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第二十一話 ヤンデレな彼女

 

 (あーあ……あの時はノーカン、なんて誤魔化しちゃったけど、正直瑞希に顔合わせづらいわぁ……)


 ―――週明け、移動教室から戻って来る廊下で、玲はふとこの前の瑞希との別れ際のことを思い出していた。


 あれは正直、かなり苦し紛れの言い訳だった。

 

 ふざけて勢いでした、とか、魔が差したとか言い逃れするにはそぐわない、あまりにも甘いキスだった。


 自分でもどうしてああなったのか分からない。でもあの時はそうするのが自然なように思えて、気付いたら吸い込まれるように瑞希の唇に自分のを寄せていた。……いや、実際は自分が受け止めたのかもしれない。どちらからと言えないくらい、あの瞬間、確かに自分達はお互いを求め合ったのだ。


 一時の気の迷い?それともあの雰囲気が二人にそういう気持ちにさせただけ?


 初めて出来た同性の友達と思っていたのに、自分の中で何かがおかしくなって来ている。その何かを突き詰めてはいけない気がする。


 そうでないと、これから自分達の友情を維持することは出来なくなる。


 玲は湧き上がってきそうな、何かもやもやとした甘酸っぱさと苦さが同居した感情を、無理矢理押さえつけた。その時―――。


 「……だから、いつも一緒にいるなんて無理だよ!クラスも離れてるし、俺は放課後は部活もあるし!」


 やや苛立った男子の声が、玲の耳に飛び込んで来た。


 「……ひどい。私は休み時間と帰る前に一緒にいたいって言ってるだけなのに」


 直ぐ後に、どこか甘えるような女子の涙も聞こえて来た。


 顔を向けると、廊下の端に周囲の注目を集めながら言い争っている男女がいた。あれは……。


 (あれ、うちのクラスの川口さんと……カレシの片山君じゃない?)


 何となく興味を引かれて、人影から盗み見る。どうやら杏奈が泣きじゃくっている姿に、悠人が困惑したような苛立った様子だ。


 (片山君、前に保健室で見た時より痩せた?)


 悠人の少しげっそりしたような頬に、玲は眉をひそめた。今日の悠人は顔色も悪く、あまり眠れていないようだ。


 「……だからっ!俺だってなるべくは時間作ってやりたいけど、毎回、毎日は無理だろって。それに、うちの部活の女子マネからいつも見学に来られてると作業の邪魔だって話も言われてるし……俺のこと想ってくれてるのは嬉しいけど、杏奈ももう少し他のことにも目を向けてくれよ」

 「ひどいっ……好きな人の応援に行くのがどうしていけないの?それに、悠人君カッコいいから心配なんだもん。マネージャーなんて、仕事を理由に悠人君にいつもベタベタして」

 「いやいやいや、あの子そんなんじゃねーって!あの子には別のカレシいるし、他の部員と同じ態度しかしてないって!」


 悠人は周囲の目を気にしつつも、杏奈の物言いに苛立ちを隠せないのか、時々語気が荒くなる。すると杏奈はますます肩を震わせ、哀れっぽい空気を醸し出す。


 (あー……そういえば)


 二人の様子を見ていて、玲はふと杏奈にまつわる噂を思い出していた。


 玲と同じ中学出身の杏奈は、当時クラスが違ったので直接の関わりはなかったものの、『ヤンデレ美少女』として有名だったのだ。


 学校内で話題の人物を好きになり、そのアイドル顔負けの愛くるしい容姿で交際にはこぎつけるものの、度を超えた束縛や付きまといをして最終的にドロドロの修羅場で別れを迎えるのだ。一時期リストカットをして周囲をざわつかせたこともあり、あぶなかっしい人物と有名だった。


 高校に入って、同校出身の同級生が少ないこともあり、また杏奈が1学期のうちに悠人と付き合い始めたため、そう言った噂を聞かなくなり記憶が薄れていたが……。


 (最初同クラになった時、アタシもロックオンされかけたのよね~……でも中身女だってバレるとマズイしアタシ誰とも付き合う気なかったから上手くかわしてたら丁度片山君にターゲットが移ったんだったっけ)


 すっかり弱り切っている悠人の様子に同情しながら、玲は彼らを通り過ぎ教室へと戻ろうとする。


 「……私は恋人なのに、悠人君にとって私の優先順位って低いんだね。いつも部活とか、友達とか、なにかと理由つけて私をないがしろにしてる」

 「ないがしろってことは……!」


 杏奈の言い分に悠人は再び語気が荒くなりかける。その時―――。


 「……新倉君はいいな。いつも悠人君に気に掛けてもらえて」


 ぽつりと、しかしやけに低い冷静な声音で呟かれた言葉に、悠人が動きを止めたのを玲は見逃さなかった。


 (こ………っわ~………!!!)


 同時に自分自身の背筋もゾッと凍り、全身に鳥肌が立つのを玲は感じた。


 (川口杏奈……やっぱあの子ヤバい子だわ!!)



