第4部 第8話『消えた旗の下で』
【前回のあらすじ】
エセリアでレヴェリオに敗れたヴェルミリオンとアシュレイ。車を失った二人は、わずかな幻影と地形を使って拘束を逃れ、救援を求める報告を送った。しかし、負傷した二人の背後には、まだレヴェリオがいた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
端末に届いた返事を、アシュレイは二度読んだ。
『レクスだ。エセリア手前の分岐まで来ている。接近せず待機する。合流できる場所を知らせろ』
現在地と、草地の先に見える小道を送る。
それから、肩に回された腕を掴み直した。
「迎えが来た。あと少しだ」
「……それは、助かるね」
ヴェルミリオンの声は、息に混じって消えた。
小道へ辿り着く頃には、日が落ちかけていた。
車から降りたレクスが駆け寄り、ヴェルミリオンを抱き取った。荷台へ寝かせ、膝をついたアシュレイも引き上げる。
「追手は」
「見えてねぇ。だが、まだ近くにいる」
レクスは頷き、すぐ運転席へ戻った。
車が走り出しても、アシュレイは後ろを見続けた。
空いた片手で、ヴェルミリオンの傷口を押さえる。
「布を……替えた方がいい」
「分かってる。お前は喋んな」
押さえている指が震えていた。
もう、担いで走れる力は残っていなかった。
*
草地を見下ろす斜面に、レヴェリオは立っていた。
救援車が小道を抜け、リドラムへ続く街道に入る。
荷台には、二人の姿が見えていた。
彼女は車へ向けかけた手を下ろした。
ネビュロスは拒み、ヴェルミリオンは逃げた。
言葉を尽くしても、身体を押さえても、彼らは自分の救いを受け取らなかった。
ならば、先に見せなければならない。
自分が何を終わらせられるのかを。
帰ろうとするあの街で。
彼らを庇う者たちも、一緒に見ている場所で。
レヴェリオは斜面を下りた。
街道の砂に、新しい車輪の跡が続いていた。
*
フロスティアの教室で、セイジが端末から顔を上げた。
「二人を回収した。レクスがリドラムへ運んでいる」
ネビュロスの左手が、机の上で止まった。
「傷は」
「手当てが必要だ。詳しい報告は着いてからになる」
「……そうか」
背もたれへ身体を預けようとして、右肩が痛んだ。
固定した腕には、まだ力が入らない。
窓の向こうには、氷に閉じ込められた村があった。
助けに行くと言って立ち上がることも、この村を今すぐ動かすこともできない。
セイジが机へ一枚の紙を置いた。
広場にいる兵士の、装備と徽章を写したものだった。
「こちらも、照合結果が出た」
「名が分かったのか」
「いや。現在の兵籍にはない。この徽章は、前身組織のものだ」
ネビュロスは紙へ目を落とした。
十年前、教室の戸口に立っていた兵士の胸にも、同じ印があった。
「その部隊の記録は、どこにある」
「引き継がれた記録を探すしかない。組織そのものは、私の入隊より前に消滅している」
ネビュロスが顔を上げた。
「消滅?」
「ああ。既に存在しない」
「カイは、科学者が前身組織を持っていたと言ったな」
「タワーで聞いた。それまでは、その科学者のことも知らなかった」
セイジは椅子へ座った。
「私が教えられた沿革では、旧組織は活動を終え、技術と資料の一部が引き継がれた。それだけだ」
「活動を終えた、か」
ネビュロスは、紙の端を押さえた。
「誰が終わらせた。なぜ滅んだ」
「知らない」
セイジは目を逸らさなかった。
「必要だとも思わなかった。使える技術があるなら、その出所より性能を見ていた」
窓を、風が叩いた。
広場の兵士は、今も雑貨屋の男へ手を伸ばしている。
子供たちは逃げる途中の姿勢のまま、凍っている。
彼らを襲った組織は、もうない。
この村では、襲撃の日がまだ終わっていなかった。
「確認できたことと、分からないことを分けて残せ」
ネビュロスは言った。
「この兵士が誰なのかも、調べ続けてくれ」
「分かった」
セイジが紙を引き寄せる。
その下から、受け入れ準備の一覧が覗いた。
毛布。食料。負傷者を診られる者。
人の名前を書き込む欄は、空いたままだった。
*
夜になって、エルザから連絡が入った。
『二人は着きました。今、手当てを受けています。ヴェルミリオンさんも、問いかけには答えています』
「アシュレイは」
『自分より先に診てくれって、さっきまで言い張っていました』
セイジが短く息を吐いた。
ネビュロスも、机を握っていた手を緩めた。
だが、エルザの声は明るくならなかった。
『フロスティアへの人手なんですが……すみません。まだ、出せません』
「二人が戻ったばかりだ。無理は言わん」
『それだけじゃないんです』
通信の向こうで、怒鳴り声がした。
遠くで何人もの声が重なっている。
『連行された人たちの名簿を照合しているんですが、まだ帰ってこないのかと、家族の方々が集まっていて……』
「搬送先は分かったのか」
セイジが訊いた。
『途中の集積所までは追えても、その先で途切れている人がいます。施設を訪ねても、既に誰もいなかったり……』
ネビュロスは、リトの名前を見た。
同じ紙のすぐ下に、エナの名前がある。
どこへ連れていった。
いつ帰ってくる。
その問いを、何年も答えのないまま抱えている者たちが、リドラムにはいる。
『救護所からも、今は人を減らせません。待っている方々を、そのままにして行くわけには……』
