第5部 第2話『悪党は、この街を出ていく』
【前回のあらすじ】
半年ぶりにリドラムへ揃った仲間たちは、エセリアの連行被害者とリドラムの行方不明者が、旧組織の再教育施設へ送られていたと突き止めた。三魔王が最初の村へ向かったのも、施設から逃げた者の噂を追ってのことだった。捜索へ動き出そうとした矢先、五人のレッドによる村の襲撃映像が街中へ流される。住民の怒りは、広場に立つライガたちへ向けられた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
殴られた男が、店先の椅子へ倒れ込んだ。
ライガを庇って声を上げた住民だった。椅子を掴んで立とうとするその胸元へ、別の男が手を伸ばす。グリムは横から腕を掴み、二人の間へ身体を入れた。
「そいつ殴って、何になる」
「放せ! あんなものを見ても、まだこいつらを庇うんだぞ!」
「せやからって、同じ街の人間を殴るなや!」
男は腕を振りほどこうとしたが、グリムの指は動かなかった。背後で椅子が鳴り、殴られた住民が立ち上がる。
「俺は、助けてもらったと言っただけだ。何がおかしい!」
「おかしない。助かったんはほんまやろ。せやけど、それで怒っとる奴の口まで塞ぐな」
グリムは二人の顔を順に見た。
「腹立つんは分かる。俺も、あいつらに殺されかけた側や」
「だったら、なんで一緒にいるんだよ」
掴まれた男が、ライガを顎で示した。ライガは少し離れたところで、別の住民に囲まれている。問いに答えようとするたび、別の声が重なっていた。
「こいつらが今、何をしとるかも見たからや。許せとは言わん。せやから、殴るのはやめろ」
男はグリムを睨み、やがて腕の力を抜いた。グリムも手を離す。殴られた住民は口の端を拭き、唾に混じった血を見た。礼は言わず、店の中へ入っていった。
その向こうから、別の声が上がった。
「カイはどうした! 命令した奴を出せよ!」
広場の奥で人が動き始めた。画面を見上げていた者まで、つられて通りへ向かう。グリムが止めようと歩き出すと、先ほどの男が袖を掴んだ。
「あいつにも会わせないつもりか」
「今押しかけて、何を聞くんや」
「会ってから決める!」
男が掴んだ袖を放し、人の流れへ加わった。
広場の外れには、立て直したばかりの石碑があった。補修した目地はまだ白く、低い台座には子供たちが塗った花が並んでいる。その脇を、人々が肩をぶつけながら通り抜けていった。
*
ライガの通信機が鳴った。
『カイの拘束先だ。正面の扉を破ろうとしている! 止めた見張りも殴られた。応援を頼む!』
何かにぶつかる音がして、声が途切れた。カイの見張りだった。
ライガは周囲へ道を空けてくれと頼み、レクスへ顔を向けた。レクスはすでにアシュレイを呼んでいる。
「カイのところへ行く。見張りが危ない」
「分かった。こっちだ」
レクスが人の間へ入り、アシュレイとともに道を開けた。途中でライガの上着を掴んだ者がいたが、ライガはその手を外すだけに留めた。
「逃げるのか!」
「入口で人が殴られている。止めに行く」
怒鳴り返す声を背に、三人は通りを曲がった。
カイが拘束されている建物は、すでに十数人に囲まれていた。見張りの一人が壁へ押しつけられ、もう一人が扉を背にして立っている。中へ入れろと叫ぶ男の手には、短い棒があった。
アシュレイが男の手首を押さえ、棒を壁際へ向けた。その間にレクスが見張りを引き出す。
「お前らまで邪魔するのか!」
「棒を下ろせ。話はそれからだ」
アシュレイが手首を離さずに言った。ライガはもう一人の見張りへ近づき、扉を開けるよう頼んだ。住民が一緒に押し入ろうとしたため、ライガとレクスが肩を並べて入口を塞ぐ。
内側から鍵が開き、三人と見張りが廊下へ入った。すぐに扉を閉めると、外から拳で叩く音が続いた。
「怪我は」
「口を切っただけだ。奥にも一人いる」
見張りが血を拭いながら答えた。アシュレイは奪った棒を廊下の隅へ置き、扉の前へ戻る。レクスは窓から外を確かめ、ライガはカイの部屋へ急いだ。
*
グリムは、カイの拘束先へ向かう人々の前へ回り込んだ。
「待てや! 見張りまで殴ってどうすんねん!」
