第4部 第14話『救われる側の言い分』
【前回のあらすじ】
第六居住区から脱出したライガは、リドラムの救護所で仲間たちとの再会を果たした。持ち帰った二枚の記録は、連行された人々と古い組織を結ぶ手掛かりだった。しかし、街ではレヴェリオの断罪が続いている。傷ついたライガたちは治療を進めながら、カイを取り戻す方法を探り始めた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
「兵士の名前は、知らないんです」
広場で、配給の袋を抱えた女が答えた。
レヴェリオの前に立たされてから、同じことを三度言っていた。
「顔は覚えている?」
「何人も来ましたから……」
「ここにいる者の中には?」
レヴェリオが元兵士たちへ顔を向けた。
女もつられて見たが、すぐに目を伏せた。
「分かりません」
「怖がらなくていい。君が話したことで、誰かに傷つけられることはない」
女は袋を抱え直した。
「家に子供を置いてきたんです。帰らせてください」
「その子のためにも、確かめておこう」
レヴェリオは、兵士に書かせた名簿を女へ見せた。
女は受け取らなかった。
救護所の入口で、レクスが口を開いた。
「今、話せることはないと言っている」
「君には聞いていない」
「帰りたいという言葉は聞いただろう」
レヴェリオはレクスを見た。
「ここで帰して、後からあの人だったと思い出しても、逃げられていたら遅い」
「覚えていない者に答えを迫れば、誰かの名前を言わせるだけになる」
女が小さく頷いた。
レヴェリオの視線が戻ると、慌てて下を向く。
その様子を見ていた父親が、救護所から出てきた。
「その人を帰してやってくれ」
女の前まで来て、レヴェリオに向き直る。
「俺も息子のことで話がある。だが、ここで誰かを指さしたいわけじゃない」
「連れていった者を知る必要はあるよ」
「知りたいさ。どこへ連れていったのか、帰すにはどうすればいいのか。それを聞きたいんだ」
「そのために、関わった者を集めている」
父親は演台の毛布を指した。
「あの人からは、もう聞けないだろう」
レヴェリオは答えなかった。
広場の後ろで、誰かが「でも、あいつは」と言いかけた。父親が振り向くと、言葉は止まった。
「俺は、あいつが何もしてないなんて言ってない。あいつを許してくれとも頼んでない」
父親はレヴェリオへ顔を戻した。
「俺の話を聞くと言ったなら、最後まで聞いてくれよ」
*
治療室では、ライガが寝台に座っていた。
ポルクはグリムのカプセルの表示を確認してから、ライガの腕のサングへ測定用の端子を当てた。
「通信と認証は動いています。でも、変身に必要な出力がありません」
ライガは右手を開いた。
タワーでは、ここから白い炎が上がった。
今は、包帯に覆われた指がわずかに曲がるだけだった。
「……出ないな」
「無理に力を込めないでください。傷が開きます」
ポルクが測定器を外す。
「タワーでは、白炎がサングに入ってから変身できたんですよね」
「ああ」
「だったら、装置だけ動かしても……」
「神聖バーニングレッドには、なれない」
ライガは自分で言い、腕を下ろした。
怒りはある。カイを助けたい気持ちも変わっていない。それでも、炎は出なかった。
外で、父親の声が大きくなった。
「帰りたいと言ってるんだ! 答えられないから帰すなって、おかしいだろう!」
ライガは顔を上げた。
エルザが入口へ向かい、アシュレイも立つ。
「俺も行く」
ライガが寝台から脚を下ろした。
アシュレイは一瞬睨み、机の椅子を持ち上げた。
「入口までだ。座って話せ。それ以上は動かせねえぞ」
「分かった」
*
エルザは女のそばへ行き、子供の年齢を尋ねた。
女が答える途中で、レヴェリオが名簿を下げた。
「話は、まだ終わっていない」
「その子が一人で待てるか、確かめているの」
エルザは女の肩へ手を添えた。
ライガは入口の椅子に腰を下ろし、レヴェリオを見た。
カイの顔だった。こちらへ向ける目も、声も、よく知っているはずの身体から出ている。
「カイ」
レヴェリオが振り返った。
「私に話して、ライガ」
「お前がそこにいるのは分かっている。カイにも聞こえるか、確かめたい」
「彼は答えないよ」
「答えられないようにしているのか」
