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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第4部:断罪と贖罪編

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第4部 第6話『拍手のない街』

【前回のあらすじ】

ネビュロスとセイジはフロスティアに残り、村人たちの封印解除に向けて準備を始めた。一方、レヴェリオがエセリアの記録を調べたと知ったヴェルミリオンは、アシュレイとともに追跡へ向かう。辿り着いたのは、かつて自らの毒で滅ぼした、無人の街だった。


※本作品の執筆にはAIを活用しています。


 エセリアの中央広場に、人影はなかった。


 アシュレイは端末から到着を報告し、背後の通りを確かめた。車を置いた門まで、戻る道は塞がれていない。


 隣では、ヴェルミリオンが割れた石畳を見下ろしていた。


「ここで、毒を使ったのか」


「ああ」


 短い返事だった。

 歩く途中から、彼の呼吸は浅くなっている。タワーでの連戦で負った傷は、移動できるようになった今も、その身体に残っていた。


「座るか」


「昔話をするには、少々、趣味の悪い場所だね」


「お前が戻ってきたんだろ」


 ヴェルミリオンは笑いかけて、やめた。


「……そうだった」


 広場の向こうに、屋敷の崩れた屋根が見えた。

 あそこから、ここへ連れてこられた。


「前に、仲間たちには話したことがある。君には、まだだったね」


 ヴェルミリオンは、アシュレイへ向き直った。


「僕が、魔王と呼ばれるようになった日の話だ」


         *


 ――かつてのエセリア。


 ヴェルミリオンは、見世物小屋の檻で育った。

 人間とも魔族とも違う。男か女かも分からない。客たちは好き勝手に値踏みし、笑い、石を投げた。

 泣けば余計に面白がられた。先に笑ってみせる方が、まだ楽だった。


 そんな彼へ、一人の貴族が手を差し出した。


「君は美しい。私の庇護下にあれば、誰も君を傷つけない」


 男の屋敷には、暖かい寝台があった。

 顔を隠さずに食事ができた。眠っていても、格子を叩かれなかった。

 助けられたと、心から思った。


 だから、男が選んだ服を着た。

 笑っていてほしいと言われれば笑い、外は危険だと言われれば部屋にいた。

 客人に紹介されなくても、不満を言わなかった。


 守ってもらっているのだから。

 男の言いつけに従っていれば、この暮らしは失わずに済む。


 その信頼を、風紀粛清が踏み潰した。

 ジャスティスフェイスの前身組織による捜索は、屋敷にも及んだ。


 その朝、男は兵士に広場へ呼び出された。

 残った兵士たちは、屋敷の中を捜し始めた。使用人の制止を押し切り、部屋の扉を開ける。


 少年は、言いつけどおり部屋にいた。

 外へ出なければ守ってもらえると思っていた。


「こいつだ。連れていけ」


 腕を掴まれ、廊下へ引きずり出された。

 主人が戻るまで待ってほしいと頼んでも、手は緩まなかった。


 久しぶりに出た街には、同じように引き立てられる人々がいた。

 店の奥へ隠れる者。扉を閉める者。広場へ見に行く者。

 少年は助けを求める相手を見つけられず、足をもつれさせながら歩いた。


 広場では、あの男が兵士たちに囲まれていた。


「屋敷に置いていたのは、この者か」


 兵士が少年を前へ押し出した。


 男の顔を見た途端、身体から力が抜けるほど安心した。

 自分をここへ連れてきた兵士にも、ようやく説明してもらえる。

 あの人なら、誰も傷つけさせないと言ってくれる。


 少年は男へ駆け寄り、手を伸ばした。


「触るな!」


 石畳に倒れた。

 何が起きたか分からず、見上げた。


「私はこんな化け物など知らん!」


 男は、こちらを見ていなかった。

 兵士の顔を見ていた。


「勝手に付きまとわれて迷惑していたんだ!」


 言葉が出てこなかった。

 訂正してほしかった。

 誰かに聞かせるための嘘で、後で手を取ってくれるのだと、まだ思おうとした。


 男は、少年の目を指差した。


「これは「間違い」だ!」