「お前らが隠すからだろう!」
「隠さへん。話はさせる。せやから、いっぺん止まれ!」
前にいた男は足を止めた。だが、後ろから押され、グリムの胸へぶつかった。さらに肩越しに腕が伸び、コートを掴んだ。
「だったら今すぐ連れてこい!」
「こんな状態で出せるか!」
「やっぱり庇うんじゃないか!」
別の場所で悲鳴が上がった。グリムが振り向くと、女が地面へ倒れていた。抱いていた子供を庇い、背を丸めている。ネビュロスが人波へ割って入り、親子を引き起こした。
「子供がおるやろ! ちょっと下がれ!」
グリムは胸元の手を外し、押し合う住民の間へ身体をねじ込んだ。やっと親子の通れる隙間ができたところへ、石が飛んできた。
店の窓が割れた。
「中へ隠したぞ!」
「違う! あそこにおるんは――」
戸口へ走ったグリムの前で、先ほど殴られた住民が娘を抱き寄せていた。割れたガラスの上に、二人でしゃがみ込んでいる。
グリムは開きかけた口を閉じた。背後では、今度は石を投げた者を誰かが怒鳴りつけていた。また殴り合いが始まる。
自分たちがここにいる限り、庇う者まで巻き込まれる。
「グリム!」
戻ってきたエルザが、腕を掴んだ。
「ライガたちも建物の中へ入った。このままじゃ出られなくなる」
「……車を回してくれ。全員、街を出る」
「カイは?」
「置いていけるか」
エルザは頷き、セイジとポルクを呼んだ。グリムは通信機を握った。
「ライガ。裏へ車を回す。カイも連れて出ろ」
『分かった。お前たちは?』
「こっちも行く」
通信を切ると、目の前に住民が立っていた。
「今、カイもって言ったか」
「ああ。連れていく」
「ふざけるな! あいつを逃がしていいわけがないだろ!」
男の肩越しに、何人もの顔が見えた。一緒に飯を食った顔。仕事のあと、酒を酌み交わした顔。その向こうでは、割れた窓を店主が板で塞いでいた。
グリムは通信機をしまった。
「レッドどもを仲間にしたんは俺や」
声を張ると、通りへ向かっていた者まで振り返った。
「この街に居座らせたんも、カイを渡さへんと決めたんも俺や。元凶を探しとんのやったら、ここにおるぞ」
「……お前が、全部決めたっていうのか」
「そうや。俺が連れていく」
グリムへ罵声が飛んだ。何人もが詰め寄り、胸を突いた。グリムは押し返さず、男たちの顔を見据えていた。
「今まで俺たちの前で、どんな顔して暮らしてたんだ!」
「お前が決めたなら、取り消せよ!」
「断る」
グリムのコートを掴んでいた手が止まった。
「もう決めた。誰に何言われても、あいつらは渡さへん」
「そんな勝手が通るか!」
男がグリムを押しのけようとした。その後ろからも人が押し寄せる。横を抜けた住民が、カイの拘束先へ走り出した。
「全員で囲め! 逃がすな!」
グリムは胸元の手を払い、身を捻った。
すぐ脇に、人の途切れた石碑があった。裏手は空き地だった。
右腕に炎が噴いた。その赤い光の向こうで、子供と目が合った。
昨日、台座に花を描いていた子だった。母親の服を握り、今にも泣き出しそうな顔で、グリムを見ていた。
グリムの眉が、ほんの一瞬だけ下がった。
拳を振り抜いた。
轟音とともに、石碑が砕け飛んだ。
花の描かれた台座まで裂け、巨石が裏手の空き地を抉った。足元を突き上げる衝撃に、人々が膝をつく。広場へ跳ねた破片は、せり上がった氷に突き刺さった。ネビュロスが手を伸ばしていた。
ヴェルミリオンが倒れかけた住民の襟を掴み、粉塵の外へ引き戻した。
カイのもとへ走っていた者たちも、足を止めていた。
グリムは砕けた台座から拳を抜いた。
石を運んだ時、ここで腰をさすって笑っていた石工が、地面に座り込んでいた。グリムが向き直ると、両手をついて後ずさった。
「……本気やと分かったか」
グリムの声に、石工の肩が震えた。
「お前、俺たちの味方じゃ……」
「お前らの言う通りに動いたる約束なんぞ、してへん」
拳に残る炎が、グリムの顔を照らしていた。
「俺は、俺が決めたことを通す。カイもレッドどもも、ここでは死なせへん」
「人殺しまで庇って……お前も悪党じゃないか!」
グリムは、その住民へ顔を向けた。
「せや。俺は悪党や」
グリムは口の端を吊り上げた。
