第4部 第2話『断罪の巡礼』
【前回のあらすじ】
グリムたちが瓦礫の前で立ち尽くす中、リドラムでは支配から解放された住民と、命令系統を失った兵士たちの混乱が広がる。
そして、カイの身体を得たレヴェリオは、初めて朝の光に触れた。
カイが管理を選んだのなら、自分は断罪を選ぶ。
彼女はそう決め、ノクタリアに残された痛みへ目を向け始めた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
リドラム中央広場は、臨時の救護所になっていた。
夜明けの直後まで怒号が飛び交っていた場所に、今は古い布と木箱で作られた簡易ベッドが並んでいる。
兵士たちは銃を持っていなかった。
代わりに、瓦礫を運び、怪我人を抱え、壊れた水道管の前で立ち尽くしていた。
何をすればいいのか分からない顔だった。
命令が消えた人間の顔。
レクスは、その顔を一人ずつ見ていた。
「東区の倒壊家屋を確認しろ。負傷者がいれば救護所へ運ぶ」
兵士の一人が、反射的に敬礼しかけた。
レクスは首を振った。
「敬礼はいらない。命令でもない。行くかどうかは、お前が決めろ」
兵士は、手を途中で止めた。
しばらく黙ったあと、小さく頷いた。
「行きます」
「なら行け」
短いやり取りだった。
だが、その兵士の足取りは、昨日までとは違っていた。
誰かに動かされた足ではない。
自分で前へ出した足だった。
*
広場の隅で、セイジは端末を開いていた。
壊れかけたタワーの残存データ。
市民登録。
再教育施設の搬送履歴。
思想矯正プログラムの実施記録。
それらが、途切れ途切れに端末へ流れ込んでくる。
文字列は膨大だった。
かつてのセイジなら、件数として処理しただろう。
何名。
何件。
何パーセント。
だが今は、数字の裏に顔があることを知ってしまった。
「セイジ」
アシュレイが、紙束を抱えて戻ってきた。
怒っているような顔だった。
だが、声は低かった。
「北通りの住民から聞いた。再教育施設に送られた奴の名前、ここに書いた」
紙は乱暴な字で埋まっていた。
名前。
年齢。
連れていかれた日。
戻ってきたか、戻ってきていないか。
アシュレイの字は汚かった。
何度も書き直した跡があった。
セイジは、それを受け取った。
「入力する」
「数字にすんなよ」
アシュレイが、すぐに言った。
セイジの指が止まった。
「分かっている」
「ほんとかよ」
「分かっている。少なくとも、分かろうとしている」
アシュレイは、何か言い返そうとして、やめた。
代わりに、乱暴に頭をかいた。
「くそ。こういうの、どうすりゃいいんだよ」
「分からない」
セイジは正直に答えた。
「だが、消してはいけない。それだけは分かる」
その言葉に、アシュレイは紙束から目を逸らした。
「……そうかよ」
*
少し離れた建物の影で、グリムは座り込んでいた。
立とうとすると、足に力が入らない。
拳を握るだけで、腕の奥が軋んだ。
それでも、目だけは広場を追っていた。
「気に入らんな」
ネビュロスが隣に立ったまま言った。
「何がや」
「君の顔だ。今にも立って走り出しそうな顔をしている」
「走れるかい。今の俺が走ったら、三歩で顔面から転ぶわ」
「理解しているなら結構だ」
ネビュロスは、いつものように淡々としていた。
だが、その指は魔導書の表紙を押さえたまま、微かに動いていた。
落ち着かない時の癖だった。
ヴェルミリオンは、壊れた噴水の縁に腰をかけていた。
幻影の蝶を一匹だけ飛ばし、広場を見ている。
「ねえ」
彼が、ぽつりと言った。
「昨日まで正義の兵士だった人たちが、今日から瓦礫を運んだら、それで帳消しになるのかな」
「なるわけないやろ」
グリムは即答した。
「せやけど、運ばんよりはマシや」
「うん。そこが嫌になるほど現実的だね」
ヴェルミリオンは笑った。
笑ったが、目は笑っていなかった。
「許せない人がいる。やり直したい人もいる。どっちも本物だから面倒だ」
「面倒でええ」
グリムは広場を見た。
兵士に水を渡す住民がいた。
その隣で、別の住民は兵士を見るだけで顔を背けていた。
どちらも、嘘ではなかった。
「一色に塗ったら、また同じことになる」
ネビュロスが、静かに言った。
その言葉に、グリムは少しだけ眉を上げた。
「お前がそういうこと言うと、妙に重いな」
「事実だからな」
ネビュロスは、空を見た。
北の空だった。
まだ、何も見えない。
