第十八話 ガールズ・トーク
週末、誘われた通りに瑞希は再び玲の家に訪れていた。
有名な神社である玲の生家は参拝客が集う拝殿や神をまつる神殿を含めた本殿が正門の奥にあり、その脇から社務所と斎家と職員らが居住する副殿が続いている。その副殿も母屋と離れに分かれているらしく、玲は離れで独立して生活しているようだった。
玲曰く「父親とはお互いを刺激し合わないことで何とか折り合いをつけている」らしい。
改めて入った玲の部屋を見て、それはそうだろうな、と瑞希は思った。
そこはどこからどう見ても女子の部屋だった。可愛らしい内装、ハンガーラック一杯のレディース物の服達、ドレッサー代わりにしているデスクの上には数々のコスメが所狭しと並んでいる。
入るのは2回目なのにやはり圧倒されてしまう瑞希。
確かに厳格そうな玲の父親なら、息子の部屋の状態に良い顔はしないだろう。しかも、妻と娘が出て行くきっかけになったのが息子の女装趣味からであればなおさら。
「……ねぇ、玲はいつから、自分の性別に違和感感じてたの?」
玲が出してくれたハーブティーのマグカップを両手で持ちながら、瑞希は遠慮がちに尋ねた。ローテーブルをはさんで自分の斜め横に座る玲の顔を盗み見る。
今日の玲は茶髪のウィッグを被り、サイドで編み込みにして肩に垂らしている。服は胸のあたりに切換のある淡いベージュ色のワンピースだ。ブラカップ付きのキャミソールを着ているらしく胸元も自然な膨らみがあり、どこからどう見ても可愛い女の子の姿だ。
とても似合っているし、違和感もない。なのに、まだ、どこか見慣れない。瑞希は何とも言えない変な心境になる。
「んー……そうね、小さい頃はむしろ違和感とか感じてなかったわよ。自分が女の子だと思い込んでたもの。洋服も女の子のものばかり着てたし、お姉ちゃんと一緒におままごととか塗り絵とかしてたもの」
瑞希の質問に玲は考え込むように人差し指を顎に当てた。口元にほくろがあることも併せて、やけに色っぽい仕草だなと瑞希はどきっとした。
「昔から女の格好してたのかよ?」
「お母さんがアタシとお姉ちゃんで双子コーデをさせたがってたのよ。いつもお姉ちゃんとお揃いでいたし、お母さんはいつもアタシを可愛い可愛いって誉めてくれてたから全然おかしいと思わなかったわ」
でもね、と眉をしかめながら玲は続けた。
「中学に入った時だったかな、急に周りの反応が変わったのは。それまでは女の子の服を着てても誰もおかしいなんて言わなかったのに、気まずそうに黙りこくっちゃうことが増えて。なんで男子の制服着ないといけないのか分からなくて、ある日お姉ちゃんの予備の制服着て行こうとしたら、母親が血相変えて飛んで来て。男らしくしなさいって」
玲はカップの中のハーブティーに視線を落しながら、ふ、と笑った。
「笑っちゃうわよね……それまで、散々アタシのこと着せ替え人形みたいに女の子の服を着せてたのに、手の平返すんだもん。おまけに、今まで一言も母のやることに口を挟んで来なかった父親が、『お前の教育がなっていないせいだろう』って。ほら、アタシの父親元々口数少ない方だから、それ以来無言で母を責めてるみたいになっちゃって、家庭内の空気は最悪。ついには母親が姉だけ連れて家を出て行くってなっちゃったのよ……アタシのことは父親のところに置いて。跡取り息子だからって理由をつけてたけど、本当は自分も普通と違う息子を持て余したのね」
家族に無関心な夫に反発する気持ちが、息子を女装させるという歪んだ愛情表現に母を駆り立てたのかもしれない、と玲は付け加えた。
淡々とした口調で話す玲に、瑞希は言葉を失った。
物心ついたばかりの子供にとっては、ひどく辛く酷な話じゃないか。
自分のせいで家族がバラバラになり、可愛がっていてくれていたかと思っていた母は自分を置き去りにし、息子と生活を共にしない父親と二人だけで残される。
瑞希は思わず片手を玲の手に添えた。自分を気遣う様子の瑞希に、玲はにこっと微笑んだ。
