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第二十五話 狂乱

この回はちょっと過激なシーンや暴力的表現があります。念のため、苦手な方はご注意を。

 

 学校に着くなり、瑞希は何故かやけに周囲の視線が突き刺さると感じた。


 チラチラ、と意味ありげに視線を投げかけて来るのは顔見知りばかりではない。話したことも無く、顔も名前も知らないような生徒らも瑞希の顔を見てクスクス笑っている。しかもどう考えても好意的なものではなく、何か珍獣を眺めるような不躾で好奇の混じる視線だ。


 (なんなんだよ、急に……!?)


 遠巻きに眺められ強烈な居心地の悪さを覚えながらも、誰かれ構わず噛みつく訳にもいかず瑞希は教室までの廊下を進む。すると、学年の掲示板の前で人だかりが出来ていることに気付いた。


 その人だかりの一人の生徒が瑞希に気付くと、そこから波紋が広がるように他の生徒らも瑞希に注目した。


 「な、何だよ……お、俺、何かした?」


 瑞希が問いかけても誰も答えない。誰もが気まずそうに近くの人間と視線を合わすだけで瑞希に正面から相対する者はいなかった。瑞希は不快に思いながらも彼らの背後に視線を向け―――絶句した。


 瑞希が目にしたのは、掲示板一杯に貼られていた、無数の写真。


 いつの間に撮られていたのか、二人でいる時の瑞希と玲の写真だった。学校内で撮られたと思われるものの他に、大きく引き伸ばされたいつかの女の子の装いをした、二人の写真。そしてでかでかとタイトルまでつけられている。


 『スクープ!学年一の美少年の裏の顔』

 『禁断の果実は蜜の味?』

 『噂は本当だった。二人の関係は、トップシークレット』


 週刊誌さながらの二人を揶揄する内容に、瑞希は血の気が一斉に引いた。


 一瞬で頭が真っ白になった。そして一番に頭に浮かんだのは、玲の事だった。


 こんな風に書かれて、今まで玲がどれほど苦労して周囲との関係を保って来たのか、その努力をこの明らかな悪意のある行為がどれだけ踏みにじることか。


 許せない。一体誰が、何のためにこんなことを―――。


 考えるより先に、身体が動いていた。


 画鋲に手が引っかかって、怪我しても構わず瑞希は写真を片っ端から破いてはがした。こんな、悪質な嫌がらせに、玲を傷つけられて堪るものか。


 あらかた破き終えて、遠巻きに様子を窺っている生徒らをキッと睨み付ける。すると彼らはそそくさと蜘蛛の子を散らすように、各々の教室に戻って行く。だが一人瑞希の視線を受けて、得意げに笑った人物がいた。


 (川口杏奈……!!!)


 直感的に、彼女が犯人だと思った。瑞希に敵意を持つとしたら彼女以外考えられない。


 身を翻してその場を離れようとした杏奈を、瑞希は迷いなく追いかけた。


 まるで誘うように余裕の笑みを向けて走り出した杏奈に、瑞希はさらに怒りで目が眩む思いだった。


 杏奈は何故か1年生の教室の並ぶ階を離れ、特別教科室の別棟に走って行く。ホームルームを告げるチャイムが鳴っても構わずに杏奈を追った。




 ―――同じ頃、別の場所に貼られた女の子の格好をした瑞希の写真を見て、絶句している人物がいた。

 

 「……俺、なんでこんな当たり前なこと、忘れてたんだ……?瑞希は最初から、女だったじゃないか……」


 ごくりと唾を飲み込んだ喉仏が大きく上下した。絞り出した呟きは、かすれ、その動揺の大きさを如実に表していた。






 ―――見た目に反してやけに足の速い杏奈が逃げ込んだのは、無人の理科室だった。暗幕が締め切られ、太陽光が遮断された室内は暗く、瑞希は急に視界が奪われたことに動揺した。


 「川口さんでしょ!?あんなことしたの!一体何の目的であんな……」


 壁伝いに電気のスイッチを探していると、突然横からぶつかって来た何かに、机の上に押し倒された。


 「―――っ!?!?」


 背中を打つ痛みに瑞希が一瞬動きを止めた隙を狙い、襲い掛かって来た人間は、瑞希を抑え込むと流れるような手つきで瑞希の両腕を後ろ手に何か布のようなもので縛った。


 「なっ……にしてんだよ!?!?」


 瑞希が叫ぶと、ピッという小さな音が鳴って、室内の間接照明が灯された。


 明かりに浮かび上がったのは照明のリモコンを手に妖艶な笑みで瑞希の体にまたがる杏奈の姿だった。制服のリボンがなく、胸元が開いた襟から覗いて見えていた。代わりに瑞希の手首にきつくそのリボンが巻き付いている。


 「くすくすくす……可哀そう悠人君、こんな変態が幼馴染なんて」


 こぼれるような笑い声を響かせながら、杏奈はスマートフォンを取り出し、貼りだされていたものと同じ写真を瑞希に突き付けた。


 「お前っ、何がしたいんだよ!あたしが気に喰わないなら、直接言えばいいだろっ!!玲まで巻き込むなよっ!!」

 「くすくす『あたし』だってぇ~やだぁキモーイやっぱ新倉君、そっちなんだぁ」


 杏奈は瑞希の剣幕にも全く動じないように楽しそうに瑞希にカメラを向けた。そして器用に片手で瑞希の制服のネクタイを外し、さらにシャツのボタンまで外していく。


 「今度はこの写真をSNSに流出させちゃおっかなぁ~。新倉君、顔はキレーだからその手のマニアが喜ぶんじゃない?」

 「いい加減にっ……しろっ!!!」


 瑞希は堪らずに勢いよく上体を起こし、その反動で杏奈を突き飛ばした。突き飛ばされた杏奈が、床に倒れ込んだ。整えられていた髪がその拍子に乱れ、制服には埃が付いた。すると、何を思ったのか杏奈は笑いながら自分の制服の襟元を破いた。豊かな胸がさらに露わになり、杏奈の身に着ける下着の一部も剥き出しになった。


