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アンチジャスティス -魔王戦隊ダークトリニティ-  作者: DD22
第4部:断罪と贖罪編

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第4部 第3話『春を待つ教室』

【前回のあらすじ】

タワー崩壊後、レッドたちは自らが傷つけてきた住民の前に立ち、救護と被害記録の整理を始めた。一方、レヴェリオは、かつてネビュロスが村ごと氷に封じた故郷フロスティアへ向かう。その気配を感じ取ったネビュロスもまた、過去の眠る北へ足を向けた。

※本作品の執筆にはAIを活用しています。


 ネビュロスは魔導書を閉じた。


「フロスティアへ行く。あそこには、私の弟子たちがいる」


「私も行く」


 セイジが端末を手に立ち上がった。


「街の記録はエルザに引き継ぐ。君の封印を調べるなら、私にもできることがあるはずだ」


 ネビュロスは頷いた。

 グリムたちに街とライガの捜索を任せ、二人は使える輸送車を借りて北へ向かった。


 街道を抜け、山道を越える。やがて森の向こうに、氷に閉ざされた家々が見えてきた。


 フロスティアの入口で、ネビュロスは立ち止まった。


 氷の向こうに、少女がいた。

 広場に膝をつき、両手を腿に揃えている。その前には、倒れた男女が横たわっていた。


「……エナ」


 同行したセイジが、彼の視線を追った。


「君の弟子か」


「ああ」


 少女の口は、僅かに開いていた。

 何を言わされていたのか、ネビュロスは今も覚えている。


         *


「私の両親は、反逆者です」


 十年前。

 焼けた紙が舞う広場で、エナはそう言った。


 父親の手は、彼女の方へ伸びていた。

 母親はその腕に縋るように倒れている。二人とも、もう動かなかった。


「反逆者は、秩序を乱す者です」


 兵士が頷いた。


「続けろ」


「私は……正義の兵士として、生まれ変わります」


 教室で本を読むとき、エナはよく声を詰まらせた。

 難しい言葉に出会うと、隣の弟リトを小突いて教えを求めた。そのくせ、リトが読み間違えると、誰よりも早く笑った。


 今は一度も、隣を見なかった。


 書庫の陰で、リトが身を乗り出した。

 ネビュロスはその肩を掴んだ。


「姉ちゃん」


「声を出すな」


「父ちゃんたち、あそこに……」


 リトの膝が震えていた。

 ネビュロスの袖を握った指に、力が籠もる。


 エナがこちらを向いた。


 一瞬、目が合った。


 リトが息を吸った。

 だが姉は、知らないものを見たように視線を戻した。


「私は、正義の兵士として生まれ変わります」


 今度は、詰まらなかった。


 ネビュロスは少年を抱き寄せ、壁の陰へ引き戻した。

 口元を押さえた掌に、熱い涙が落ちた。


         *


 フロスティアが奪われるまで、数日もかからなかった。


 ジャスティスフェイスの前身となる組織は、まず書庫を押さえた。

 魔法を教える者、書物を編む者、村の記録を守る者。彼らを名簿で呼び出し、抵抗した大人を広場で処刑した。


 蔵書は山にされ、火をつけられた。


 ネビュロスが炎を凍らせると、兵士たちは別の場所で本を焼いた。村人をその前に立たせ、次に抵抗すれば一緒に燃やすと告げた。


 その間に、子供たちが選別された。

 魔力適性の高い者から連れていかれた。


 戻ってきた子供は、親の名を呼ばなくなった。


 エナも、その一人だった。


 彼女を見た夜から、リトは喋らなくなった。

 地下の紙倉で膝を抱え、戸口を見つめている。


 傍らではミナが、焼け残った本の煤を袖で拭っていた。


「もういい。目を休めろ」


 ネビュロスが言うと、少女は首を振った。


「ここ、まだ読める」


 頁の半分が焼けていた。

 季節ごとの星の位置を記した本だった。


「先生、これの続き、覚えてる?」


「……ああ」


「じゃあ、また書けるね」