「それからアタシは『普通』に戻ろうとしてみたけど、ずっと自分が女の子だと信じて来てたんだもの、今さらよね。はいそうですか、って変えられるものなら、両親が離婚する前にどうにか出来てたわ。でもそれじゃ外では生きづらいから、表面だけ『普通』を装ってみることにしたのよ」
伸ばした手は、逆に玲に両手で包み込まれた。心配するな、とでも言うかのように。
「……あたし、自分がこうなるまでそういう辛さがあるって考えたことも無かった。あたしは男みたいに振舞ってたけど、どっかでやっぱ自分は女だと思ってて、都合がいいところだけ男でいようって……。ホント、無神経でごめん」
思わず泣きそうになって、でも自分が涙を見せてはいけない気がして瑞希は堪えるように声を絞り出した。そんな瑞希の心持ちなどお見通しだと言うように、玲はふっと笑った。
「なんでアンタがアタシに謝るのよ。アンタのそういう性格とアタシの問題は全然別モノでしょ。人それぞれ違った悩みがあるのは当然だわ。……でもそれに付け込む悪徳神は許せないけどね!……さ、湿っぽい話はもうここで終わり!今日はアンタを可愛くするんでしょ!」
神妙な表情をしている瑞希を一度指で小突き、玲は茶目っ気たっぷりにウインクをすると空気を入れ替えるようにパンパンと両手を叩いた。
「―――れ、玲、あっち向いててよ……」
「何でよ、見てなきゃコーデ考えられないでしょ。同性同士で恥ずかしがってんじゃないわよ」
タンクトップとボクサーパンツの下着姿になった瑞希は、思わず脱いだカットソーで体を隠す。そのカットソーをためらいなく玲は取り上げ、床に放り投げた。
大きい姿見の前に瑞希を立たせた玲は、その後ろから肩越しに姿見を覗き込む。とたん、瑞希の肩に玲のウィッグの毛先や吐息がかかり、何とも言えない居た堪れなさが瑞希を襲う。しかも玲がつけているボディクリームか、香水なのか何やら良い匂いまでして来た。
(うう……何なんだよ、このシチュエーション……)
体を見られていることへなのか、異性に近寄られていることへの羞恥心なのか分からない。しかもこの場合、玲を男の子として異性と見ているのか、女の子として異性と見ているのかさえ。
「うーーーん……、やっぱ最初はちょいボーイッシュな方がいいかなぁ?アンタ仕草が乱暴だし。あんまコテコテの可愛い格好もねぇ……」
瑞希の顔の輪郭や肩に触れながら、玲は首を傾げる。
(ぎゃー!!触るなって!!)
瑞希は必死に心の叫びを抑え込む。
「でも体の線は細くてキレイだし、そこは生かさないとねぇ……」
そう呟きながら、玲は瑞希に触れている手を肩から背中、腰まで滑らせる。
「……っ!?ひゃっ……」
慣れない感触に、ついに耐え切れなくなった瑞希が体を仰け反らせた。可笑しな声を上げてしまって、反射的に口を押さえる。鏡を見なくても、自分が全身真っ赤になっているのが分かるほど熱い。
「……アンタ、真面目にやりなさいよ?何感じてんのよ?」
「かんっ……!?ち、ちげーよっ!!お前が変なとこ触るからくすぐったかったんだろ!!!」
半眼で睨んで来た玲に、瑞希は後ずさりながら叫んだ。もうやだ、恥ずかしすぎて死ねる。
「そ。……まぁいいわ。アンタはこれとこれとこれね」
あっさりと瑞希に背を向けて玲はハンガーラックと整理ダンスからいくつかの服を取り出して、ぽいぽいぽいと瑞希の方に投げた。その素っ気ない仕草とは裏腹に、玲の目元が赤くなっていることには瑞希は気付かない。
投げて寄越された服は、ドルマンスリーブになっているゆったりめの淡いグリーンのセーターに、ボーダー柄のカップ付きキャミソール。そしてタイトなラインの膝上丈のデニムスカートだった。
「えっ……!?玲、これスカートじゃん!?」
「当たり前ジャン、女の子の格好するんでしょ?」
ギョッと声を上ずらせた瑞希に、玲は何を今更と半分呆れ気味に服を瑞希に押しつける。受け取ったスカートを見て、瑞希は片手を振った。
「でっ、でもっ、こんな短いのムリムリ……!あたしの脚汚いし……!」