「こちらの名簿は送る。来られる者が決まるまで、解除は進めない」
セイジが言った。
ネビュロスは頷いた。
「ひとつ、追加してくれ」
「何だ」
「受け入れ先が遅れた場合も、この教室で休めるようにする。窓だけでなく、奥の部屋も使えるか調べたい」
「明朝、私が見る。君は腕を休めろ」
「見るだけなら、左手も要らん」
「物を動かすなと言っている」
ネビュロスは口を閉じた。
エルザが、通信の向こうで小さく息をつく。
『毛布は、確保した分を取り置きます』
「頼む」
通信が切れた後、セイジは二枚の紙を別々に置いた。
前身組織についての記録と、生徒たちを迎える準備の一覧。
ネビュロスは、後の一枚を自分の方へ引き寄せた。
「奥の部屋は、机が倒れている。戸を開ける時は気をつけろ」
「先に言え」
「今、言った」
筆先が紙を擦った。
不揃いな字で、寝床の数が書き足された。
*
リドラムの救護所で、アシュレイは額の傷を縫われていた。
隣の寝床では、ヴェルミリオンの肩から血のついた布が外されている。傷を洗われても、軽口ひとつ返らなかった。
外で、男が怒鳴った。
「いたぞ! こいつだ!」
アシュレイが顔を上げる。
「動かないで」
手当てをしていた者に肩を押さえられた。
布の仕切りの向こうを、レクスが通る。
「俺が行く。お前たちはそこにいろ」
*
広場では、毛布の束が地面へ落ちていた。
運んでいた元兵士の襟を、一人の男が掴んでいる。
男のもう片方の手には、折り目だらけの紙があった。連行された者の名前を書いた紙だった。
「俺の息子を覚えているか」
兵士は答えなかった。
「こっちを見ろ。あの晩、俺を殴った顔だ。忘れるかよ」
レクスが二人の間へ入った。
「手を離してくれ。話を聞く」
「お前らには何度も話した!」
男が紙を突きつけた。
「名前を書けって言われたから書いた。待てって言われたから待った。なのに、連れていった奴がここで飯を食ってる!」
周りにいた住民が足を止めた。
作業をしていた兵士たちも、荷を下ろす。
レクスは、襟を掴まれた兵士を見た。
「この人の息子を連行したのか」
「……はい」
男の手が震えた。
「なら、どこにいる」
「私は集積所までしか……そこで、別の搬送班へ」
「どこの集積所だ」
レクスが尋ねた。
兵士は場所を答えかけたが、男の声が重なった。
「そこは捜した! もう誰もいなかった!」
誰かが、兵士の腕を掴んだ。
別の者が背後へ回る。
レクスは兵士を自分の側へ引き寄せた。
「引き渡した相手を確かめる。まだ聞くことがある」
「また待てって言うのか」
男の声が低くなった。
「この街に来て六年。好き勝手に連れていって、塔がなくなったら、もう知りませんか」
レクスは口を開いた。
その前に、広場の入口で悲鳴が上がった。
人垣が割れていく。
走って逃げる者も、立ち尽くす者もいた。
「……カイ」
誰かが、その名を呼んだ。
黒い長髪が、街灯の下を通った。
カイの顔をした者が、まっすぐ歩いてくる。
レクスの背中に、冷たいものが走った。
帰還の報告をしたばかりだった。
二人の傷も、まだ塞ぎ終わっていない。
「皆、下がれ」
レクスは兵士を背後へ押した。
レヴェリオの目が、その動きを捉えた。
次に、男の手にある紙と、地面へ落ちた毛布を見た。
「その人が、君の家族を連れていったの?」
男は答えなかった。
相手の顔を見たまま、後ずさった。
「怯えなくていい。カイの命令を伝えに来たんじゃない」
レヴェリオが、一歩近づく。
「話して。何をされたのか」
「近づくな」
レクスが間に立った。
レヴェリオの視線が戻る。
「さっきまで、聞いていた」
声は静かだった。
「連れていったと、その人は認めた。家族は戻っていない。それでも、まだ待たせるんだね」
「殺せば帰ってくるわけではない」
「だから、何もされずにいられるの?」
レクスは答えようとした。
足元で、石畳が鳴った。
両膝が地面へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
手をついた石が割れた。
立ち上がろうとしても、背中を押す力が緩まない。
住民が悲鳴を上げ、後ろへ退いた。
レヴェリオは、その間を通り抜けた。
逃げようとした兵士の足が、地面から浮く。
「待て!」
レクスが腕を伸ばした。
指先は、兵士の靴に届かなかった。
救護所の仕切りが開いた。
額にまだ糸を残したアシュレイが、入口で足を止める。
レヴェリオは、彼を見た。
「ヴェルミリオンにも、見ていてもらって」
アシュレイの口から、声が出なかった。
「これから私が、何をするのか」
兵士が宙で喉を鳴らした。
男の手から、名前を書いた紙が落ちた。
誰も拾えなかった。
(第9話へ続く)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ヴェルミリオンとアシュレイはリドラムへ帰り着きました。しかし、レヴェリオの追跡は終わっていませんでした。傷の手当ても終わらないうちに、今度は人々の暮らす広場で、その力が振るわれます。
フロスティアでは、前身組織が既に存在しないと分かりました。組織が消えても、凍った村も、帰らない家族も残されています。ネビュロスが目覚めた後の暮らしを準備する一方で、レヴェリオは人々の前で断罪を始めようとしています。
評価・ブックマーク・感想も