 ミナは本を閉じた。

 煤で黒くなった手を気にせず、胸に抱える。


「続きを書くにも、読む者が倒れては困る。今は休め」


 いつもの淡々とした口調だった。

 ネビュロスは小さな背中に自分の外套をかけ、開いた襟元まで合わせてやった。


 残された弟子は、数人。

 彼らを村の外へ出す。それだけを考えていた。


 だが、村はすでに包囲されていた。

 北の道にも、南の橋にも兵士がいた。人一人なら紛れ込めた林まで、夜には照明で照らされた。


 そして翌日、隠していた子供たちの存在が知られた。


         *


「対象児童を引き渡せ」


 外から声がした。


 ネビュロスは教室の入口に氷壁を張り、弟子たちを窓から遠ざけた。


 銃撃が始まった。

 氷の表面が削れ、白い欠片が頬を打つ。


 裏口を開けると、隣の書庫が燃えていた。

 屋根を渡ってきた炎が、教室の庇を舐めている。


 氷で塞ぐ。

 入口の壁が割れる。

 補強する。

 今度は天井から煙が落ちてくる。


 何度計算しても、逃がす道がなかった。


 ミナが咳き込んだ。

 リトはその背中をさすっていた。指先が震え、うまく動いていない。


 あの子たちにも、あの言葉を言わせるのか。


 ネビュロスの脳裏に、エナの顔が浮かんだ。

 父母の遺体を前にしても、泣くことさえ許されなかった弟子の顔が。


 入口の氷に、深い亀裂が走った。


 ネビュロスは魔導書の末尾を開いた。

 指が止まる。


 ――生ある者に施すべからず。


 術式の上に記された一文が、目に入った。


 凍らせて動きを封じる魔法ではない。

 命を、その時間ごと閉じ込める禁術。


 殺さずに済む。

 だが、いつ生きる時間を返してやれるのか。


「先生」


 リトが袖を掴んだ。


「姉ちゃんも、助けてくれる?」


 ネビュロスは少年を見た。

 その向こうで、ミナが咳き込みながら本を抱き締めていた。


 広場にはエナがいる。

 村には、ほかにも奪われた子供たちがいる。


 教室だけを封じても、残された者たちは連れていかれる。


 ネビュロスは術式の範囲を広げた。

 教室から書庫へ。広場へ。村を囲む外壁まで。


 兵士も巻き込む。

 逃げ遅れた住民も。


 その全ての時間を、自分一人の判断で止める。


 魔導書を押さえる指が震えた。


 入口の向こうで、氷の砕ける音がした。


 ネビュロスはリトを胸へ引き寄せた。

 ミナの肩を抱き、ほかの弟子たちにも手を伸ばす。


 心を殺されるくらいなら。

 誰かを傷つける兵器にされるくらいなら。


 たとえ、いつ覚めるとも知れない眠りでも。


「……すまない」


 誰に許しを求めたのか、自分でも分からなかった。


 唇だけを動かし、最後の術句を結ぶ。


 《時葬氷獄(クロノス・コキュートス)》。


 魔導書の文字から、色が抜けた。


 足元に霜が降りる。

 それは音もなく床を這い、子供たちの靴を白く覆った。


「先生、寒い」


 ネビュロスはミナの手を握った。

 温めてやることは、できなかった。


 リトの指から力が抜ける。

 ミナの咳が、途中で途切れる。


 胸に寄せた小さな身体から、鼓動が伝わらなくなった。


 ネビュロスは術式を確かめた。

 命は消えていない。

 次の一拍へ進む時間だけが、閉ざされていた。


 入口の氷壁が破られた。


 踏み込んだ兵士が銃を上げる。

 引き金にかかった指を、薄い霜が覆った。


 その指が曲がるより先に、冷気は戸口を越えていた。


         *


 村を見下ろす丘に、近隣の住民たちが集まっていた。


 煙を見て駆けつけた者。

 親類を案じて来た者。

 兵士に追い払われ、遠くから見ていることしかできない者。


 彼らの前で、フロスティアの音が消えていった。


 教室の周囲が白く曇った。

 その白さが道を伝い、家々の壁を覆っていく。

 風も衝撃もなかった。ただ、通り過ぎた場所から、何も動かなくなった。


 逃げる兵士の脚を捉えた。