「そーいえば、アンタのムダ毛処理甘いわねぇ……だーいじょーぶアタシいい脱毛クリームとテープ持ってるから!」
瑞希の慌てぶりにどこか楽しそうな笑みを浮かべた玲は、何故か肉食獣のようにも見えた。
「てってーてきにツルッツルに磨いて、バッチリメイクもしてあげるからね♪なんか気分アガるわねー!こういうの♡」
この上なく楽しそうな玲に比べ、瑞希は不安と嫌な予感しかしないと思った。
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―――二時間後、再び姿見に映った自分を見て、瑞希は目を疑った。
「う……わぁ!?こ、これあたし!?こんなんなんの!?」
我ながら全くの別人だと思った。
艶々のミディアムストレートのウィッグと玲が選んでくれた服は見事に男の骨格を隠し、スカートから伸びた綺麗に処理をした両脚は、程よい筋肉がついていることですらっと長く見える。その上、玲が施してくれたメイクは、瑞希の切れ長の瞳を活かしたキャットアイの気の強そうなハンサム美少女に瑞希を仕立て上げてくれていた。
「かっわいーでしょ?さっすがアタシ!天才スタイリスト!」
瑞希が感動する様子に、満足げに玲は鼻を高くする。自分で言うのかよ、と思いつつも瑞希は頷いた。
「ほんと凄い……女に見える」
正直、女だった時よりもよっぽど女っぽい。以前も翠やクラスメイトの女子にメイクをしてもらったことがあるが、その時とは比べ物にならないほど艶やかに変貌していた。冗談でなく、玲の腕はプロのメイクアーティストのレベルだと思った。
「凄いな……メイクや服でこんなに変われるんだね」
そう呟きながら、まだ女だった時に同じようにアドバイスをしてくれていた翠達の言葉を、素直に聞けていなかった自分を思い出した。変わりたいと思っていたのに、心のどこかでまだ抵抗があった。自分で努力して環境を変えることよりも、安易に誰かに変えてもらおうとしていた自分。それが回りまわって性別が変わるなんて可笑しな事態になってしまった。
(今だって、玲に手を引っ張ってもらわなかったら……)
瑞希は胸の前に当てていた手をギュッと握りしめた。
「玲」
「……ん?」
それまで、瑞希の反応はよそに自分の技術に悦に入り、自画自賛をしていた玲がパチクリと大きな瞳を瞬かせた。
「あたし、変わらなきゃね。今まで、ずっとどこか他力本願だった。こんなことになったのは自分のせいなのに、誰かに何とかしてもらおうって気がまだ抜けてなくて、自分自身が変わる努力してなかった。それがやっと分かった。この先、また女に戻れるかなんて分かんないけど、あたし、変わりたい。今の自分を受け入れて、今出来ることをやって行きたい」
いい加減、腹をくくろう。全て受け入れて、認めよう、と思った。女らしく変わりたい願望も、これまで逃げてばかりだった弱さも、現状男の体になっている事実も。
「瑞希……」
どこか吹っ切ったような表情で決意を新たにした瑞希を、玲は眩しそうに見つめた。
「っても、まずはメイクとか覚えたいから、やっぱり最初は玲を頼るんだけど……いいかな?」
勢いで宣言してしまった自分に今さら恥ずかしさも覚えて、その上で玲をまだ必要としている自分にも情けなさも感じながら瑞希は少し話のトーンを落とした。そんな瑞希に玲はなぜか顔を真っ赤にする。
「あっ……たり前じゃない、アタシ達友達でしょ!!メイクでもコーデでも、何でも相談にのるわよ!!」
「いたっ!!ちょっと、玲、背中男の力で叩くのは無しだよ!!」
照れ隠しに玲が瑞希の背をバシバシと叩く。見た目はか弱そうな美少女に見えるのに、その腕力は間違いなく男子のもので瑞希の背はビリビリ痺れた。
瑞希の涙目に、玲はごめんごめん、と言いつつ、二人で顔を見合わすと笑みがこぼれた。ひとしきり笑った後、何か閃いたように玲がパン、と前で両手を合わせた。
「……ね!せっかくまだ時間あるし、可愛くしたし、街に出てみない?アタシ、行きたかったカフェがあるんだけど」
玲の提案に、瑞希は一も二もなく頷いた。
「いいね、行こう!」




