安土炎上
六月十四日夜、近江・丹波の国境――。
五人の僧侶は、険しい山道を尾根沿いに進んでいた。
小雨はやがて霧雨となり、風が吹き始めていた。僧たちの顔には水滴がつき、それを手で拭いながら歩を進めていた。連日の雨で道はぬかるみ、所どころ足元が滑り、一歩一歩を慎重に踏みしめねばならなかった。
一行は昨夜十三日、京を発った。人目を避けるため、夜間の移動である。それでも京の町は混乱していた。
『明智様が負けた』
『羽柴様の勝ちじゃ』
そんな声が飛び交い、人々は右往左往していたが、京を出ようとする者は少なかった。
一行も、山崎合戦の勝敗は出入りの商人から聞いていた。
清玉上人は、羽柴勢が京にいない『今宵しかない』と決め、供を連れ、山間の道を急いでいた。
上人は若き日の修行を思い出していた。数人の修行僧が杖を片手に夜道を進む。どこに獣が潜むか分からぬ闇の中――恐怖を押し殺し、ただ目的地を目指す。今宵から道はさらに険しくなる――先頭を歩く清玉上人は、道を誤らぬよう慎重に進んだ。
やがて視界が開け、琵琶湖を一望できる場所へ出た。上人は「道は間違えていない」と胸を撫で下ろした――その時、琵琶湖の対岸が、赤く染まっているのに気づいた。
雨空で視界は悪い。それでも――はっきりと見えた。眼下の山の上に建つ城が、業火に包まれていた。
上人は後ろを振り返り、供の姿を探した。杖を突き、足を引きずりながら坂を上ってくる男がいた。冷えこむ山の気候のせいで傷が痛むのか、時折、左肩を押さえていた。
その男は上人の側に近づき、同じ方向を見つめた。
上人はそっと後ろに下がり、他の者たちが追いつくのを待った。
僧衣の男は、ただ一点――燃え上がる城を見つめ続けていた。右手の杖を地面に突き立て、微動だにしなかった。
男は笠の縁を指で押さえ、霧雨が顔にかかるのも構わず、炎上する城を見つめ続けた。
「たわけが――」
男はそう呟き、杖を持つ手で頬の水滴を拭った。その肩が、わずかに震えていた。
清玉上人はそっと男に近づき、両肩に手を添えた。
「兄上、参りましょう……」