 振り向いた顔も、叫ぼうと開いた口も、そのまま透明な厚みに埋まった。


 門へ走っていた荷車が止まった。

 馬の前脚が宙に上がったまま固まる。

 御者が伸ばした鞭の先まで、氷に変わった。


 火の粉が落ちなくなった。


 悲鳴が途切れた。


 丘にいた男が、握っていた縄を落とした。

 音を立てたのは、それだけだった。


 村一つが、巨大な氷塊に閉ざされていた。


 薄く透ける奥に、幾つもの人影があった。

 銃を構える者。

 誰かに縋る者。

 地面に伏した者。


 誰も動かなかった。


「……中に、子供が」


 女が言った。


 凍りついた教室の壁が一部崩れ、その向こうに小さな影が見えた。

 本を抱いた少女。

 身を寄せ合う子供たち。


 その真ん中で、一人の男が立ち上がった。


 長い蒼白の髪。

 裾から霜を落とすローブ。

 片手に開かれた魔導書。


「……ネビュロス先生?」


 丘の男が呟いた。

 その名に、隣の女も顔を上げた。


 近隣から本を借りに来る者にも、教えを求める者にも、彼はよく知られていた。

 愛想はない。説明は厳しい。それでも、子供の質問を途中で切り捨てることのない教師だった。


「あの人が……?」


 女は、凍った教室へ目を戻した。


「だって、あそこにいるのは、先生の……」


 教え子たちだった。


 ネビュロスが歩くと、氷が道を空けた。

 銃を構えた兵士の脇を抜け、倒れた人影を越えてくる。


 泣きもせず、取り乱しもせず。

 あの教室で本を開いていたときと同じ、静かな顔をしていた。


「先生! 子供たちはどうなったんだ!」


 男が呼びかけた。


 ネビュロスの足が止まった。

 魔導書を押さえる指に力が入る。


 弟子たちの命は、まだそこにあった。

 一人ずつ確かめ、封印の綻びを塞ぐ。その手を、今は止められなかった。


 返事はなかった。


 男には、その沈黙の理由が分からなかった。

 知っている顔なのに、何を考えているのか分からない。


「……自分の生徒まで、凍らせたのか」


 口にしてから、男は後ずさった。


 生徒を大切にしていた、あの教師が。

 その生徒さえ氷に閉じ込め、顔色一つ変えずに立っている。


 ならば、自分たちには何をする。


 ネビュロスが丘の方を見た。

 女が息を呑み、隣の者の袖を掴んだ。

 逃げ出した子供を、誰も叱らなかった。


「悪魔だ……」


 誰かが呟いた。


 男は否定しようとして、声を出せなかった。

 目の前には、村一つを呑み込んだ氷があった。


 やがて、噂が村々へ届いた。


 フロスティアの教師、ネビュロスが村を滅ぼした。

 兵士も住民も、幼い教え子さえも凍らせた。


 彼を知る者は、初めは信じなかった。

 だが、故郷と教え子まで手にかけたという話は、やがて彼の冷酷さを示す証として語られるようになった。


 凍った村は、その噂を否定しなかった。

 翌日も、その次の季節も、誰一人として帰ってこなかった。


 噂を聞いた者たちは、ただの魔術師の仕業とは考えなくなった。


 人も、軍勢も、一つの村さえも。

 命乞いの声ごと封じ、巨大な墓に変えてしまう者。


 いつしか、人々はその男を――氷の魔王と呼んだ。


(第4話へ続く)


【後書き】


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、ネビュロスが「氷の魔王」と呼ばれるようになった過去を描きました。


普段は冷静で、言葉も厳しい彼。それでも、生徒を思う気持ちは、ミナにかけた外套や、最後まで握った手に表れていたのではないでしょうか。


守るために踏み越えた禁忌《時葬氷獄(クロノス・コキュートス)》。その選択は、事情を知らない人々の目には、教え子さえ巻き込んだ残酷な行為として映りました。


そして十年後。再び故郷に立ったネビュロスは、止めた時間とどう向き合うのか。次回も見届けていただければ嬉しいです。


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