 「―――え?気をつけろ?」


 瑞希はお弁当の玉子焼きを口にいれたまま、もごもごと聞き返した。


 「そうよ、あの手の女子は敵にするとマズイわよ手段を選ばないから。川口さん、アンタの幼馴染君に近づく人間は女だろーと男だろーと気に入らないみたいだから」


 週末に気まずい別れをしてから少し身構えていた瑞希は、開口一番杏奈のことを話題に出して来た玲に勢いを削がれる。


 「あの子、中学の時付き合ったカレシと別れる時毎回修羅場になることで有名だったのよ。たいてい彼女の束縛が酷くて男の方が根を上げるってパターンだったらしいけど。今日の休み時間の様子じゃ、片山君も時間の問題ね。川口さん、アンタのことも邪魔者扱いに思ってるみたいだし……」

 「そーなんだ」


 瑞希は相槌を打ちつつ、どこか人ごとのように感じている自分がいることを不思議に思っていた。


 確かに彼らが二人でいるところを目撃したことはあるし、その守ってあげたくなるような砂糖菓子のような可愛い雰囲気に瑞希自身嫉妬していたりもした。だがこれまで瑞希自身は杏奈と直接深くかかわったことはなく、彼女がどういった人物であるか良く知らない。彼らが付き合い始めてから悠人と瑞希が距離を置いているために、彼らがどういう付き合い方をしているかも瑞希は知らなかった。


 「……そーなんだ、って、気にならないの?」


 瑞希の気のない返事に、逆に玲の方が気を揉んでいるようだ。


 「……うん。悠人が選んだ子だし、二人が上手くいっていようとそうでなかろうと、あたしには関係ないよ。だいたい、あたしは女の時に悠人にカノジョが出来たからって、もう話しかけてくんなって言われるくらいの関係だったんだし、嫉妬される理由が無いよ」

 「そうかなぁ……」


 玲は予想よりも淡泊な瑞希の反応に戸惑いながら、悠人の心情を思い巡らせていた。


 (片山君けっこう義理堅い性格みたいだし、瑞希のことトラブルに巻き込まないように遠ざけたってこともあるんじゃない?それに、男になった瑞希への心配の仕方も『フツー』の男友達にするレベルじゃないわよね)


 玲は瑞希と行動を共にするようになって、時々悠人が自分達に向ける視線に気付いていた。それは何かを探るような、責めるような、時折鋭さも混じるものだった。それは、悠人から自分への嫉妬だったのではないだろうか?


 (ひょっとして、この二人両想いだったんじゃないの?なのに瑞希が変に男ぶるからすれ違っちゃって……)


 もし、瑞希が女の子に戻れたら。


 その時、もし悠人が杏奈と別れていたら。


 自分と、瑞希の関係は……。


 ふと、頭を過ぎった考えに、いやむしろその次に浮かびそうになった想いに、玲は愕然とする。


 (駄目よ……!そんなこと考えちゃ駄目!瑞希は『女友達』よ。アタシは友達として、瑞希の幸せを応援する存在じゃなきゃ……!)


 「……玲?食欲ないの?おーい……駄目だ、聞いてない」


 何か真剣に考え込んでいる玲の様子に、瑞希は戸惑っていた。


 なんで玲がそんな真剣に悩む必要があるんだろう。自分にまだ悠人への想いが残っていることを心配してくれているんだろうか。確かに悠人のことを今も気にしている自分がいることは否定できない。でも……。


 (あたしは、前に進むって決めたんだ)


 もう現状に嘆いてばかりで、グズグズ立ち止まってばかりいた自分から脱却したい。そのために、失恋した事実も、男子の体で生きて行かなければならないことも正面から受け止めるつもりだ。


 目を逸らしてばかりだった、周囲の自分を見る目からも……。

 

 そう思いを巡らせながら、瑞希は無意識に制服のズボンのポケットに手を入れた。カサ、と紙の感触が指先に伝わった。


 それは、今朝下駄箱に入っていた差出人のない手紙だった。綺麗な女子の字で、『新倉君へ お話したいことがあります。放課後、音楽室で待っています』と書かれていた。


 色恋に鈍い瑞希とて、その手紙に特別な感情が込められている可能性に気付かない訳ではない。そして今の自分が、一部の女子生徒の間で話題になっていることも。


 (こういうの、初めてだから玲に相談したかったんだけどなぁ……)


 玲と行動を共にするようになって、玲が女生徒から告白を受けて、断る場面を何度か目にして来た瑞希。玲のように、後腐れが出ないような断り方をしたい。

 

 (まぁ、正直に言うしかないよね……)


 瑞希はこっそりため息を吐いた。


 

