第4部 第11話『忘れられる街』
【前回のあらすじ】
レヴェリオはリドラムの広場を封鎖し、過去の加害を問い始めた。グリムの治療が始まる一方、レクスは自分の責任を話すと答える。同じ頃、フロスティアではネビュロスの魔導書に異常な反応が現れていた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
「君が命令した時、従わなかった者はいた?」
レヴェリオは救護所の入口に立ち、椅子に座るレクスを見下ろしていた。
レクスは、通りをふさぐ兵士たちへ目を向けた。帰りたいと訴える住民を前に、誰も持ち場を離れようとしない。
「……俺は、従うことを求めた」
「どうやって?」
「命令は正しいと信じていた。従わない相手の理由を聞く前に、間違っていると決めつけた」
広場の住民がレクスを見た。撮影装置も、入口へ向けられている。
「カイに命じられたからかい?」
「それを理由に、自分の判断を正当化した。俺の責任だ」
レヴェリオは頷いた。
「なら、命令した内容と、従った者の名前を話して」
「俺が命じたことは話す。だが、その名前を聞いて、また本人の話が終わる前に殺すのか」
「責任を認めると言いながら、仲間を守るんだね」
「生かして話を聞くことが、罪を許すことになるのか」
救護所の中で、父親が足を止めた。エルザに案内されて入ってきたばかりだった。
父親は演台にかかった毛布を一度だけ見て、奥の椅子へ歩いていった。
レヴェリオはその背中を目で追ったが、呼び止めなかった。
「話を聞くためにも、記録が要る。君たちだけに任せておけない」
レヴェリオは入口から離れ、撮影装置の前へ戻った。映像を確認してから、各地の受信者へ語りかける。
「ジャスティスフェイスの命令に関わった者は、リドラムへ来て。命令書と搬送記録を持ってきてほしい。命じた者も、従った者も、ここで話してもらう」
通りを見張る兵士たちにも、その言葉は聞こえた。
「記録を捨てたり、人を隠したりしないで。来ない者は、私が捜す」
広場から拍手が起きた。
配給台を手伝っていた兵士の一人は、手を上げかけて止めた。自分も呼ばれている側だと気づいた顔だった。
レヴェリオは演台の前へ戻った。店から品物を奪った兵士が、まだ膝をついている。
「運び込んだ倉庫の場所を、もう一度」
兵士は震える指で通りの先を示した。
レヴェリオは別の元兵士を呼び、その場所を書き取らせる。逃げ道を見張らせた者たちを、今度は取り調べの手伝いに使い始めていた。
アシュレイが救護所の奥から戻り、レクスのそばにしゃがんだ。
「グリムは治療に入った。ポルクがついてる」
「そうか」
レクスは、兵士が書きつける紙を見ていた。
「俺たちが話す間に、負傷者を休ませろ。住民を巻き込むな」
「お前も負傷者だろうが」
「ここにいる」
レクスは椅子の肘掛けから手を離した。肩は痛み、立つだけの力も戻っていない。それでも、兵士だけを残して奥へ下がるつもりはなかった。
*
リドラムで断罪の放送が続いていた頃。
ライガは、見知らぬ部屋の寝台で目を覚ました。
身体を起こそうとして、右脇腹に痛みが走った。息を止め、寝台へ肘をつく。服の下には包帯が巻かれ、右手にも白い布が当てられていた。
「……ここは」
窓の向こうに、白い建物が並んでいる。
タワーの瓦礫も、リドラムに立ち上っていた煙も見えなかった。
胸へ手を入れると、ドッグタグが指に触れた。
あの少女から奪ったものだ。鎖を確かめ、服の内側へ戻す。
最後に覚えているのは、コアを砕いた時の手応えだった。
計画の停止を告げる音声。落ちてくる天井。
その後、足元の床が裂けた。
ライガは下の階へ落ちるはずだった。ところが、裂け目の下に見えたのは、タワーの床ではなかった。白い灯りの並ぶ通路だった。
