見つからぬ信長の亡骸
六月三日――。
明智左馬之助は、本能寺で捜索を続けていた。
主君・光秀より、織田信長・信忠親子の遺体捜索を厳命されていたのである。その命がいかほど重いものか、左馬之助は痛いほど理解していた。
左馬之助の軍勢は、初夏の陽が焼け跡を照りつける中、真っ黒に焼け焦げた残骸を一つひとつ慎重に取り除き、淡々と作業を進めていた。
刀、槍、鉄砲を除けば、ほとんどすべてが炭と化していた。
もちろん――
遺体もである。
本堂の外で討たれた者は、まだ原形を留めていたが、堂内で焼け死んだ者は全身が黒く焦げ、顔の判別など到底かなわなかった。莚を掛けてはいたが、初夏の陽射しが臭気を境内一帯に広げていた。
その折――数名の僧侶が本能寺を訪れた。
一人の僧が左馬之助に近づき、深く頭を下げた。
「阿弥陀寺の住職、清玉と申します」
「明智左馬之助秀満にございます」
甲冑姿のまま、左馬之助も礼を返した。
「亡くなられた方々のご遺体、こちらで引き取りとう存じますが、よろしゅうございましょうか」
清玉上人は穏やかな口調で言い、莚が並ぶ方へと手を差し向けた。
左馬之助は「かたじけない」と深く頭を下げ、遺体の引き取りを許した。
清玉は「始めましょう」と弟子たちに告げ、静かに左馬之助のもとを離れた。
やがて鎮魂の鐘が鳴り響き、清玉上人は読経を始めた。その場に居合わせた明智の兵たちも手を止め、中には上人の声に合わせ、そっと手を合わせる者もいた。
その儀式は丸一日続いた。夕刻になると木の樽が運ばれ、遺体の収容を明智兵も手伝い、発見されたすべての亡骸が収められた。
「信長様のものは、ございましたか……」
左馬之助は静かに問いかけた。
清玉上人は、ゆるやかに首を横に振った。
「百二十余の亡骸を収めましたが、どれも焼損が激しゅうございまして、お顔だけでの判別は、難しゅうございます。それに私は――信長様にお会いしたことがございませぬゆえ」
「左様でしたか。無礼を申した」
左馬之助は短く詫びた。
「名簿はございますか」
「名簿ですか……」
「左様。荼毘に付す折、せめて名だけは残してやりとう存じます」
左馬之助は言葉に詰まった。
「織田様の小姓衆の名は、安土にて分かりましょうか」
左馬之助は「いや……」と首を横に振った。
安土は信長急死の報せにより、すでに空城同然となっていた。
清玉上人は、さらに静かに続けた。
「では、明智様の兵はどうでございましょう。左馬之助様も、御味方を多く亡くされておる。あの者たちの名を、頂けませぬか」
左馬之助は、この問いにも答えることができなかった。
清玉上人は、しばし左馬之助を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「致し方ありませぬな。無縁仏として、寺にて弔わせていただきます」
「お願いいたします」
左馬之助は深々と頭を下げた。
***
翌、六月四日――。
左馬之助は、二条御所に僧侶が来ているとの報を受け、甲冑姿のまま二条御所へ向かった。
やや離れた場所からであったが、その僧の姿は、清玉上人に相違なかった。上人は、焼け跡の前で静かに読経を続けていた。
左馬之助は無言のまま奥へ進んだ。二条御所もすでに残骸が取り払われ、御殿の土台だけが残り、焼野原のようであった。
途中、清玉上人と目が合ったが、上人は軽く頭を下げただけで、言葉を交わすことはなかった。
(あの御仁……何かを知っておる……)
左馬之助はそう感じ、二条御所を後にして本能寺へ戻った。
本能寺に着くや否や、左馬之助は一通の書状を受け取った。藤田伝吾からであった。
『殿より下知。
瀬田の橋を修復、急ぎ安土へ合流せよ』
左馬之助は大きく息を吐いた。
同時に――主君へ重い報せを届けねばならぬことも悟っていた。ふと北の空を仰ぐと、細く、一筋の煙が立ち上っていた。
***
本能寺で亡くなった者たちを荼毘に付した、その日。清玉上人は、本堂にて静かに祈りを捧げていた。
そこへ、弟子が足音を忍ばせて入ってきた。
清玉上人は読経を止め、目を開いた。
「いかがした……」
弟子は近づき、恭しく頭を下げた。
「これを上人にお渡しするよう、託されまして……」
清玉上人は書状を受け取り、
「どのようなお方であった……」
と静かに尋ねた。
「商人のように見えました……」
「そうか……」
上人は短く頷き、弟子を下がらせた。
清玉上人は再び読経に戻り、弟子の足音が遠ざかっていくのをじっと待った。音が完全に消えたとき、上人はそっと書状を開き、目を通した。
そして――表情を一切変えることなく、その書状を護摩焚きの炎へと投げ入れた。




