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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第5部:世界の敵編

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第5部 第5話『その口で、何を話す』

【前回のあらすじ】

第六区の管理者を倒した三魔王は、そこが失踪者の帰る意思まで奪う再教育施設だったと知る。管理者と故郷を襲った兵士たちは、エルゴスの実験体だった。救出した人々の迎えを待つ間、ネビュロスは実験体の術式に、自分の魔導書と同じ記述を見つける。


※本作品の執筆にはAIを活用しています。


 フロスティアへ着いた時、教室から笑い声が聞こえた。

 ネビュロスは車の扉に手を置いたまま、その声を聞いていた。


「降りひんのか」


 後ろからグリムに言われ、ようやく外へ出た。

 朝、第六区を出るまで、リドラムからの迎えを待った。帰還者を引き渡しても、自分たちが同じ車へ乗ることはなかった。エルザとポルクは残る人々の世話を引き継ぐため施設に留まり、後から合流する。

 眠った管理者と資料を積んだ二台は、日が傾く頃に北の村へ入った。


 教室の戸が開く。

 飛び出してきた子供が、ネビュロスの隣で足を止めた。


「……グリム?」

「おう」


 少年は背伸びして、顔を覗き込んだ。


「口、開けて」

「なんでや」

「火が出るところ、見たい」


 グリムはゆっくりと、ネビュロスへ顔を向けた。


「お前の生徒やな」

「そうだな」

「そうだ、ちゃうわ。誤解解いとけや!」


 少年の後ろで、二人の子が笑った。

 グリムは腰を屈め、少年の顔を見た。


「あの絵、お前か」

「見たの?」

「見たわ。俺だけ怪獣みたいに描きよって」

「強そうにしたんだよ」


 少年は、少し心配そうになった。

 グリムは鼻を鳴らした。


「ほな、次は顔も似せろ。よう見とけよ」


 少年が笑った。

 ネビュロスは、その笑顔から目を離せなかった。

 この子が口を開かない日に、グリムの話をした。怒鳴りながら食事を作ること。傷だらけで帰ってきて、人の怪我を先に気にすること。自分の話では届かなかった声が、仲間の話なら届く日があった。

