六十五 二人でいる安心
駒井との食事は安心できる時間だった。
駒井は、食事が終わるとお茶を入れてくれた。あまり緑茶を飲む習慣がなかったけど、一口飲むとホッとした。
へー。新しい自分、発見。
駒井も一口お茶を飲むと、夏乃さんと会いに行った貴政の話をしてくれた。
「貴政さんは、想像していた人とは違ったんだ。」
「え、どんなふうに?」
「もっと、なんて言うか、、激しい人?そう思ってた。」
「激しい?」
「西条が、どんな人間かわからないけど、親と自分から縁を切るなんて、うーん、簡単じゃないって思うんだ。」
「うん、そうかも。」
「貴政は金持ちの家に生まれて、生活の心配なんていっさいしないで生きてきた。そんな人間がだよ、いきなり援助も何も受けずに、しかも病気を抱えて暮らしていくなんて。生活費だって、病気の治療費だってめちゃくちゃ金かかるだろうに。簡単にはできないよ。」
「そう、、かも、、。」
こちらの親元での生活は、裕福ではなかったと思うが、貧しくもなく、ごく普通の穏やかな生活だった。そんな親の元を離れて、バイトしながらの生活は楽しかったが、かなりキツキツ。何をするのも節約がキーワードの毎日だった。金持ちの家から、いきなりのキツキツ生活は大変だろうな。
「それなのに、親も家も全部と縁を切って生きていく。だから、なんていうか、父親に対する怒りみたいなものを前面に出してくるのかと思ったんだけど。」
「違ったんだ。」
「うん。とても穏やかな人なんだよ。」
「別に父親に対して怒っているだけで、夏乃先生やコマに対して穏やかでも不思議じゃないじゃん。」
「てか、西条の話をしている時も穏やかなんだよ。」
「えっ。へー。」
「ね、意外だろ。父は本当は優しい人なんですって、スッゲー穏やかな顔して言うんだ。」
「優しい、、。じゃあどうして縁を切って家を出たの?」
「自分がいるから、父は優しくなれないって。妹に対しても、咲子さんに対しても、って。」
私は、西条の部屋に入った時のことを思い出していた。そして浄化された後の顔も。
「西条、どんな奴だった?」
駒井が私の顔を覗き込むように聞いてきた。まるで私が、西条にあった時のことを思い出しているのが、わかっているかのように。
「うーん。第一印象は最悪。マジでラリアット喰らわしてやるー、って思った。」
「じゃあ、第二印象は?」
「うん、、、。かわいそう、、かな。」
「そっか。」
「うん。」
駒井には、私が見た西条の心の話はできない。
西条の記憶の中のリコちゃんも貴政さんも笑顔だったこと。
箱に入れられ泣いている赤ちゃんの隣で、大泣きしている西条の子供の頃の話も。
話すわけにはいかない。
ありがたい事に、駒井は、第二印象でどうしてそう思ったのかを聞いてこなかった。聞いてこないが、自分が貴政のところに夏乃さんと行き、貴政の病状を確認したこと。警察官の自分には詳しくわからないが、病状は進んでいること。夏乃先生が貴政に骨髄移植を強く進めていたこと。それでも、リコちゃんからの骨髄移植は拒否していることを教えてくれた。最後に、
「みんなが幸せになれると良いよな。」
心から漏れ出すように、そう呟いていた。
駒井の優しさに、涙が込み上げてきたけど、
「じゃあ、先にシャワー使わせてもらうね。」
って。
「はっ。」
「ん?このまま寝るのは流石に気持ち悪いからさ。シャワー、お先です。」
そう言って、私に背を向けて、ソファーに置いた自分の鞄をゴソゴソしている。
駒井、何やってるの?
「このまま寝るって?何?」
「ん?いや、だからさ、今日もめっちゃ頑張ってきて、汗だくだから。寝る前にさっぱりしたいでしょ。だから、お先にシャワーです。」
振り返って、笑顔でそう話す駒井の手には、タオルと何やら詰まった袋が抱きしめられている。
「シャンプーとか、ボディーソープは借りるね。じゃ。」
こいつ、何言ってるの!
「は、シャワーなら自分の家に帰ってから浴びなよ!なんでここでシャワーなのよ!」
「なんでって、お泊まりするから。」
「は、どこに?」
「え、ここに!」
こいつ、駒井だよね?たぶん、男、だよね!
