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六十一  それぞれの

 最大級に私に呆れているゲンさんが、持っていたコーヒーカップを静かにテーブルに置いた。

小さく息を吐き、冷たーい視線はそのままで、

「立っていても仕方ありません。どうぞお座りください。」

「あ、、、では、、あの、、お言葉に甘えて、、座らせていただきます。」

さっきまで、のんびりミルクとお砂糖たーっぷりのコーヒーを飲んでいた椅子に座った。することも話すことも無いから、またマグを持って一口飲んだけど、さっきの甘さはどこへやら。あの心をほぐす甘さは、まったくしない。飲む気も無くなって、マグをテーブルに置いた。

「気持ちがへこみ過ぎて、気が付きませんか?」

「へ?」

また、不意をつくような物言いをする。だからって、今はゲンさんに向けていた、腹が立つって感情は出てこない。

ゲンさんは私をじーっと見つめると、さっきまで持っていたコーヒーカップを再び手にした。

そして、なんと、私に向かって熱いコーヒーが入っているカップをボールでも投げるように、ヒョイと投げてきた。

「え、え、あーーー。」

コーヒーが熱いんだからよけなくちゃ、と思ったり。

カップが割れちゃう、落とさないように受け止めなくちゃ、と思ったり。

いきなりの行為に、そこまで考えられたか定かじゃないけど。

思わず出した手にコーヒーもカップもなかった。

って言うか、届いてこない。

「あ、あれ?」

床を見回したが何処にもコーヒーは溢れてないし、カップが割れた音もなく、破片も存在していない。

ゲンさんを見ると

「ここですよ。」

そういった視線の先には、カップと、カップから溢れ出ているコーヒーが浮いている。

「、、、、。」

驚きすぎると、声って全く出なくなるんだな。

「これが、アワイの力です。」

「、、、アワイの力。」

「そうです。」

「、、、これが、、、。」

私は空中に浮いているカップとコーヒーに視線が釘付けで、ゲンさんの顔を見る余裕もない。だからゲンさんの

「お分かりいただけましたか。」

って質問にゲンさんの顔を見ることなく、宙に浮いているカップとコーヒーを凝視しながら

「あ、いえ、えっと、、全く分かりません。」

ゲンさんのため息は聞こえたけど、この状況を見ただけで、アワイの力が何かってわかる人なんている?

「はふりさん。その手にしているマグをテーブルに置いてください。」

「あ、は、はい。」

ゲンさんに言われるままに、マグをテーブルに置いた。

「気が付きませんか?」

ゲンさんが、私の目をジーっと見つめて、試すように言ったけど。

「あっ、、えーとー?」

「うん?」

「んーーー。」

気がつくことなんて、全く無いよ。そう思いながら頭をかいて、

「あ。あれ。」

テーブルに置いたマグを持ち上げ、テーブルにもう一度置いた。

「音がしない。さっき、ゲンさんがカップを置いた時も、ものすごく静かだった。静かって事じゃなくて音がしてなかったんだ。アワイの力って、音を消す力なんですね!」

そう勢いよくいったけど、ゲンさんはテーブルに置いていた左腕で頬杖をついて、

「そうなら、私とはふりさんの会話は成り立ちますか?」

「あ、確かに、、、。」

じゃあ、何よってって思ってたら、

「じゃあ、何よって思ってますね。」

だってー。ゲンさんに対する憎たらしいって気持ちがちょっと戻ってきた。

「空間を作る。異空間を広げることができる。それがアワイに与えられしものでございます。」

「異空間を広げる?ですか?」

「はい。」

「異空間、、、。」

「ええ。今、この場もそうです。音がしないのは私とはふりさんがいる空間とカップやテーブルがある空間、それぞれ違う空間、異空間だからでございます。それぞれが違う空間にあるので、音が伝わってこないのです。」

「え、こんな近くにあるのに異空間なんですか?私、マグ持ってテーブルに置いたんです。、、って言うか、ゲンさんだってカップを持って、、そう!投げる前、カップ持ってましたよね。それなのに異空間、、、って?」

「正しい疑問です。はふりさん、今ここには一つの空間ではなく、はふりさんの空間、私の空間が存在しています。通常の考えであれば、その空間は自然と交わり、大きな空間となる。大きな空間の中にはふりさんと私が存在している。」

「うーーん。大きな空間って言うのはなんとなく、、、。いつも暮らしている、、みんなが存在してる場所?空間?って事ですよね。」

「ええ。そんな感じです。」

「えっと、、私の空間とゲンさんの空間て、、その、、えっと、、。」

「では。はふりさんは今、大きなシャボン玉の中にいると考えてください。」

「シャボン玉、、、。」

「そして、私は、私のシャボン玉の中にいる。」

「ゲンさんと私は別々のシャボン玉の中、、。それぞれの空間って事ですね!」

「お分かりいただけますか?」

「はい!」

なんだか、私の周りにもゲンさんの周りにも虹色に光る薄いシャボンの膜があるように見えてウキウキする。

「そして、私の持っていたコーヒーのカップも小さなシャボン玉の中にいて、それを私が持っていた。」

「あー。私のマグも小さなシャボン玉の中。」

「そうです。はふりさんがマグをテーブルの上に置いたとき、マグの入っているシャボン玉の中では、テーブルに置く音がした。でも空間が違うから、はふりさんの耳に、その音は届かない。」

「あー。ゲンさんのカップも違う空間だから、、、。え、でも、、。」

「でも?」

「でも、このコーヒーカップのいるシャボン玉の中では、コーヒーは溢れてビシャってなってもいいんじゃないですか?溢れた形のままで止まってるなんて。それはどうしてですか?」

「それも正しい疑問です。」

ちょっと褒められてるみたいで気持ちいい。っておもてたら、

「褒めていませんよ。」

やっぱり、、、。

「やっぱり、心は読めていません。」

「もー。わかってます。気持ちがダダ漏れって事ですね。」

だんだんと元の私の調子が戻ってきた。そんな感じをゲンさんは少し喜んでいるようにも見える。

「ええ。さ、話を戻します。コーヒーカップのシャボン玉の中は、時間の流れも違うから、コーヒーは溢れた形のまま、止またように見えているのです。」

「時間の流れ、、。つまり、コーヒーのシャボン玉の中の時間は、私とゲンさんの時間の流れより遅いって事ですか?」

「その通りでございます。」

「まさか、、その時間の流れもゲンさんが調節できている?ですか。」

「ほほ。今、このシャボン玉の中だけ、時間がゆっくり流れています。それを」

ゲンさんはそう言って、手を伸ばしてコーヒーカップを持ち、カップを溢れているコーヒーの前に置き直し、

「見ててくださ。」

シャボン玉が割れたような、微かなパンッと破裂音がして、コーヒーが動き出しカップの中にするりと納まった。

「わあ。マジシャン!」

「ですが、長い時間、異空間を作ることはできません。大きくなればなるほどに難しくなります。」

「そうなんですね。」

「元々は、人と人。物と物。現実と異世界。それらをつなぐ境界に存在していました私をマコト様が連れ出してくださったのです。」

境界に存在していた?その言葉がもつ意味は理解できなかったけど、私や美佐江さんのような神使職でないことだけは理解できた。

なんだろう、目の前に居るゲンさんの存在が少し透明に見えた。

「様って何よー。様ってー。」

ゲンさんの話を理解できたような、できていないような、モヤモヤした気持ちをマコトさんの軽やかな声が、透明になりかけた私たちを現実に戻してくれた。そんな気がした。



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