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第二十七話 告白


 「―――今のが、お前の願いを叶えたって言う神様か?」


 最初に沈黙を破ったのは、杏奈を腕に抱えた悠人だった。


 「悠人……そう。2学期の始業式の時、裏山の小さな神社で、あたしはあいつに出逢ったんだ」

 「……俺が、杏奈のことを、初めてお前に言った日だよな」

 「……」


 強い視線で尋ねた悠人に、瑞希は遠慮がちに頷いた。玲は少し離れた場所から、二人の会話を見守っていた。


 「ごめん……あたし、自分の気持ちに嘘ついてたんだ。あの時、本当の自分に向き合って入れば、こんなことには……」

 「瑞希」


 悠人の固い声が、瑞希の言葉を遮った。


 「俺は、ガキん時からお前が好きだった」

 「……!」


 悠人を見つめる瑞希の瞳が揺れる。玲は静かに唇を引き結んだ。一呼吸置いた後、悠人は再び口を開いた。


 「友情を盾にして、自分の気持ちを誤魔化してたのは俺も同じだ。お前の『親友』であり続けたかった。……でも同時にそれは苦しかった。俺は、逃げたんだ……お前から。勇気を出せない自分自身から。だから、今回のことは全部俺の責任だ。お前を苦しめたのも、杏奈をこんな風に不安にさせたのも」


 神妙な面持ちで語りながら、悠人は昏倒している杏奈の額を撫でた。


 「俺はお前と恋人になれない。こんな自分を許せないし、今の俺にお前を好きだという資格はない」

 「……!」


 悠人の言葉に、瑞希以上に反応したのは玲だった。

 

 「ちょっ、ちょっと、それは勝手な言い分じゃない!?片山君!?瑞希とアンタは両想いな訳でしょ、川口さんとは別れるって言ったんだから、今度こそ瑞希に向き合いなさいよ!それとも何!?瑞希が男の体だから愛せないって言いたいの!?それなら絶対アタシが……!」

 「違う!体が男だろうと女だろうと瑞希は瑞希だ!そうじゃないんだよ……俺が、瑞希に相応しくないんだ。杏奈とは別れる、それは変わらない。でもだからって俺もすぐ次の恋愛に切り替えられる訳じゃない。正直、杏奈の様子も心配だ。ごめん……本当にこれも勝手な言い草だよな。でも、俺は、今の俺を瑞希の相手に認められないんだ」

 「なっ、何よそれ……!ほんと勝手な屁理屈!ちょっとアンタ頭固すぎよ、お互いに好きなんだからそれでいいじゃ」

 「もういい」

 「……瑞希?」


 悠人に向かって説教を始めた玲に、瑞希はきっぱりと告げた。不本意そうにしながらも、玲は瑞希の言葉の続きを待った。


 「玲、もういいよ。一度決めたら悠人は絶対に意見を変えないし、あたしも悠人の気持ち分かるから。きっとあたし達はそういう巡り合わせなんだよ」


 瑞希は、いやに冷静な自分に驚いていた。悠人の言葉に悲しみを覚える気持ちは確かにある。だが、なぜかこの結論がしっくりくると納得している自分もいた。不思議と涙も込み上げて来なかった。


 「瑞希……ごめんな」

 「もういーって。それより、川口さん保健室連れて行った方がいいんじゃない?それに、玲も傷の手当てしないと!」


 そして瑞希は室内を見回し、その荒れように「あーあーどうしよ」と頭を掻いた。


 学年の掲示板に自分達の女装の写真が貼られてしまったこと、杏奈との言い争いに理科室の備品の破損。考えてみれば結構な問題だらけだ。知らんふりをするわけにも行かない。


 「……瑞希。斎を先にお前が保健室に連れて行ってくれ。こんな格好の杏奈も一緒に保健室に行ったら、大騒ぎになる。大丈夫、杏奈は意識失ってるだけだし、怪我とかはしてなさそうだ。……今回の杏奈がしたことや、理科室のことは俺から先生に上手く言っとく」

