奪っていたんだな」


 ネビュロスの指が、魔導書の表紙を撫でた。


「私は、あの子たちを連れていかせたくなかった」


 セイジの目が伏せられた。


「その力で、君たちは次に誰を捕らえるかを計算していたのか」


 セイジはすぐには答えられなかった。

 昨日、ミナが星を指していた手が浮かんだ。リトの隣に座るエナの顔も。

 端末の中では、名前より先に危険度を見ていた。


「……そうだ」


 ネビュロスは目を閉じ、開いた。


「その返事を、忘れるな」


 セイジは頷いた。

 開いたままの資料へ目を戻す。供給先の欄を辿っていた指が、別の項目で止まった。


「ジャッジにも転用の記録がある。精神干渉の補助機能……元の資料はエセリアのものだ」


 レクスが近づいた。

 ヴェルミリオンも、画面を覗いた。


「へえ。僕までいるのかい」


 笑みはあったが、声は低かった。

 カイが答えた。


「君の幻惑を解析し、相手の恐怖を強め、抵抗を鈍らせる働きに変えた。ジャッジのスーツに組み込んだ」


 エルザが資料へ目を通した。


「この部分は、威圧を補助する機能とだけ説明されていたわ。誰の力なのかは、書かれていなかったの」


「怖がらせて、従わせるために?」


 ヴェルミリオンの問いに、カイが頷いた。


「……気に入らない使い方だね」


 ヴェルミリオンがレクスを見た。


「君は、どうだった。怯えて膝をつく顔を見るのは」


 レクスの肩が固まった。

 剣を掲げれば、相手は身を縮めた。

 それを、自分の判決に逆らえないからだと思っていた。


「正しい者の前だから、怯えるのだと思った」


 言いながら、唇が歪んだ。


「自分が間違っているとは、考えずに済んだ」


 ヴェルミリオンの笑みが消えた。


「僕を見て、言ってくれるかい」


 レクスが顔を上げた。


「お前から奪った力で、俺は、自分の方が正しいと信じた」


 ヴェルミリオンは何も返さなかった。

 レクスはその目から逃げず、続けた。


「だが、判決を口にしたのは俺だ。剣を振ったのも、俺だ。その仕組みを知っても、俺がしたことは変わらん」


 グリムがレクスを見た。


「せや。お前が言うたんや。俺らに、死ねってな」


「ああ」


 短い返事の後、誰も話さなかった。

 炉の低い音が、床から響いてきた。


 グリムは、部屋の中の顔を見た。

 作った二人。纏っていた四人。

 一緒に飯を食い、傷を診てもらい、背中を預けた相手ばかりだった。

 その全員が、止まった母の映像の前にいる。

 誰かが自分を苦しめようとしているわけではない。それが余計に、息苦しかった。


「力だけやのうて、こいつらの心まで、使い道で見とったんか」


 カイが口を開きかけた。


「こいつらがしたことは、こいつらに聞く」


 グリムは先に言った。


「せやけど、お前は知っとって渡したんやろ。俺らから奪ったもんで、こいつらに何をさせるかまで決めて」


 グリムは、カイの白い襟を掴んだ。

 背中が机へぶつかった。


「それで、俺らを何や思うて見とった」


 カイの目が、間近の赤い瞳を捉えた。

 以前なら、怒りで判断を誤った敵だと考えただろう。

 声を荒らげ、先に手を出す。交渉できない。管理しなければ周囲を巻き込む。

 そう判じるたび、相手の言葉を聞かずに済んだ。


「排除すべき障害だと」


 グリムの指が締まった。


「私の秩序を壊す、制御できない敵だと思っていた」

「誰が、そうした」


 カイは答えられなかった。


「俺らの村を潰して、逃げた先まで追い回して、殴り返したら今度は凶暴な魔族か。お前らの役に立つ時だけ、俺の炎やったんか」


「……私の責任だ」

「何の話しとんねん!」


 机が軋んだ。

 カイの肩越しに、母の手が見えた。

 綺麗な服。汚れていない顔。そんな姿で母の映像の前に立つこの男を、グリムは殴りたかった。


 レヴェリオと戦った時、背を向け合った。

 だから何だ。

 半年、同じ街にいた。

 それが何だ。

 今この男を前にしても、母はあの炎の中にいる。


 ライガが近づいた。


「ライガ。止める気やったら、どけ」


 グリムは睨んだ。

 ライガの手が、一度上がりかけた。

 だが、カイを掴んだ腕へは触れなかった。


「カイ。責任だと言って終わるな」


 カイが彼を見た。


「グリムが聞いていることに答えろ。何を奪ったか、まだ話しているだろ」


 ライガはグリムへ向き直った。


「カイの話を、俺が代わりに答える気はない。最後まで、こいつに聞く」


 グリムの目が細くなった。


「……俺が聞いとるんや」

「カイをかばって、お前に我慢させる方が嫌だ」


 カイが、握り込まれた襟を見た。

 ライガが間に入れば、グリムは手を離すかもしれない。

 ほんの一瞬、そう期待した。

 それに気づいて、顔が熱くなった。

 また、自分を受け入れる場所をライガに用意させようとしていた。


「私は……君が憎かった」


 グリムの視線が戻った。


「君は、私の言うことを聞かなかった。従う理由がないと、正面から言った。ライガまで、君の言葉を聞くようになった」


 カイはライガを見なかった。


「君の怒りを認めれば、私が正しいという前提が崩れる。だから、凶暴なのだと決めた。君が何を言っても、聞く必要がないことにした」


 グリムの腕が、わずかに震えた。


「この映像は、今、初めて見た。だが、見ようとすれば見られたはずだ。私が受け取ったものの前に、何があったか」