 美しいと言った、その目を。


 笑い声がした。

 男の言葉に頷く顔が見えた。


 少年は、伸ばした手を見下ろした。

 取ってもらえると思っていた手だった。


 胸の奥が、焼けるように熱くなった。


 指の間から、紫色の霧がこぼれた。

 何かが燃えているのかと思った。だが、煙は衣服ではなく、自分の皮膚から滲み出していた。


 毒の術など、習ったことはなかった。

 檻を壊すことも、兵士の手を振りほどくこともできなかった。


 人間と魔族。相反する血の内に眠っていた力が、今、初めて堰を破っていた。

 稀に生まれる、膨大な魔力を秘めた混血の特異点。その意味も、自分がそうだということも、少年は知らなかった。


 兵士が剣を向けた。

 反射的に伸ばした掌から、霧が噴き出す。


 刃が落ちた。

 兵士は何もない空間へ手を伸ばし、恍惚とした顔のまま、喉を掻きむしった。


 周囲の者が後ずさった。

 男も。


 その顔を見て、少年の口元が動いた。


 怖いのか。

 今は、僕が。


「……なら、僕も毒になろう」


 男が何かを叫んだ。

 聞き取れたのに、意味を考えるのをやめた。


 もう、あの部屋には帰れない。

 街へ戻れば、また格子の向こうで笑われる。

 守ると言った手も、今は自分を指差している。


 逃げ惑う人々が、通りへ押し合っていった。

 その先にも店があり、家があり、少年の知らない暮らしがあった。


 もう、どうにでもなれ。


 自分を笑った者と、ただそこに居合わせた者を、分けようとしなかった。

 この街に残るものを、一つも惜しいと思えなくなっていた。


「お前らの大好きな、美しく正しい世界を――」


 腕を広げた。

 霧が、逃げる背中を追って広がった。


「僕という猛毒で、腐らせてやる」


 最初の噴出は、何が起きたかも分からなかった。

 けれど、今は違った。

 倒れる人間を見て、それでも、もっと出ろと願った。


 身体の奥から溢れる力に、力を重ねた。

 兵士が倒れた。男が膝をついた。嘲笑っていた者たちが、紫の霞の向こうで崩れた。


 広場の端からも、悲鳴がした。

 粛清のために集められた者たちが、逃げようとしていた。


 少年は、そちらを見なかった。


 腕を振るうたび、霧は通りへ流れた。

 閉まりかけた扉の隙間へ。開いた窓へ。

 まだ誰かがいると分かる場所へ。


「……これからは、僕が笑う番だ」


 逃げる足音が減っても、手を下ろさなかった。


 夜が明けた時、街から人の声は消えていた。


 広場には、貴族も兵士も群衆も倒れていた。

 そこから逃げ延びようとした者たちも、通りや家の中で動かなくなっていた。

 粛清される側にいた者も、毒は区別しなかった。


 生きていたのは、ヴェルミリオンだけだった。


 男の傍らへ膝をつく。

 助けを求めて伸ばした手で、その顎を持ち上げた。


「もう、僕の顔を見てもくれないんだね」


 返事はなかった。

 ヴェルミリオンは口の端を上げ、冷えた顔から手を離した。


 エセリアを出てからも、追われた。

 粛清の対象として記録された顔と特徴は、別の街の兵士にも伝わっていた。


 逃げるうちに、力の扱いを覚えた。

 霧を狭く留めること。少量でも相手の感覚を狂わせられること。

 最初は身を隠すためだった。やがて、逃げるだけでは終わらなくなった。


 ある街の通りで、兵士に呼び止められた。


「エセリアから逃げた混血だな」


 道行く人々が足を止めた。

 ヴェルミリオンは、逃げなかった。


「逃げた? あの街を黙らせたのは、僕だよ」


 兵士が剣を抜いた。

 その腕を潜り、口元へ掌を添える。指の間から、紫の霧が細く流れた。


 剣が落ちた。


 兵士は目を剥き、自分の身体を叩き始めた。

 何かを払い落とすように、首を掻き、服を引き裂く。


「やめろ! 取ってくれ! 誰か……!」


 その身体には、何もついていなかった。


 駆け寄ろうとした仲間へ、ヴェルミリオンはもう片方の掌を向けた。

 僅かな紫を見ただけで、足が止まる。


「特等席だよ。よく見ておいで」


 兵士は地面を転がり、彼の靴へ縋った。

 先ほどまで見下ろしていた相手に、震える声で助けを求めた。