 「そんな……そんな訳にいかないよ、今日のことは完全に悠人は巻き込まれただけじゃん!」

 「瑞希、頼むよ。俺は超常現象とかは分かんねーし、そのことでお前の力になれないだろ?だからせめて、元カレとしても杏奈が起こしたトラブルの尻ぬぐいくらいさせてくれよ」

 

 瑞希が渋っても、悠人は譲らなかった。こんな時、悠人が梃子でも動かないことは長年の付き合いから瑞希は知っている。玲の顔色もますます悪くなって来ていることもあり、瑞希は折れるしかなかった。



 悠人に促されるまま、瑞希は玲を連れて保健室へ向かっていた。


 ハンカチで押さえているものの、玲の腕からはまだ新しい血が滲んでいる。


 「玲、もう少しだから、しっかりしてね」

 「……瑞希、アタシはまだ納得してないからね」

 「……え?」


 瑞希に肩を借りながら歩く玲は、憮然とした表情で言った。瑞希は意味が分からず、目をぱちくりとさせた。


 「片山君の言い分よ。あんなの狡いわよ、お互いに両想いなんだから男ならちゃんと責任とれっての!」

 「まだその話?それはもういーよ」

 「良くないわよ!絶対アタシがアンタを女の子に戻して、やっぱり瑞希を忘れられないってアイツに土下座させてやる!!」


 血の気がないにも関わらず鼻息荒く息巻いている玲に、瑞希は思わず苦笑した。なぜか胸がちく、と痛むが今は色々あったせいで思考能力が低下している。あとから考えようと思った。


 「……ほんとに、カッコつけてんじゃないわよ。……こんなの、付け込まれても仕方ないんだからね」

 「え?なに、玲?……ちょ、いたっ!ってか重っ!玲、体重掛けないでよ!」


 ボソッと呟いた玲に、瑞希が聞き返すも何故か玲は組んでいる肩をより強くつかみ、瑞希に重心を預けた。瑞希は意味不明な玲の反応に「???」と眉を顰めるのだった。




 「―――あら、斎君、保健室に来るの久しぶり……って、あらやだ!怪我してるじゃない!!」


 保健室に入ると、養護教諭の女性、夏目淑乃なつめよしのが二人を出迎えた。


 「しかもさっきなんか変な騒ぎがあったみたいだけど、まさか霊がらみじゃないわよね?」


 淑乃は、玲の実家の葦原崗神社の禰宜、夏目と夫婦だ。彼女自身は神事には携わらないものの、玲とは昔から交流が深くその事情にも精通している。また、勘が鋭い女性でもあった。


 「先生さすが。ちょっと色々あってね……」

 「先生すみません。玲が怪我したのはあた、あ、お、俺のせいなんです」

 「瑞希いーわよ、フツーに喋って。夏目先生にはアタシのこともアンタのことも話してあるから」


 淑乃は戸棚から消毒液、ガーゼ、包帯などを取り出し、まずは水に濡らした清潔な布で玲の傷の患部をぬぐいはじめた。瑞希も思い出したように、掲示板の写真を剥がすときに画鋲でひっかいた指にばんそうこうを貼った。


 「あら、珍しいわねー、斎君が体張るなんて。昔は切り傷一つ負うのも、美しさを損なうって嫌がってたのに。そうそ、先生方もあなた達の写真見て、ショック受けてたわよーこんな綺麗な少女達が実はうちの男子生徒だなんて!って。まぁ、最近はジェンダーレスって言葉も流行ってるし、男の子がプライベートで女の子の格好をするのも珍しくないみたいですよってフォローしといたけどね」

 「ごめんね、夏目先生」

 「いーのよ。他ならぬ斎君のためなら」


 淑乃は玲に包帯を巻きながら、ん?とその腕をしげしげと見て、その後肩や背中を確かめるようにさすった。


 「あらやだ、ちょっと斎君最近見ない間に男っぽさが増したんじゃない?前より筋肉ついてるし、背も伸びた?」

 