落下した瓦礫と一緒に、身体をその奥へ引き込まれた。
思い出せるのは、そこまでだった。
「ポルク。聞こえるか」
応答はない。仲間の名を続けて呼んでも、通信はつながらなかった。
ライガは足を床に下ろした。両脚で体重を支えられるのを確かめ、壁に手をついて戸口まで歩く。
机の上には水差しと空のコップがあり、椅子には埃まみれの上着が掛けられていた。
上着を取ったところで、扉が開いた。
「ああ、起きたんですね」
青い作業着を着た中年の男が、盆を手に立っていた。盆にはパンと、湯気の立つスープが載っている。
「まだ横になっていた方がいいですよ。運ばれてきた時は、ひどい怪我でしたから」
「誰が俺を?」
「保守員が西側の通路で見つけたそうです。治療はこちらで済ませました」
男は盆を机へ置き、椅子を引いた。
「俺は何日、寝てた」
「その記録は診療所にあります。食べたら聞きに行きましょう」
男は穏やかに答えたが、日数は言わなかった。
「ここはどこだ?」
「第六居住区です」
「何という街の?」
「詳しいことは、診療所で聞いてください」
「リドラムへ戻りたい。仲間がいるんだ」
男の手が、椅子の背で止まった。
すぐに笑顔へ戻ったが、ライガはその一瞬を見ていた。
「まずは食事を。帰り道のことは、それからです」
*
水と食事を取ると、少し身体が楽になった。
ライガは男に付き添われて外へ出た。道路は掃除され、家々の壁にも焼け跡や亀裂はない。小さな広場では、住民が花壇に水をやっていた。
ライガが立ち止まると、作業中の女性が顔を上げた。
「おはようございます。よい一日を」
「ああ……おはよう」
女性は笑い、じょうろを傾け直した。
ライガは男と並んで歩いた。脇腹はまだ痛んだが、一人でも歩けた。
「戦いは、ここまで来なかったのか」
「ここは安全です。食べる物も、住む場所もあります」
「そうか。それはよかった」
男は頷いた。
角を曲がると、道路の先に金属の門が見えた。左右を高い壁に挟まれ、門の上には白い灯りがついている。
門の脇の案内板には、『定期補正まで あと一分』と表示されていた。意味は分からなかったが、その数字は少しずつ減っている。
ライガは門を指さした。
「向こうが出口か?」
「診療所は反対です」
「俺を見つけた通路も、あっちなんだろう。場所だけでも見ておきたい」
男はライガの袖をつかんだ。
「行かないでください」
食事を運んできた時とは違う声だった。
「門に近づくと、戻されます」
「誰に?」
男は答えず、道路脇の柱を見上げた。柱の先には、丸い装置が取りつけられている。
「……妹も、出ていこうとして」
そこで口を閉じた。
自分の言葉に驚いたように、唇を押さえる。
「妹さんがいるのか」
「いたんです。ここに。一緒に……」
男はライガの袖を強く握った。
「忘れたくないんです」
案内板の数字がゼロになった。
『定期補正を開始します』
柱の装置から音声が流れ、続いて短い音が鳴った。通りに並ぶほかの柱でも、同時に白い灯りがついた。
男の身体が硬くなった。ライガは男の肩をつかみ、顔を覗き込む。
「おい。どうした」
男は目を見開いたまま動かない。
道路の向こうでは、花壇の女性もじょうろを持った姿勢で止まっていた。傾いた注ぎ口から、水だけが流れ続けている。
柱の白い灯りが消えた。
男が一度まばたきをして、ライガの袖から手を離した。
「おはようございます。よい一日を」
男は、初めて会った相手に向ける笑顔で言った。
「……何を言ってる。さっきまで、一緒に歩いてただろ」
「そうでしたか。すみません。何かお困りですか?」
「妹さんの話だ。門の向こうへ行ったんだろう」
「妹?」
男は首を傾げた。
「私に妹はいませんよ」
ライガは男の顔を見つめた。怖がって嘘をついているようには見えなかった。
