六十七 モヤモヤする
自分のベッドに横になって、だんだんと咲きそろい始めた桜の花を見つめながらも、駒井のことが頭から離れてくれなかった。
「あと何年、こちらに居ようと、コマに私の気持ちは伝えられないんだな。」
そう、いつかは戻る。
もし、、もしも戻らないとしても駒井と私の時間軸は同じになることはない。
人である駒井だけがおじいさんになって、私を置いて死んでいく。
「置いていかれるのは、やだな。」
かといって、戻るまでの時間を駒井と過ごせたとしても、きっと五年もすれば別れがくる。
人の短い人生の時間から、神使職になろうとしている私が五年も奪うなんて絶対にしちゃいけない。
「コマが結婚して。お父さんになって。子供を育てるとしたら、定年までに成人させないとだよね。見た目若そうだけど、今三十歳として、五年経ったら三十五歳。そこから、新しい人を見つけてるってことでしょ。私と別れてから、立ち直る時間を考えると、お父さんになるのが、だいたい四十歳。六十歳まで働くとしたら、子供の成人ギリギリかあ。」
はあ、、、何の計算してるんだろう。
だいたい、好きなのは私で、駒井の気持ちなんてわかんない。
待って!そうだ、わからないどころか、出会いは私史上、最悪なやつだったじゃん!
口から生まれてきたみたいにペラペラよく喋ってたし。夏乃先生がタイプだって言ったたし。
「そうだよ!コマに会ったのなんて、ついさっきくらい最近じゃん。いろいろあったから、脳が疲れ果てて、なんか勘違いしてるんだ。ほら、猛ダッシュした後のドキドキ最中に会った人に、恋のドキドキかもって勘違いしちゃうってやつ。そうそう、それそれ、勘違い。私の必死のラリアットをいつまでも、いつまでもクスクス笑う、失礼、変態、お調子者のホスト体質。あー思い出してきた!この私が好きになる訳ない、ない。そうだよ!バッカみたい。もう、寝よ。おやすみなさーい!」
そう思っても、なかなか寝付けない。
翌日は、目覚ましに起こされた。
「眠れないかと思ったけど、ぐっすりだったんだ。なんか最近はこんな日ばっかりだな、、、。」
顔を洗って、鏡をみたら
「何?昨日は実験室にでもいたんだっけ?」
ってくらいに、髪の毛が爆発していた。
「そう言えば、ちゃんと乾かさなかったかも。」
とりあえず、縛っちゃえばわかんないやと、適当にブラシを入れ、シュシュでチャチャっと束ねた。
階段を降りると、
「よく眠れたか?」
春吉さんがお気に入りのコーヒー牛乳のパックを手に聞いてきた。
「あ、ハルさん。お帰りなさい。おはようございます。」
「その頭。よく眠れたんだな。」
そう言って、良き良きって頷いている。
「はい。ビックリするくらい。寝落ちして、今までぐっすりです。」
「何よりだな。」
「アレ?コマは?」
「ああ、呼び出しがかかったらしくて、署に向かった。」
「今ですか?」
「いやいや、朝方な。」
「あ、やば。私、気が付かなかった!」
慌ててスマホの着信をチェックしたけど、履歴に駒井はない。
「あ、スマホ鳴ってない!コマ、どうやって署に向かったんだろ?窓から出たんですかね?」
春吉さんは、コーヒー牛乳を吹き出しそうになりながら、
「おいおい。まだ夢の中ですか?窓から出るわけないだろ。ちょうど、俺が帰って来たんだよ。」
「あ、ですよね。ハハハ、私、寝ぼけてんな〜。」
そう言いながら、朝、駒井と顔を合わせないで済んだことにホッとした。
「ハルさん、朝早くに戻ったんですか?」
「ああ。」
「えっと、、貴政さん、大丈夫なんでしょうか?」
春吉さんは、
「医療の詳しいことはわからないが、このまま骨髄移植を受けることのなったよ。」
そう話す春吉さんの顔の暗さに、
「そんなに悪いんですか?」
思わず言葉が出てしまった。聞かなくてもわかるだろうに、春吉さんに嫌な事を言わせてしまう。
「うん。多分な。昨日のうちに無菌室に入る準備が始まったんだ。多分、リコちゃん達は、もう貴政さんのところに向かってる。」
「え。」
貴政の容態のことも、リコちゃんが移植に向けて出発したことも、何にも知らないで、呑気に駒井との事を考えていた自分がものすごく情けなくなった。
自分の事しか考えてないじゃん。こんなんで、どうやって神様にお使いできるだろう。
「祝、何落ち込んでるんだよ。いいか、貴政さんこれから、元気な体になるんだぞ!」
「、、、そうですよね。いい方向に向かうんですよね。」
「そう、そう。先生達も一流だし。ガッツの塊みたいな貴政さんなら、絶対に乗り切れる。」
「ですよね!」
貴政の容態だけでなく、自分の情けなさに落ち込んでいたが、春吉さんの笑顔が、私を救ってくれる。
「あ、でも貴政さん、リコちゃんからの移植を拒否してるんじゃないんですか?リコちゃんだって、、、。」
「そうなんだけどさ。マコトさんがリコちゃんと貴政さんをリモートで繋いで。リコちゃんが、お兄ちゃんともっと兄弟になりたいから、リコの血をあげるって。それで貴政さんも気持ちが変わって、リコちゃんから移植を受けることになったんだ。」
「そうですか、、。」
「何だよ、祝。浮かない顔して。」
「いや、、なんて言うか。結局、西条の思った通りになっちゃうのかなって。」
春吉さんは、私の方に体ごと向き合うように座り直すと、
「西条の思った通りじゃない。リコちゃんと貴政さんの思う通りだ。」
「あ、」
「だろ!」
「ですね。二人が決めた事ですね。」
「応援しねーとな。移植が無事に成功しますように。ってな。」
「はい。」
春吉さんにそう言われて、リコちゃんの真っ直ぐな瞳を思い出した。
自分の気持ちに眩しいほど真っ直ぐなあの瞳を。
それから私と春吉さんは、千花ちゃんの事件から五日ぶりに喫茶店クレに向かった。
扉を開けると、金髪の夢ちゃんが飛びついてきて、
「遅いよー。心配したんだからー。もっと早く顔出してよー。遅すぎだよー。」
って大泣きながら、私と春吉さんを抱きしめて、そして、
「ありがと、、。」
って、ほっぺにキスしてくれた。
夢ちゃんは、
「夢の気持ち。」
そう言って、二人にナポリタンをご馳走してくれた。マスターも
「ありがとう。」
と、伝説のプリンアラモードをマスター自ら席まで運んできてくれた。
「おー。伝説の!俺も良いんですか!」
って。
ハルさん当たり前じゃん。
私と春吉さんは、夢ちゃんの赤い口紅のキスマークをほっぺにつけたまま、ナポリタンと伝説のプリンアラモードを堪能した。
モヤモヤの中にいたけど、春吉さんや夢ちゃん、マスターの笑顔が私を優しく包んでくれた。