けれど、その方角から、冷たいものが胸の奥へ落ちてくるような感覚があった。
*
同じ頃。
リドラム旧行政区の地下に、カイの身体をしたレヴェリオはいた。
そこは、かつてジャスティスフェイスが接収した資料保管庫だった。
扉は半壊している。
壁の白い塗装は剥がれ、床には濡れた書類が散らばっていた。
レヴェリオは、その一枚を拾った。
処分記録。
思想危険度。
統一言語適合率。
再教育優先度。
冷たい文字が、紙の上に並んでいる。
「カイは、こういう形で世界を見ていたんだね」
彼女は、静かに呟いた。
怒りはなかった。
哀れみもなかった。
ただ、確認するような声だった。
奥の端末が、まだ生きていた。
レヴェリオが触れると、画面にノイズが走る。
カイの生体認証が、遅れて通った。
『管理者権限、確認』
機械音声が響いた。
『未処理案件、三百二十七件』
レヴェリオは目を細めた。
画面に、地図が浮かぶ。
リドラム。
エセリア。
辺境の焼失村。
そして、北方の白い空白地帯。
その一点だけが、黒く塗り潰されていた。
『危険思想保存区。閲覧制限』
レヴェリオは、画面に指を置いた。
「制限解除」
『権限不足』
「解除」
『権限不足』
同じ返答。
同じ声。
同じ拒絶。
その瞬間、レヴェリオの奥で、何かが微かに震えた。
『君は正しい』
どこからか、声がした。
カイの記憶ではない。
彼女自身の声でもない。
それは、暗い部屋の壁に跳ね返った反響のように、何度も同じ言葉を繰り返した。
『君は正しい』
『君は正しい』
『君は正しい』
レヴェリオは、眉を寄せた。
「うるさい」
声は止まった。
端末の画面が、勝手に切り替わる。
黒塗りの地名が、一文字ずつ復元されていく。
フロスティア。
その名が表示された瞬間、保管庫の空気が一気に冷えた。
レヴェリオの視界に、白い景色が流れ込む。
雪原。
凍りついた書架。
氷の中に閉じ込められた生活の音。
誰かの手が、古い本を小さな少年へ押しつけている。
『言葉を持つ者は、奪われる前にそれを残せ』
レヴェリオは、画面から手を離した。
指先が、冷たくなっていた。
「ネビュロス」
名前が、自然に出た。
カイの記憶の中で見た氷の魔王。
いつも冷静で、いつも言葉を選んでいた男。
その沈黙の奥に、これほど大きな空白があった。
「君の痛みは、まだ裁かれていない」
レヴェリオは、端末を見下ろした。
そこに並んでいるのは、報告書ではなかった。
墓標だった。
誰にも読まれず、誰にも悼まれず、管理項目として眠らされた墓標。
「なら、私が行く」
レヴェリオは、保管庫を出た。
白銀の光翼が、背に一瞬だけ開く。
だが、その輪郭はすぐに紫の雷へほどけた。
彼女の足音は軽かった。
祈りに向かう者の足音ではない。
判決を持っていく者の足音だった。
*
広場の端で、ネビュロスが足を止めた。
グリムが、顔を上げる。
「どうした」
ネビュロスは北を見ていた。
表情は変わらない。
だが、魔導書を押さえる指に力が入っていた。
「今、私の名を呼ばれた」
「レヴェリオか」
「おそらく」
ヴェルミリオンが、蝶を消した。
「どこから?」
ネビュロスは、少しだけ黙った。
そして、口を開いた。
「フロスティア」
その名を聞いた瞬間、グリムの目が細くなった。
「お前の故郷か」
「もう存在しないはずの場所だ」
ネビュロスは、静かに言った。
声は平らだった。
けれど、その平らさが、かえって痛かった。
「記録上はな」
北の空から、冷たい風が吹いた。
リドラムの灰が、白い筋になって流れていく。
誰も、すぐには動けなかった。
だが、三人とも分かっていた。
レヴェリオは、もうそこへ向かっている。
裁かれなかった痛みを、裁くために。
そしてそれは、救いとは限らない。
(第3話へ続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、前話の混乱をそのまま繰り返すのではなく、タワー崩壊後に残された「記録」と「責任」に焦点を当てました。元レッドたちは、戦うことではなく、名前を残すこと、銃を下ろすこと、自分で選ぶことからやり直し始めています。
一方で、レヴェリオはノクタリアに残された未処理の痛みへ歩き出しました。彼女が見つけた最初の場所は、ネビュロスの故郷フロスティアです。
次回は、凍った村とネビュロスの過去へ踏み込んでいきます。
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