 その仲間が、今、目の前で文句を言っている。


「先生も、笑ってる」


 言われて、ネビュロスは口元へ手をやった。


「君の絵がよく似ていたのでな」

「似てへん言うとるやろ!」


 また笑い声が上がった。

 教室の窓には、顔を出さない子の影もあった。

 ネビュロスはそちらへ一度目を向け、手を振るのはやめた。


         *


 荷物を下ろしていると、近くの家から女が出てきた。

 温めた湯を入れた水差しを、セイジへ渡す。


「長い道だったでしょう」

「ありがとう」


 女はネビュロスにも頷いた。

 彼が受け取ろうと手を伸ばした時、指が触れた。

 水差しが大きく揺れた。


「すまない」


 ネビュロスが手を引く。

 女はこぼれた湯を見て、首を振った。


「違うの。冷たかったから」


 女は水差しの取っ手を握り直した。


「頭では、分かっているんだけど」


 ネビュロスは頷いた。

 何が、とは尋ねなかった。

 女は彼の手を見ないようにして、家へ戻っていった。


 少し離れた軒先で、男が椅子に座っていた。

 その横の椅子にも座布団が敷かれている。誰も座っていなかった。

 ネビュロスが会釈すると、男は顎を引いた。


「帰ったか」

「ああ」

「また出るのか」


 ネビュロスは、すぐには答えられなかった。

 男は教室の方を見た。


「そうか」


 それだけ言って、膝へ目を落とした。

 グリムは隣の空いた椅子を見たが、何も訊かなかった。


         *


 管理者を運び込む先には、眠った兵士たちがいた。

 村の端にある石造りの倉庫だった。封印を解いた後、教室から遠いこの建物へ移している。

 レクスとライガが寝台へ管理者を降ろす。カイは足元を支え、毛布の端を整えた。


 ネビュロスは世話をしていた者たちへ、資料を持ち帰ったことを伝えた。


「目覚めさせる方法が見つかるかもしれない」


 椅子が鳴った。

 包帯を畳んでいた女が立っていた。


「起こすの?」


 ネビュロスは頷いた。


「なぜ襲ったのか、本人たちに――」

「ここで?」


 言葉が止まった。

 女は、寝台の列を見渡した。


「眠っているから、布を替えられたのよ。顔を見ないで済むから」


 握っていた包帯が、床へ落ちた。

 女は拾わなかった。


「その人、うちの扉を蹴ったの。忘れた顔じゃない…」


 隣の男が何か言おうとした。

 女が振り向く。


「分かってる。殺してくれなんて言ってない。でも、目を開けて、またこっちを見たら――」


 その先が出てこなかった。


 入口から、別の声がした。


「先生。俺はあんたに助けられたと思ってる」


 軒先にいた男だった。

 杖へ体重を掛け、倉庫の中を見ていた。


「女房は死んだままだが、俺は目を覚ました。あんたが凍らせなけりゃ、俺も死んでた」


 ネビュロスが男へ向き直った。


「だが、次に誰が起きるかって話を、俺たちは後で聞くのか」


 男の目が、寝台へ動いた。


「あの日から、気がついたら十年過ぎていた」


 ネビュロスは本を持ち直した。

 説明すべきことは幾つもあった。襲撃者が造られた兵士だったこと。命令を止めても意識が戻らなかったこと。その仕組みを調べれば、先へ進めること。

 だが、女はその間も寝台から顔を背けていた。


「……先に、君たちへ話すべきだった…すまない」


 男は頷かなかった。

 ネビュロスは資料を閉じた。


「ここでは起こさない」


 レクスが彼を見た。


「どこへ運ぶ」

「村の外だ。場所を借りられるか、確かめる」


 女はようやく息を吐いた。

 ネビュロスへ礼は言わなかった。

 彼も求めなかった。


         *


 レクスは床の包帯を拾った。

 泥のついた部分を畳み込む。女はまだ、寝台を見ないようにしていた。


「すまない。代わりの布は、どこにある」


 女は棚を指した。

 レクスは新しい布を取り、台へ置いた。

 礼はなかった。それでよかった。


「兵士を運ぶ。今日は起こさない」


 ネビュロスの言葉に、世話役たちがようやく動き始めた。

 レクスが寝台の横へ回ると、杖の男がその胸を見た。


「お前も、兵士か」


 レクスは立ち止まった。

 男の目が服から顔へ上がる。


「ジャスティスフェイスとかいう……」

「そうだ。名前はレクスと言う…」


 男の杖が、床を突いた。


「そうか。仲間なら、助けたいだろうな」


 レクスは寝台から手を離した。


「こいつらとは、会ったことがない」

「なら違うと?」


 男の声が荒くなった。


「俺たちに区別がつくと思うか。何て名前の組織だったか、どの兵士だったか、全部覚えていないと怒ることもできんのか」


 レクスの指が、寝台の縁を掴んだ。

 言い返そうとした言葉は、すぐ出てきた。

 ここを襲ったのは自分ではない。

 それを言った後、この男はどうすればいいのか。


「……違わない」


 男は彼を睨んでいた。


「俺も、同じように人の家へ踏み込んだ。従わない理由は聞かなかった」


 レクスは顔を上げた。


「だが、こいつを生かす理由を、お前に納得してもらえるとは思わない」

「なら、どうする」

「俺が運ぶ。目覚めた後も見張る。この村へ戻さない」


 男はしばらく黙っていた。


「できることだけ言え」


 レクスは頷いた。

 寝台へ掛ける布を取りに、棚へ戻った。


         *


 村の外の荷置き小屋を使わせてもらえると分かった。

 ライガとセイジが中を片づけに向かい、レクスはカイと運搬用の板を用意した。

 持ち帰った管理者と、最初に目覚めさせる兵士を運ぶ。他の者は、まだ眠らせておく。


 カイは板の端を布で拭いていた。

 向こうで、ネビュロスが世話役と話している。


「実験体だったと、伝えなくてよかったのか」


 カイが声を落とした。

 レクスは手を止めずに答えた。


「それを聞けば、楽になるのか」

「そういう意味ではない。本人の意思でなければ――」

「俺たちは?」


 布が止まった。

 カイが彼を見る。


「俺たちは、自分で決めて人を殺した」


 カイの手元で、布が皺になった。


「……そうだな」


 レクスは大きく息を吐いた。


「こいつらには別の事情がある。それは調べる。だが、それを俺たちの口から言って、あの人に怒るなとは言えない」


「怒るなとは――」


 言いかけたカイは、口を閉じた。

