第4部 第9話『誰のための断罪』
【前回のあらすじ】
ヴェルミリオンとアシュレイは、レクスの救援でリドラムへ帰還した。一方、フロスティアでは、十年前に村を襲った前身組織が既に存在しないと判明する。リドラムでは、帰らない息子を捜す父親が、連行に関わった兵士を見つけていた。そこへ追跡を続けていたレヴェリオが現れ、制止するレクスを地面へ押さえつける。兵士を宙に吊り上げた彼女は、人々の前で断罪を始めようとしていた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
「降ろせ……!」
レクスの指が、石畳を掻いた。
宙に浮いた兵士の靴が、その先で揺れている。
レヴェリオが手首を返すと、兵士の身体は広場の中央へ運ばれた。
足が地面へ触れる。だが、逃げようとした腕も脚も、動かなかった。
「命令だったんです」
兵士が、息を吸い込みながら言った。
「搬送しろと……それだけで、私は、その後は」
「家族の前で、人を殴って連れていった」
レヴェリオは父親の顔を見た。
「違う?」
頷き直そうとして、唇を噛んだ。
「……こいつだ。間違いない」
「なら、君がこれ以上怯える必要はない」
レヴェリオは、男と兵士の間へ立った。
その時、レクスの背を押す力がわずかに緩んだ。
息が吸えた。
彼は片脚を引きつけた。
膝に痛みが走り、立ち上がれない。それでも、腕で身体を引きずった。
「その男を……殺させはしない」
兵士の上着の裾を掴む。
次の瞬間、レクスの腕が地面へ押し戻された。
手の甲が石に打ちつけられ、指が開く。
「君も、同じことをしていたね」
レヴェリオが見下ろしていた。
「罪を決めて、裁いて、命令だからと立ち去った」
「……ああ」
「その君が、なぜ止めるの?」
レクスは血の滲む手を、もう一度伸ばした。
「同じことを……させたくないからだ」
「それで、この人の家族は戻った?」
答えは出なかった。
兵士の裾へ伸ばした指だけが、震えていた。
*
「どけ、ポルク」
救護所の奥で、寝台が軋んだ。
グリムは両足を床へ下ろしていた。
背後では、開いたカプセルの側板から配線が垂れていた。
三人をタワーへ送り出すために限界まで回した装置は、冷却系が焼けていた。あれからポルクが部品を集め、ようやく一基だけ組み直せたところだった。
「循環試験が終われば、入れます。ここでまた傷を増やしたら――」
「外の奴は、その試験が終わるまで待ってくれるんか」
ポルクの手が止まった。
今は、横になっていられなかった。
「外にいるんでしょう? 今の身体で行ったら――」
「聞こえとる」
立ち上がった途端、膝が折れた。
ポルクが咄嗟に肩を入れる。二人で寝台の縁へぶつかった。
グリムは息を詰め、床を睨んだ。
「……肩、貸せ」
「戦えませんよ」
「分かっとる。入口まででええ」
ポルクは返事をせず、グリムの腕を自分の首へ回した。
仕切りの向こうで、ヴェルミリオンが寝床から顔を向けた。
傷を押さえる布の下に、赤い染みが広がっている。
「グリム……あれは」
「ああ」
「カイの身体だよ」
ヴェルミリオンは、傷を押さえる指に力を込めた。
「僕らが止めたい相手と、傷つける身体は同じだ。……中にカイが残っているかも、まだ分からない」
「せやな」
グリムは入口を見た。
「せやけど、それで目の前の奴を死なせるわけにもいかん」
ポルクの肩を借り、歩き出した。
アシュレイが振り返り、反対側から腕を取る。
「お前まで出てきて、どうすんだよ」
「お前も、ひどい顔やな」
「元からだ」
いつもなら笑えた言葉だった。
誰も笑わなかった。
*
広場の中央には、かつて命令を読み上げていた低い演台があった。
側面の制御盤に、レヴェリオが掌を置く。
兵士は、その前から動けなかった。
『管理者権限、確認』
機械の声と共に、演台の撮影装置が起き上がった。
タワーとは別系統で残った街の放送設備だった。エルザたちが電源を戻し、物資や行方不明者の情報を各地へ送り始めたばかりだった。
救護所で、エルザの端末が鳴る。
画面に表示された配信元を見て、彼女は顔を上げた。
「放送を使う気……?」
端末から停止を送った。
操作は受け付けられなかった。画面の隅に、カイの管理者認証が点灯している。
エルザは端末を置き、演台へ走った。
停止レバーまで、あと数歩。