 ヴェルミリオンは、その手を踏んだ。


「次は、君たちが見世物になる番だ」


 誰も笑わなかった。

 彼だけが、観客を見渡して笑っていた。


 毒を追加すれば、殺せた。

 だが、しなかった。震えの止まらない兵士を仲間へ引き渡し、道を空けさせた。


「帰って、話してあげなよ。何を見たのか」


 その兵士たちが伝えたのは、エセリアを滅ぼしたと公言する魔術師と、姿のない何かに怯えて命乞いをした仲間のことだった。

 通りの人々も、自分の見た光景を語った。


 同じような噂が、彼の行く先々から広がった。

 人を殺せる毒を持ちながら、すぐには殺さない。

 尊厳を剥ぎ、心が折れるまで弄び、それを芝居のように眺めている。


「あれは、人の心まで食らう魔王だ」


 その呼び名を聞いた時、ヴェルミリオンは否定しなかった。


 彼が通れば、人々は顔を伏せた。

 もう、誰も石を投げない。美しいと言ってもらうために、機嫌を取り続ける必要もない。

 恐れられていれば、向こうから道を空ける。


「……なら、期待どおりに振る舞ってあげよう」


 他人がつけた呼び名に合わせ、笑みを深くした。

 相手が怯えるほど優雅に、嫌悪されるほど華やかに。


 その笑顔の裏で、毒を浴びた者たちを一人ずつ思い出すことはしなかった。


         *


 ――現在。廃墟となったエセリアの中央広場。


 話し終えたヴェルミリオンの前を、乾いた葉が転がった。


 アシュレイは、すぐには口を開かなかった。

 やがて、広場の端へ目を向ける。


「捕まってた連中も、いたんだよな」


「ああ」


「そいつらも、構わなかったのか」


 ヴェルミリオンの指が、手袋の内側で曲がった。


「……あの時はね」


 力の使い方を知らなかった。それは本当だ。

 だが、誰を巻き込もうと構わないと思って放ち続けたことも、本当だった。


「僕を笑った連中の顔は覚えている。そいつらが倒れたところも。けれど、それ以外は……ほとんど思い出せない」


 アシュレイは拳を握ったまま、黙って聞いていた。


「この街に何人いたのかさえ、僕は知らないんだ」


「知る必要はない」


 別の声が、割り込んだ。


 ヴェルミリオンの目つきが変わった。


 崩れた柱の向こうから、長い黒髪の男が姿を現す。

 カイの身体。その目の奥にいる者は、彼ではない。


「動くな」


 ヴェルミリオンは片腕を横へ出し、アシュレイを背後へ下がらせた。


「それ以上近づけば、撃つ」


 レヴェリオは足を止めた。


「君と争いに来たわけじゃない」


「ネビュロスにも、そう言ったのかい」


 指先に紫の光が集まる。

 脇腹に痛みが走ったが、顔には出さなかった。


「タワーで僕らにしたことも、忘れたとは言わせないよ」


 アシュレイは柱の陰へ移り、端末を操作した。

 接触した位置を送り、視線を広場へ戻す。


 レヴェリオは、ヴェルミリオンだけを見ていた。


「フロスティアでは、私を止めようとした。私は、あの子たちを傷つけた兵士を裁こうとしただけだ」


「止めたら、あの腕か。分かりやすいね」


「君まで、同じように傷つく必要はない」


「君が傷つけるんだろう。言い方を変えるな」


 レヴェリオの表情が僅かに動いた。

 ヴェルミリオンは腕を下ろさなかった。


「ここで、何をするつもりだ」


「君を魔王にした者たちの罪を明らかにする」


 彼女は端末を掲げた。


「粛清の記録が残っていた。君を追い詰めた者たちは、君がこうなるまで何をしたのか。街が滅んだ記録だけでは、そこが見えない」


「それで?」


「君一人が怪物として語られる必要はない」


 広場の両側に、誰もいない建物が並んでいる。

 ヴェルミリオンはその一つへ目を向けた。


「僕の毒で死んだ連中も、その記録に載っているのか」


「粛清の対象になった者の名前なら」


「なら、それを置いて下がれ」


 レヴェリオは端末を握り直した。


「何のために読むの」


「僕が殺した相手を知るためだ」


「君を追い詰めた者たちがいなければ、その人たちも死ななかった」


「僕の前で、そいつらの死に方まで決めるな」


 声が低くなった。


「毒を浴びせたのは僕だ。君が何を証明しても、そこは変わらない」