「流れてくる話まで管理されとったこの街じゃ、知らんかったか。俺ら三人、巷じゃただの悪党や済まへんで」
炎の残る拳を握り、住民たちを見渡した。
「――魔王て呼ばれとんねん」
誰かが、ネビュロスとヴェルミリオンへ目を向けた。グリムはその視線を遮らず、続けた。
「世界中があいつらを殺せ言うても、俺が嫌やったら渡さへん。それで敵になるんやったら――何遍でも、なったるわ」
子供の泣く声がした。グリムは振り向かず、住民たちへ一歩踏み出した。
人の輪が退いた。
「止めたかったら、俺を倒してからにせえ」
地面に落ちていた棒へ、誰かが手を伸ばしかけた。グリムが見下ろすと、その手が引っ込んだ。
広場の端から、「出ていけ」と声が上がった。別の声が重なった。今度はレッドたちだけでなく、グリムの名が叫ばれていた。
グリムは背を向けた。
「行くぞ」
「君に言われなくても」
ヴェルミリオンが隣へ並んだ。その向こうにも同じ姿が現れ、さらに通りの出口にも立った。追おうとした住民が、足を止める。
「僕たち三人、まとめて覚えておいてくれたまえ」
ネビュロスの足元から氷が走った。住民と三人の間を横切り、低い壁になる。落ちていた棒が氷に挟まれ、乾いた音を立てて折れた。
グリムは足を止めなかった。
*
カイの部屋でも、破壊の音は聞こえた。
窓ガラスが震え、ライガが広場の方を見た。通信機から、グリムの声が届く。
『こっちは止めた。出せるか』
「今から出る」
ライガが腕を取ろうとすると、カイは椅子の背へ手をかけた。
「私は出ない。ここを出れば、逃げたことになる」
「外を聞け。今、お前を話し合いのために呼んでいる声か」
正面の扉が大きく鳴った。廊下でアシュレイが何か叫び、続いて見張りの苦痛の声がした。
ライガは扉の方へ顔を向けた。レクスが廊下から戻り、短く報告する。
「扉の隙間から手を入れられた。見張りは下げた。裏口へ急ごう」
カイは立ち上がったが、出口へ向かわなかった。
「君たちまで、私を逃がしたと言われる」
「もう言われている」
ライガはカイの腕を掴んだ。
「お前がここで殺されたら、聞けなくなることが増えるだけだ。来い」
カイが腕を引こうとしたため、ライガは身体ごと向きを変えさせた。レクスが先に廊下へ出て、裏口までの道を確かめる。
正面を押さえていたアシュレイも、見張り二人を下がらせて戻ってきた。もう一人の見張りが、奥の部屋から鍵を持って出てくる。
「こいつらのために、ここまでやるのか」
唇を切った見張りがライガを見た。ライガは立ち止まらず、答えた。
「あんたたちも裏から出てくれ。ここを守らなくていい」
レクスは見張りへ連絡先を書いた紙を渡した。
「身柄は俺たちが預かる。移動先は連絡する。逃がすなと言うなら、俺の名前も残してくれ」
見張りは紙を受け取ったが、頷かなかった。鍵を開けると、まず負傷した仲間を外へ押し出した。
裏口の先には、エルザの車が来ていた。ポルクが後ろの扉を開け、カイを迎えようとする。カイがまた足を止めたので、アシュレイが反対側の腕を取った。
「今さら座り込むな。歩けるなら歩け」
カイは顔を歪めたが、二人に挟まれて車へ進んだ。ライガが先に後部座席へ入り、カイを中央へ座らせる。レクスが反対側へ乗り、ポルクは助手席へ回った。
アシュレイは扉を閉め、裏口から出た見張りたちが路地の奥へ離れるのを確かめた。その時、建物の角を曲がってきた住民が車を見つけた。
「カイだ! 逃がすな!」
エルザが車を出した。走り寄った男が後ろの扉へ手を伸ばしたが、アシュレイが間に入り、肩を押さえて止める。
「車にしがみつくな! 轢かれたいのか!」
男を壁際へ退かせると、アシュレイは待っていたセイジの車へ飛び乗った。閉じた扉を拳が叩き、セイジが速度を上げる。
「三人は?」
「広場の西側だ。先頭の車を通してから拾う」
セイジは前を見たまま答えた。
*
グリムたちは、広場の西へ下がっていた。
氷の壁を越えてくる者はいなかったが、通りの両側から回ろうとする人影は見える。ヴェルミリオンがそちらへ視線を向けると、同じ姿の幻影が路地の出口に現れた。
「そちらも、通さないよ」
