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第十七話 お昼休み

ちょっとストックが増えたので、キリの良いところまで連投します。


 ―――休み明けの月曜日、瑞希と玲は二人で屋上で昼食を摂っていた。


 「え?玲、お昼そんだけ?」


 母の作ってくれた弁当を広げながら、瑞希は玲が持参している昼食を見て声をひっくり返した。


 玲の弁当箱は瑞希よりも一回り以上小さく、玄米ごはんと蒸し野菜のサラダにゆで玉子が一つ入っているだけだった。


 「そうよ、なんかおかしい?」


 蒸し野菜に箸をつけながら玲は当然のように返事をした。


 「肉とか一切れも入ってないじゃん!やっぱ家が神社だから?」

 「別にうちは仏教じゃないんだから、菜食主義的な教えはないわよ。ほら、玉子は入ってるでしょ?」

 「あ、そっか……でもそれで足りるの?あたしのから揚げ一個あげよっか?」


 自分の弁当と見比べながら、瑞希が心配そうに唐揚げを一つ差し出すと玲は眉を吊り上げた。


 「失礼ね、そんな脂っこいものいらないわよ、お肌に悪い!このマクロビ弁当は600キロカロリーに抑えて栄養バランスをしっかり考えて作ったお手製なんだからね!」

 「えっ……!玲、自分で料理すんの!?てかマクロビって何」

 

 すげなく断られた唐揚げを自分の口に放り込みながら、瑞希は首を傾げる。唐揚げは母が下味をしっかりつけて朝早くに揚げてくれたものだ。頬張るとしょうゆとみりんの香ばしい香りと、肉の甘味が広がる。こんな美味しいものを断るなんて勿体ない、と瑞希は思わず口を尖らせる。


 「マクロビオティックね。穀物を中心に陰陽いんようになぞらえた自然由来のものを食べる考え方よ。ほら、あんまり人工的な調味料とか使わないで、素材の味を活かしてあるのよ、ヘルシーでしょ?」

 「……ごめん、やっぱり良く分からない」


 瑞希にとってはただの味気のない、もっと言うと正直貧相な弁当にしか見えなかった。そんな瑞希の心の内の感想を見透かしたように、玲はぶすっと顔を膨らす。


 「あ、ちょっと馬鹿にしてるでしょ。アタシかなり美容に気を遣ってんだからね!男子高校生の体なんて、ちょっと気を抜くとすぐニキビが出来るし、無駄にたんぱく質やカロリーなんて摂ってみなさいよ、すぐにガタイも大きくなって筋肉ばっかついちゃうんだから。これ以上成長しちゃったら、せっかくの可愛いお洋服が着れなくなるじゃない!」

 

 早口で捲し立てる玲の理論に、瑞希は唖然とした。


 「え……まさか、全部女装のため?」

 「そーよ、悪い!?食事だけじゃないわよ、毎日たっぷり8時間は寝るようにしてるし、寝る前にはむくみを取るマッサージも……ってなに笑ってんのよ!?」


 最初はポカン、と大きく口をあけていた瑞希だったが、熱弁を奮う玲の様子に可笑しさが込み上げて来て俯いた。堪え切れなくなって、肩を震わせて笑う瑞希に玲はますます柳眉を逆立てる。


 「……ふっ……くくっ……ほんと、すごいなお前って。あたし、女の時も美容のことなんて考えたことなかった。スカートも、制服以外に一枚もなかったし」

 「信じられない……女の子の無駄遣いだわー」

 

 白い目で瑞希を見る玲に苦笑いをしつつ、瑞希は「ほんとだよね」と笑った。ひとしきり笑ったあと、瑞希はふと空を見上げた。秋晴れの雲一つない空だった。


 「……あーあ。もう二度と、スカート履くチャンス無くなっちゃった」


 小さな声でポツリ、と漏らした瑞希に、玲はハッと目線を向けた。


 「……アタシの力が足りなかったから、アンタを元に戻してあげられなかった」

 

 俯いて申し訳なさそうに呟いた玲に、今度は瑞希が慌てた。

 