 レヴェリオは答えず、一歩踏み出した。


「止まれと言った」


 紫の光が強まる。

 彼女の目が、その指へ落ちた。


「手が震えている」


「試してみるかい?」


「その状態で戦えば、また傷を増やす」


 レヴェリオが片手を上げた。


 足元の砂が、彼女の方へ流れた。

 ヴェルミリオンの踵が石畳を擦る。


「君は、ここを離れた方がいい」


 見えない力が胸へ食い込んだ。


「……僕の返事は、必要ないわけだ」


 深紫の外殻が、その身体を覆う。

 《魔導外殻(マギア・シェル)》。

 背に開いた半透明の翅は薄く、装甲を走る魔力の光も途切れがちだった。


 靴底を地面へ叩きつける。

 片膝を落とし、引き寄せる力へ抗った。


「君の世話になるくらいなら、這ってでも帰るさ」



 ヴェルミリオンは歯を食いしばり、翅を振った。


「《道化の舞(ミラージュ・ワルツ)》」


 鱗粉が広がり、左右へ分身が走る。

 その一体がレヴェリオの正面へ飛び込んだ。


 彼女が掌を向ける。

 分身の胸が窪み、紫の粒となって弾けた。


 本体は反対側へ滑り込み、彼女の手首を狙った。

 端末を奪う。そのまま距離を取る。


 だが、踏み込んだ脚から力が抜けた。


 本来なら動きを隠すはずの鱗粉も、薄すぎた。レヴェリオは迷わず振り返り、彼の腕を掴んだ。


 肩の装甲が軋む。

 魔力を送り込んでも、亀裂が広がる方が早かった。


 ヴェルミリオンは笑った。

 掴まれた腕を引くと見せて、自分から肩を捻る。


 割れた外殻の一部を残して、身体が抜けた。

 激痛が走る。勢いを殺せず、石畳へ叩きつけられた。


「こっちだ!」


 柱の陰から、アシュレイが手を伸ばした。

 ヴェルミリオンの上着を掴み、遮蔽物の裏へ引き込む。


 背中を壁に預けた途端、翅が消えた。

 残った外殻も、肩から剥がれていく。


「立てるか」


「……相変わらず、乱暴だね」


「文句は車で聞く。腕、回せ」


 アシュレイは彼の腕を肩へ掛けた。

 目の前の敵を殴りに出たい衝動を押し殺し、門へ戻る通りを見る。


 その先で、砂が舞い上がった。

 空気が歪む。割れた石片が浮き、道の真ん中で止まった。


 レヴェリオが、広場から二人を見ていた。


「その身体を、彼一人では守れない」


「テメェが追ってこなきゃ済むだろうが!」


 アシュレイが怒鳴った。


 レヴェリオは答えなかった。

 彼女の視線は、アシュレイの肩へ体重を預けたヴェルミリオンに向いている。


「君は、また自分を苦しめる方へ行こうとしている」


 ヴェルミリオンは、血の滲んだ唇を手の甲で拭った。


 差し出された手を取らなければ、道を塞ぐ。

 正しいと言いながら、こちらの言葉は聞かない。


「随分と、立派な庇護だね」


 笑みが、冷たく尖った。


「僕を閉じ込める檻まで、用意してくれるのかい」


 レヴェリオの指が止まる。

 浮いた石片は、まだ落ちなかった。


 ヴェルミリオンは、アシュレイへ小さく囁いた。


「僕が合図したら、右の路地へ」


「……また無茶する気か」


「逃げ道は、よく調べたんだ」


 力の残らない指を、ゆっくりと持ち上げる。


 今の自分に、彼女を倒す力はない。

 それでも、あの手を取るつもりはなかった。


(第7話へ続く)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ヴェルミリオンが恐れられたのは、毒の力を持っていたからだけではありません。自分を迫害した者も、同じように捕らえられていた者も巻き込み、街そのものを滅ぼした。さらに街を出た後、追手を人前で弄び、生かして帰すことで、自ら恐怖を広めていきました。その行為が「魔王」という呼び名を生み、彼自身も恐れられる役を引き受けました。


現在の彼は、その時に見ようとしなかった相手を知ろうとしています。一方、レヴェリオは彼を救おうとしながら、拒絶されても手を引きません。


消耗したヴェルミリオンと、生身で撤退を支えるアシュレイ。二人がこの場をどう切り抜けるか、次回へ続きます。


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