レヴェリオは名簿を脇の兵士へ渡した。
ライガの前まで来ると、椅子に座った彼を見下ろした。
「彼は、最後まで自分の正しさを保てなかった。今ここで必要なのは、迷うことじゃない」
「タワーで、あいつは俺に聞いた。自分の選択が正しかったのか、と」
「だから、苦しんだ」
「自分で考えようとしたんだ」
ライガは顔を上げた。
「俺は、その続きを聞いていない」
レヴェリオの眉が動いた。
「カイ。お前を、考えられる場所に連れて帰りたいと言ったな」
ライガは、目の前の顔へ呼びかけた。
「俺は戻った。お前も戻ってこい。答えは、戻ってから聞く」
「もういい」
レヴェリオが右手を伸ばした。
ライガの襟元をつかみ、椅子から引き上げようとする。
その右手首を、彼女自身の左手がつかんだ。
レヴェリオが下を見た。
ライガも、アシュレイも、その手を見ていた。
左手の指が強く食い込み、右腕を引き戻す。
襟元をつかんでいた指が緩んだ。
「……離して」
レヴェリオは、自分の左手へ言った。
次の瞬間、ライガの身体が椅子ごと後ろへ押された。
アシュレイが背もたれをつかんで支える。椅子の脚が戸口の段差にぶつかり、止まった。
レヴェリオは両手を離した。
左手を握り、開き、もう一度握る。
今度は、思い通りに動いていた。
「カイなのか」
ライガが尋ねた。
返事はなかった。
アシュレイがライガの前へ立つ。レクスも椅子の肘掛けを握ったが、立ち上がる前にエルザが肩を押さえた。
「彼を奥へ」
エルザが言った。
レヴェリオはライガを見つめていた。
やがて入口の端末に気づき、その向こうにも聞こえる声で告げた。
「君たち全員から、話を聞く必要があるね」
*
レヴェリオが撮影装置へ戻る間、書記をさせられていた兵士は、命令者の欄を見つめていた。
自分が書いた「カイ」という名前。その名の男と同じ顔が、今は命令に従った者たちを裁いている。
「……本当に、カイ様ではないのか」
隣の兵士にだけ聞こえる声で尋ねた。
「レヴェリオと呼ばれているだろう」
「それは聞いた。だが、俺はあの顔を知っている。別の名で呼ばれたからって……」
兵士は演台の毛布へ目を向け、口を閉じた。
さっきから、本人に尋ねる言葉を考えていた。だが、処刑を止めようとした者たちまで倒されるのを見て、声を出せなかった。
「この命令を出したのも、あの方なんだぞ」
「分かってる。声を落とせ」
隣の兵士も、レヴェリオから目を離さなかった。
正体に納得して従っているわけではなかった。今は、命じられた作業を止めることさえ怖かった。
レヴェリオが振り返った。
「各地からの返答を読んで」
呼ばれた兵士は立ち上がった。
机に残した紙から、カイの名前は消さなかった。
記録を集めているという街があった。
指揮をしていた者がいなくなり、命令書を誰が持っているか分からないという返答もあった。
今から向かっても、リドラムへの到着は翌日以降になるという連絡が続いた。
「返答のあった街を、全部つないで」
レヴェリオが命じた。
兵士が操作すると、受信表示が順に灯った。
「二日後の正午。ジャスティスタワーの跡で、命令した者たちの話を聞く」
広場の住民が顔を上げた。
「ここでは、命令に従ったという答えばかりだった。なら、その命令を出した者を同じ場所へ集めよう。食い違うなら、本人たちの前で確かめる」
レヴェリオは、崩れたタワーの方角を指した。
「彼らは、あそこから君たちの暮らしを決めていた。今度はそこで、自分が何をしたのか話してもらう」
ライガは、アシュレイに支えられたまま聞いていた。
タワーの崩壊で終わったはずの支配を、彼女は裁きの形で続けようとしている。
「命令書、搬送記録、拘束した者の名簿を持ってきて。間に合わない街は、先に写しと担当者の名前を送りなさい」
レヴェリオは撮影装置へ向き直った。
「名前を消したり、記録を焼いたりしないで。拒んだ者には、私が会いに行く」
脇に立っていた兵士が、書類を持つ手を震わせた。
レヴェリオはその兵士を見ず、救護所へ呼びかけた。
「レクス。セイジ。アシュレイ。ライガ。君たちも来て」
レクスが顔を上げる。
「俺たちが話すことと、街の者を閉じ込めることは別だ。帰してくれ」
レヴェリオは広場を見渡した。
