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26 .父から聞かされる過去

1週間の視察が終わり、カディスは10日かけて王宮に戻ってきた。

ヴェルディグリ公爵から預かっている書簡を父であるルクソール陛下に渡すため、休憩もとらずに陛下の執務室に足を運んだ。


「父上、ただいま戻りました」


「帰ってきたか。ヴェルディグリ領は楽しかったか?」


「はい、充実していました。それで、早急にお話したいことがあります」


「よかろう」


ルクソールがペンを置きソファに移動をはじめたので、カディスも向かい側に座るため歩を進める。


カディスの従者であるフィルンは、一礼をして部屋を出ていった。

お茶の準備をして持ってきてくれるのだろう。

ルクソールの側近の1人である文官は、今もなおペンを走らせている。


「父上、不躾で申し訳ありませんが、今は亡きティール・ヴェルディグリ公爵夫人のことをどうお考えですか?」


カディスのこの言葉に反応をしたのはルクソールではなく、部屋のルクソールの補佐をしている文官のスクワルだった。


高速で聞こえていたはずの文字を綴る音が、不自然なほど止まっている。

ナチュラルショートヘアのグリーンファッグ色の髪が俯いた顔を隠しているため、いつも飄々としているターコイズブルーの瞳は見えない。


カディスは、スクワルに送った視線をルクソールに戻した。

ルクソールは顔色を暗くし、頭をかかえるように目を閉じている。


「父上、お聞かせください」


諦めたように息を吐き出したルクソールの瞼が開いた。


「ヴェルディグリ公爵邸で肖像画でも見たのか?」


「いいえ。生き写しだと言われている令嬢に会いました」


カディスが勢いよく立ち上がったスクワルに顔を向けた時、フィルンがカートを押しながら戻ってきた。


緊張を含んでいる空気を気にも留めずにお茶を淹れているフィルンに、カディスが「スクワル殿にもお茶を」と伝えている。


何も聞かず一礼をしたフィルンは、予備で持ってきている茶器にお茶を淹れ、スクワルの机にも置いた。


「父上。スクワル殿の反応も併せて説明してください」


「ああ、いいだろう。お前がそう言うとなると、令嬢に何かあるのだな」


息を吐き、お茶を口に含んだルクソールは、どこか遠くを見ている。


「スクワルは、ティールに惚れていた男の1人だよ」


「男の1人とは?」


「大勢の男がティールに惚れていて、告白をしては惨敗していた。誰にも捕らえることはできない、まるで歌うように話す彼女は妖精姫と呼ばれていてな。明るくて、よく笑う女性だった。1人っ子の私にとっては妹のような存在だったよ」


「母上とはどうだったんですか?」


クロームから説明はされているが、ルクソールからも「仲が良かった」と聞いておきたい。


だって、ポルネオもクロームもスクワルのことは話していなかった。

焦燥に駆られているように見えるスクワルは異常だ。

気持ちを寄せていたのではなく、家族がある今もなお、想いを募らせているように見える。


「カメリアとは仲が良かったよ。といっても、仲良くなったのは、ティールがクローム公爵を好きになってからだった気がするな。ようやく私とは何でもないと分かってくれたのだろう」


カディスは、恋愛小説が大好きな母を思い浮かべ納得した。


父が恋愛体質でないのは見ていて分かる。

だが、母は確実に恋愛が中心の人だ。


だから、父の周りにいる侍女たちは、母が送り込んだ侍女しかいない。

父曰く、それで落ち着くのなら構わないそうだ。

母を怒らせる方が鬱陶しいらしい。


僕が恋愛を疎ましく思う原因の1つかもしれない。


そんなことを思いながら、気になったことを尋ねてみた。


「こう言ってはダメなんでしょうが、どうして父上の相手は母上だったのでしょうか?」


「普通にティールに嫌だと言われた。それだけだ」


母のいない場所で聞いてよかったと思ったものだ。


「まぁ、ティールは、王妃よりも騎士になりたい人間だったからな。確かクローム公爵とは、シャギゾン山の研修の時に出会ったんじゃなかったかな。戻ってきたティールに根掘り葉掘り聞かれたような気がする」


ルクソールから「ティールは騎士なりたい人間」と聞いて、アイビーの練習風景が頭の中に浮かんだ。

ラシャンといい母親譲りなのか、と心の中で納得していた。


「夜会とかではないんですね」


「ん? 聞いてないのか? クローム公爵は平民出身だから、夜会に出られるような身分じゃないんだよ」


カディスが目を丸くすると、ルクソールは軽く笑っている。

母のカメリアとラブラブではないが、カディスやカディスの妹のレガッタには愛を注いでくれている。


「ティールが猛アタックをして、クローム公爵が折れたんだよ。ただでさえ魔術の天才だと言われて妬まれていたのに、ティールの愛を勝ち取って生傷の絶えない日々だったはずだ。でも、実はコンコブル伯爵の子供だったと判明してな。生まれた当時、侍女に子供をすり替えられていたことが発覚して、ようやく立場が固まり、ヴェルディグリ公爵家に入ることで魔術師団師団長になれたんだ。本来ならもっと早くになれていたが、お偉い方が頷かなかったんだよ。平民には分不相応だなんだ言って」


「……中々に壮絶な人生ですね」


「そうだな。ここにティールの事件や自殺が加わるからな」


スクワルの力なく腰を下ろす音が聞こえたが、カディスはもう視線さえ向けなかった。


「それほどまでの執着だったのですね」


「そうだな。ティールが騎士になれるほどの腕前でなければ、誘拐されていても犯されていてもおかしくなかっただろうな。それに、クローム公爵が公爵邸の警備を見直したから蹴散らせたことも1度や2度じゃなかったはずだ。だからだろうな。最後に軍隊を動かしたのは」


「意思表示だけではなくて、実際に動かしたんですか?」


「ああ、そうだ。進軍してきたんだよ。何度抗議しても知らぬ存ぜぬだったくせに、進軍途中でアムブロジアの王太子が『ティールをくれたら進軍しない』なんて手紙を送ってきたんだよ。しかも、考えられないほどの和解金を提示してきた。で、私と先代陛下は対立して、負けた私はティールを逃がす協力しかできなかったんだよ。そして、ティールを逃がすことができた翌年に自殺したと聞いたんだ。何が正解だったんだろうと、いまだに思うよ」


重たい息を吐き出すルクソールが、カディスに苦笑いを向けてきた。


「僕にも分かりませんが、僕は祖父上よりも父上の意見に賛同しますよ」


「そうか、ありがとう」


薄く微笑むルクソールに、カディスはしっかりと頷いた。






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