書き換えられる歴史
同じ七月一日――
梅雨明けの強い日差しが京の都を照りつける中、羽柴秀吉は威風堂々と凱旋した。
阿弥陀寺には、山科言経をはじめとする公家衆、信長の直臣・近習、そして京に残っていた織田家の家臣たちが集まり、本能寺の変で命を落とした者たちの供養が行われていた。
清玉上人は、変の直後に遺体を回収し、いち早く信長・信忠親子、森三兄弟(蘭丸・坊丸・力丸)、その他近習たちの墓石を用意していた。
供養に訪れた者たちは、墓石の前で涙を流し、中には嗚咽を堪えきれず、声を上げて泣く者もいた。
清玉上人は、その光景を少し離れた場所から静かに見つめていた。
今回の供養が許されたのも、秀吉の黙認あってこそ――上人はそれをよく理解していた。たとえ織田家の旧臣・直臣であっても、堂々と墓参りが許される状況ではない。京の空気は、いまだ緊迫していた。
そして――上人は、秀吉がどこまで『あのこと』を知っているのか、その腹の内を測りかねていた。何より、信長の亡骸が見つかっていないこと。その一点が、秀吉の焦りを密かに刺激していると、上人は感じ取っていた。
墓石の前で泣き崩れる者たちの声が、夏の空へ吸い込まれていく。
***
その夜――禁裏(御所)。
薄暗い間に灯されたわずかな明かりの下、九条兼孝ら公家衆は、互いに顔を寄せ合い、抑えた声で言葉を交わしていた。
「阿弥陀寺の清玉上人が、燃え上がる本能寺へ入り、信長公のご遺体を引き取ったそうじゃ……」
「墓石まで建てられておると聞く……」
「どこまで真か……」
「書き残す時は……慎重にのお……特に日記の類は……」
公家衆は互いに視線を交わした。
だが――誰も、それ以上は語らなかった。沈黙が、まるで御所の壁そのもののように重く、その場を支配していた。
***
秀吉の右筆である大村由己は、京の屋敷で昼夜を問わず筆を走らせていた。主君・秀吉から、書物の期限を厳命されていたのである。
七月のある夜――由己は縁側に面した書院で、灯火の揺らめきの中、黙々と筆を進めていた。
その時、廊下を歩く足音が近づいた。由己は反射的に、手の届く位置に置いてあった刀へ手を伸ばした。
「わしじゃ」
その声を聞き、由己は肩の力を抜き、刀から手を離した。
声の主は――羽柴秀吉であった。
秀吉は縁側に腰を下ろし、闇の庭を見つめたまま低く言った。
「どうじゃ……間に合うか」
その顔には、笑みは一切なかった。
由己はその表情を読み取り、即座に答えた。
「間に合います」
そう答えなければ、己の身がどうなるか――由己は主君の恐ろしさをよく知っていた。
秀吉は懐から一枚の紙を取り出し、由己へ差し出した。
「由己、そちのためによい物を持ってきたぞ……」
紙には、誰のものとも知れぬ和歌が記されていた。
『時は今 天が下しる 五月哉』
由己は和歌をたしなむ文化人であった。ゆえに、この歌の意味を即座に理解した。
特に――
『天が下しる』という一節。
『天下を治める』とも読める。
秀吉は、由己の反応を見て、静かに言い放った。
「これを――惟任、謀反を決した歌とせよ」
秀吉はそれ以上何も言わず、そっと屋敷を去っていった。
残された由己は、震える指で和歌を見つめた。
この一首が――後世の真実となる。その重さを、由己は痛いほど理解していた。
***
宣教師ルイス・フロイスは長崎におり、『一五八二年報告書』の執筆に没頭していた。
本能寺の変の急報を聞いた時、フロイスは言葉を失った。変の直前まで信長と対面していたからだ。
周囲の宣教師たちには、彼が憔悴しきっているように見えていた。
机の上には、京で九死に一生を得た宣教師オルガンティーノらから届いた手紙が置かれていた。その中には、彼らの奴隷であった弥助の奮闘が、驚くほど具体的に記されていた。
そして――手紙の末尾には、信長がインド経由でバチカンへ向かっていること、教皇との面談を望んでいること、その事実を『秘密裏に』総長へ伝えてほしいと書かれていた。
フロイスは、執筆中の報告書をそっと脇へ寄せた。そして新たな紙を取り出し、静かにペンを走らせた。
『イエズス会総長殿』
そこには、こう記されていた。
織田信長は、ただの日本の一大名ではない。あの男は、国を束ね、王となるべき器であった。もし彼が無事にエウロパの地へ辿り着いたならば、王侯に準ずる礼をもって迎えるべきである。
その軍略、その先見、その統治の才は、東方の島国に留めておくには惜しい。叶うならば、彼を教皇庁、あるいは諸王国の軍略の助言者として迎える道を、密かに探られたい。私はその実現を、強く進言申し上げる。




