御所の闇
六月七日――安土城。
明智光秀は、この日、朝廷からの使者を迎えていた。
使者として指名されたのは――
吉田兼見だった。
光秀は下座に控え、上座には誠仁親王よりの御使として、吉田兼見が座していた。誠仁親王は正親町天皇の嫡男だった。
光秀は、誠仁親王より『禁裏守護』。すなわち、京の都を守護せよとの命を受けた。併せて、親王からの祝儀も届けられた。
一連の儀式が終わると、兼見は柔らかく笑みを浮かべた。
「下がってよい」
兼見は朝廷近習の者たちを下がらせた。
そして、上座から静かに降り、光秀へ歩み寄った。
「光秀殿、堅苦しい挨拶は無用じゃ」
その様子に、光秀もわずかに笑みを返した。
「お一つ、確かめたい儀がございます――」
光秀の言葉に、兼見は快く頷いた。
「誠仁親王様からの御命ということであったが、帝は此度の混乱、すべてをご存じなのか。やはり帝が――」
「光秀殿、それは申されるな」
兼見の声は低く、鋭かった。
「いえ、申します。もし帝がご存じないとすれば――公家のどなたの仕業であったか…… そうお尋ねすればよろしいか」
兼見の眉がわずかに動いた。
「光秀殿、何を申されておるのか。分かっておいでか」
光秀は静かに頷いた。
「分かっております。信長様は近衛様と昵懇の間柄。それを良しとせぬお方が、企てたのでは――と。信長様は朝廷に無理難題を吹きかけ、皇位を誠仁親王様に譲れとまで申された。これに耐えかねたお方が、延暦寺の残党、雑賀衆、伊賀者を雇い、武具を揃え、信長様・信忠様を襲った。しかも――我が明智の旗印までご用意して」
吉田兼見の顔は、みるみる赤みを帯びていた。
「たわけたことじゃ――」
光秀は、じっと目の前の男を見続けた。まったく目を逸らさなかった。
「公家衆の誰かが企てたと申すか!」
兼見は息を荒げ、その直後、口を固く閉ざした。
光秀は静かに続けた。
「そのお方――次は我が明智を滅ぼすおつもりであろう。明日は坂本に居る。いつでもお待ち申すと、お伝えくだされ」
兼見は震える声で問うた。
「誰に伝えればよいと申す……」
光秀は、わずかに笑みを浮かべた。
「この光秀には分かりかねます。兼見様が、ようご存じのはずじゃ」
「光秀殿、血迷ったか!」
兼見は立ち上がりざまに叫び、大きな足音を響かせ、その場を立ち去った。