路地へ入った男たちが立ち止まった。広場のヴェルミリオンと、目の前に立つヴェルミリオンを見比べ、足元を確かめるように後ずさる。
ネビュロスはグリムの横で短く通信を入れた。フロスティアへ戻る予定が変わったこと、生徒たちを引き続き頼むことだけを伝え、すぐに通話を終える。
グリムの通信機に、ポルクの声が届いた。
『カイさんを乗せました。今、店の横です』
グリムは振り返った。店主が店の脇にある荷入れ用の門を開けている。正面の通りは人で塞がれていたが、その先の細道には、誰もいなかった。
「こっちだ! ゆっくり入れ!」
店主の声に従って、エルザの車が曲がった。窓の向こうでライガが顔を上げる。店主は彼を見ても笑わず、手だけで進めと示した。
続く車が見えた時、住民の一人が叫んだ。
「本当に逃がす気か! この街はどうなる!」
グリムはそちらへ顔を向けた。
「カイは俺が連れていく。取り返したけりゃ、俺を追え」
「壊した物は、そのままか!」
グリムは砕けた石碑へ一度だけ目を向けた。
「俺が壊した。忘れんとけ」
車のエンジン音が近づいた。グリムは通りへ出て、待ち構えていた住民の前に立った。ヴェルミリオンたちを先に行かせ、自分はそこを動かなかった。
先頭の車が細道へ消え、セイジの車が三人の横へ止まった。アシュレイが助手席から降り、後ろの扉を開ける。ネビュロス、ヴェルミリオンの順に乗り込み、グリムだけが外へ残った。
彼の足元へ、小さな石が転がってきた。顔を上げると、投げた男が次の石を握っていた。
「魔王だろうが何だろうが、二度と戻ってくるな!」
グリムは男を見た。男の手が止まり、石が指の間から落ちる。
グリムが車へ乗ると、アシュレイは扉を閉めて助手席へ戻った。店主が門の脇へ退く。
「早く行け」
グリムは窓越しに店主を見たが、車が動き出し、柱の陰に姿が隠れた。
細道を抜ける間、誰も話さなかった。石畳の段差で車が揺れるたび、ヴェルミリオンが膝の上の鞄を押さえた。ネビュロスは後ろを見て、ついてくる者がいないか確かめている。
最後の家並みを越えると、暮れかけた街道が広がった。前方ではエルザの車が道を外さずに進んでいる。セイジはその後ろにつき、リドラムから離れていった。
*
街が見えなくなった先で、二台は短く停車した。
エルザが車体を確認する間も、レクスはカイの隣を離れなかった。ポルクは地図を広げ、夜間に通れる道を確かめている。
ライガが後続の車へ来ると、グリムは外で右手を布で拭いていた。指の付け根に白い石粉が入り込み、なかなか落ちなかった。
「手は」
「何ともない。あんな石で怪我するかい」
ライガは頷いたが、車へ戻らなかった。グリムが顔を上げる。
「何や。まだ言いたいことあんのか」
「お前一人の責任にするな」
グリムの手が止まった。
「街を出ると決めたのはお前だ。だが、カイを引きずり出して車に乗せたのは俺だ。命令されただけで済ますつもりはない」
「……ほな、お前も共犯や」
「そのつもりだ」
グリムは口元だけで笑い、汚れた布をポケットへ押し込んだ。車の中からヴェルミリオンが顔を出す。
「二人で話をまとめないでもらえるかな。僕たちも同じ車に乗っているんだけれど」
「分かっとるわ」
グリムが答えると、先頭の車からエルザが声をかけた。
「出せるわ。先に街道を進んで、安全な場所で休みましょう」
ライガは自分の車へ戻った。乗り込む前に一度リドラムの方を見たが、曲がった道と丘に遮られ、明かりは見えなかった。
カイが座席から顔を上げた。
「どこへ向かう」
「お前が教えた施設だ。まず、そこへ続く道を進む」
ライガが扉を閉めると、エルザは車を発進させた。
後ろではグリムが座席へ背を預け、膝の上で右手を開いたり閉じたりしていた。ネビュロスが見たが、何も尋ねなかった。
二台の車は、暮れ残る空の下を東へ走った。
(3話へ続く)
第2話をお読みいただき、ありがとうございます。
半年を過ごした街を、悪党として離れることになった一行。グリムたちが壊したものも、レッドたちが問われる過去も、そのまま残っています。
次回は、再教育施設へ続く道を進みます。評価・ブックマーク・感想をいただけると励みになります。