足元の石畳が沈んだ。
踏み出しかけた靴が穴の縁で止まる。演台の脇にいたレヴェリオが、彼女を見ていた。
「そのまま見ていて」
制御盤の金属蓋が、内側へ押し潰された。
レバーごと。
広場の壁面に、映像が浮かんだ。
そこに立つ者と同じ顔が、人々を見下ろした。
「私はレヴェリオ」
広場の拡声器から、声が重なった。
「この街で、人が連れ去られた。家族は行方も知らされず、待たされ続けた」
各地の受信先を示す表示が、一つずつ灯った。
「その苦しみを、これ以上放置しない」
「待たんかい」
救護所の入口から、声がした。
レヴェリオが顔を向ける。
グリムは柱へ肩を預けていた。
彼が見ていたのは、彼女ではなかった。
名前を書いた紙を落としたまま、立ち尽くしている父親だった。
「あんた。そいつに、まだ聞きたいことがあるんやろ」
男の視線が、ゆっくり動いた。
「……お前は」
「俺のことはええ。息子、捜しとったんちゃうんか」
男は兵士を見た。
その喉が動いた。
「捜してる」
「ほな、言え。今、言わな間に合わん」
男が一歩踏み出した。
「待ってくれ」
レヴェリオへ、掌を向ける。
「こいつは許せない。許せるわけがない。だが、まだ……息子がどこにいるのか、聞いていない」
レヴェリオの返答より先に、救護所の入口で端末が鳴った。
ポルクが受ける。フロスティアのセイジからだった。
『映像を見ている。音を外へ出せ』
ポルクは端末の音量を上げた。
『レヴェリオ。ネビュロスには待つと言ったな。この人の話も聞け』
レヴェリオは、端末へ顔を向けた。
「待ったよ。君たちが何を返せるのか、見ようとした」
『なら――』
「その間にも、この人は待たされていた」
父親へ視線を戻す。
「ネビュロスの封印は、彼が解かなければならない。でも、記録は私が調べる」
レヴェリオは父親に答えた。
「ほかに関わった者も捜す。この人を恐れて、頼み続けなくていい」
「そういうことじゃない!」
父親は、捕らえられた兵士へ手を伸ばした。
「こいつは息子が連れていかれた先を知ってるかもしれないんだ。まだ殺さないでくれ!」
兵士が、必死に頷いた。
「話します。覚えていることは全部……だから」
「今になって?」
レヴェリオの目が、兵士へ戻った。
「裁かれると分かるまで、この人を待たせていた」
『聞き出してからでも遅くはない』
セイジの声を、彼女は遮った。
「また、その後でと言うんだね」
兵士を見つめる目が、動かなくなった。
「ヴェルミリオンにも、私が何をできるのか、見せるべきだった。言葉だけでは、君たちは苦しい方へ戻ってしまう」
「俺の話をしてくれ!」
父親が叫んだ。
レヴェリオは、ようやく彼を見た。
「だから、これ以上待たせない」
グリムが柱から身体を離した。
「お前、聞いとんのか。そいつを今、殺すな言うとるんや」
「聞いている」
「聞いてへん。自分の答えしか喋ってへんやろうが」
アシュレイの腕を借り、一歩進んだ。
「俺も母ちゃんを殺された。やった奴らを焼き殺したいと思った。……せやから、あんたに許せなんぞ言えん」
父親がグリムを見た。
「けどな。何を聞きたいかまで、こいつに決めさせんな」
男は拳を握った。
今度は、兵士の方へ歩こうとした。
その前へ、レヴェリオが腕を伸ばした。
「下がっていて」
男の足が止まった。
見えない壁へ触れたように、身体が押し返される。
「すぐに終わるから」
*
レクスは石畳に膝をついたまま、演台へ手を伸ばした。レヴェリオに首をつかまれている兵士の脚を、両腕で抱える。
引き離そうと、全身の重みをかけた。
レヴェリオが、空いている手を横へ振った。
見えない力がレクスの脇腹を打った。兵士の脚から腕が外れ、演台の脇へ投げ出される。
肩を石畳に打ちつけた。口を開けても、すぐには息を吸えなかった。
「レクス!」
アシュレイが駆け寄ろうとした。その隣で、グリムが拳を握る。
指の間に炎が生まれた。だが、拳を固めるだけで傷が開き、包帯に血がにじんだ。
炎は小さく揺れ、消えた。
グリムは拳を下ろさず、演台へ踏み出した。
「やめろ……!」
レヴェリオが、今度はグリムへ手のひらを向けた。
両肩を上から押さえつけられ、グリムの膝が折れる。
アシュレイが脇を抱えたが、支えきれず、一緒に膝をついた。
ポルクも反対側から腕を取った。それでも、グリムの身体は起こせなかった。