「駒井。動くなよ!今、ラリアット喰らわす!」
「へ?」
「へ、じゃないわよ!動くなよ駒井。ここで一発ラリアットだーー!」
めっちゃ本気でそう叫んだら、
「わあ、わあ、待って。待って!い、祝ちゃん、待って、待って。な、なんで?なんでラリアット?やめて、やめて!俺なんか悪いことした?」
「やめてじゃない!なんで、泊まるのよ!」
「なんでって、マコトさんに頼まれて!祝ちゃんのボディーガードしてやって!って。だからさ、だからなの。」
「え、マコトさんが?」
「そ、マコトさんが!マコトさんがだよ!僕じゃなくて、マコトさんが!」
私は、ラリアットの構えをしたまま、
「でまかせでしょ!マコトさんがそんなこと言うはずないもん!」
「いやいや、ほんとだってば!マコトさんに電話して!電話!ちゃんと聞いて!ね、聞いて!誤解だから。ほんとに頼まれたの!」
私は、少し考えた。
「なんで?私、一人しかいないのに、駒井に泊まって良いなんて、、。やっぱ、マコトさんそんなこと言わないよ!」
気がつくと、駒井はソファーの向こう側に避難していた。
「祝ちゃん、落ち着いて。祝ちゃんの部屋に泊まるなんて言ってないでしょ!駒井はココ。リビングのソファーに寝るから。」
「ソファーに?何が違うの?ここに泊まるなら同じことじゃん!」
「違う、違うよ。全然違う。駒井はココ。祝ちゃんは自分の部屋。しかもちゃーんと、鍵がかかる祝ちゃんの部屋。ね、全然別でしょ!」
ふと気持ちが落ち着いて、
「あ、そうか。」
「そうだよ、そうでしょ!わかった?理解してくれた?」
「うん。理解した。」
「あービックリしたー。」
駒井はまだ信用できてないらしく、ソファーの向こうから、
「い、祝ちゃん。その手下ろして。ね。落ち着いて。さ、そっと手を下ろして。」
って、
「なんで、犯人に銃を下ろしなさい、みたいに言うのよ!」
「いやー。だってさ。祝ちゃんのラリアット、それくらい威力あるじゃん。」
その言いぐさ、カチンとくる。
「じゃあ、同じか試してみる?」
「いやいや、銃に打たれたら死んじゃうんだから、比べられないでしょ。祝ちゃんのラリアットもだけど。良いから、手、下ろして。ね、お願いだから。」
渋々手を下げ、
「マコトさん。なんでコマにボディーガードなんてお願いしたんだろ。まだ黒服が来るっておもてるのかな?」
駒井はソファーの後ろから出ると、
「って、祝ちゃんが心配してぐっすり眠れないって思ったんでしょ。」
「、、、そっか。私のこと、激流の中を泳ぐ金魚って言ってた。」
駒井は私の顔をじーっと見ながら、
「確かに。初めてあった時。マコトさん達に祝ちゃんが出会ってからあまりに短期間だった事に驚いたもんな〜。」
と、駒井がラリアットの構えをしたから、
「あ、貸し、百万にするよ。」
駒井は、もうしません〜って笑いながらシャンプー台がある部屋に歩いて行った。
「そう言えば、シャワーってどこの使うの?髪だけ洗うの?」
駒井は振り返って、
「どこの?って。ここのだよ。」
そう言って、縦格子の模様の壁を軽く押して、横にスライドさせた。
「わあ!」
そこには脱衣所らしきスペースがあり右手には、すりガラスのドアがある。
「こんなところにシャワーブースがあるの!」
「あるよ。祝ちゃん。知らなかったの?」
びっくりしている駒井の顔を、もっとびっくりしている私が見つめて、
「知らなかった。全然知らなかった。へー。ここにも忍者屋敷。からくり扉が。へー。」
「忍者屋敷か。確かにそうだね。突然の事態に依頼人を隠すには良い場所だな。」
「はー。だよねー。」
シャワーブースは、私の部屋のそれよりも広かった。
「ここって、祝ちゃんの部屋のより広いんじゃない?」
「うん。そう。なんで知ってるの?」
「ハルさんが言ってた。親子で依頼に来る人が、子供と一緒に使えるようにって。」
「ああ、なるほどかも。」
「祝ちゃんって。本当に来たばっかりなんだね。そりゃ、疲れてるだろうな〜。じゃあ、お先です。」
駒井はそう言って、脱衣所の内側にある、ドア閉めた。
内側の扉もすりガラスで、駒井が服を脱いでいる様子が何となく見える。
あ、今、パンツ脱いでる。
レディーの前でなんて姿を!って思うより、そこに誰かがいる安心感が透けて見えているよだった。