 「違う、そういうんじゃないから……!玲のせいじゃない、元はと言えば、男になったら全部楽になるって馬鹿なこと考えたあたしが悪いんだ」

 「……ねぇ、もっかい聞いてもいい?なんでアンタは『男になりたい』なんて思ったの?普通、失恋しても性別変えたいなんて思わないわよ。神社に縁結び祈願にくる女の子達が絵馬になんて書いてるか知ってる?結構な数の子が、好きな人とその恋人を別れさせて下さい、とか自分を選ばなかった男に罰を与えて下さい、とかその男よりもハイスペックな相手と出逢わせて下さい、なんて自己中で、呪いじみたことを願うのよ。でもアンタは好きな男にも、そのカノジョにも何の痛みも与えようとしないで、『自分』が変わることを願った。それはなんで?」


 真っ直ぐに自分を見つめて来る、色素の薄い玲の透明な瞳に瑞希は居たたまれず、睫毛を伏せた。


 「それに近いことを、エンにも言われた……。あたし、馬鹿なんだ。楽になれることしか考えてなくて、でも、自分の気持ちのせいで他人を変えるなんて駄目だと思った。あの時は、悠人に拒否られたことがただ悲しくて、寂しくて……もう、好きじゃいけないんだって、この気持ちをすぐに捨てなきゃいけないんだって思うと、辛くて仕方なくて……」

 

 気付けばまたその時の胸を刺すようなほろ苦い気持ちが蘇って来て、瑞希は泣くまいと忙しく睫毛を瞬かせた。


 「それは違うよ……。相手が遠くに行っちゃっても、恋人がいても、ずっと好きでいていいのよ。アンタのその気持ちはアンタだけのもので、それを誰に責められるものでもないの」

 「玲……でも……あたし今、男になっちゃったんだよ?男が男を好きなんて……変じゃん」

 「馬鹿!それが何だって言うの?アンタは正真正銘『女の子』よ、誰が何と言おうと『可愛い女の子』!アタシが保証してあげるわよ!」


 瑞希を元気づけようと玲は、ドン、とその背中を叩いた。ケホッと瑞希は思わず咳込み、苦笑いをする。


 「それに、アンタは何かカン違いをしているみたいだけど、人って性別で誰かを好きになるんじゃないわよ。オネエだからって全員男が恋愛対象でもないしね、そこはやっぱ人よ、人!どれだけ気持ちが深いところで通じ合ったかでしょ、結局!アタシはその気持ちが異性間にあっても、同性間にあっても尊いものだと思うわ」


 胸を張って声高に語る玲に、瑞希は圧倒されてしまう。同時に自分の発言の迂闊さに恥ずかしさが込み上げて来た。


 これまで性的マイノリティーとして生きて来た玲の方が、よほど歯がゆい思いをしたことは想像に難くない。それこそ、過去に『男の子』を好きになったことだってあったかもしれない。それなのに、その玲の前で『男が男を好きになるなんて変』なんて偏見に満ちた発言をしてしまったのだ。


 「玲、ほんとにごめん、あたし考えなしだった……そうだよね、誰かを好きになる気持ちに上も下もないんだ。あたし、男の体になっちゃったけど、悠人のことまだ好きだ。それは全然おかしいことじゃないんだよね」

 「そうよ、当り前じゃない」


 晴れやかに笑う玲の笑顔に、瑞希はまたホッとしてしまって涙腺が緩んでしまった。むしろさっきよりも歯止めの利かない感情が、溢れ出して来る。


 「もう、やだな……あたし、最近すごい涙脆いんだ。前はこんなじゃなかったんだけど」

 

 恥ずかしそうに乱暴に引っ張った制服のシャツで涙を拭う瑞希に玲は「いいのよ」と、両手を伸ばしてその頭を包み込んだ。またじわりと安心感が瑞希を満たし、いよいよ涙は止まらなくなる。


 「いいじゃない、泣いたって。心が柔らかくなっている証拠よ。女の子は涙の数だけ綺麗になるってよく言うでしょ。アンタもいつか、大輪の花になるわよ」

 「……うう~……玲、これ以上泣かさないでよ」


 グスグス、と鼻を鳴らす瑞希をよしよしと撫でながら、玲は何故だか愛おしい気持ちが込み上げた。それが似たような境遇の同情心から来るものなのか、友情から来るものなのか、それとも全く別のものなのか、その時の玲には分からなかったがそんなことはどうでもいいと思った。