「カイ!」
石畳に倒れたまま、レクスが叫んだ。
演台にいるのは、仲間だった男の身体だ。その顔を見上げ、もう一度呼びかける。
「聞こえるなら、止めろ! お前の手だ!」
レヴェリオは兵士の首をつかんだまま、レクスへ目を向けた。
「今、動かしているのは私だよ」
カイからの返事はなかった。
聞こえていないのか。聞こえていても、応えられないのか。レクスには分からなかった。
レヴェリオが兵士を持ち上げる。靴先が演台の縁をこすり、宙に浮いた。
「私は……命令に……」
「君に殴られた人には、それで何が変わるの?」
兵士は、首をつかむ指を両手で引き剝がそうとした。
「死にたく、ない」
父親が演台へ駆け寄った。
しかし、目の前の空間に阻まれ、足が止まる。見えない壁を両手で押しても、レヴェリオには届かなかった。
「待て! 俺は、まだ息子の――」
レヴェリオが、兵士の首を握りつぶした。
骨の折れる音がした。
兵士の手が垂れた。レヴェリオが指を放すと、その身体は演台に崩れ落ちた。
父親は口を開けたまま、動かなくなった兵士を見つめた。
*
フロスティアの教室で、セイジは端末を握りしめていた。
通話はつながっている。父親が兵士に呼びかける声も、返事がないことも、聞こえていた。
隣のネビュロスが、窓の外へ目を向けた。
生徒へ銃を向けた兵士は、今も氷の中にいる。レヴェリオは、その処罰を待つと言った。
「……私には待つと言い、あの父親には待たない」
ネビュロスは左手で魔導書を押さえた。
「本人が何を望もうと、最後は自分が決めるのか」
*
リドラムの広場で、誰かが手を叩いた。
「……やっとだ」
人垣の後ろから、声が上がる。
「あいつらも、同じ目に遭うんだ」
別の拍手が重なった。
泣きながら手を叩く者がいた。周りを見回し、おずおずと加わる者もいた。
父親だけは、兵士を見つめたままだった。
グリムを押さえつけていた力が消えた。急に身体が傾き、アシュレイが抱え直す。
「……あの親父のとこ、連れてってくれ」
アシュレイとポルクに支えられ、グリムは父親のそばまで歩いた。
その足元に、息子の名前を書いた紙が落ちていた。
拾おうと膝をついたが、傷ついた指ではつまめなかった。父親が屈み、自分で拾い上げた。
「まだ、聞いてなかった」
紙を見たまま、父親が言った。
「どこへ連れていったのか。それだけでも……」
グリムには、返す言葉がなかった。
演台の脇では、レクスが縁に手をかけて身体を起こしていた。兵士へ手を伸ばし、息がないことを確かめる。
兵士の目を閉じさせると、救護用の毛布を指さした。
「……それを、くれ」
近くにいた者が、ためらいながら毛布を渡した。
「そいつにかけるのかよ」
人垣から声が飛んだ。
レクスは答えず、兵士の顔まで毛布をかけた。
撮影装置は、その様子も映し続けていた。脇の端末に、別の街からの接続を知らせる表示が増える。
レヴェリオは撮影装置へ向き直った。
「傷つけられた者が、黙って耐える必要はない」
拍手が強くなった。
「私は、訴えを聞く。誰に何をされたのか、話してほしい」
父親が顔を上げた。
「俺は――」
「あいつもだ!」
人垣から上がった声が、父親の言葉をかき消した。
一人の住民が、配給台の脇にいる元兵士を指さしていた。
「うちの店に踏み込んだ。何もかも持っていったんだ!」
指された兵士が後ずさる。隣にいた者たちが離れ、彼の周りだけが空いた。
レヴェリオが演台を下り、兵士へ歩き出した。
グリムは立ち上がろうとした。だが、膝に力が入らない。アシュレイの腕をつかんでも、身体を起こせなかった。
隣では父親が、息子の名前を書いた紙を胸に押し当てていた。
もう、レヴェリオを呼ぼうとはしなかった。
(第10話へ続く)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
救うために待つと言った者が、今度は救うために待たないと言う。父親が求めていたのは、そのどちらでもなく、自分の息子について聞く時間でした。
カイの身体へ呼びかけても、返事はありません。それでも、その手で起きたことは人々の前に残りました。
次回も、この広場から続きます。
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