 カイの目が、母の伸ばした手へ向いた。

 燃料の報告には、母親という欄はなかった。

 なくてよかったのだ。そうでなければ、自分の手で消さなくてはならなかった。


「知らなかったままで、使いたかった」


 口にすると、喉が痛んだ。

 グリムの拳が上がった。

 カイは目を閉じなかった。


 フロスティアで、子供に嫌いだと言われた顔が重なった。

 言い返さず、そこに立っていた。

 あれを見ていなければ、殴れた。

 見たところで、許せるものは何もない。


 グリムの拳が、カイの頬の横を抜けた。

 机の天板が割れ、端末が跳ねた。


「……腹立つわ」


 腕を引いても、震えが止まらなかった。


「お前が今、何考えとるかまで、見せられなあかんのが」


 襟を放す。

 カイは机に手をついたまま、立っていた。


「仲間になった覚えはないで」

「ああ」

「お前に、おかんのことを分かった顔で言われたない」


 カイは頷いた。

 謝罪の言葉を探しかけて、やめた。

 黙っていればいいということでもなかった。答えなくてはならないことが、自分にはまだ残っていた。


         *


『よく話せるようになったな、カイ』


 声がした。

 カイの背筋が、反射的に伸びた。

 その動きを、ライガが見た。


 母の映像とは別の画面に、一人の男が映った。

 白髪を後ろへ撫でつけた、六十前後の男だった。頬は削げ、目元に深い皺がある。痩せた身体を包む長い白衣には、汚れが一つもなかった。

 黒い襟の上、右の首筋に細い金属の継ぎ目が見えた。


 男は、カイの返事を待つように微笑んでいた。


「……エルゴス」


 名前を呼ぶ前に、博士、と言いそうになった。

 六年前、論文を読んだと声を掛けてきた男。

 自分の考えを最後まで聞き、初めて、それを実現できると言った男。

 あの時と同じ顔で、画面の向こうにいた。


『襟を直したまえ』


 カイの手が動いた。

 胸元へ届く前に、止まった。


 エルゴスの灰色の目が、その手を見た。

 それから、グリムへ移った。


『君も、ようやく来たか』


「ここにおるんか」


『そこにはいない。回収の報告が来たのでね。母親の記録まで見せる予定ではなかったが』


 グリムが画面へ歩いた。


「予定になかったら、何や」


『君を逃がしたのも、予定にはなかった。あの女の行動は――』


「おかんや」


 グリムの声が低くなった。


「実験が失敗して逃げたんやない。おかんが、俺を逃がしたんや」


 エルゴスは、止まった映像を見た。

 母の手を眺め、ゆっくり頷いた。


『そうだ。あの母親は、私の兵士よりよく君を動かした』


 グリムの息が止まった。


『投薬だけでは出なかった力が、あの直後に現れた。君の反応を記録できたことには、大きな価値があった』


 画面の下の机が、焦げ始めた。


「……その口で、おかんの話すんな」


 男は怒らなかった。

 身を引きもしなかった。

 グリムがどんな顔をしても、視線を外さず見ていた。


 この男の手は、綺麗だった。

 母の手は、あんなになっていたのに。


『捕らえようとして部隊を失うより、放出した力を拾う方がよかった。君は抵抗をやめなかったからね』


「だから、何年も追わせたんか」


『得られた成果は、君も見ただろう』


 エルゴスの目が、下階の炉へ向いた。


『カイは使いこなせなかったが、無駄にはしていない』


 カイが顔を上げた。


「人を、何だと思っている」


 エルゴスは微笑んだ。


『君がそれを訊くのか』


 カイの口が閉じた。


『今は彼らに認められたいのかな。昔から変わらないね。居場所をくれる者の言葉を、君は正しいと呼ぶ』


 ライガがカイの横へ出た。

 カイは、彼へ伸ばしかけた手を握った。


「私がしたことを、この男と同じだと言われても否定できない」


 カイはグリムへ言った。

 それから、画面へ向き直った。


「だが、もうお前の供給は受けない。今、寝台につながれている者も渡さない」


『受け取る力がないだけだろう』


 エルゴスは手元へ目を落とした。


『その施設から何を持ち出すかも、君が決めることではない』


 下階で、金属音がした。

 寝台の縁から拘束具がせり上がり、八人の身体を押さえた。

 一人が身をよじった。

 声にならない息が、階段の下から聞こえた。


「やめろ」


 ネビュロスが駆け出した。

 エルゴスは彼の背を見送った。


『まだ調整中だ。連れ出して、どうする』


「お前の手から離す」


 グリムが答えた。

 胸元のロケットを、服の内へ押し込んだ。


『君の力で動いているものを、壊すのか』


「俺の炎やったな」


 腕輪へ手を当てた。


「ほな、よう見とけ。今度は何に使うか」


 赤黒い炎が床を舐めた。

 天井の蓋が開き、回収機が降りてくる。

 腹の結晶が、こちらを向いた。


「魔導展開(マギア・ブースト)!」


 溶岩のように赤熱する装甲が、グリムの身体を覆った。

 背から炎が噴き出す。

 伸ばした拳が、回収機を結晶ごと床へ叩き潰した。


「もう一欠片も、お前にはやらへん」


 グリムは手すりを越え、炉の前へ飛び降りた。


(8話へ続く)



第7話をお読みいただき、ありがとうございます。

次回、奪われた炎の行き先を断つ戦いへ続きます。

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