 「……ね、瑞希、今週末もウチに来なさいよ。まだアンタだって体は華奢なんだから、アタシみたいに女の子の格好出来るわよ。アタシがうんと可愛くしてあげる」



 ―――この日もいつもの男子グループで固まって弁当を食べていた悠人は、クラスメイトのたわいのない話題に適当に相槌を打ちつつ、時折主のいない幼馴染の席に視線を向けていた。


 (あいつ……また今日もどっか別の場所で飯食ってやがる)


 近頃の瑞希の様子の変化に、悠人は戸惑っていた。


 それまでずっとつるんでいた自分達のグループから離れ、一時的に同じクラスの女子と親しくしようとしてみたかと思えば、今度は誰とも関わらず休み時間になるといつの間にか姿を消している。昼休憩ですら教室の外で食べているらしく、もうずっとまともに喋らない日々が続いていた。


 初めは自分が彼女持ちになったことが影響しているんだと、杏奈と付き合い始めてすぐに瑞希に言わなかったことに後ろめたさもあり、様子を見ていた悠人だったが、どんどん孤立していく瑞希に心配が募って来た。この前にクラス内で声を荒げたことや、滅多に体調を崩さない瑞希が授業中真っ青になるくらい辛そうだったことを考えても自分のことだけが原因とは思えない。


 何か瑞希が悩んでいるのは明らかなのに、幼馴染で親友の自分にすら打ち明けてくれず、それどろか避けられていることに苛立ちさえ感じている。


 自分達の関係はこんな風によそよそしいものじゃなかったはずだ。


 (やっぱり杏奈のこと黙ってたのを根に持ってるのか……?)


 それにしても、自分自身恋人が出来たことをどうして瑞希にはすぐ知らせなかったんだろう。他の男友達にはすぐに話したというのに。


 確かに小さい頃からお互いを全部知っている瑞希に知られることへの気恥ずかしさはあった。だが自分達は今までどんな小さな出来事も、ずっと共有して来ていたはずだ。


 (この前も、あいつ変なこと言ってたよな……俺が何か忘れてるって……。俺が手のひら返したって言ってたけど……くそ、どういう意味だよ)


 これまでも瑞希の言う、自分が忘れている何かについて思い出そうと試みてみたが、何故か追及しようとすると頭が靄がかって記憶が曖昧になるのだ。


 それをさらに無理に考え続けると、今度は激しい頭痛に見舞われることになる。


 瑞希に直接聞くのが一番手っ取り早いが、最近は学校では避けられ、ラインで連絡しても一言くらいしか返事が返って来ない。お手上げである。


 「……あーっ、くっそ!!」


 苛立って自分の頭を掻きまわした悠人に周りの男子らがギョッとした顔をした。


 「どうしたんだよ悠人?機嫌わりーな」

 「あ、あれだろ!アレの日だろ!」

 「ギャハハハ、アレの日ってなんの日だよ!」


 すぐに本人そっちのけでふざけ始める男友達に、悠人は愛想笑いを返す。


 (……アレの日?……そういや、この前瑞希が貧血っぽかったのってまさか……いやいや!男にはカンケーねーだろ!!)


 再びモヤモヤしだす頭を悠人が抱え込んだ時。


 「おーい、5限目現国から化学に変更だってよー。化学室に移動だってさ」


 教室内の誰かの言葉に、周囲がざわつき始める。もう終わりかけの昼休みに教室移動を言われ、生徒らは慌てて準備をし出したり用を足すために席を立つ。


 悠人は手早く空の弁当箱をカバンに片付けると教室の外に向かった。


 「悠人ー?便所か?」


 声を掛けて来た和明に、悠人は顔だけ振り返る。


 「俺、瑞希に授業変更になったって知らせて来るわ!」

 「おー」


 一人廊下に出るも、実際のところ今瑞希がどこで昼食を摂っているのか見当もつかない。この間までは同じクラス内のグループにしか親しい友人もいなかったはずだ。他のクラスに行っているとも考えにくい。


 勘を頼りにとりあえず方向を決めた悠人の耳に、他クラスの女子の会話が聞こえて来た。


 「やーん、今日斎くん見かけちゃったー!相変わらず麗しかったわぁ~!」

 「いいなー!そういえば斎くんって誰とご飯食べてるのかなぁ、最近屋上の方に一人で行くの見かけるけどカノジョとかいたらショックぅ!」


 (5組の斎玲か……)