 「なっ、何してんの!?」


 瑞希は意味不明な杏奈の行動にまたも意表を突かれ、動きを止めた。


 「うふふふふっ、あははははっ……ねぇ、新倉君。今、私が大声で人を呼んだら、来た人はどう思うかな?私が男の子に乱暴されてるって考えると思わない?」

 「……っ!!!」


 確かに、いくら瑞希の腕が縛られている状態でも服が乱れている杏奈の様子を見れば、誰もが杏奈の方が被害者だと思うだろう。それでなくても、力の弱い女子が男子に危害を加えることが出来ないと世間は考えがちだ。杏奈のなりふり構わない狡猾な手段に、瑞希は恐怖すら覚えた。


 「それに、ねぇ、この動画、わかるでしょ?私の悠人君の浮気現場……ほぉんと妬けちゃうなぁ、こんな情熱的なキス、私にもしてくれたことないよ?」

 

 再びスマートフォンでこれみよがしに見せて来たのは、よりにもよってこの前の悠人が瑞希に強引にキスをしている一部始終の動画だった。杏奈に目撃されていたことなんて、全く気付きもしなかった。この女はどこまで執拗に自分達を監視していたのだろう。


 「私がこれをネットにアップしたら、悠人君まで変態扱いされちゃうかなぁ~……でも私、どうせフラれちゃうし、もういいかなぁ~」

 「や、やめて……悠人まで、巻き込まないでよ」


 瑞希は蒼白になって懇願した。


 「うふふふふっ……どうしようかなぁ?一番悪いのは、新倉君だよね。人のカレシをたぶらかして、男の子なのに、男好きなんだもんねぇ?」

 「………」

 「……その変態を治してもらわないと安心できないなぁ~……ねぇ?」


 楽しそうに独り言を続ける杏奈に、瑞希はひたすら様子を見ていた。理性を失ってしまった人間に、何を言っても焼け石に水だろう。


 すると、杏奈は再び瑞希に息がかかるほど顔を近付け、極上の甘い笑顔を浮かべた。


 「女の子を知れば、新倉君の変態も治るかもね?」


 そう呟くと、杏奈は再び瑞希を机に押し倒し、全身で覆いかぶさって来た。さっきの力とは比べ物にならない強さで、瑞希の動きを封じると杏奈は瑞希の首元に舌を這わせて来た。


 「やっやだっ!!何してんの!?」

 「大丈夫、怖くないよ~私上手だから」


 慣れた手つきで瑞希の制服のベルトを外しズボンに手をかけ、その下に手を滑り込ませる。


 「!!!」


 触れられた瞬間、未知の感覚に反応を示した自分の身体に、瑞希は衝撃を受ける。


 心は女だと思っているのに、無理やり身体的な男の本能を暴かれ、引きずり出されることに心がずたずたにされるような心境だった。


 「やだっ、やだぁ!!」


 泣いて暴れても、瑞希の抵抗を上手くいなして下着にまで手を掛けて来る杏奈に、瑞希は絶望感を味わった。未だかつてこれほどまでに、男の身体になったことに嫌悪感が込み上げて来ることはなかった。


 傷つくのは身体の方じゃない、心の方だ―――瑞希は、いっそ女であった事実すら忘れてしまいたいと、自由にならない身体ではなく精神を拒絶しそうになった―――その時。


 「―――いい加減にしなさい!!!」

 「きゃあっ!!」


 杏奈の悲鳴が聞こえ、瑞希が閉じていた目を見開くと険しい顔をした玲が杏奈の手を後ろ手に縛り上げていた。そしてその手からスマートフォンを取り上げ、思い切り床に叩きつけた。画面全体にヒビの入ったスマートフォンは、真っ暗に固まったまま壊れていた。


 「何するのよ!!」


 杏奈の抗議の声を無視して、玲は自分のブレザーを瑞希にかけてやった。リボンを外した瑞希の手を玲はそのまま助け起こし、その頭を抱き寄せた。


 「れ、玲……」


 瑞希は助けられて安心したことと、襲われている姿を玲に見られたことへの恥ずかしさから堪え切れず顔をくしゃくしゃにしてしゃくり上げて泣いた。そんな瑞希に玲は大きく頷き、「大丈夫よ」と告げた。そして杏奈に向き直ると、冷酷な笑みを浮かべた。


 「ちょっとやることえげつないんじゃないの、川口さん?ヤンデレな上に痴女ってレッテル貼られちゃうけどいい?」

 「何よ、変態はあんた達の方でしょ!?男の癖に女の格好して!!男同士で抱き合って!!」

 「だから何?アタシ達の女装はただの趣味だけど、アンタの今やってたことは立派な犯罪よ」


 杏奈の金切り声にも全く動じる様子もなく、ばっさりと玲は切り捨てた。


 「うるさい!職員室にこの格好で駆けこんで、あんた達二人に襲われたって訴えてやる!!先生達も変態のあんた達よりか弱い私を信じるわよ!!」

 「行ってみれば?証拠はしっかりここにあるけどね?」


 そう言うと玲は自分のスマートフォンで一部始終を動画で撮影していることを杏奈に示した。


 「ひ、卑怯者!!」

 「アンタが言えることじゃないでしょーが!それに……目撃してたのはアタシだけじゃないわよ?ねぇ、片山君―――?」


 玲が指し示した先に、理科室の入り口で蒼白な顔で立つ悠人の姿があった。



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