 淑乃の感想に瑞希もつられて玲の全身を上から下に眺めた。


 「えっ……あれ、たし、かに?玲、少しでかくなった?あたしとほとんど身長変わんなかったよね?今170くらいあるんじゃない?」


 瑞希は尋ねながら、恐る恐る玲の表情を伺った。たしか玲は、女装のための体形キープにかなり執念を燃やしていたはずだ。体が成長するのを喜んでいるとは思えない。


 「……別に、そーいうお年頃だからしかたないんじゃないの?」


 少し憮然として入るものの、予想に反して玲の反応は淡泊だった。


 (あ、あれ……?もういいのかな?前はごつくなるのすごい嫌がってたのに。あたしは……あんまり見た目は変化ない気がする)


 保健室内の姿見で自分の姿をチェックすると、最初に男子化した時とそう変わらない自分の姿があった。強いて変化を挙げるとするなら、伸ばしっぱなしになっている髪が、肩につきそうになっていることくらいか。


 「瑞希。も、いーわよクラス戻って。アタシ貧血気味だから、保健室のベッドで休ませてもらうことにするわ」

 「あ、うん分かった」


 することもなく手持ち無沙汰になっていた瑞希は、玲の言葉に頷いた。もうすぐ1時限目が終わる頃だ。ここでじっとしていても仕方ない。


 「夏目先生。一つ、お願いがあるんです―――」


 保健室を出て行く時に、瑞希は真剣な響きのある玲の声に一瞬後ろを振り返った。しかし、丁度開いている窓から吹き込んだ風が、保健室のベッドを遮るカーテンを煽り視界を塞いだ。



 ―――教室に入った瞬間、それまで休み時間で盛り上がっていた室内が一瞬シン、となり緊張した空気が一気に伝播したのを瑞希は感じた。


 大声ではしゃいでいたクラスメイト達が、一斉にひそひそとお互いに耳打ちする。ちら、ちら、という視線があらゆる方角から体中に刺さって来る。それは興味本位、困惑、拒絶あらゆる感情が錯綜している。


 「新倉だ。学校来てたんだな」

 「あの格好ってやっぱマジもん?前も女宣言してたよな」

 「ってか瑞希って男だったっけ?」

 「新倉君の女装子ヤバかったねー!あたしらより可愛くなかった?」

 「ってか斎君と男同士で付き合ってるのかなー」


 声を抑えられているものの、容赦なく耳に入って来るクラスメイトの会話が居心地悪い。直接聞かれない分、不快感は強く、まるで見世物のような扱いを受けることに瑞希は耳を塞いでしまいたかった。


 しかし、彼らに罪はない。逆の立場なら、自分もあの輪の中にいてもおかしくない。それくらい掲示板に張り出された写真達は、多感な高校生にはショッキングだったに違いない。


 席について、ふと悠人の席に視線を投げかけるとそこには悠人が登校した形跡は少しも無かった。あの後、悠人は教師に理科室の惨状を報告に行ったのだろうか。


 「新倉君……」


 突然声をかけられ、すぐ隣に瑞希を心配そうに見つめる女生徒の姿があることに気付いた。クラスメイトの翠だった。


 「明石さん?」

 「大丈夫?……酷いよね、あんな嫌がらせ。でも私、不謹慎だけど、新倉君すごく綺麗だなって思った」

 「あ、ありがとう……」


 翠は瑞希の手をとり、何か決意を秘めた表情を見せた。


 「新倉君……何か、困ったことがあったら言ってね」



 ―――その日のホームルームで、悠人が数日間休むことが担任から告げられた。はっきりとは明言されなかったものの、今回の騒ぎを悠人が罪をかぶり、数日自宅謹慎の停学処分になったんだと瑞希は直感した。そして何故か、その日を境に玲も学校に姿を見せなくなった。


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