 そう言えばこの前瑞希を保健室に連れて行った時、お互いに顔見知りのような反応だったことを悠人は思い出した。


 (……)


 そこに瑞希がいることなんて、確証がある訳ではなかった。ただ、玲の名前を聞いたことで自然に足が屋上へと向かってしまった。


 

 屋上の扉を開けて、隙間から斜め奥にいる人物らの姿を見た瞬間、悠人は扉を開け切る前に凍り付き動きを止めた。


 そこには、一人の男子生徒に頭を抱きかかえられている瑞希がいた。


 まったくの予想外の光景に、思わず扉に隠れる悠人。屋上にいる二人からは死角になって気付かれてはいないだろう。


 「……玲、ありがとう、なんか元気出た」


 心底安心しきっているような、無邪気な笑顔を浮かべて瑞希はその男子生徒の胸から顔を上げた。そのあどけない表情に、遠目からでも悠人は心臓を鷲掴みされたかのような衝撃を覚えた。


 あんな心を許しきっているような瑞希の顔は、自分でも見たことがない。


 逆向きに座っているその男子生徒の顔は、悠人からは見えない。だが、今瑞希は確かに「玲」と呼んだ―――!?


 思わず絶句して、悠人は口元を押さえた。


 (どういうことだよ……いつのまに、斎と仲良くなったんだよ!?あんな顔……俺の前でだって……!)


 動揺する悠人の耳に、昼休憩のおわりを告げる予鈴の音が聞こえて来た。


 「あ、玲、予鈴鳴っちゃった!早く教室戻らないと!」

 「あっ、ホントだ!急ごう、瑞希」


 ガチャガチャと慌ただしく弁当箱を片付け始める二人。


 (やべっ……!)


 二人が屋内に戻って来る、そう考えた瞬間悠人は反射的に屋上に続いている階段を駆け下りていた。


 頭の中は依然としてパニックだった。


 一体いつの間に、何がどうなって瑞希と玲はお互いに下の名前で呼び合い、二人だけで昼食を食べ、抱き合うくらいに仲良くなったのだろう。幼馴染である自分を差し置いて、玲の何が瑞希の心を開かせているんだろう。


 そもそも男同士で抱き合う意味が分からない。自分と瑞希はどれだけ仲良くても今まであんなシチュエーションになったことは一度もない。


 (どういう……瑞希ってホモ(そっち)だったのか!?ってか、なんで俺、こんなモヤモヤしてんだよ!)


 ぐるぐるまとまらない脳内を忙しくしながら、悠人が数段飛ばしで階段を降りていると、踊り場で一人の女子生徒にぶつかる。


 「わりっ!」

 「あっ……!悠人君!?どうしたの!?顔、真っ青だよ!!」


 ぶつかった相手に話しかけられて、悠人はさらに心臓を跳ねさせた。なんとなく最近顔を合わせづらく感じていた恋人、杏奈だった。


 「悠人君?屋上に行ってたの?私探してたんだよ。ねぇ、どうしてそんな慌ててるの?まるで見ちゃいけないものでも見ちゃったって顔だよ」


 見てはいけないものを見た。


 まさに、そんな心境だった。


 だからつい、頭の中の混乱がそのまま口をついて出た。


 「……瑞希が、斎と……!俺の方が、あいつのこと分かってるのに……!」


 瑞希名前が出た瞬間、杏奈の目がすっと細められた。


 「……え?新倉君、が?……斎君と、何?どういうこと?」


 戸惑いつつも探るように見て来る杏奈に、悠人は本能的に知られてはいけない、と感じた。時々見せる杏奈のこの視線は鋭すぎる。


 「わ、わるい、俺移動教室なんだった!もう行くわ!!」


 杏奈が何か口を開く前に、悠人は強引に話を打ち切り自分のクラスへと急いだ。


 「……また新倉君なの、悠人君の心を乱しているのは」


 逃げるように自分から遠ざかって行く悠人の背中を見つめながらも、杏奈の瞳はどこか虚ろだった。その可憐な唇が忌々し気に歪むさまを見た者は誰もいなかった。


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