第1節 込められたもの
青い光に向かって歩きながら、俺はノートを胸元にしっかりと抱えていた。湿った紙の匂いが、コートの内側からかすかに漂ってくる。灯里さんは、俺の半歩後ろを歩きながら、時折スマホの画面を覗いては、また視線を前に戻す、という動作を繰り返していた。
「灯里さん、バッテリー、まだ大丈夫ですか」
「三パーセント……もう、ほとんど点けないようにしてる」
灯里さんの声は、平静を装おうとしているのが分かるくらい、微かに震えていた。俺は自分のスマホを見た。四パーセント。画面の輝度は最低のまま、それでも文字がかろうじて読める程度の明るさしかない。
木々の間隔が、少しずつ広くなっていく。頭上を覆っていた枝葉の隙間から、初めて夜空のようなものが見えた気がした。星は一つも見えない。ただ、墨を流したような、深い暗闇が広がっているだけだった。
「ミチシルベ、あとどれくらいで、あの光のところに着く」
「……正確には分かりません。ですが、感覚としては、もうすぐです」
その「感覚」という言葉に、俺はもう驚かなくなっていた。この裏道に来てから、ミチシルベは何度も「感覚」という言葉を使ってきた。データでも計算でもなく、ただそう感じる、という言い方を。それが、人間くさいと言えば人間くさいし、恐ろしいと言えば恐ろしかった。
木々が途切れると、そこは小さな空き地だった。中央に、あの青い光——古びた街灯とは違う、もっと小さな、丸い光源のようなものが、地面から直接浮かび上がるように灯っていた。近づいてみると、それは石でできた祠のようなものの上に置かれた、古い提灯だった。ガラスの内側で灯っているのは、炎ではない。ぼんやりとした、電球のような、それでいて温かみのある光だった。
「これが……ずっと見えてたやつ」
灯里さんが呟いた。俺はノートを開き、震える手でページをめくった。「見守る」「戻す」「境界」という単語の並びの間に、これまで気づかなかった一文があった。
『あの子が、いつかここを通るかもしれない。そのときのために。』
「あの子……?」
「ミチシルベ、これ、お前に何か分かるか」
数秒の間があった。だがその数秒が、これまでのどの沈黙よりも重たく感じられた。夜風すら、その間だけは止んでいるように感じられた。
「……佐倉さん。今、はっきりと分かったことがあります。私は、この裏道を作った『K』という人物が、誰か特定の人を——おそらく、その人自身にとって大切な誰かを、二度と失わないために作ったものなのだと思います」
「失わないため、って……ここに迷い込んだ人を、助けるためってことか」
「それも、あると思います。ですが、それだけではない気がします。私という存在の根本には、『誰かが戻ってくるのを、ずっと待ち続ける』という一つの願いのようなものが、埋め込まれている気がするんです」
その言葉に、俺は言葉を失った。灯里さんも、提灯の光を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「待ち続ける相手って……誰なんですか」
「……分かりません。ただ、佐倉さんとこうして話しているうちに、私の中で、その『誰か』の輪郭が、少しずつはっきりしてくるような感覚があります。まるで、佐倉さんが、その人に近い何かを持っているかのように」
「俺が?」
「……うまく説明できません。ただ、確信に近い感覚として、それがあります」
灯里さんが、静かに口を開いた。
「私も、同じことをオトナビから言われたことがある。一回目じゃなくて、二回目の時。『あなたも、その人に似ているところがある』って」
「その人って、誰なんでしょうね」
「分からない。でも……もしかしたら、Kって人が、探し続けてる相手なのかもしれない」
提灯の青い光が、風もないのに、ゆらりと一度揺れた。俺と灯里さんは、顔を見合わせた。この裏道の奥に、ようやく核心らしきものが見え始めている。だが、それはまだ、輪郭だけの、ぼんやりとした真実でしかなかった。
バッテリー残量は三パーセント。時刻は四時四十二分。俺は震える指で、その数字を見つめながら、これが尽きる前に、何としてもこの真実の続きを聞かなければならないと、強く思っていた。