 自分が教えた再教育も、人の怒りに理由を与え、その理由ごと取り除くものだった。

 事情を説明すれば、こちらの見方へ近づくはずだと考えていた。


 板の角へ、ささくれが残っていた。

 カイは布を外し、それを削った。


「反論を、先に探していた」


 レクスは答えず、もう一枚の板を持ってきた。

 カイも手を動かした。


         *


 荷物を受け取るため、包帯を畳んでいた女が戻ってきた。

 カイが戸口を空ける。

 女は台の上から記録帳を取り、その横に置かれた名簿を見た。


「名前はないのね」


 番号が並んでいた。


「施設では、そう記録されていた」


 カイが答えると、女は一枚だけ頁をめくった。


「うちへ来た男は、自分の名前なんか言わなかった。夫の名前は呼んだのに」


 カイは女の手元を見た。


「私は、名簿を渡せば間違いなく処置できると思っていた」


 女が顔を上げた。


「誰を?」


 答えようとして、カイは止まった。

 反逆者。不適格者。再教育対象。

 いずれも、自分がつけた名だった。


「私の命令に、従わない者を」


 女は帳簿を抱えた。


「じゃあ、夫と同じね」


 カイは頷いた。

 言葉を続けられなかった。


 女は戸口へ向かったが、そこで一度振り返った。


「目が覚めたら、あの家に誰が住んでいたか、聞いて。覚えているのか、聞いてほしい」


「……分かった」


「私が会いに行くとは、言ってないから」

「会わせない。答えを、私から伝える」


 女が出ていった。

 カイは、家の場所をまだ聞いていないことに気づいた。

 追いかけようとしたが、戸口で止まった。女は片手で顔を覆っていた。

 カイはその背を見送り、机へ戻った。

 紙を出す。

 聞かなければならないことを書いた。自分が知りたいことの上に、女から頼まれた問いを置いた。


         *


 小屋への移送が終わる頃、教室から子供たちが出てきた。

 グリムを囲み、手を見せろ、炎を出せと騒いでいる。

 ライガは少し離れた井戸のそばで、水桶を下ろした。


 家の陰に、リトがいた。

 みんなを見ているが、近づこうとはしない。

 ライガが目を向けると、少年は肩を引いた。


「ここへ置いてもいいか」


 ライガは桶を指した。

 リトが頷く。

 桶を置いてから、少し離れた石段へ腰を下ろした。


「君も、絵を描いたのか」


 返事はなかった。

 ライガはそれ以上訊かず、グリムたちへ顔を戻した。


「赤い人も、火が出るの?」


 小さな声がした。


「出るよ」


 リトの手が、壁の角を掴んだ。


「今は出さない」


 ライガは両手を膝に置いた。

 少年はその手を見ていた。


「……本、燃やす?」


 ライガの指が動いた。

 あの村の屋根を、炎が走った。

 その中に何があったのか、確かめもせずに命令を続けた。


「ここでは、燃やさないさ」


 リトは頷かなかった。

 ライガも、信じてくれとは言えなかった。

 井戸の横に積まれていた本の箱を指す。


「これ、教室へ運ぶものか」


 今度は、小さく頷いた。

 ライガは立ち上がり、箱を持った。

 扉が狭く、縁をぶつけそうになる。持ち直してゆっくり通った。

 リトは家の陰から、それを見ていた。


         *


 夜、村外れの小屋で兵士が一人、目を覚ました。

 術式の確認は、昼のうちに済んでいた。

 グリムが命令の残る線へ白炎を当て、ネビュロスが閉じられた意識を戻す。暴れた腕をレクスが受け、ライガが寝台を支えた。


「抵抗する者は、処分――」


 男の口から出た声に、レクスの顔が強張った。

 同じ言葉で、誰かの訴えを打ち切ったことがあった。

 黙れ、と言いかけ、歯を食いしばる。


「押さえている。続けてくれ」


 ネビュロスの指も震えていた。

 やがて胸の輪がほどけ、男の身体から力が抜けた。


「……いたい」


 レクスが腕を緩める。

 それでも、しばらく目を離せなかった。

 男の声は、もう教義を繰り返していなかった。


 カイが椅子を引いた。


「命令を、ください」


 男が彼へ言った。

 カイは持っていた紙を伏せた。


「何が要る」


 返事が来るまで待った。

 待つ間、男が唇を動かすたび、続きを言ってやりたくなった。


「水」


 カイは立ち上がった。

 杯を満たして戻り、一口ずつ飲ませた。

 問いを書いた紙は、その夜は開かなかった。


         *


 小屋の見張りをレクスとライガに任せ、ネビュロスは村へ戻った。

 世話役の女が、教室の前で待っていた。


「エナが、食べられなくて」


 ネビュロスは本を鞄へしまった。

 世話役について、二人の暮らす家へ向かう。


 エナの椀には、手がつけられていなかった。

 リトも食べずに、姉の隣へ座っている。


「入ってもいいか」


 リトが小さく頷いた。

 ネビュロスは向かいの椅子へ座った。


「兵士のことを、聞いたのか」


 エナの肩が動いた。


「村の外にいる。ここへは来させない」


 彼女は唇を噛んだ。

 リトが、姉の袖へ手を伸ばした。


「私、ちゃんと言えるよ」


 エナが言った。


「……何をだ」


 両手が、膝の上に揃った。


「私の両親は、反逆者です」


 ネビュロスの背が強張った。

 リトの手が止まっていた。


「反逆者は――」

「言わなくていい」


 エナが息を止めた。

 声を強くしてしまったことに気づき、ネビュロスは腰を浮かせかけた身体を椅子へ戻した。


「もう、続きを言わなくていい」


「忘れてないの」


 エナの声が崩れた。


「忘れたいのに、全部言える」


 リトの顔を見て、彼女は口を押さえた。


「違う。今の、違うから」


 リトは何度も頷いた。

 だが、顔を上げられなかった。


「……姉ちゃんの声だから」


 ネビュロスは膝の上で手を握った。

 兵士の中から命令を取り除いた時と、同じ手だった。

 ここでは、何に触れればいいのか分からなかった。


 エナの椀は冷めていた。

 リトの分も、同じように。


 ネビュロスは外套を脱ぎ、椅子の背へ掛けた。

 今夜は、ここにいる。

 そのことだけを決めて、二人の向かいへ座り直した。


(6話へ続く)

第5話をお読みいただき、ありがとうございます。

フロスティア編は、次回へ続きます。

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