花壇の女性が、再びじょうろを動かし始める。足元には水たまりが広がっていたが、女性は気にせず、同じ花へ水を注いでいた。
ライガは男の肩から手を離した。
「俺を看病してくれたことも、覚えてないのか」
「あなたを?」
男は包帯に目を留めた。
「怪我をされているんですね。診療所なら、ご案内しますよ」
*
ライガは診療所へ向かいながら、男と柱から離れた。
建物の角を曲がり、装置が見えなくなってから、声を落とす。
「さっき、妹さんを忘れたくないと言ったんだ」
「人違いではありませんか」
男は困った顔をした。
ライガはそれ以上、問い詰めなかった。男は本当に覚えていないようだった。
さっきの音は、表示されていた時間に鳴った。次も同じことが起きるのなら、その前に何をされているのか確かめたかった。
路地の壁には、薄い金属板がはめ込まれていた。上部の小さな灯りが点滅し、文字が表示されている。
『第六居住区 定期補正完了』
ライガは足を止めた。
『対象住民 安定』
その下に、一行だけ別の表示が現れた。
『未登録個体 一名』
ライガが読み終えると、表示は消えた。
「どうかしましたか?」
「……いや」
ライガは男と歩き続けた。
壊された道路も、泣いている人も見当たらない。すれ違う住民は笑顔で挨拶する。
だが、隣の男は妹のことを忘れていた。自分を助けたことさえ、覚えていない。
「案内、助かるよ」
ライガが言うと、男は嬉しそうに頷いた。
「困っている人は、助けないと」
それは、誰かに言わされている言葉なのか。
それとも、記憶を消されても残っている、この男自身の気持ちなのか。
ライガには分からなかった。ただ、見知らぬ自分へ食事を運んでくれた手を、覚えていた。
出口を探すだけでは済まなくなった。
まず、あの装置が何をしたのか確かめる。妹がどこへ行ったのかも。
それから、仲間のいる場所へ帰る。
ライガは服の上からドッグタグを握り、診療所の扉をくぐった。
受付には誰もいなかった。男は壁際の椅子を示した。
「ここで待っていてください。職員を呼んできます」
男が奥へ入ると、ライガは椅子に腰を下ろした。受付の台には書類箱があり、『移送票』と書かれた紙が何枚も積まれている。
一番上の紙に、見覚えのある紋章があった。
ジャスティスフェイス。
その下に『再教育対象者』、移送元の欄には『リドラム』と記されていた。
ライガは紙へ手を伸ばしかけ、止めた。
自分が戦ってきた組織の書類が、なぜここにある。
箱の隣には、茶色く変色した古い帳簿が開かれていた。そこには別の紋章が押されている。ライガには、どこの組織のものか分からなかった。
ただ、帳簿の管理番号と新しい移送票の番号は、同じ並び方をしていた。どちらにも、受け入れ先は『第六居住区』とある。
奥で足音がした。
ライガは手を膝へ戻した。まだ書類には触れていない。
リドラムから、ここへ人が送られている。それだけは読めた。
戻ってきた男が、ライガの隣に座った。
「もうすぐ来ますよ」
ライガは頷き、男の顔を見た。
「あなたも、誰かに連れてこられたのか?」
男は答えようとして口を開いたが、そのまま黙った。
少しして、不思議そうに首を傾げた。
「……いつから、ここにいたんでしょうね」
(12話へ続く)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リドラムでは、レヴェリオが断罪を続けるための拠点を作り始めました。一方、ライガが目覚めた街には、争いの跡も、生活に困っている人の姿もありません。
けれど、その穏やかな暮らしの中で、失われているものがあります。
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