六十六 悩む
駒井がシャワーを浴びてる間、何もするが事ない。さっきまで飲んでいた湯呑みと急須を洗い終わったら、ただ、駒井のシャワーの音を聞いて。ドライヤーをかける音を聞いて。そこに誰かいる安心に浸っていた。
誰か、、、かな。
シャワー終わりの駒井に、もっとドキッてするのかと思ったけど、そんなことは微塵もなかった。っていうか、ドキッてしちゃいけないって思ったのかな。
「お先でした〜。」
「うん。」
「何?ボケーっとしちゃって。風呂上がりの俺さまにときめいてる?」
「ボケーってなによ!ふん。」
「ははは、ごめん、ごめん。」
「なんか、サッパリ、ツヤツヤしちゃって、むきたてのゆで卵みたいだな〜って。」
私にそう言われて、駒井こそがボケーっとして。
「それって、、、。何?褒めてるの?」
「そうそう。褒めてる、褒めてるよ。じゃ、おやすみ。」
そう言って席を立つと、
「あ、祝ちゃん。ボディーガードなのにさ、申し訳ないんだけど、、、。」
「何?ラリアットで守って欲しいとか?」
駒井は、キョトンとして、そして、ゲラゲラ笑いながら、
「違う違うよー。」
「じゃあ、何?」
駒井は肩を揺らしながら、
「多分、大丈夫と思うけど。万が一事件が起きると呼び出しが、かかっちゃうんだ。」
「夜中でも?」
「そ。悪い奴って闇夜でうごめくからさ。」
「なるほどねー。」
「だから、もし呼び出しがかかったら、鍵を開けてもらわないと、なんだ、申し訳ない。」
そう言って駒井は、顔の前で手を合わせた。
「いいよ。わかった。あ、でも部屋のドア叩かれるのはなあ、、、。」
「いや、いや。襲ったりしないよ。そんなこと絶対しないから。」
必死の形相になんか腹が立った。
「そんなに、ガッツリ否定しなくても。なんか腹たつ。女として魅力ゼロみたいじゃん。」
膨れっ面の私に駒井は、
「そんなことないよ。」
「え。」
何!何、何!何でそんな目で見るのよ!
駒井のそんな目が、ちょっと嬉しかった。だけど、その目に反応しちゃう自分の気持ちは、どうしようもなくて、ぶっきらぼうに、
「とにかく、ドア叩かれても起きないと思うからさ。スマホ、鳴らして。」
「了解。ってか、スマホの方が起きるの?若者だな〜。」
「自分だって若者じゃん。コマの音、設定しておくから。」
「お、どんな呼び出し音?ラブリーなやつ?」
意味わかんないくらい、めっちゃキラキラした目でそう聞くから、
「天国と地獄。」
って、ツンで答えた。
「何で、そんな運動会みたいな呼び出し音に設定するんだよー。」
「色々、ピッタリでしょ。おやすみなさ〜い。」
階段を上がる時に、階段の扉も閉めて良いよって、背中でコマの声がしたけど、信用してるよーって振り返りもせずにそう言って階段を上がった。
部屋に入ると、スマウォで鍵をかけようとした手が止まり、
「信用してないみたいかな、、、。」
考えてみたら、Pに来てから、ちゃんと鍵なんてかけてなかった。だからって鍵をかけなかったら、駒井を男性として見ていないみたいで、それはそれで、失礼かも、って頭の中がぐるぐるする。
「何やってるんだろう。コマごときに。」
自分の気持ちを振り切るように、
「えい!」
部屋の鍵をかけた。
「あと、こっちにいられるの、一年じゃん。」
大学を卒業したら、修行が開ける。そしたら元の世界に戻って、はれて神使職になる。
めでたし、めでたし、、よ。
鍵のかかったドアをしばらく見つめていたが、ため息が一つ出て、シャワーを浴びる事にした。
自分の中にあるモヤモヤを洗い流したいと、シャワーの蛇口を思いっきりひねる。
「わあ!つめた!」
そりゃそうだよね。初めは水が出るに決まってる。
「ふん。水を浴びたかったんだよ!」
誰にする訳でもない言い訳を口にした。
でも、本当にそうかも。水を思いっきり浴びたかったのかも。
頭を冷やさないと、あと一年なのにモヤモヤが始まりそうな、いや、始まった自分を戒めたかった。
シャンプーを思いっきり手に取って、ザーザー出ているシャワーはそのままに、思いっきり頭をゴシゴシと顔も体も泡だらけにしながら、髪を洗う。全身泡だらけにしながら、大きな独り言を呟いた。
「あ、でも奨学金は返し終わらないとだよね。それこそ、色んな所に迷惑かけちゃうし。だからあと4年、いや5年はいるかな。Pのお給料あんまり高くなさそうだし、もっとかかっちゃうかも。そう言えば、いくらもらえるんだろう?そんな話、してなかった。へへ。」
顔を伝って落ちるシャンプーの泡と、シャワーの雫の中に、涙が混ざる。
Pに来るまで、戻った時の期待と不安しか存在しなかった。
何の疑問も持たず、誰かが敷いた神使職になるレールの上を、ただ進んでいくだけのはずだった。
マコトさんと美佐枝さんに会い、向こうの世界に戻らない神様や神使職が存在すること知った。アワイの力を持つ、神様でも神使職でもない、多分人でも無い、ゲンさんにも会った。
自分の当たり前が崩れて、真っ直ぐだった道に分岐点ができた。
「どうなっちゃうんだろう、、。違うな。どうしたら良いんだろう。」
どう進めば正解なのか、誰も教えてくれないし、決めてくれるはずもない。
だいたい、人に対してこんな気持ちを持つことは、全く予定外。
私は神使職になる。神様の元でその力を使う、立派な神使職になるのが定めだと思っていたから。
だから、認めたくなかった。なのに、
「なのに、どうして、、、。コマを好きになっちゃたんだろう、、、。」
泡がすっかり落ちても、シャワーブースから出ることができなかった。