残っているのは、答えられない住民と、同じ上官の名前を繰り返す兵士たちだった。
「住民は帰っていい。証言したい者の話は、引き続き受け付ける」
女が、エルザの腕をつかんだ。
エルザは頷き、通りへ付き添った。
「兵士は残って。関わった場所と命令者を、まだ書き終えていない」
帰りかけた元兵士の一人が足を止めた。
その隣を、住民たちが黙って通り抜けていく。
レヴェリオは、ライガへ視線を戻した。
「君が持ち帰った移送記録も出して。あの場所へ人を送った者を捜す。その後で、君には戻ってきた地点を示してもらう」
「その記録は、家族を捜すためにも使う」
「調べればいい。二日後には、タワー跡へ持ってきて」
レヴェリオは演台の端に片手を置いた。
「来なければ、ここで話を聞く。治療室にいても、同じことだよ」
彼女の指の下で、石の角が崩れた。
押し潰された破片が足元へ落ちる。
誰も、その言葉を単なる呼び出しとは思わなかった。
*
救護所へ戻ると、ライガは寝台に横になった。
エルザが傷口を確認する間、アシュレイは端末へ向かった。
「見えたか、今の」
『腕は見えた。左手が右腕を止めたな』
セイジが答えた。
『声は彼女のものだった。カイ本人だと断定はできない』
「でも、あいつ自身が驚いてた」
『ああ。彼女の意思と違う動きが起きた。その記録は残せた』
ライガは、自分の襟元を見た。
あの手は、引き上げようとした右腕を止めていた。
「カイが残っている可能性はある」
「あるねぇ」
ヴェルミリオンが答えた。
「ただ、次に呼んでも止まるとは限らない。今のを頼みに正面から近づくのは、やめておこうか」
「分かっている」
ライガは頷いた。
端末の向こうで、ネビュロスが口を開いた。
『私たちも戻る。生徒たちの封印を確かめてから出る』
『記録の照合は、移動中も続ける』
セイジが続けた。
『エルザ。到着したら、彼にも治療を受けさせてくれ。右腕を使わずに済ませているだけで、治ったわけではない』
「準備するわ」
エルザはポルクへ向き直った。
「残りのカプセルも点検して。使える状態にして、治療を回す。グリムは途中で出さない」
「はい」
ポルクは作業用の端末を取った。
エルザはライガとヴェルミリオンを順に見た。
「タワーの時は、途中で切り上げて戦わせた。今回は、できるところまで傷を治す。ただし、動けるようになったからといって、力を全部使えると思わないで」
ライガが腕のサングを見た。
「俺には、白炎も必要だ」
「それは治療だけでは戻せない。まず、身体を立て直す」
ライガはサングを外さず、腕を寝台へ戻した。
カイをシグマスーツから解放した時、白炎は装甲を焼き切った。その力が、今度もカイを傷つけずに届くのか。
炎を出せない今は、それを確かめることさえできない。
グリムのカプセルから、一定の間隔で機械音がしていた。
隣の寝台では、ヴェルミリオンが検査のために袖をまくっている。
レクスが入口から声をかけた。
「住民の行き先は、俺たちで確かめる。カプセルを使う者は、そっちを優先してくれ」
「お前も座ってやれよ」
アシュレイが椅子を運んでいく。
外では、レヴェリオが次の街へ同じ日時を告げていた。
受信表示が増えるたび、断罪の知らせがノクタリアへ広がっていく。
エルザは紙に「二日後・正午」と書き、治療室の壁へ留めた。
ライガはその文字を見た。
そこまでに、身体を治す。
白炎を取り戻し、カイへ届く方法を見つける。
「ポルク。変身した時の記録も、残っている分を見せてくれ」
「用意します。治療を受けながら、見られるようにしますから」
ライガは頷き、差し出された検査用の腕帯に左腕を通した。
(第15話へ続く)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
助けてほしいという願いと、罰してほしいという願いは、必ずしも同じではありません。帰りたいと話す住民の前で、レヴェリオが何を優先するのかを描きました。
決戦につながる日時が定まり、ライガたちには準備が必要になりました。身体を治すことも、カイを救う方法を考えることも、ここからの戦いの一部です。
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