 ―――放課後、音楽室の入り口を開けた瑞希は、最初に目に入って来た人物に面食らった。


 「……!?か、川口さん?」


 ガランとした音楽室の中央の机に浅く腰掛けている少女は、嫣然と微笑んだ。


 「わぁ、良かった!新倉君来てくれたのね」

 「は……?え?川口さんが、俺に、何の用?悠人のこと?」


 予想外の人物の登場に戸惑いつつも、瑞希は女っぽさが出ないように努めて男らしい口調を意識する。


 「違うわ。今日は付き添い……ね、鈴木さん?」


 杏奈の視線を追ってみると、部屋の隅にやけにおどおどとした様子の眼鏡をかけた大人しい感じの女子が立っていた。


 「この子、同じクラスの鈴木 真由子ちゃん。鈴木さんね、前から新倉君がカッコいいって言ってたんだよ。だから私が勇気を出してって背中を押してあげたの。ごめんね、私からじゃなくてがっかりしたかな?」

 「わ……私、たしかに新倉君がカッコいいとは言いましたけど、だからって恋とかそんなんじゃ……!」

 「駄目よ、そんな弱気じゃ!新倉君にカノジョが出来たらどうするの?」


 艶っぽく微笑んだ杏奈に、鈴木と呼ばれた女子生徒が焦ったように小さく抗議する。しかし杏奈はまったく相手にしない仕草で彼女の言葉を遮った。


 (な、なんなんだよ、これ……?)


 二人の様子を見ていて、瑞希は困惑を隠せない。目の前の女生徒はどう見ても無理やり杏奈に引っ張り出されて告白を強要されているようだ。とても杏奈の言うような恥ずかしがって想いを伝えるのを遠慮しているような様子でもない。


 「ね、新倉君、鈴木さん可愛いでしょ?初めてのカノジョにぴったりだと思う」

 「いやいやいや、ちょっ、川口さん何がしたいの?鈴木さん困ってるじゃん」


 嫌がる鈴木の肩を掴んで瑞希の前に立たせようとする杏奈に、瑞希は間に割って入り二人を引き離す。


 「……新倉君、私ね前からお友達カップルとWデートとか出来たらいいねって、悠人君と話してたんだよ。私のお友達の鈴木さんと、悠人君の親友の新倉君が付き合うことになったら素敵だと思うの」

 「……は?」

 

 にっこりと可愛い笑顔で目の前の美少女が平然と放った言葉に、瑞希は唖然とした。


 「新倉君、今付き合っている子いないよね?じゃあ鈴木さんと付き合うのに何の問題もないじゃない」


 杏奈の言っている理屈が、瑞希には理解出来なかった。


 カッコいいと言ったことがあるだけで、告白させ、付き合っている相手がいないから付き合えと言う。本人達の気持ちは無視して。ただ自分がWデートしたいという理由だけで。


 (なんなんだ、この子!?まったく意味わかんないんだけど……)


 「悪いけど、川口さん言ってることおかしいよね。鈴木さん別に俺のこと好きとか言ってないじゃん!俺もそーいうのホントに好きな人とじゃなかったらどうかと思うし、だいたい今女の子にキョーミないからっ」

 「……やっぱり新倉君って、そっちなんだ」

 「……は?そっちって?」


 俯いた杏奈がぼそりと呟いた言葉に、瑞希は訳が分からず聞き返す。


 「新倉君って、前は悠人君にベタベタして、最近は斎君といつも一緒にいるわよね。新倉君って、やっぱりホモなの?気持ち悪ぅい」

 「……なっ……!!!」


 くすくすと笑った杏奈に、一瞬瑞希は言葉を失った。


 そして次の瞬間には羞恥と怒りがないまぜになった感情がわっと湧き出て来て、震えが走った。だがどうしてだろう、何も言い返せない。同時に胸の奥で、何かを見透かされたような変な罪悪感のようなものがじわじわと染み出してくる。


 「やだーそんな人がカレシの友達なんて。クスクスクス、鈴木さん、行こー」

  

 瑞希が真っ赤にして何も言えないでいるのを面白がるように杏奈は身をよじらせて笑いながら、おどおどと困惑したままの鈴木を連れ音楽室を出て行った。

 

 最後にちら、と視線を投げかけて来た杏奈の蠱惑的な笑みがやけに目に焼き付いた。


 あっけにとられながらその様子を見送った後、瑞希は煮えくり返る腹を抑え切れず、思い切り机を両手で叩いた。


 「……っっっなっっんなんなんだよ、今のは!?!?意味不明すぎるだろ!!!」


 空気を全て叩きつけるように吐き出した後、何故か涙が込み上げて来た。


 あんな人間でも、悠人のカノジョなのだ。自分がまだ男になる前に彼女が気にするからと、悠人に交流を断られたことを思い出し、悔しさと悲しさが蘇って来る。あの時は、杏奈がこんな自己中心的で滅茶苦茶な性格だと知らなかった。


 (なんだよ、悠人の奴……!!!結局顔だけでカノジョを選ぶような、薄っぺらい奴だったのかよ!!!)


 そんな相手を物心ついた頃から一途に想い続けて来た自分が情けなかった。


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